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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2022年10月3日
第48回放送文化基金賞

寄稿

ラジオ番組 [最優秀賞]

上手くいっていない人生でした
作家・脚本家 足立 聡

 ラジオ番組の最優秀賞は、『FMシアター 手を振る仕事』(NHK)に決まった。ラジオ番組部門でドラマが最優秀賞に輝いたのは2005年以来17年ぶり。
 審査員からは、「ストーリーの進行とともに、それぞれの場面がかなしくなつかしく想像されて未知の人々の顔が見えてくる。ラジオドラマの本領を発揮した作品と思う」、「いじめ・格差・心の病等々、現実を映しながらフワリと飛翔する軽みがあり、聞き終えた胸にポッと灯りのともる心地がする」などと評価された。
 この『手を振る仕事』は、「創作ドラマ大賞」※で大賞を受賞、そしてFMシアターとしてオーディオドラマ化された作品。この作品が生み出された背景を脚本を手掛けた足立聡さんに語っていただいた。 ※日本放送作家協会とNHKが実施し、放送文化基金が後援。テレビ・ラジオドラマの創作脚本を全国から懸賞公募し、それぞれの受賞作がNHKでドラマ化される。『手を振る仕事』は、応募総数306本の中から大賞に選ばれた。

の度は、放送文化基金賞ラジオ部門で最優秀賞という栄えある賞を頂き、誠にありがとうございます。脚本を担当いたしました、足立聡でございます。演出を担当した木村明広さん、スタッフの皆さん、そして主演の青木柚さん、中田青渚さんをはじめとする演者の皆さん、全員の力が合わさって頂いた賞だと思っております。

 正直、賞の知らせをもらった時はあまり実感というものはなかったのですが、授賞式のホテルオークラに到着した時のホテルスタッフの方の対応が、あまりにも丁寧かつ気品にあふれていましたので、そこで素晴らしい賞を頂いたのだなと実感致しました。そして授賞式の後、頂いた高そうなお菓子を食べながら新橋まで歩いたあの風景、とても幸せでした。

と私の人生を振り返ってみると、上手くいっていない人生だったなと思います。高校球児だった私は、野球の名門大学に進学するも、入学式前に腰を痛め野球部をクビになりましたし、再入学した大学で演劇を専攻するも、演劇の事で誰に褒められる事もなく、ただ先生からダメ出しを受け続ける4年間を過ごしましたし、卒業後コント作家になりたくて上京してきたのですが、当然仕事もほとんどなくて。当時入っていた事務所ではバラエティー番組の企画書ばかりを求められました。自分にはテレビバラエティーの才能はないと思いつつ、他の選択肢もなくやるしかなかった。

 ある番組に見習いの作家で入った時、当日人数が足らないからとシミュレーション(本番のための段取り確認)をタレントのYOUさんのプラカードをぶら下げて参加しました。要はYOUさんの代役です。進行していく中で、いきなりその番組の演出の人が、私に怒鳴りました。「お前、YOUになり切ってやれよ!」そこから、進行している間、私はずっとYOUさんの物真似を必死にやりました。物真似をしてる間、ずっと恥ずかしかった。俺は何をしているのだろう、こんな事がしたいんじゃない。もうやめよう......実家の京都に帰ろう......そう考えて、逃げるように事務所をやめました。そんな時、たまたまシナリオセンターという学校のホームページをみました。何となく、最後にやってみようかな、当時はそんな気持ちだった気がします。それからもう6、7年経ったでしょうか。このような素晴らしい賞を頂けて、今この原稿を書きながら、少し涙が出そうになっています。

 そして、この原稿を書きながら、過去を振り返るとあらためて思います。自分の人生は、上手くいっていない人生だった。そういう意味でも少し涙が出そうになっています。しかし、上手くいっていない人生でも、上手くいく一瞬はある。頂いた賞だって、上手くいっていない人生の上手くいった一瞬です。そして私は、また上手くいかない人生を過ごしながら、上手くいく一瞬のために生きていくのかなと思っています。

してこの『手を振る仕事』は、車掌になりたいという夢を持った主人公・佐藤が、鉄道会社でいじめにあい、つまはじきにされ、手を振る部署に配属される。佐藤はアパートの一室から、電車の乗客に向かって手を振るだけの仕事をしている......自分が必要とされている人間なのか悩みながら。そして電車から手を振り返す女子大学生・由美も、病に侵され自分の夢をあきらめないといけなくなるが、懸命に立ち上がろうとする。そんな由美をみて、もう一度車掌の夢を追い始める佐藤。上手くいっていない人たちが、上手くいく一瞬のために必死に生きていく物語です。書くきっかけとなったのは、私が学生だった頃、駅で満員電車にもかかわらず駅員が、乗客を電車に押し込むという光景がよくありました。その光景は殺伐とし、乗客も駅員も凄い形相でした。その時、私はせめて駅員は、出発する電車の乗客に向かって手を振って、この光景を和まして欲しい(実際に手を振っていたら、大喧嘩になったかもしれませんが)と思っていました。そんな学生時代の記憶が書くきっかけとなりました。

 執筆している間、ずっと手を振る事について考えていました。手を振るってどういう事なんだろう。人が出会う時、別れる時って手を振りますよね?それはとてもドラマ的要素が含まれた行動のような気がしていて。そんな時、私の祖母が他界しました。最後のお別れの時、私の甥が祖母に手を振っていました。人は永遠の別れの時も手を振るんだなって。その時からこの『手を振る仕事』に対するアプローチが変わってきたように思います。

 そして、この作品で、創作ラジオドラマ大賞を受賞し、オーディオドラマ化が決まり、急ピッチで演出の木村さんとシナリオの直しに入りました。その直しの中で、私は主人公・佐藤は、車掌の夢をあきらめ、別の道に進むという設定に変更しようとしました。コロナ禍で、私自身生きている今の世界に希望を見いだせなくなっていた気がします。それを主人公の佐藤にも投影しようとした。それを木村さんが「佐藤は会社に残してください。佐藤は希望を捨てないで下さい」と言ってくれた。木村さんのあの言葉で少し救われる気がしました。木村さんの作品に対する愛情が嬉しかった。そして作品をつくる事・それを視聴者に届ける事、それはつまり責任であり、覚悟ではないか?そんな事を教えてもらった気がします。

後に、私はまた上手くいっていない人生の中で、脚本を書いていきます。書き続けていけば、今回のような上手くいく一瞬があるかもしれない。でも期待はしていないです。いや、ちょっとは期待しますけど…ただ、もしかしたら重要なのはそこではないかもしれません。ドラマをつくり続ける、生き続ける事が重要なんだと思います。

 この度は本当にありがとうございました。またどこかでお会い出来れば幸いです。

足立 聡さん(あだち さとる)
作家・脚本家
京都府福知山市出身。近畿大学演劇科卒。在学中はMODE松本修氏に師事し、チェーホフ・カフカなどの舞台を経験した。今年5月には青春アドベンチャー「幸せの匂い」執筆。アロンアルフア・JR九州のCMナレーションを担当。好きな作家は別役実。

「FMシアター 手を振る仕事」あらすじ
僕の仕事、意味あるのかな?って思う……。

 小さい頃から車掌になりたいという夢があった佐藤。今は駅の隣にあるアパートの一室で、電車の乗客に向かって笑顔で手を振るという仕事をしている。毎日手を振るだけの仕事。手を振っても振り返してくれる人なんてほとんどいない。鉄道会社のPR活動の一環ではあるが、社内いじめや病気で体調不良になった社員達が携わっている業務だ。
 自分が必要とされている人間なのか戸惑い悩む佐藤は、彼と同じく夢のために上京して来た由美という女の子と知り合い、励まされる。そして不貞腐れがちな彼は変わるのだが......。
 「第49回創作ラジオドラマ大賞」受賞脚本のオーディオドラマ化。

【 出演者 】  青木柚╱中田青渚╱吉見一豊╱野田慈伸╱井上小百合╱冠野智美╱津木晃子╱畑山菜摘
【 作 】    足立聡
【 音楽 】   日高哲英
【 スタッフ 】 制作統括:藤井靖 演出:木村明広 技術:野原恒典 音響効果:林幸夫

演出の木村明広さん(NHK)受賞スピーチより

木村明広さん(左)と足立聡さん(右)(贈呈式にて)

 ラジオドラマ、私どもは、「オーディオドラマ」という言い方をしております。台詞と効果音と音楽と、つまり「音」のみで、映像に頼ることなく音声表現でドラマを作っていこうと考えているからです。「音」は、映像の情報量の多さや力強さにはかなわないかもしれません。ですが、「音」は届いた人の記憶をとても刺激します。その人の頭の中に、その人だけの風景やキャラクターの表情が浮かび上がってきます。「音」という目に見えないものをお届けし、それを受け取ってくれたリスナーの方々の中に、ある風景や世界が広がっていく...。これって、とても素敵な表現、コミュニケーションだと思うんです。私は、このラジオ媒体での表現をとても大切に思い、音声表現に拘りながら番組を作ってきました。
 今回このような名誉ある賞を頂いたことは、大変励みになります。番組に出演してくださった俳優のみなさん、いつも支えて下さるスタッフのみなさんありがとうございました。