対談
ドラマ [最優秀賞&演技賞]
「美しい光の演技」
『エルピス ―希望、あるいは災い―』(関西テレビ放送)がドラマ部門最優秀賞を受賞。さらに、主演の長澤まさみさんに演技賞が贈られた。
7月13日にオークラ東京で行われた贈呈式当日に、ドラマ部門の河合祥一郎審査委員長が、長澤まさみさんにお話を伺った。
長澤 まさみ さん (ながさわ まさみ)
2000年第5回「東宝シンデレラ」オーディションにてグランプリを受賞し、同年女優としてデビュー。以来、多数の話題作に出演。近年では『コンフィデンスマンJP』シリーズ、映画『MOTHER マザー』『マスカレード・ナイト』『シン・ウルトラマン』『百花』『シン・仮面ライダー』『ロストケア』など。2022年放送の『エルピス ―希望、あるいは災い―』にて、第31回 橋田賞・第60回 ギャラクシー賞・第49回放送文化基金賞を受賞。2024年3月29日には映画『四月になれば彼女は』が公開予定。
河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)
ドラマ部門審査委員長
東京大学教授。専門はイギリス演劇、表象文化論。著書に『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、サントリー学芸賞受賞作『ハムレットは太っていた!』(白水社)など。角川文庫から『新訳 リア王の悲劇』、『新訳 ジュリアス・シーザー』などシェイクスピア新訳を刊行。
【あらすじ】『エルピス ―希望、あるいは災い―』
大洋テレビアナウンサーの浅川恵那(長澤まさみ)は、政治部記者である斎藤正一(鈴木亮平)とのスキャンダルによってエースの座から転落。ある日、浅川は、深夜の情報バラエティ番組の新人ディレクター・岸本拓朗(眞栄田郷敦)から、ある連続殺人事件の犯人とされる死刑囚が、実は冤罪かもしれないと相談される。浅川と岸本は、真相解明に向けて立ち上がる。政権からの圧力や組織の軋轢などと戦っていくことで、自らの封印してきた過去の痛みと向き合い、一度は失ってしまった“自分の価値”を取り戻していく姿を描く。
6年の歳月をかけて形になった『エルピス ―希望、あるいは災い―』
この度は、演技賞受賞おめでとうございます。
ありがとうございます。
『エルピス』は完成度が群を抜いていて、一段レベルの高いドラマでした。台本は約6年かけて形になったと伺いました。台本をお読みになったときのお気持ちをお聞かせください。
6年前の初稿の段階では、いろんな設定が今とは違っていたんですね。6年かけて形になったので、様々な変化を経て、多くの人の力が尽くされて世に送り出された作品になるのですが、私もその中のひとりとして、“一緒にこの作品を生み出そう”っていう気持ちで読んでいました。
浅川恵那役は、脚本家の渡辺あやさんが、長澤さんを当て書きされたとお聞きしました。読んだときの印象はいかがでしたか。
あやさんが、「長澤まさみがアナウンサーだったらどうか」「こういうふうに悩むんじゃないか」って当て書きしてくださっていると思うのですが、あやさんの鋭い嗅覚のようなものを感じました。脚本家の方には色々と透けてみえちゃうというのでしょうか、人の色々な側面を見て、物語を書いているんだなって感じました。
登場人物ひとりひとりの多面性が見事に描かれていましたね。
今回、長澤さんが演じられたのは、アナウンサーという難しい役柄ですが、発声の仕方や凛とした佇まいからしてアナウンサーそのものでした。かなり研究なさったのですか。
この仕事を始めてから、アナウンサーの方々とお会いする機会が何度かありましたので、そういったときにそばでその姿を見ていましたし、遠い存在ではなかったのでイメージしやすかったというのはあります。ただ技術的な発声方法などは、アナウンス指導をされている先生に教えてもらいました。でも実は時間がそれほどなくて、ニュース原稿を読み上げるシーンなんかは、ほぼ丸1日、2日間ぐらいで撮り終えなくちゃいけなかったのかな。本当に短い期間で撮っていましたので、集中的に先生についてもらって、ちょっとスパルタ特訓をしてもらいました(笑)。
そうだったんですね。ニュース番組のキャスターとしてずっと生きてきた人にしか見えませんでした。
嬉しいです。
11年ぶりの再会
大根仁監督とは、映画『モテキ』(2011年)以来のタッグですね。11年ぶりとなりますが、いかがでしたか。
『モテキ』で私が演じたヒロインは、殺人的な魅力を持つ女子ということで、かわいさが求められていたんですけど、今回は初めから監督が“かっこいい”女性像を作り上げたいとおっしゃっていたので、それに応えられるように、台本の細部をちゃんと読み取れるように取り組む日々でした。
ただ、浅川恵那って、長いものに巻かれて、見ている人が心配になるような主人公らしからぬ面も持ち合わせていて。
悩みや葛藤を抱えながら、“正しさ”を求めるのだけれど、何が正しいのかがわからなくてもがいていましたね。
そういう感情の流れが丁寧に描かれている台本だったので、そういったところをうまく演じきれれば、かっこよさっていうのは、人に届くなという風に思っていました。あとは監督が切り取ってくれると思っていたので、私自身はとにかく役になりきるっていうのが本当に大切な仕事でした。
先日、大根監督が、『モテキ』では20代で一番可愛い長澤まさみを撮り、『エルピス』では30代で一番かっこいい長澤まさみを撮ることができたとおっしゃっていましたね。
大根監督は俳優に愛情しかなくて、俳優にすごく恋するタイプの監督なんです(笑)。
監督の手腕を感じたシーン
作品の中で何度か出てくるのですが、ペットボトルから水を飲むシーンはとても印象的です。
台本に書かれていたシーンと、大根監督のアイデアで足された部分と両方あるのですが、本当に効果的だったなと思います。
「おかしいと思うものを、飲み込んじゃダメなんだよ」「私はもう、飲み込めない、これ以上」という台詞と“水を飲む”という行動がクロスする。
そうなんです。言いたいのだけれど、言い出せない。飲み込むしかないものを、水を飲むことで表現するって、私も演じていて「なるほど、そういうふうに表現するんだ」って、大根監督の手腕を感じました。目からうろこでした。
浅川恵那のキャラクターをつくるにあたって、長澤さんご自身が工夫されたことはありますか。
声の出し方ですね。浅川恵那の声は、“自分の聞いたことがある声”を出さないようにしようって心がけていました。
“長澤さんのこれまで出したことがない声”ということですね。
私自身、声が特徴的なタイプの俳優だと思うんですね。俳優がどんなに演じ分けたとしても、母体は同じなので、似てくるのは普通のことなのですが、そこはすごく意識しました。
撮影を振り返ってみて、思い入れのあるシーン、一番記憶に残るのはどのあたりでしょう。
やっぱり第一話ですね。どのドラマも一話目を作り上げるのが大変だと思うんです。やっぱり話の導入だし、人の心を掴みたいっていう気持ちが作り手にあるんだと思うんですよね。撮影のだいたい4分の1は一話目に費やす、それくらいの印象があるんです。
だから一話目って思い出がたくさん詰まっている気がします。さきほどの「私はもう、飲み込めない、これ以上」っていう屋上でのシーンも、夕日狙いで昼から日が暮れる、かなりギリギリくらいまで粘ったので印象に残っています。
では大変だったのはどのあたりですか?
最後の方になって撮影が立て込んでくると、睡眠時間がなくなるというのが大変だなっていうのを久々に感じました。寝る時間がなくなると、思考が止まっていくんですよね。だから何クールも何クールも立て続けにドラマを作っているスタッフ、キャストの方々には、本当に頭が上がらないなって思いました。
新人ディレクター役、元恋人・政治部記者役のおふたりについて
共演の眞栄田郷敦さん、鈴木亮平さんについて伺います。ご一緒されていかがでしたか。
おふたりに関しては、自分自身の芝居論がある方々だったので、「こうしたい」っていう意志が強くありました。浅川恵那は割と人に巻き込まれていく役柄だったので、おふたりをじっと見ながら、そこにうまく自分が入り込んでいくっていう作業だったので、その感覚が新鮮でした。受身の芝居っていうのは、今回、一つの新たなチャレンジだったかなと思っています。
眞栄田郷敦さんは、お芝居をされてまだ3年目なんですよね。驚きです。
もう本当にすごいです。吸収力がすごい方だなと思いました。初めて本読みをしたときから日々変化していくんですね、芝居が。
そうなんですね。
今回出演している俳優の方々は本当に実力のある方々ばかりですから、その一人一人と関わるごとに、いいところをどんどん吸収していく。だから見ていて面白かったですね。本人がそれに気づいてるのかどうかわからないんですけど。勘がいいというか、とても勉強家というか。いい芝居をちゃんと自分に取り込んでどんどん向上していきたい、立ち止まりたくないっていう意志を感じました。
彼の“目力”については、最初から台本に書いてあるのですか?
目力については台本に最初から書かれていましたが、セリフで「目力」と恵那がつぶやくのは大根監督が付け加えていました。
私は眞栄田さんの存在は以前から知っていて、初めて眞栄田さんのお顔を拝見したときから「すごい目をしてるな」って思ってました。この瞳が活かされるときがいつか来るんだろうなって思ってたら、この作品だった(笑)。
鈴木亮平さんは、2009年に私が書いたお芝居『ANJIN~イングリッシュサムライ』でご一緒したのですが、彼は役によって色が変わる、完全になりきりタイプ、同化していくタイプですよね。
今回、彼が演じた斎藤正一が実は何者なのかがわからないように描かれているところが面白い。
そうですね、ここ最近のドラマって、ミステリー調な作風が好まれる傾向があるなっていう印象があります。みんな、「斎藤さんが怪しい」、「斎藤さんが黒幕で犯人なんじゃないか」って。友達からも、「本当は斎藤さんが悪いんでしょう」なんて聞かれても、そういうドラマじゃないんだけどなと思いながら何とも答えようがなくてすごく困ったのを覚えていますね。
眩い光を放つ確かな演技力
タイトルの“エルピス”は、古代ギリシャ神話に出てくるパンドラの箱に最後に残ったものとされ、それは「希望」なのか「厄災」なのか。鈴木さんがなさった役柄が、日本の希望になるのか、災いなのか、わからない。謎解きをする物語ではない一方で、それを浅川恵那がどう受け取っているのかしらと思って観ていました。ご本人としてはいかがなんでしょう。
う~ん、どうなんでしょう。このドラマがちゃんとした答えを出さずに終わるように、それが答えであって、答えの出ない答えというのがあるんだなって思いました。
最後に、浅川恵那を演じきったあとの反響はいかがでしたか。
いつも「今までで一番好きだった」と思ってもらえるようにって演じているのですが、すごく尊敬している俳優の友達から、「自分の仕事に対してのモチベーションが、『エルピス』だったよ」って言ってもらったときはすごく嬉しかったです。
私自身もなんですけれど、いい芝居を観たり、いい作品を観ると、モチベーションが上がるんですよ。だから、撮影や仕事で行き詰まったり、疲れてしまったときは、舞台や映画を観に行ったり、ドラマを観たりするんです。私もエンターテインメントに勇気づけられながらこの世界にいるなって。私も人に勇気を与えられるような芝居をしていきたいです。
今回の長澤さんの演技について、私の講評となりますが、弱い人間としてもがく苦闘、真実を暴こうとする信念、女としての魅力と苦悩など、長澤さんの描く様々な面が、無数の面を持つダイヤモンドのように多様な光を放ち、そのどの光も眩しいほどに美しく、観る者の心に刺さっていく......本当に素晴らしい演技でした。
本日はおめでとうございました。