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HOME読む・楽しむ震災から10年。彼らひとりひとりの気持ちをドラマに込めて 一色 伸幸 × 河合 祥一郎

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放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2021年10月7日
第47回放送文化基金賞

対談

テレビドラマ番組 [最優秀賞&脚本賞]

震災から10年。彼らひとりひとりの気持ちをドラマに込めて

一色 伸幸 × 河合 祥一郎

 テレビドラマ番組最優秀賞に、『宮城発地域ドラマ ペペロンチーノ』(NHK仙台)が選ばれた。さらに、草彅剛さんに演技賞が、一色伸幸さんに脚本賞が贈られた。
 シンプルだからこそ旨い味を出すのが難しいペペロンチーノに託しながら、深い葛藤を抱え、その痛みとともに生きていく人間の奥深さを描いた作品として高く評価された。
 テレビドラマ番組の河合祥一郎審査委員長が、脚本を手がけた一色伸幸さんにお話を伺った。

一色 伸幸 さん (いっしき のぶゆき)*写真右 脚本家
1982年火曜サスペンス劇場「松本清張の脊梁(せきりょう)」で脚本家になる。映画の代表作に、1987年「私をスキーに連れてって」、1988年「木村家の人びと」、1989年「彼女が水着にきがえたら」、1990年「病院へ行こう」、1993年「僕らはみんな生きている」などがある。テレビ作品では、「ネットワークベイビー」(1990年)が放送文化基金賞奨励賞を受賞、震災1年後の宮城県女川町でのラジオ局を舞台にした“NHK 特集ドラマ「ラジオ」”(2013年)にて、 ギャラクシー賞入賞、文化庁芸術祭大賞、シカゴ国際映画祭テレビ賞など多数受賞。

河合 祥一郎 さん (かわい しょういちろう)*写真左 テレビドラマ番組審査委員長
東京大学教授。専門はイギリス演劇、表象文化論。著書に『シェイクスピア 人生劇場の達人』(中公新書)、サントリー学芸賞受賞作『ハムレットは太っていた!』(白水社)など。角川文庫から『新訳 リア王の悲劇』などシェイクスピア新訳を刊行。2022年に、作・演出の『ウィルを待ちながら~インターナショナル・ヴァージョン』が、ルーマニア・シビウ国際演劇祭に参加予定。

【番組のあらすじ】
小野寺潔(草彅剛)は、宮城県牡鹿半島でイタリアンレストランを営むシェフ。東日本大震災の津波で、レストランを失い、失意のなかアルコールに溺れてしまう。死ぬのが面倒だから生きている・・・・・・そんな状態の潔は自暴自棄の生活を送る中でバイク事故を起こしてしまう。潔は搬送された病院で、東京から被災地支援で来ていた医師佐々木(國村隼)に出会い、ある約束をする。 震災から10年間酒を辛抱したら、打ち上げをしよう。マラソンてのは、ゴールがあるから走れるんだ 。その後、仮設住宅で高校の同級生より子(矢田亜希子)に偶然再会し、ペペロンチーノをふるまったことをきっかけに、潔は新しく店を建て直すべく動きだす。
そんな潔のそばに、いつも寄り添う潔の妻、灯里(吉田羊)。
そして潔は、震災からちょうど10年の2021年3月11日に、震災後に出会った友人たちを招き、宴席を企画する。被災地が厳粛な空気に包まれるこの日に、あえて酒を酌み交わそうという突然の招待に戸惑う友人たち。そこで潔はその意図を語り始める。 この打ち上げには、俺を今日に連れてきてくれた人たちを呼んだんだ 。そして、宴会が進むなか、発災から10年間のひとりひとりの物語が浮かび上がってくる・・・。

笑いながら、ときに泣きながら紡いできた物語

河合

 この度は、脚本賞受賞おめでとうございます。

一色

 ありがとうございます。

河合

 これまで“大都市から見た震災”が当たりまえのように報道されてきたなかで、『宮城発地域ドラマ ペペロンチーノ』は、復興という枠から離れて、それを乗り越えてきた人々の視点で描かれていました。大切なのは、共通した見方でなく、きわめてローカルな、その場でしか感じ得ないことなのだと、そのことを『ペペロンチーノ』は痛切に表現してくれていました。深い感銘を受けました。

一色

 『ペペロンチーノ』は、僕がこの10年間に東北で出会った人たちが、節目節目に漏らした言葉や、見せてくれた喜怒哀楽が原作になっていると思います。家族ぐるみのお付き合いをしていくうちに、東北に大好きな人たちが増えました。笑いながら、ときに泣きながらということもありました。10年にわたって紡いできたご縁や過ごしてきた時間があるので、“内側から描く”ということを丁寧にできたように思います。

河合

 東日本大震災の被災地を舞台に作品を書くきっかけが何かおありだったのでしょうか?

一色

 初めて被災地に行ったのは2011年の夏だったのですが、僕はライターでもありダイバーでもあるので、あのすごい津波があった海の中を見てみたいと潜りにいったんです。潜っていると、珍しいのか漁師さんが見にきて、「海の中どう?」って聞くから、「いやぁ、引き波にもっていかれて、ほとんど魚がいないよ。ただ、ムラサキウニの美味そうなのがごろごろいるよ」って答えたんです。そしたら、その漁師さんが「ウニは食わない」って言うんです。「なんで?」って聞くと、「ウニは死体を食うから」って。僕はその一言に、ものすごくショックを受けました。でもね、その漁師さんたちとカラオケに行くとね、吉幾三さんの替え歌で、「車も無エ、家も無エ、俺ら、こんな町いやだ」って、笑わせてくれるんです。それを機に現地の人たちと親しくなり、徐々に被災地を舞台にした作品を書きたくなっていきました。

「宮城発地域ドラマ ペペロンチーノ」

嬉しい誤算?!

河合

 取材は長くされていると思うのですが、『ペペロンチーノ』の脚本はどれくらいの期間でお書きになったのですか?

一色

 NHK仙台放送局からオファーがあって、脚本の形になるまでが、1か月ぐらいです。

河合

 脚本が精巧に作られていて、吉田羊さんが演じる奥さんの灯里が、実は10年前の震災で亡くなっていて、草彅剛さんが演じる潔にだけ見えているということが徐々にわかってくる・・・そのことがラストで明らかになった瞬間、それまでの事柄が一気に回収される展開に引き込まれました。

一色

 最初から灯里の存在を明かすよりは、だんだんとわかっていったほうがエンターテインメントとしては面白いだろうなと工夫したのですが、ただ、僕ら制作サイドは、視聴者の方が、灯里が“ああいう存在”であるってことをラストになるまで気づかないとは思っていなかったんです。ミステリーではないから視聴者をだまそうとはしていないので、前半部分で気づくだろうなと。

河合

 私は観ていて、潔と灯里のリアクションが微妙にずれているなと思いながらも、灯里が“そういう存在”だということに気づかず、潔が奥さんに対して、ちょっと冷たいなくらいに思っていたんです。ラストで、「あっ、そうだったのか」と。微かに感じていたひっかかりが、ラストで回収されることで胸に迫ってくるものがありました。

一色

 それは嬉しい誤算だったと言えるかもしれません(笑)。僕らは、灯里が“ああいう存在”だということを匂わせる描写はしていません。それなのに、視聴者のツイッターの感想を追うと、コロナ禍という設定で、潔ほか全員がマスクをしているなかで、灯里だけがマスクをしていないのは、「“ああいう存在”だったからなんだ、なんて考えられた脚本なんだ」って。でも、僕らは現場で単純に、「灯里は10年前に亡くなってるんだから、マスクはしてないよね」という話をしただけで、ほのめかす意図はなかったんですよ。

現場で最後まで台本を手がけるということ

河合

 一色さんも撮影現場にいらっしゃっていたのですね。

一色

 草彅君に変わってると言われたんだけど(笑)、僕の場合は、かなり現場にいるんです。場合によって現場で台詞もいじっていきます。役者さんは急に覚える台詞が増えるから気の毒なんだけど(笑)。今回でいうと、ラストの「paradiso(パラディーゾ)」というレストランでのシーンは、初めは、灯里が“ああいう存在”だったということがわかってそのまま終わる予定だったんです。でも、現場で彼らを見ていたら、未来の話をさせてエンドにしたいなとアイディアがでてきて、その場で急遽追加しました。

河合

 その場で変更を加えられるのは、俳優陣との信頼関係が築けているからできることですよね。

一色

 対面しているからこそできると思っていて、現場に本を渡しただけで撮りあがってくるのは、なんだか無責任な気もするんですよ。今回に限らず、監督とかキャメラマンの邪魔をしない範囲内で、できるだけ対面してきました。諦めが悪いというか、最後まで諦めたくないんですよね。

河合

 蜷川さんの演劇の現場でも、翻訳をした松岡和子さんがずっとそこにいらして、その場で台詞を修正したり、役者からの質問に答えたりしていらっしゃいました。作品を愛していらっしゃるからこそなんだと思います。

「宮城発地域ドラマ ペペロンチーノ」より

演じる助けになるならば、取材してきたことを届けたい

河合

 キャスティングは、台本をお書きになるときに決まっていたのですか?

一色

 単発ドラマや映画のキャスティングは、台本ができた後になります。今回は、台本を読んだ俳優陣のリアクションが早くて、「やりたい」ってすぐ集まってくれました。

河合

 銀鮭を養殖する漁師の友作を演じられたのは、息子さんであり俳優の一色洋平さんですが、お父様からオファーされたのですか?

一色

 僕からしました。漁師役というと、ガタイがよくて、日焼けしてみたいな人がキャスティングされるのですが、今時の漁師さんを描きたかったので、真逆のタイプの、僕の次男はどうですかと提案してみたんです。

河合

 草彅剛さんや吉田羊さんの演技をご覧になってどう思われましたか?

一色

 感情移入をして大きい芝居をしようと思えばいくらでもできる役なんですが、それを、ものすごく淡々とやってくれたのがよかったですね。撮影がクランクアップしたときに、おふたりが泣いたんです。これまでいろんな経験を積んだ、いわば百戦錬磨のおふたりが泣いたことに、僕らもびっくりしたのですが、今も見つからない人たちが沈んでいるあの海を目の前に被災者を演じていく、あるいは亡くなった人を演じていくのは、僕らには想像できないなにかがあるんだろうなと。彼らなりの背負い方をしてくれて、ありがたかったですよね。

河合

 特に吉田羊さんは、亡くなられた人の役で、死んだ状態を演じるのは、難しいと思うんですよね。

一色

 ご本人は、「居るだけでいいから楽なんですよ」って言ってたけれど、難しかったと思います。吉田さんは、撮影の合い間に僕のところに来て、この海で具体的にどういうことがあったのかを聞いてきたこともありました。

河合

 演劇の世界でドラマターグという人がいて、演出家にいろんな情報を与えるという役割なんですが、まさに一色さんは現場にいらして、ドラマターグをなさっていたんですね。

一色

 取材している僕が一番長く携わっているので、被災者の方から聞いた話を、できるだけ俳優や監督にフィードバックしてあげたいなと思うんです。それが演じる助けになったり、励みになったりするならばって。

“怒らせてでも書きたい”と言えるために、好きでいたい

河合

 このドラマには、長い期間、現地の人たちを取材されてきた一色さんだからこそ書ける台詞がちりばめられていました。例えば、「俺は被災者じゃない。料理人です」という台詞は、非常に印象的でした。

一色

 “被災者だから注目される”ことを不本意に感じている人もいるんですよね。僕の友達もね、「俺は被災者じゃない。かまぼこ屋だ」って言うんです。被災者だということをもう忘れてほしいと思っている人がいたり、故郷が被災地、悲しい場所として取り上げられることに傷ついている人がいたりするんですよね。

河合

 取材をなさるとき、どのように取材対象者と向き合っているのでしょうか?

一色

 通常の取材ではファクトを聞き出すことが大事なのでしょうが、僕は“相手を好きになれること”を聞き出したいと思っているんです。そうするとね、その人物のいろんな面を書きたくなるし、重層的になる。“それらしく描く”ということをしたくないので、できるだけ内側に入って、内側からの視点で描けたらって思っています。

河合

 今回、特に思い入れのあるシーンがあったら教えてください。

一色

 みんなでお酒を酌み交わすシーンで、3月11日だから自然と“献杯”となるときに、潔が、「いや、乾杯にしよう」と言うところです。彼らは今でも3月11日に“献杯”って言うんです。でもね、僕から見ると、この10年間彼らは悲しみを乗り越え、今後のための防災対策や街づくりを1日も休みなくやってきたのだから、「もう乾杯でいいよ。そろそろ自分たちに乾杯でいいよ」って思うんです。だからそこは、僕が外の人間として書きました。「君らに乾杯だよ」って。中の人が言えないことなので。

河合

 なるほど。そこで、現地の人も「そうだ、乾杯でいいんだ」と思えるわけですね。

一色

 思った人もいるだろうし、当然ながら、「いや、そうじゃない、今日は命日なんだから“献杯”なんだ」って怒る人もいると思うんですけど、僕は怒る人はいてもいいと思うんですよね。全部に忖度すると、当たり障りのないものしかできなくなる。怒ったり、不愉快になったりする人がいてもいい、そういう人たちと会ったら、謝ればいいと思ってるんです。でも、そうやって“怒らせてでも書きたい”って言えるために、彼らを好きでいたいんですよね。

河合

 お話を伺うと、人々への愛が込められた作品だなとつくづく思いますね。『ペペロンチーノ』は、そこにいた人たちの人生がつまった作品ですね。

一色

 ドラマである以上、ストーリーは虚構なんだけれども、ひとりひとりのホントの気持ちはどこか伝わってくれるといいなと思っています。落語の「芝浜」を土台にしたり、童話っぽく、絵本を見ているようなテイストもあったりします。リアリティーはあるけれど、どこかにファンタジーなところもある、そんな作品になったと思います。

河合

 何気ない日常が大切であることを気づかせてくれたドラマだとも思うのですが、振り返ってみる何気ない日常が、とても胸に迫ってきました。

一色

 灯里が“ああいう存在”だとわかって、もう一度ドラマを見返したときに、潔と灯里が朝起きて、「一生懸命なバッタはな~んだ?」「がんばった」、「便秘のバッタはな~んだ?」とふざけあっている、そんな何気ないファーストシーンが一番悲しいでしょう?

河合

 ええ。見返して、ジーンとする。何度も何度も見返したくなる作品だと思いました。ぜひ再放送をしてほしいです。本日はお話しくださり、ありがとうございました。