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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2022年10月3日
第48回放送文化基金賞

対談

テレビエンターテインメント番組 [最優秀賞]

数々のバッドエンド、ドキドキのハッピーエンド

藤井 健太郎 × 丹羽 美之

 テレビエンターテインメント番組部門の最優秀賞が『水曜日のダウンタウン おぼん・こぼん THE FINAL』(TBSテレビ)に贈られた。
 『水曜日のダウンタウン』は、「芸能人・有名人たちが自分だけが信じる“説”を独自の目線と切り口でプレゼン。その“説”についてVTRで、またはスタジオメンバーとのトークで検証を行っていく番組」だ。(HPより)
 受賞作は浅草のベテラン漫才コンビおぼん・こぼんの2年をかけた仲直りプロジェクトの完結編で、コンビの不仲解消までの軌跡が大きな話題となった。
 演出を務めた藤井健太郎さんに丹羽美之委員長が話を聞いた。

藤井 健太郎さん(ふじい けんたろう)
TBSテレビ 演出・プロデューサー

丹羽 美之さん(にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長

仲直りを願うからこそ

丹羽

 最優秀賞、おめでとうございます。芸人さんが本気でお笑いを追求するバラエティー番組で最優秀賞を受賞した例はこれまでほとんどありませんでした。受賞の率直な感想はいかがですか。

藤井

 嬉しいですね。おぼん・こぼん師匠の10年続いた仲違いのインパクトもあったと思いますし、番組側の仕掛けも評価していただけたのかなと思っています。

丹羽

 今回の受賞作である『おぼん・こぼん THE FINAL』は、3部作の最終回という位置づけですね。過去2回の放送から2年もかけて仲直りを後押しするという長期戦の番組となりました。この番組を企画した経緯について教えてください。

藤井

 コロナ禍になってロケや取材がスムーズに運ばなくなってしまった結果、2年かかってしまいました。企画意図としては、過去の放送でおぼん・こぼんさんの仲が余計にこじれてしまった責任を感じていたのもありますし、言い方はあまりよくないですが、これまで目の当たりにしたことのなかった師匠クラスの仲違いがエンタメとしてどうなるのかにも興味がありました。

丹羽

 番組の前編『おぼん・こぼんヒストリー』では、2人の生い立ちと仲違いをした真相に迫り、後編『おぼん・こぼん THE FINAL』では、こぼん師匠の娘さんの結婚式に密着して、仲直りを仕掛けるという構成でした。後編は特に大きな話題になりましたが、私は前編のよくできたVTRにも引き込まれました。『ファミリーヒストリー』(NHK)のパロディーの手法で作られ、ビートたけしさんが歌う「浅草キッド」も見事におぼん・こぼん師匠の人生と重なっていましたね。前編はどういう意図で作ったのでしょうか。

藤井

 そもそも僕らスタッフもおぼん・こぼんさんについてそこまでよく知っているわけではなかったんですよね。世代によるとは思いますが、多くの視聴者もそうだろうなと思ったので、まずはどういう人生を歩まれたのかをVTRにまとめようという話になりました。不仲のきっかけも明確ではなかったですし。ただ、それをご本人たちにサプライズで見せる構成だったので、当然ご本人たちに直接取材はできないわけです。テレビや雑誌の資料、周りの人に聞くしかなかったので、それはすごく大変でしたね。

丹羽

 ただそうやって外堀から埋めていくことで、結果的におぼん・こぼん師匠の仲直りを願っている人たちがこんなにもいるんだということが印象的に伝わってきましたよね。そういう雰囲気作りにもあのVTRは役立っていたように思います。

藤井

 この企画で最後になるかどうかは分からなかったのですが、出し惜しみせず、全力を出し切った状態で臨みたかったんですよね。作るのに時間はかかりましたけど、ここまでやって結婚式で仲直りできなければもう無理だ、というところまで行きたかったですね。

バッドエンドのエンタメ性

丹羽

 後編では結婚式が舞台になりました。番組としては、どのように関わっていきましたか。

藤井

 前編制作時にいろんな方にお話を聞いている中で、おぼん・こぼんさんの娘さん同士でコンビを組んでいたとか、視聴者含め僕たちも知らない事実がいろいろ出てきました。その中に、結婚式の話があったので、「ぜひ撮らせてください」とお願いしました。先ほども言いましたが、結婚式という娘さんの晴れの舞台で仲直りの機運をいかに高めていけるかが一番の仕事になると思っていました。

丹羽

 なるほど。それでも正直な話、仲直りできると思っていましたか。

藤井

 前編で、娘さんたちが「(お互いに相方が)死んだら絶対泣くの分かってる」とおっしゃっていましたよね。これはすごく強い言葉だなと思います。番組では結婚式にお二人が揃うのかを一つのポイントにしていましたが、結婚式には来てくれるだろうと思っていました。ただ、そこから先は正直分からなかったですね。僕自身は現場に行っていなかったのですが、ディレクターから一度「仲直りはできなかった」という報告を電話で受けていて、どういうラストにするか相談していた矢先、「動きがありそうだ」って。結局、何がどうなって、仲直りできたかなんてあんまりよく分からない。それが逆に生々しいというか。ドラマや映画だったら、もう少し理由が必要だと言われてしまうでしょうね。

丹羽

 あまりに突然の展開だったので驚きました。でも仲直りのきっかけって意外とそういうよく分からないものなのかもしれませんね。本人たちですらうまく説明ができない気がして、それがかえってリアルに感じられました。今回は幸いハッピーエンドという形に落ち着きましたが、もし仲直りできずにバッドエンドで終わっていたら放送していましたか。

藤井

 放送しなかったということはないでしょうね。もちろん最後はハッピーエンドになってほしいですが、バッドエンドに価値がないというのも違うかなという気がしていて。やってみた結果駄目だったことも、それがエンターテインメントとして成立していれば良いわけで。映画だって別にハッピーエンドの作品がいい作品ってことでもないですから。まあ、映画は作り話ですけど(笑)。

丹羽

 先日放送された、先輩がいないところで後輩芸人がどれだけ悪口を言うかを競う『陰口引き出し王決定戦』(2022年6月29日放送)も衝撃的な後味の悪さでしたね(笑)。ただ現実はいい人やいいストーリーばかりではないので、テレビも文学や映画のように人間の悪意や醜いところも描いていいと思っています。バッドエンドで賞を取ってもいいわけですよね。

藤井

 その方がさらに嬉しいかもしれないです。仲違いや陰口がバレることは実際に誰の身にも起こり得ることですよね。あれを見て、悪口ってよくないなって改めて思ったりもするわけで。番組では特別な人間や状況ばかりを見せているわけでもないし、汚い部分だから見せないというのは違うと思っています。

丹羽

 贈呈式の挨拶では「数々のバッドエンドがむしろフリになっている」というお話もありました。

藤井

 失敗することも多い番組なので、視聴者は今回もハラハラドキドキしてこのまま解散して終わると思った方もいたでしょうね。実際、過去2回の放送もバッドエンドで終わっていますし。そういうバッドエンドの展開もあり得ると思わせることができたなら、これまでの番組の行いがいいフリになったということですね(笑)。

新たな面白さへ、日々挑戦

丹羽

 今回一緒に選考にあたった土屋敏男さんは『水曜日のダウンタウン』には今のテレビに欠けている「勇気」と「粘り」があると評価していました。藤井さんは普段どんなことを心がけて番組を制作していますか。

藤井

 他の番組でやっていたものや、自分の番組内でも過去に行ったのと同じパターンになりそうなものはなるべく避けるようにしています。成功の見えている手堅いパターンより、失敗するかもしれないけど新しいことに挑戦する。ただ、『陰口』みたいなものを放送すると当然「ひどいことをするな」とか視聴者から言われたりすることもある。そうなると口当たりのいい番組にしようかなと思ってしまいがちですが、そこをぐっとこらえて制作しています。

丹羽

 実は選考会でも「いくら芸人とはいえ、プライベートに踏み込みすぎでは?」という意見もありました。藤井さんの中でどこまで踏み込むかという基準みたいなものはあるんですか。

藤井

 それは自分の感覚でしかないですよね。世の中の空気と照らし合わせながら、日々アップデートを重ねていくものかなと思っているので明確な基準はないです。昔の自分の番組を見た時に、今だったらやらないなというやり方も部分もあるので。ただ、見せ方としてはなるべく出演者が悪く見えないようにはしているつもりです。基本的には番組側に矛先が向くように。

丹羽

 スタジオでVTRを見ているダウンタウンさんから番組スタッフに対して「これはアカンやろ」ってすかさずツッコミが入っていますよね(笑)。ちなみに番組は、ダウンタウンさんの冠番組としては珍しく、紹介された“説”の検証VTRが主役の形式になっていますが、これには理由があるんですか。

藤井

 本当にたまたまですね。番組の企画段階ではダウンタウンさんとロケに行くことも想定していましたし、どういう番組になっていくのか分からなかったので、『水曜日のダウンタウン』というどんな内容にも当てはまるタイトルにしました。それに、番組内容が多少変化しても“説”というワードがあればどうにかなるかなという目論見はありましたね。

丹羽

 最後にテレビ業界全体に話を広げてみたいんですが、最近ではSNSや動画配信サービスの成長ぶりに押されて、「テレビ離れ」が進んでいると言われます。藤井さんは今の状況をどうご覧になっていますか。

藤井

 基本的に目の前の放送をどれだけ面白くできるかに集中しているので、全体的なことはなんとも言えないですね。むしろ動画配信サービスの登場によって出しどころが増えましたし、見逃し配信がなければ成立しなかった企画もあります。作り手の立場から言えば、できることの幅が増えているので、悪いことではないかなと感じています。

丹羽

 なるほど。藤井さんのように今の環境を前向きに捉えて、誰かが強烈に楽しめるものを追求するクリエイターが増えてくるとテレビはもっと面白くなる気がしますね。本日はありがとうございました。

藤井

 今の若い作り手はすでにそうなっている気もしますけどね。こちらこそ、ありがとうございました。

プロフィール

藤井 健太郎 さん(ふじい けんたろう)
TBSテレビ 演出・プロデューサー
1980年生まれ、東京都出身。立教大学卒業後、2003年TBSに入社。『リンカーン』『ひみつの嵐ちゃん! 』などのディレクターを経て、『クイズ☆タレント名鑑』『テベ・コンヒーロ』などを演出・プロデュース。現在は『水曜日のダウンタウン』『クイズ☆正解は一年後』『オールスター後夜祭』などの演出を手がけている。著書に、『悪意とこだわりの演出術』(双葉社)、『悪企のすゝめ 大人を煙に巻く仕事術』(KADOKAWA)がある。

丹羽 美之 さん(にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長
1974年生まれ。東京大学大学院教授。専門はメディア研究、ジャーナリズム研究、ポピュラー文化研究。主な著書に『日本のテレビ・ドキュメンタリー』、『NNNドキュメント・クロニクル:1970-2019』、『メディアが震えた テレビ・ラジオと東日本大震災』(いずれも東京大学出版会)などがある。