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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2018年8月23日
第44回放送文化基金賞

寄稿

個人・グループ部門[放送文化]

“発達障害”と向き合う
~NHK 発達障害プロジェクト~

NHK 齋藤 真貴

 「発達障害プロジェクト」は、これまで実態がよく知られていなかった発達障害について、当事者や家族の声に寄り添って、様々な角度や視点から多くの番組を放送し、発達障害の理解促進に貢献したことが評価され、個人・グループ部門〔放送文化〕を受賞した。今も続く取り組みについて、チーフ・プロデューサーの齋藤真貴さんに寄稿していただいた。

発達障害プロジェクト
 NHKの発達障害プロジェクトは、2017年5月にスタート。発達障害の理解促進を目的に、NHKの各番組が連携して、集中的・効果的に、特集企画や番組を放送していくことにしました。さまざまな角度から発達障害を取り上げ、当事者や家族の声を数多く伝えていこうと、発達障害に関する企画や番組を、1年間で40ほど放送しました。その活動報告です。

反響の大きかった「NHKスペシャル」

発達障害の一つ「自閉スペクトラム症」の
視覚世界を再現するシミュレーター

 プロジェクトの皮切りとなったのは、去年5月放送の『NHKスペシャル 発達障害 ~解明される未知の世界~』でした。最新研究をもとに、発達障害の人の特異な世界の感じ方などを伝え、本人はいかに“普通”に合わせようとして悩んでいるのか、そして生きづらさを軽減するにはどうしたらよいのかを考えました。この番組は、スタジオに当事者の方々や専門家にお越しいただき、VTRを見ながら進めていくスタイルでしたが、あえて生放送で行い、視聴者からメールやFAXでご意見を募集しました。それは、特に発達障害の当事者の方々の、普段なかなか表に出せない心の声を、ある種の「熱」をもって届けたかったからです。実際、番組には6,700を超えるメール・FAXが寄せられました。さらに、放送直後から引き続き、インターネットでのライブストリーミングを行い、テレビでは伝えきれなかった声を、時間の限り紹介しましたが、「聞いてほしい」「わかってほしい」といった、当事者や、その家族のダイレクトな声がとても多く寄せられました。放送後の反響も大きく、NHKに寄せられた再放送希望は1週間で12,000を超えました。特に、当事者が感じている世界を映像化し、VTRで紹介したことは、多くの家族や周囲の人たちにとって新たな気づきになったようでした。

“番組の連携”で効果的に届ける

 プロジェクトでは、これまで散発的に放送していた発達障害に関する番組を、より効果的に出そうと取り組み始めました。まず行ったのが、集中編成。各番組の担当者と話し合い、この1年で3回、発達障害の番組が集中する時期を作りました。さらに試みたのが、番組同士のコラボです。例えば、ニュース番組『おはよう日本』で、発達障害の子どもの偏食についての特集を取材した記者に、生活情報番組『あさイチ』のスタジオに来てもらい、「自分の“苦手”とどうつきあうか?」というテーマのもとに、偏食についてスタジオでリポートしてもらいました。また、総合テレビの『あさイチ』とEテレの『ウワサの保護者会』のスタッフが一緒に『深夜の保護者会』という特番を制作したりするなど、部局を超えた連携を試みました。
 当初、『ハートネットTV』『ウワサの保護者会』『あさイチ』など10の番組でスタートしたプロジェクトですが、他部局の担当者から「うちでもこんな番組やるよ」など、情報を寄せてくれることも出てきて、少しずつ局内でも広がりを見せることになりました。

当事者の声を反映した番組づくり

今年4月放送『超実践!発達障害“困りごと”とのつきあい方』
セット写真

 この1年、発達障害のある当事者の方々をスタジオに招いて収録をする機会が何度かあり、そのたびに、さまざまな発見がありました。例えば、セット。去年5月放送の『NHKスペシャル』のときは、白をベースとしたシンプルなセットに、魚が泳ぐ水槽を並べました。このときは、実は、何度も当事者の方々にセット図の案を見ていただき、意見をもらいながら作りました。発達障害のある人のなかには、感覚過敏があるため、部屋の光がまぶしく感じられる人がいたり、規則的な模様が気になって集中できない人がいたりするからです。意見のやりとりのなかで、これまでの私たちが作ってきたセットが、いかに発達障害のある人にとって苦痛なものなのか、気づかされました。
 それから1年。今年4月の生放送特番『超実践!発達障害 “困りごと”とのつきあい方』でも、事前に、当事者の方々にセット案を見てもらうことにしました。前回の経験から、今度は、色合いもシックな、リビング風で落ち着いた感じのセットを考えました。基本的には好評だったのですが、さらに新たな要望も出てきました。「地べたに座ることはできませんか?」発達障害のある人のなかには、長く椅子に座っていることが苦痛で、姿勢が崩れがちになってしまう人もいたのです。そこで、ソファークッションや、座椅子、抱き枕、低めの椅子など、何種類か用意し、出演者が選べるようにしました。実際、それぞれが好きなものを選び、収録に臨みました。
 放送後、感想を聞くと、照明を暗めにしたり、音楽を最小限にしたりしたことに加え、好きな姿勢でいることができたことで、リラックスして話に集中できた、との声が何人かから上がりました。私たち番組制作者は、視聴者が見て満足するセットやデザインなどを考えるのはもちろんのことですが、同時に、スタジオで話す出演者が、自分の力を最大限に発揮できる環境づくりにも十分気を配るべきだと、発達障害のある人との番組づくりを通して学ぶことができました。

皆の“困りごと”を当事者の知恵で

「発達障害プロジェクト」ホームページより

 発達障害プロジェクトでは、番組だけでなく、独自のホームページも開設。番組の放送予定や、発達障害の基礎知識、当事者のインタビュー映像などに加え、独自のコンテンツも作りました。それが、「困りごとのトリセツ」。発達障害のある人が感じやすい「困りごと」を整理・解説し、当事者や周囲の人の体験談を集めたものです。例えば「『音』で極端に疲れる」「感情をコントロールできない」「学校・職場にどう伝える?」など。実際に集めてみると、市販の発達障害の解説書には載っていない知恵やアイデアが数多く集まりました。この「トリセツ」は、「発達障害のある人の困りごと」に対する工夫を集めてはいますが、実は「発達障害でない人の困りごと」にも役に立つのではないかと考えています。発達障害のある人も、そうでない人も、お互いの理解・情報の共有が、多様な価値観を共有できる社会の構築につながるのではないかと思っています。

どこまで声は届いているのか

 1年かけて数多くの企画や番組が放送されましたが、ふと立ち止まると、本当に当事者の声はどこまで届いているのだろうかと考えることがあります。確かに、発達障害の当事者や家族の方からの反響は大きく、期待や励ましの声も多く届いています。しかし、発達障害は周囲の理解なしには、その人の生きづらさはなかなか軽減できません。発達障害にあまり関心がない人にどう当事者の声を届けていくのかが、今後の大きな課題だと考えています。伝えるべきことはたくさんあります。今後も、発達障害に真摯に向き合い続けたいと思います。


・NHK発達障害プロジェクト ホームページ
 https://www1.nhk.or.jp/asaichi/hattatsu/

プロフィール

齋藤 真貴 さん (さいとう まさたか)
NHK 制作局 生活・食料番組部
チーフ・プロデューサー

1997年NHK入局。ディレクター、プロデューサーとして、健康・医療に関する番組の制作に数多く携わる。『NHKスペシャル シリーズ最強ウイルス~新型インフルエンザの脅威~』『NHKスペシャル 発達障害~解明される未知の世界~』『病院ラジオ』などを制作。現在は、朝の生活情報番組『あさイチ』を主に担当。