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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2021年10月7日
第47回放送文化基金賞

対談

テレビエンターテインメント番組 [最優秀賞]

頑張り続ける人たちを応援したい

笠井 知己 × 丹羽 美之

 今年のテレビエンターテインメント番組は昨年5月に放送された特番『ウマい!安い!おもしろい!全日本びっくり仰店グランプリ』(中京テレビ放送)が最優秀賞を受賞した。料理がウマい!安い!は当たり前、サービスが独特でおもてなしすぎなお店を入り口に、店主の生き様まで迫る番組だ。今年の4月からはレギュラー番組としてタイトル改め『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』(毎週火曜日夜7時~日テレ系28局ネットで放送中)が放送を開始し、好評を博している。プロデューサーの笠井知己さんに丹羽美之委員長が話を聞いた。

笠井 知己さん(かさい ともみ)
中京テレビ放送 制作局 プロデューサー

丹羽 美之さん(にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長

丹羽

 最優秀賞受賞おめでとうございます。最初に受賞の知らせを聞いたときはどんな気持ちでしたか。

笠井

 まさか純粋なバラエティー番組で受賞ができると思っていなかったので、大変びっくりしました。

丹羽

 エンターテインメント部門では、ドキュメンタリーやドラマに負けず劣らず、バラエティーもテレビの重要な文化の一部だと考えていて、積極的に評価していきたいという思いがあります。今回の最優秀賞についても審査委員一同、とてもうれしく思っています。

店主の生き様×グルメ

丹羽

 最初、いわゆる「デカ盛り」や「激安」を売りにしたよくあるグルメ番組かなと思って見始めたのですが、予想を大きく裏切られました(笑)。この番組の最大の特徴はどんなところにあると思いますか?

笠井

 行き過ぎた独特のサービスやデカ盛りのメニューっていう視聴者が見て楽しいことが入り口ですが、その先に店主がどういう思いで作っているのか、お客様のためになぜそこまでやるのかという部分をつきつめる、店主の生き様にスポットを当てる、人にフィーチャーする番組だと思っています。

丹羽

 出てくる店主がみんな人間味があって素敵ですね。バラエティーのフォーマットや手法で作られてますが、どこか人間ドキュメンタリーや人情ドラマになっているところが同時にあって、一般的なグルメ番組の枠におさまり切らない新しさがありました。

(左)笠井さん(右)総合演出の竹内翔さん

『PS純金』スタイルで全国に挑戦!

丹羽

 そもそもこういう番組を作ろうと思ったきっかけはなんですか?

笠井

 元々東海エリアはモーニングというコーヒー1杯に卵とトーストがサービスでついてくる文化があるのですが、『PS純金』(東海エリアのグルメや文化を扱ったローカル番組。毎週金曜日夜7時~放送中)でそれを入り口にお客様のためにサービスをやりすぎている飲食店の取材を始めたのが最初です。そこから“サービスしすぎの店主は癖のある個性的な方が多い”ということに気付いたんです。その中でも「びっくりや」という焼き肉屋の60歳を超えた4兄弟の店主に密着する「びっくりや四兄弟」というシリーズで、その人たちの面白さと生き方に東海3県の人から共感を得たのが原点だと思いますね。そして、中京テレビ50周年の際、日本テレビさんに『PS純金』の軸をベースにした企画『ウマい!安い!おもしろい!全日本びっくり仰店グランプリ』を提案させて頂いたのがきっかけです。

丹羽

 全国であれだけ個性的なお店と店主を探してくるリサーチ力に驚かされました。どうやって探し出すのですか?

笠井

 最初はネットでリサーチします。そのときも「デカ盛り」と入れるんじゃなくて、「量 食べきれない」や「麺 長すぎる」とか独特の検索キーワードを入れ込んでスタッフがひたすらに検索するんです。そこから食べログなどのグルメレビューサイトの口コミを手掛かりに、10件くらいお店を見つけたら、名古屋から1週間ほど遠征するという感じです。ただ、それでヒットするお店は少なくて、目的のお店に行く途中に一般道を走っていたら“あのお店の外観いいな”って、たまたま入って見つけることも多いですね。

丹羽

 基本的にはディレクターがハンディカムを持って取材に行くスタイルですね。具体的にどういうプロセスで取材と撮影を進めていくのですか?

笠井

 「最初は取材ではなく、お客さんとしてお店に行ってください」と総合演出が取材スタッフに伝えています。自分がお客さんという立場でお店に入って、食べてみておいしい、サービスがすごい、店主の方が面白い、なんかありそうだなと思った時点で初めてカメラを向けさせてもらう。カメラを向けて良さそうだったら一度会社に持ち帰って総合演出と相談し、改めて取材に行きます。だいたい1軒につき、最低5日くらい密着して、日常を切り取って描いていくというやり方をしていますね。

個性的なお店と店主が次々登場する

丹羽

 グルメ番組では通常、グルメリポーターを立てたり、豪華なスタジオを用いるスタイルが多いと思うのですが、『ウマい!安い!おもしろい!全日本びっくり仰店グランプリ』ではそれを全部排除していますね。これは『PS』シリーズのスタイルと同じなのですか?

笠井

 全く同じですね。背景幕の前でタレントさんが座ってコメントしてもらうというスタイルで『PS純金』もやっています。僕はもともと東京制作部にいたので、ゴールデンの全国ネットで戦うなら、タレントさんも豪華にして、セットも作ってという思いが少しあったんですけど、名古屋のスタッフに「自分たちのスタイルで戦いましょう!」って逆に言われて。「これで間違いないです!」って振り切って今も同じスタイルでやっています。

丹羽

 そうしたらそれが視聴者にもちゃんと届いた。

笠井

 そうですね。でもその分、ナレーションをすごく少なくして、出演者の方の喋りをすごく活かして、演出的にはよりタレントさんの喋りが際立つようになっていると思うので、そこは逆にいいかなと思ってますね。

丹羽

 お店を次々に紹介していくテンポの速さも独特ですね。「話は変わって~」というふうに次のお店にさらっと切り替わる。せっかく感動するような良い話をしていても、余韻に浸る時間を作らずにさらっと次に行くのは何か意図があるんですか?

笠井

 この番組は「美味しそうなグルメ」と「行ってみたい」が基本で、その先に店主の方の生き様を短い時間の中で描く番組なので、最初から良い話や感動する話を探そうという方針では作ってません。ただ、笑ったあとにちょっとだけ感動とか涙とか良い話が入ってくると気持ちを揺さぶられて、より記憶に残ると思います。感動ものという作りにはしたくないのですが、気持ちをちゃんと揺さぶるように編集するというのは心がけています。

丹羽

 なるほど。驚いたと思ったらほろっと感動させられたり、また大笑いさせられたり。あのテンポ感に秘密があるわけですね。

笠井

 僕らはあんまり意識していないんですけど、「感動が追い付かない」っていうツイートを結構見ますね。感情を揺さぶる編集も『PS純金』で何年も試行錯誤してようやくたどり着いた手法なんです。『PS純金』も、最初は全然視聴率が取れなかった(笑)。先輩プロデューサーや演出チームと毎回どういう順番で画をつないでいくと人の心は揺さぶられるのか、視聴率が落ちないのか研究をしつくしました。それが今につながっていると思います。

丹羽

 今回の番組の背後には何年もかけて『PS』シリーズで培ってきたたくさんの手法が活かされているのですね。

コロナ禍の今だからこそ

丹羽

 去年から今年にかけてのコロナ禍の影響は大きかったと思います。特にこの『ウマい!安い!おもしろい!全日本びっくり仰店グランプリ』は個人の飲食店を取り上げることが多いので、取材を続けていくのが難しくはなかったですか?

笠井

 難しかったですね。放送日が5月だったのですが、3月末には取材ができない状況になりました。一番辛かったのは、多くのスタッフに「この時期にこういう番組を作ることが正しいのかどうか」と言われたことです。みんなお店に対して愛情があるので、「自分がコロナに感染するのも怖いし、取材先の人に迷惑がかかるのも嫌だ。コロナ禍で取材することに正義があるのか」と。でも、放送も1か月後に迫っているし、どうしようかなと思って当時の編成部長に相談したら、「放送という枠を預かってる責任と、逆に言うとコロナだからこそ飲食店の人を応援する正義がある。この番組にはそこしかない」って言われて、スタッフ一人一人にそれを説明して回りました。そうしたら「やります」と言ってもらえて。もちろんみんなにはしっかり感染対策をしてもらった上で取材に行ってもらい、何とか放送にこぎつけた感じですね。今も4月から『オモウマい店』がスタートしていますけど、全国の飲食店の方を、頑張り続ける人たちを応援したいという正義をしっかり持ち、放送することに意義があるとみんなで戦っています。

丹羽

 人と密に接する取材スタイルをあえて採用しているので、コロナ禍で撮り続けるのは大変だっただろうと思いました。でも、そこであきらめずに撮り続けた結果、今コロナ禍で苦境にあえいでいる飲食店の人たちの日常や思いに迫ることができた。日々どんな思いでお店を切り盛りしているのかということが報道とはまた別の形で伝わってきました。

笠井

 視聴者の方からの感想で一番うれしいのが、「やっぱり外食っていいな」っていう言葉なんですよね。コロナ禍で思うように行くことはできませんが、飲食店に家族や友達と行ったり、人と喋って外で食事するってやっぱりいいんだなっていうのを改めて思ってもらえてるんだっていうのは番組を作り続けてる意義があるのかなと思っています。

丹羽

 飲食店のみなさんに対する応援歌のような番組になっていますね。最後に、今後はどんな形で番組を発展させていきたいですか。

笠井

 今は関東のお店を中心に取材していますが、今後は全国のお店に取材に行って、全国区のブランドの番組にして、全国の飲食店の皆さんに勇気と元気を与える、視聴者の皆さんにも「今週ちょっと嫌なことあったけど、オモウマみて元気出すか」っていう風に1週間の中で日常の栄養剤になるような番組にしていきたいなと思っています。いつか海外のオモウマい店でもやってみたいですね。

丹羽

 全国にはまだまだびっくりするようなお店がたくさんありそうですね。海外版もぜひ見てみたいです。本当に受賞おめでとうございました。

笠井

 ありがとうございました。


 

 

プロフィール

笠井 知己 さん(かさい ともみ)
中京テレビ放送 制作局 プロデューサー
1978年生まれ。愛知県出身。一橋大学 社会学部卒。
制作会社を経て2005年 中京テレビに入社。
『フットンダ』『PS純金』などの演出を経て、2021年4月より『ヒューマングルメンタリー オモウマい店』のプロデューサーを担当。

丹羽 美之 さん(にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長
1974年生まれ。東京大学大学院教授。専門はメディア研究、ジャーナリズム研究、ポピュラー文化研究。主な著書に『日本のテレビ・ドキュメンタリー』、『NNNドキュメント・クロニクル:1970-2019』、『メディアが震えた テレビ・ラジオと東日本大震災』(いずれも東京大学出版会)などがある。