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放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2020年12月1日
第46回放送文化基金賞

鼎談

ラジオ番組 [優秀賞&出演者賞]

SFファンタジー?サスペンス?ホラー?…
実験的精神で制作した戦争特番 『戦争はあった』

アーサー・ビナード×鈴木 敏夫×金田一 秀穂

 『文化放送報道スペシャル 戦争はあった』がラジオ番組の優秀賞を受賞。小松左京の「戦争はなかった」に出会った詩人のアーサー・ビナードさんが、「戦争は本当にあったのか?」「東京のどこに戦争は隠れているのか?」という自身の疑問を解き明かすために、首都圏各地に存在する5つの戦争の痕跡を辿り実態を探った。アーサーさんは出演者賞を受賞。金田一秀穂委員長が文化放送のスタジオでプロデューサーの鈴木敏夫さんとアーサーさんに話を聞いた。

5つの戦争の痕跡
① 東京・巣鴨プリズン「絞首台はあった」・・・池袋サンシャイン
② 東京・成増飛行場「掩体壕(えんたいごう)はあった」・・・練馬区光が丘団地
③ 神奈川・相模原陸軍施設「将校の集合場所は今もあった」・・・相模女子大学
④ 埼玉・文化放送川口送信所「隠ぺい放送局はあった」・・・元NHK送信所
⑤ 東京陸軍中野学校「スパイの巣窟はあった」・・・東京都中野区

アーサー・ビナードさん 「紙芝居を制作中です。演じ手も観客も
巻き込まれる新しい人力メディアだと
思っています」

鈴木 敏夫さん
(すずき としお)
「根っからのラジオマンです。ラジオの
役割は…人を喜ばせることですかね」

金田一 秀穂さん
(きんだいち ひでほ)
ラジオ番組審査委員長

小松左京の問いに対する答え

金田一

 優秀賞そしてアーサーさんの出演者賞おめでとうございます。
 この番組は、近所にある場所で謎解きのように「戦争」を発掘するという、今までにない切り口が新しく、楽しく聴きました。どのようにしてこの番組が誕生したのか教えてください。

鈴木

 2015年に戦後70年特別企画『探しています』という番組を作りました。この番組は、薄れゆく戦争の記憶を探し、全国津々浦々1年かけて、47人の戦争体験者の方々をアーサーさんが訪ね歩いてお話を聞くという構成でした。日本の戦争はアメリカ人であるアーサーさんの目にはどう映るのか関心があったんですが、番組を作り終わった時に、そのような発想そのものが浅薄であったと気づきました。アーサーさんは、時に日本人の目を持ち、もちろんアメリカ人の目も持ち、様々な立場を行ったり来たりしながら俯瞰した目で印象を語ってくれました。
 昨年、戦後75年という節目にどのような番組を作ろうか、と考えているときにアーサーさんが「すごい本を見つけたよ!」と叫びながら僕の前に現れました。「小松左京がすごいのを書いているんだよ」と。それがこの番組が生まれるきっかけとなった「戦争はなかった」という一編です。戦後、何年も経って集まった同窓会で、主人公が戦争の思い出話を語ろうとしたら、誰も戦争のことを覚えていない。「おまえ、どうかしてるぞ」と同級生達に言われてしまう、そして、そのあと彼にはさらに悲しい展開が待っている、というSFでもありホラー小説だったのです。

アーサー

 小松左京の短編小説を読んだときに、「これは21世紀の言論空間を予言している。今まさに、この通りになっている。SFのファンタジーではなく、リアリティーそのものだ」と思ったんです。

鈴木

 我々はもちろん戦後生まれの世代で、実際の戦争は誰も見ていない。その小説を引き合いに出しながら、果たして本当に戦争はあったのか、なかったのか…。では本当にあったという証拠を遠くではない近場で探してみよう、というのを一つのテーマにしました。そして皆が知らない、知られていない、あるいは知っていなければいけないけれど見落としている戦争の爪痕を都内・近郊の街歩きのスタイルで探しに出かけました。ある意味、実験的精神で制作した番組です。

アーサー

 実際、どこの現場を探るかというときに、きれいに消し去られているところに行こう、と思いました。つまり、すさまじく重要な場なのに石碑一つだけポツンとあるとか、説明になっていない“説明板”だけとか。でも本当のからくりを知っている人と一緒に訪ねれば、きっと読み取れるだろう、そして、自分の発見をリスナーと共有できれば、この番組の存在意義があるだろうと感じていました。

鈴木

 当初は、スタッフが取材してきた取材音声をアーサーさんに報告するという形で番組を作ろうと思っていたのですが、アーサーさんが「自分で必ず現場を見に行きたい!」と、毎回記者と一緒に出掛けることに。ところが、アーサーさんは、東京と広島の2か所で活動していますし、講演なども多く忙しいので、とにかくスケジューリングに苦労しました(笑)。その甲斐あってこうして賞をいただくことができ、頑張ってよかったと思います。

戦争には興味がない!?

贈呈式でのアーサー・ビナードさんと鈴木 敏夫さん

金田一

 番組では、アーサーさんが実際現場に足を踏み入れたからこそ感じて発する言葉が印象的でした。大学卒業後に来日したとのことですが、その時から戦争について関心があったんですか?

アーサー

 実をいうと、僕は戦争にはさほど興味がないんです。むかしも今も。では、なぜ戦争に関する番組を作っているのか。僕の捉え方では、戦争の番組ではない、 “生き延びるための番組”なのです。僕はこれからの時代を生き延びたいと思っている。だから75年前の人々があの修羅場の連続をどう生き延びたかということを学んで、知恵を盗んで、先人たちの生命力と工夫を実感して、一人一人の体験に分け入って追体験できれば、これから来る地獄を乗り越えることができるかもしれないと考えています。昨今はいわゆるコロナ禍ですが、今後もっと大変な時代がやって来るでしょう。先人たちがどうやって愛する人を守ってどうやって命をつなげたか、僕も愛する人達を助けていきたいし、なるべく多くの人が基本的人権を保ったまま生き延びられるようにしたいと思ってるんです。

金田一

 そうだったんですね。アーサーさんは番組の中で、「戦争は嫌だ、戦争反対」と声高に言っている訳じゃないから、どういうスタンスで日本の戦争を見ているのかな、と思っていましたが、「どうやって生き延びるのかを学ぶ」と聞いて、その視点かと合点がいきました。

消された歴史こそ学ぶべきものがある

アーサー

 大切なのは「見抜く力」なんだとわかってきました。時の権力者や企業が言っていることを、鵜呑みにするのではなく、実態がどこにあってどこがプロパガンダなのか見分ける。時代を問わず、見抜こうとするとそれは、葬られた過去を掘り起こすプロセスとよく似ている。ほとんど同じ作業だと思うんです、75年前も今年も。そして過去を掘り起こして、実態を知れば「今」と重なる点が必ず現れる。「今」を見抜くレンズになるんです。 自分たちは見抜いているつもりで番組を作り始めるんだけど、実際はわからないことだらけ。今回、この番組で放送人グランプリの優秀賞もいただいて、その選考理由の中に「番組で取り上げた場所すべてが加害の歴史だ」と指摘してあったんです。

金田一

 そうか。たしかに5か所すべて加害者の視点だ。日本の戦争の取り上げ方は、多くの場合が被害者の視点なんだよね。加害の立場というのがあまりにも欠け落ちている。「こんなひどい目に遭った」という被害者の視点だけだと、「だから、あんな悲惨なものはやめよう」ということだけで終わっちゃう。それは当たり前のこと。そこからは何も生まれてこない。

アーサー

 僕も鈴木さんもほかのメンバーも、加害とか被害とかの意識すらなくて作ったんだけど、感覚的に、関心あるもの、知りたいものが出土しそうなところへ行ってみたら…それが全部加害だった。積極性があるのは「加害の歴史」であり、掘り下げる意味が大きいんですよ。「されたこと」より、「やったこと」の中に知恵と行動力がいっぱいひそんでいるんです。

眩しいほどの光を当てる訳

金田一

 そういう「戦争遺跡」しかも「加害者たちの遺跡」というのが、「今は太陽や光のイメージに変えられている」と、番組の中でアーサーさんが指摘してるでしょ。あれ、大変面白かったですね。再開発した巣鴨プリズン跡地を“池袋サンシャインシティ”、特攻隊員の訓練をした陸軍飛行場跡に建設された住宅地を“光が丘団地”と名付けられている。光が丘に住んでいる人はぎょっとするよね。自分の住んでいる所が陸軍の飛行場だったなんて聞かされたら。この言葉の感覚がさすがアーサーさんだなって。

鈴木

 言葉に対する鋭敏さがあるんでしょうね。インタビューのあとにアーサーさんがそれをどう受け止めたか、そして何を語るかがこの番組の要でした。それがあって、はじめて番組のキャッチボールになると思っていました。証言だけを集める番組にしたくなかった。

アーサー

 その結果、思いがけず「隠蔽工作の極意」をリスナーに授ける番組になったんだ。都合の悪いものを包んで隠すのは素人考え。むしろ隠したいものに眩しいほどの光をずっと当てていると、誰も隠されていると思わない。

金田一

 今回の審査でもアーサーさんの言葉の選び方、声、喋りのテンポが高く評価されていました。これは戦争がテーマの番組なんだけど、どこか冗談めかしててユーモアを交えた視点、明るくっていいなと。そういう風に聞こえるところが良さなんだよね。上手に外国人である自分も使い分けていて、隠し玉がいっぱいある。なんかズルいなーと。

一人でも多くの人に聴いてもらうために

鈴木

 僕の立場としては多くの人に聴いてもらうためにはどうすれば良いのかといつも考えています。日本人は新選組の人間模様が好きだし、織田信長や豊臣秀吉など戦国時代の事には関心がある。なのになぜか75年前の歴史については関心が薄い。だから、テレビやラジオもなかなか視聴率が取れない。結果として戦争を扱った番組も少なくなってきている。「戦争の風化」だけでなく「戦争報道の風化」ということも懸念しているので、文化放送では、毎年戦争に関する番組を放送しています。一方で、決して自己満足にならないように注意し、番組にするからには多くの人に聴いて頂きたいという思いがあります。

アーサー

 そうなんだよね。ラジオの向こうにいるリスナーの中には、ときどき聴いてる人、さっきたまたまつけた人、この番組を聴こうと待ちかまえてる人、予備知識ゼロの人もいれば、知り尽くしている強者もいる、みんなが興味をもって聴ける番組ってなかなかない。だからこそ、少しでも多くの人に聴いてもらうためには、ある種の軽妙さが大事。金田一さんが、「ズルい」とおっしゃったんだけど、より多くの人を招き入れるためのズルさとして、許していただけるかなと思ってるんです。

金田一

 その軽く楽しいところが伝わって初めて、聴く人に届くんだよね。

ラジオは最も純度が高いメディア

アーサー

 ラジオは音のメディア。みんな言うんですよ、ラジオは「音しか」伝わらないって。そうじゃなくて、「音が」伝わるんです。ラジオは音という純度の高い刺激を与えて人々に想像させ、考えさせる。そして自分の体験と繋がったときに、その体験が蘇ったりする。ごちゃごちゃだらだらと思考が鈍るようなラジオ番組は聴いてられない。反対にテレビは、映像にナレーション、音楽と、次々に足して見せるから、視聴者は思考停止になってしまう。何も考えなくても見ていられるからね。

金田一

 テレビは声もあるけどあんまり聴こえないのよ。見えちゃうから。外見が良いと、何か良いことしている人のような気がしちゃうじゃない?

アーサー

 そうなんです。見えるからつい騙されちゃう。「見せて隠す装置」だ。したがって選挙は全てラジオでやるといい。テレビでは一切、選挙報道禁止が妥当だろう(笑)。

金田一

  笑。なるほどね。顔なしで声だけでやったらすべて正直にわかっちゃう。
  番組も楽しかったけど、今日のお話も楽しかったなぁ。またお会いしましょう。

プロフィール

アーサー・ビナード さん
1967年、米国ミシガン州生まれ。コルゲート大学在学中、日本語に興味を持ち、卒業後に来日。詩作、翻訳、創作絵本、ラジオパーソナリティなど多方面で活躍。中原中也賞、日本絵本賞、山本健吉文学賞ほか受賞。文化放送『探しています』を書籍化した「知らなかった、ぼくらの戦争」が評価され、早稲田大学坪内逍遥大賞の奨励賞に選ばれた。今年9月、谷本清平和賞を受賞。

鈴木 敏夫 さん (すずき としお)
1964年、奈良県生まれ。関西学院大学卒業後、文化放送にアナウンサーとして入社。スポーツ中継から芸能番組まで幅広く担当し、ディレクターを経て2004年からは報道記者に。国会キャップ、ニュースデスク、ニュース解説を務めた後、2017年から報道スポーツセンター部長。映画好きで映画ペンクラブの会員。