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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2016年9月26日
第42回放送文化基金賞

鼎談

ラジオ番組 [最優秀賞]

狩猟者の心の葛藤を感じてほしい

森 理恵子×森合 康行×金田一 秀穂

 今年のラジオ番組部門最優秀賞はCBCラジオの『贄の森』が受賞した。  番組を制作したディレクターの森理恵子さんと、プロデューサーの森合康行さんに金田一秀穂ラジオ番組審査委員長が話を聞いた。

『贄の森』
 近年日本の各地で、野生動物をめぐる様々な問題が増えている。農林水産省はその対策として、各自治体に補助金を出し「有害鳥獣駆除隊」を設置して、動物の個体数を減らそうとしている。この駆除隊の多くは、狩猟免許を持つ「猟友会」に委ねられ、猟期以外にも自治体や農家から駆除の依頼を受け、野生動物の殺処分を行なっているが、猟友会の方々にとって「狩猟」でない「駆除」は、肉体的にも精神的にも大きな負担である。
 番組では、あまり知られていない「有害鳥獣駆除隊」の実態を紹介しながら「狩猟」と「駆除」のはざまで揺れる猟友会の方々の心の葛藤を描き、問題の深さを訴える。

金田一 秀穂 さん
(きんだいち ひでほ)
ラジオ番組審査委員長

贈呈式での森さんと森合さん

金田一

 ラジオ番組最優秀賞受賞おめでとうございます。

森合

 ありがとうございます。

金田一

 『贄の森』は駆除という行政的行為が、自然とともに暮らしてきた日本の狩猟の伝統を殺そうとしている、その悲鳴が聞こえてくるような考えさせられる作品でした。どうしてこのテーマを番組にしようと思ったのですか。

 私は2010年からずっと環境問題を追っていて、動物保護団体を取材していた時に、1頭の子グマの殺処分を巡って“野生動物との共生”を主張する動物保護団体と“近隣住民の生活と安全のため殺処分やむなし”とする自治体職員が激しく衝突する場面に出くわしました。その騒動から5年たった今、何か変わったところはあるのかと気になったのが発端です。

金田一

 この番組は狩猟者に焦点を当てている点がとても新鮮だと感じました。なぜ猟友会の方々を取材されたのですか。

 5年前の騒動の時に収録した音声を聴き返す中で、怒号の応酬の中で沈黙している猟友会の方々の存在に気付いたんです。

森合

 人間と動物の共生というよく言われるテーマでやると特に解決法もないよね、ということになってしまいます。そうではなくて、森が色々取材をした中で、どういったことが実際に現場で起きたのかをもう一度よく考えました。狩猟者、野生動物を殺すという最終的な役目を果たす方々が実は迷ってやっている、という葛藤が見えてきたので、森さんそれじゃないですかと。

 市役所や駆除を依頼する住民は、「猟友会の人はもともと動物を殺しているから平気でしょ」と思っているんです。狩猟の場合、キジとかイノシシは捕りますが、サルは撃ちません。しかし、駆除の要請が出たら殺さなくてはいけない。そこには依頼者からは見えない心の葛藤があります。

森合

 今回取材した猟友会会長の村瀬さんも建設会社の経営者で、駆除を生業にしているわけではありません。それなのに自分たちのプライベートな時間を割いて、野生動物を殺して、殺した後の処分も任されて、そういう方々が背負っている部分が非常に大きいということがわかったんです。

猟友会会長の村瀬さん

有害鳥獣駆除中の車

 猟友会の方は取材の中で、沈黙の存在であったけれども、そこから見えてくる真実があるのではないかと思いました。

金田一

 たとえば、さっきおっしゃっていた子グマの殺処分のシーンは胸騒ぎがする。でもカラスの駆除のシーンは罪悪感なく聴けてしまう。そうするとカラスはいいのか?クマはかわいそうなのか?そりゃサルは人間と似ているし大変だよなと思う。自分の愚かさというか、おれたちはどうしたらいいんだという、その問題提起をすごく突きつけられている感じがするんですよね。

 猟友会の方にしてみればクマもカラスも同じなんです。駆除とは、とにかく殺して数を減らすこと。それは猟とは全く別物なんですよね。猟友会の中でも駆除を手伝ってくれる人は一握りしかいません。村瀬さんも駆除は猟友会の本分からは外れていると思っているけれども、会長だし、責任もあって板挟みになりながら駆除をしています。

金田一

 猟というのは、人類が昔からやってきた生きるための神聖な職業で、すごく原始的な、誇り高き仕事なのに、それが駆除になってしまったわけですよね。それが嬉しくないだろうなというのをとても感じました。

最後の言葉に思いをこめて

止めさし用のナイフ

止めさしの現場

金田一

 罠で捕獲された野生動物の「とどめ」をさすことを「止めさし」といいますが、この作品は止めさしの際のシカの最期の鳴き声がとっても響きますよね。嫌なんだけど、でもそれは考えなきゃいけないことを突き付けられている嫌さみたいなのを感じます。番組でこのシカの鳴き声を使うことに戸惑いはなかったですか。

 実は、番組で使うべきか迷いました。でも、神聖な声だからこそ使うべきではないかと。結果、作品の要となりました。

森合

 現実を皆さんにも知ってもらいたかったんです。それと、止めさしのシーンはラジオだからできるとも思ったんです。でも説明不足では伝わらないと思ったので、最初の45分間で有害鳥獣駆除問題についての説明をして、クライマックスは極力説明を省いて想像して頂こうと。ザクザク入っていく足音とか檻のバンバンという音とか、頭の中で感じて頂いて、シカの鳴き声を聴いてもらい、最後の村瀬さんの言葉で理解してもらえるだろうと考えました。

金田一

 「シカの目を見ますか。」という言葉ですか。

 それです。「シカの目を見ますか。ほら綺麗な目をしてる。こんなきれいな目をしてる。」という言葉。止めさしの後に私たちに投げかけてきた言葉なのですが、あ、これだなと思いました。今止めさしをした人のこの言葉。ここがやっぱり人間なんだよね、みたいな。動物である人間というか。

金田一

 そこが“贄”ですよね。

 村瀬さんが止めさしの達人であることも事実だし、シカが殺されてしまうのも事実。今も野生動物と向き合っている中で、その言葉の中には本当に人間が白黒つけられない曖昧さがあると思います。それを描きたかったんです。

リスナーの心の湖に石を投げてみる

金田一

 テレビだと映像があるせいかあまり気にならないけれど、ラジオで音しかないと、とっても音に集中できるんですよね。

 この作品を聴いて、シカの最期の鳴き声を嫌という人もいれば、やっぱりこれは何か考えなくちゃいけないという人もいると思うんです。かっこいい言い方ですが、一人一人持っている心の湖みたいなものがあったら、ポンと石を投げてみるだけの存在であれたらいいなと思います。

金田一

 聴いている人たちが考えたらいいんだよ、ということですよね。最近はマスコミがこういう意見が正しいのと言って上から目線で意見を流す感じがあるけれど、マスコミが聞き手の知性を尊重して、敬意を示すのが良いことのように思います。

森合

 やはりどう感じてもらうかは、大切だと思っています。人間の脳は様々な情報を90%以上可視化されたもので解析し、残りの5%ほどを音で解析していると聞いたことがあります。可視化できないラジオは音だけのメディアです。今回のドキュメントもリスナーの方が最後まで聴いていただくのは大変だったと思います。  しかし「聞いて感じる」というひと手間の向こうに他の媒体にはできないラジオだからこそ伝えられる何かがあると信じています。

インタビューに答える森合さんと森さん

人の思いを拾うことができるラジオ

金田一

 ラジオでドキュメンタリー番組ってあまりないですよね。

 日常的にドキュメンタリー番組を作る機会はあまりないですが、毎日の情報番組を作る中で、伝えたいという思いを持っている人にたくさん出会います。光が当たっていなくても、こんな思いがあるんだよというのを拾い上げて、情報番組や娯楽番組の中に無理やりコーナーを作って入れることはしています。

金田一

 そういうことはテレビではなかなかできないですよね。なかったことにするという風潮がある中で、寝た子を叩き起こすように人の思いを拾っていける、そこがラジオの良さだと思いますね。

 ラジオはひとつひとつ言葉を拾っていけば、ぶれてしまう危険性が少ないと思っています。より積み上げていくことで、その人の伝えたい本質を表現できると思います。

金田一

 これからこの作品について、取材を深めていく、というようなことは考えていらっしゃるんですか。

 私の中では、有害鳥獣駆除隊に代わって有害鳥獣駆除を専門とする業者を募って駆除を行おうという認定鳥獣捕獲等事業者制度というのが2015年に導入されたことによって、実際に日本の山の中でどういうことが行われてどう変わっていくのかを取材していきたいと思っています。

森合

 認定鳥獣捕獲等事業者制度ではノウハウやキャリアがない方々が有害鳥獣駆除をやることになるので、その時にどういったことが起きて行くんだろうというのはこれからまた何年かかけて取材していくようなことではないかなと思っています。

金田一

 今後にも期待しています。今日はありがとうございました。

プロフィール

森 理恵子 さん (もり りえこ)
CBCラジオ
東京女子大学卒業後、在名AMラジオ局に入社。14年間勤務の後、制作会社テラ・プロジェクトを設立。以降、CBCラジオで番組制作をてがける。2015年『狩りと駆除のはざまで~里へ降りてくるどうぶつたち』日本民間放送連盟賞報道部門優秀、16年『贄の森』放送文化基金賞最優秀賞。

森合 康行 さん (もりあい やすゆき)
CBCラジオ
1992年 中部日本放送(株)入社。アナウンス部、報道部を経て、現在CBCラジオ編成業務部。ディレクターとして日本民間放送連盟賞・ギャラクシー賞・ACC賞のテレビ・ラジオCM部門を受賞。また、番組プロデューサーとして文化庁芸術祭・日本放送文化大賞・日本民間放送連盟賞・ギャラクシー賞を受賞。