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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2020年12月1日
第46回放送文化基金賞

対談

テレビドキュメンタリー番組 [最優秀賞]

性被害者たちを苦しめているものとは

植田 恵子×桐野 夏生

 『NNNドキュメント’19「なかったことに、したかった。未成年の性被害①」「なかったことに、できない。性被害②回復への道は」』(日本テレビ放送網)がテレビドキュメンタリー番組の最優秀賞を受賞した。ディレクターの植田恵子さんは現在、気仙沼に拠点を置いており、リモートで桐野夏生委員長が話をきいた。

【番組のあらすじ】
NNNドキュ
メント’19
「なかったことに、したかった。未成年の性被害①」「なかったことに、できない。性被害②回復への道は」

 2019年、性犯罪裁判で無罪判決が相次いだ。理由は被害者が抵抗しなかったからだという。本当にそうか?被害を訴える様々な方々を取材した。性被害の8割は顔見知りからで、被害者は体が凍り付く。被害者の4割は未成年で、証言能力が低いと判断される。被害者は周囲から「あなたにも落ち度がある、相手にも家族がある」と責められる。問題の本質は勇気を出して告発した被害者の思いをくみ取れない私たちにあるのではないか。罰せられる事もない加害者は実態をよく知るべきであり、変わるべきは私たち社会ではないか。
 そして、性犯罪の被害者は、体の傷だけではなく、精神も傷つく。自傷行為、自殺願望、性の回避や依存。他人との人間関係が構築できないなど、人間の発達に大きな影を落とす。そして心と体の傷は、長い時間が経っても癒えることはなく、むしろじわじわと被害者を蝕んでいく。そんな被害者は、どうやって回復していくのか。2週連続で被害の実態を訴え回復への手がかりを探った。

桐野 夏生さん(きりの なつお)
テレビドキュメンタリー番組審査委員長

桐野

 テレビドキュメンタリー部門最優秀賞おめでとうございます。

植田

 ありがとうございます。

桐野

 性被害や性犯罪などについての番組はほとんどなかったので、私も今回のご受賞はとてもうれしかったです。
 まず、この番組を制作しようと思ったきっかけを教えてください。

被害を言葉化するのに長い時間がかかる

植田

 10年程前に10代、20代の“生きづらさを抱えた女の子たち”を支援している団体を取材しまして、彼女たちの悩みは、虐待、いじめ、摂食障害など様々だったのですが、その中で性的に傷ついた経験を語る子が多かったんです。でも、「ついて行った私が悪い」「こういう目に合うのは、私なんてこの程度の価値だから当然」だとか、「別に傷ついてもいない」と言って、それを“性被害”とは語らなかったんです。
 その後、自分でも勉強して、被害を否定したり、忘れてしまったり、自分で自分を傷つけてしまったりすることこそが性被害の影響なんだということを知りました。その複雑な心境を教えてもらいたいと思って、今回の番組を企画しました。混乱の中にいる10代の子たちに語ってもらうのは難しいと思ったので、少し言葉で表現できるようになった30代、40代の方に未成年の時に受けた被害当時の混乱などを語ってもらいました。

桐野

 日本は、被害にあった女の子たちが“自分が悪い”と思い込まされて告発できない、自己責任論という空気を作ってしまっていると思います。30代、40代にならなければ言葉化できない。自分の中で整理することに時間がかかるということ自体が、すごく痛ましいと思います。今回の番組からは、その言葉化できるが故の痛みが伝わって、如何に被害が長引くかということも分かって良かったと思います。

誤解や無理解にさらに傷つく被害者たち

植田

 周囲の誤解や無理解が彼女たちを苦しめているんですよね。「セカンドレイプ」という言葉がありますが、性暴力によって傷ついて、そこからどう抜け出したらいいのか分からなくて、あがいている子たちに「なんで逃げないんだろうね?」などと無責任な言葉を放ってしまう。親も先生も警察や裁判官、メディアの人たちも理解してないんですよね。被害者の皆さんが言っていたのですが、「自分が悪かったのかな」と思うしかなくなってしまうと。「そうではない」ということをもっと知っていかないと問題の本質が見えてこないと思います。

桐野

 少し前までは、欧米などで、実の父親が娘をレイプする事件の報道などがあると、「信じられない」という人が大勢いたのではないかと思います。でも、それは知らなかっただけで、近年は日本でもSNSなどで被害を発信する方も出てきましたから、隠蔽されていた性被害の多さが露わになってきました。でも、周囲の理解や法整備も含めて、まだまだ遅れていますね。

植田

 そうですね。私もこの問題を知ってから思い返すことがあります。幼稚園の頃に一緒に人形ごっこをしていた子がすごく際どい遊びをしていたのは、今思えば、あの子は性虐待を受けていたのかな?と。高校生の時にも友達がすごく言いづらそうに、「子供の頃、通りすがりに男の人に触られたことがあって、それが今でもしんどくて・・・」と言っていたのを私は全くその痛みに気づけなくて「そんな昔のこと忘れた方がいいよ」と言ってしまったことがありました。当事者の人たちが苦しんでいるということを知らないと、傷つけてしまう。攻撃しているとは思わずに、攻撃するような言葉を放ってしまうんですよね。実際に被害にあった人たちの話を聞いて、そのことに気づいて恥ずかしくなりました。なので、番組では、どうして被害が理解されなかったり、誤解されてしまうのか、という部分も表現したいと思いました。

意外な反響

桐野

 番組では、お顔を出して証言されている方がいらっしゃいました。テレビに出るということはリスクもありますし、すごく勇気のいることですね。

植田

 実名で顔を出して出演してくださった方とは何年も前から面識がありまして、企画の段階から色々と相談していました。初めてお会いした時は迷っていらしたのですが、徐々に、顔のある存在の方が被害当事者たちに届くという考えに辿り着いたようです。私も隠す存在ではないということを伝えたいと思っていましたが、傷が深い分攻撃に対するダメージが大きく出てしまうので、このSNSの時代にバッシングされてしまったらどうしようかと不安もありました。

桐野

 番組が放送されてからの反響はどうでしたか?実際、SNSなどで攻撃とかがありましたか?

植田

 それが、思いの外好意的でした。「こんなにも深く傷ついているとは思わなかった」「ようやく言えた時に周囲から否定されてしまうんだということに深く共感した」などの声がほとんどだったんです。被害者の方たちも“自分の言葉が受け止めてもらえた”という感覚を持たれたようで嬉しかったです。

桐野

 それはよかったですね。映像の訴える力は、インパクトが強いですから。

植田

 あまり言いたくないこと、例えば、自分も先生に憧れていたとか。そういうことは責められてしまう可能性があるんですよね。本来ならば責められなくていいことなんですけど。その様な周囲の人たちに誤解されてしまうようなことを聞いていったので、そのことについても事前によく話し合いました。

取材中によみがえった被害の記憶

桐野

 番組の中で、被害者がその場所にいく、というシーンがありました。痛ましい思いで見てましたが、あれはどういう状況だったのですか?

植田

 彼女は16歳の時に被害を受けたのですが、記憶が曖昧だったので、最初は行く予定ではなかったんです。「何か痛くて怖い思いをしたけど、よく覚えていない」と証言していたので、その覚えていないという話をどこで聞いて、撮影しようかと相談していました。
 被害にあった当日に降り立った駅から行くはずだった目的地は覚えている。その駅に行きたい気持ちと怖いという気持ちの両方があるけど、このタイミングで行ってみたい、というので、駅から目的地までちょっと歩いているところで話を聞こう、ということになりました。とはいえ、すごくダメージの大きいことだと思ったので、「駅で降りるのが辛かったら降りないでおこう」という話をしながら電車に乗っていたんです。すると、ふと視界に入った公園を見て「あっ、なんかあそこが気になる・・・」と言って、その駅で降りて、「さっきの公園・・・どっちだろう?」と目的地とは違う方向に歩きはじめたんです。私とカメラマンは「何だろうな?」と思いながらついて行くと、電車の中から見えた公園に辿り着いたんです。被害にあったトイレを見たときは「ドラマで見た場所に来たような感覚です」と。ふわふわとした、現実か非現実かという感覚があるんだな、これもひとつの被害の影響なんだと思いました。

桐野

 記憶を失くすということは、多いのでしょうか?

植田

 そうですね。記憶が断片的だったり、あやふやだったり、記憶そのものが抜け落ちてしまったりということは結構あるみたいです。なかったことにして、蓋をしてしまう。でも、後から噴き出てくるといいますか、何らかの症状だけが出てきて、何が原因なんだろうかと、被害が分かることがあるみたいです。

桐野

 取材後の彼女はいかがでしたか?

植田

 取材したすぐ後は、ダメージが残って欲しくなかったので、お茶をしたり、いい香りのするクリームを買いに行ったりしました。「何かちょっとでもダメージが出たら教えてね」という話をして、彼女と繋がっている当事者団体の方にも気にかけてもらいました。
 この部分を番組で使っていいのかとすごく悩みました。でも、彼女には伝えたいという強い気持ちがあったので、記憶を失くしてしまうということに悩んでいる姿というのを伝えたいなと思って、使わせていただきました。

「隙」に「付け入る」加害者は?

桐野

 学校の先生や、あるいは実の父親から受ける、というショッキングな話も多くあります。加害者の側にも話を聞いてみたい気がするのですが、どうなのでしょう。犯罪だという認識がないでしょうか。加害者にも取材をされたのですか?

植田

 今回はしていないです。加害者にも話を聞こうともしたのですが、それよりも被害者の方の話を掘り下げたいと思ったので。聞いてみてもよかったかもしれませんね。それほど傷つくという認識が全くなかったのではないかと思います。

桐野

 よく「被害者側にも隙がある」といいますが、では、「隙」に「付け入る」方はどうなんだ、ということですよね。そちらを問題にすべきなのに、女の子の「隙」というか無邪気なところに付け込んでくる。「いたずら」という軽い言葉もありますよね。「女の子にいたずらする」って、随分曖昧で軽い言葉で、加害者側の罪の意識が軽減されていると思います。男の欲望を肯定するようなところがあって、女は自分たちより劣るものだと思っている、根深い性差別を感じます。ここで意識を変えていかないと駄目だと思います。そういう意味でも今回のような番組がもっと出てきて欲しいです。

植田

 被害にあった方たちはまだまだ葛藤しているんですよね。
 被害にあった時は混乱の中にいて、その後は、意識が飛んだり、暴れてしまったり、自分を傷つけてしまったり、自殺未遂をしたりと後遺症に苦しんでいる。

女性が経済的に自立できない日本社会

桐野

 性暴力もそうですが、今、子供の虐待もすごく増えています。虐待が増えている原因は、圧倒的に貧困の問題なんですよね。まずはそこから変えていかないといけない。今の日本は、構造的に女性が経済的自立ができないようになっている。若い女の子がすぐに依って立つような職業に就くことができない。経済的に弱いから、そこに付け込まれる。女性が自立していけるような社会を作っていかないと、どうしようもないかなと思っています。

植田

 そうですよね。性差別もありますし、さらに虐待、いじめだとかで色んなことが絡み合って、ひとりの人が幾つもの苦しみを抱えてしまう。働くことも難しいですし、生きることも難しい状況ですよね。でも、ここ10年ぐらいで理解は変わってきている感じがしているので、希望を持ちたいですね。

桐野

 今後も性被害について取材を続けていかれるんですか?

植田

 はい。今年は性犯罪に関する刑法の見直しで、今まさに議論されているところなんです。2017年に110年ぶりに改正されたのですが、「同意のない性行為をされたことが明らかでも、“暴行”“脅迫”があったと証明できなければ、罪に問えない」点ですとか、「日本は性的同意年齢が13歳で、国際的にみても低年齢」という問題など残されている課題はいくつもあります。今回の番組では、法律について少ししか触れなかったので、このタイミングで何が犯罪で、犯罪にはならないけれど何が人を苦しめているのか、ということをより深く見つめて、法律や社会というものを考えていけるような番組を作りたいです。

桐野

 期待しています。今日はありがとうございました。

植田

 ありがとうございました。

プロフィール

植田 恵子 さん (うえだ けいこ)
フリーランス・ディレクター
1996 年大阪の番組制作会社に入社。情報番組・ドキュメンタリー番組の制作に携わる。2007 年フリーランスとなり拠点を東京に移す。2014 年から制作会社アライブと組んで番組制作。
制作した主な番組は『ほったらかしで子は育つ』('00 ギャラクシー賞選奨)、『きほとみずき』('10 日本民間放送連盟賞最優秀賞)など。

桐野 夏生 さん (きりの なつお)
テレビドキュメンタリー番組審査委員長
作家。1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頰』で直木賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、11年同作で読売文学賞を受賞。15年紫綬褒章受賞。近著に『とめどなく囁く』『日没』など。18年『路上のX』では、ネグレクト、虐待、DV、レイプ、JKビジネス―最悪な現実と格闘する女子高校生たちを描いた。同じようなテーマで週刊朝日にて『砂に埋もれる犬』を連載中。