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読む・楽しむ 放送文化基金賞特集
放送文化基金賞の受賞者へのインタビュー、対談、寄稿文などを掲載します。

2020年12月1日
第46回放送文化基金賞

鼎談

テレビエンターテインメント番組 [最優秀賞&出演者賞]

神回の裏側は挑戦の連続?

鈴木 麻衣子×谷 悠里×丹羽 美之

 『奇跡体験!アンビリバボー 仲間たちとの12年越しの約束SP』は練習試合中の不慮の事故で選手生命を絶たれた慶應義塾大学ラグビー部の杉田秀之さんが、ケガから12年後、仲間の支えによって約束の富士登山に挑む。その一部始終を、綿密な取材と質の高い再現ドラマ、そして登山への密着取材で見応えたっぷりに描き出した。20年以上にわたって人間が生み出す「奇跡」を追い続け、再現ドラマの手法を磨き上げてきた『奇跡体験!アンビリバボー』の歴史が結実した屈指の「神回」であると評価され、エンターテインメント番組の最優秀賞を受賞。また、主人公の杉田秀之さんには出演者賞が贈られた。
 この回を制作したフジテレビの鈴木麻衣子さんとイースト・エンタテインメントの谷悠里さんに丹羽美之委員長が話をきいた。

丹羽 美之さん
(にわ よしゆき)

テレビエンターテインメント番組
審査委員長

丹羽

 最優秀賞おめでとうございます。『奇跡体験!アンビリバボー』は1997年開始の長寿番組ですが、実はこうした長寿番組やレギュラーのバラエティー番組というのは、応募の数も少なくて賞の対象になりにくいところがあります。その中で『アンビリバボー』が受賞したのは私たちとしても嬉しいですし、バラエティー番組作りに日々奮闘している制作者にとっても励みになると思います。早速ですが、今回の番組を企画した経緯を教えてもらえますか?

鈴木

 2007年夏に私が慶應大学4年生で学生トレーナーをしていて、杉田君が当時1年生でラグビー部に入部してきたんです。その年の8月に一緒に菅平の合宿に行った時に、私の目の前で杉田君がスクラムを組んでる際に怪我を負い、脊髄を損傷してしまったんです。医師からも「一生歩くことはできないかも」と宣告され、合宿最後にチームビルディングの一環として企画していた富士登山も「杉田君がいつか歩けるようになったら、必ずみんなで一緒に登ろう」と中止になって…。この出来事がずっと心に残っていて、2018年の3月に、杉田君の代が「僕たち、12年越しの約束を果たすため富士山に登ります!」ってツイートをしているのを見て、「これは当事者だった私が描かないと後で絶対後悔するな」と思い、自分で取材をし、番組にしようと心に誓いました。しかし、今まで辛くて聞けなかったことを杉田君に聞いていく自分の心の覚悟、また彼をどういう風に描いていくか、さらにそれを杉田君に提案することを含めいろんな葛藤があって、企画書に起こすまで8か月かかりました。

丹羽

 なるほど、鈴木さんはこの出来事の当事者だったわけですね。 鈴木さんは普段『アンビリバボー』の制作には携わっていないと聞きましたが、なぜ今回『アンビリバボー』にこの企画を持ち込んだのですか?

鈴木

 企画書を出す時に、このストーリーを辛くて悲しい物語ではなく、たくさんの方に希望を持ってもらえるようなポジティブな方向で描きたいという思いを上司に伝えたら、『アンビリバボー』を制作しているイースト・エンタテインメントの角井プロデューサーに相談してみようということになったんです。プレゼンを聞いた角井さんが「これは絶対2時間スペシャルでやろう!」と言って下さって実現しました。昔のエピソードを再現ドラマにして、富士登山は実写で、たっぷり彼のエピソードを伝えられたので、良かったなと思っています。

丹羽

 谷さんは企画を持ち込まれた側ですが、最初聞いたときどう思いましたか?

 単純にやりたいなって気持ちは持っていました。でもまだディレクターになって1~2年目だったので自信がなくてやりますとは言えなかったんです。お前がやれって言われた時はすごく嬉しかったですね。

鈴木

 一緒に富士登山をするにあたって、みんなの空気を大事にしたいと思っていたのですが、カメラや音声の機材が入る違和感というのはやっぱりあるので、できるだけみんなと同じ目線で登ってくれるディレクターとやりたいと伝えたら、スポーツ大好きな谷君が抜擢されたんです。

出演者賞を受賞した杉田秀之さん(真ん中)

“アンビリバボー”な挑戦

丹羽

 今回の番組は、前半が、杉田さんが慶大ラグビー部に入部してから大怪我を乗り越えるまでの再現ドラマで、後半が約80人で富士登山に挑む実写ドキュメントになっていました。『アンビリバボー』としては珍しいパターンでしたね。

 そうですね。基本的にはあった出来事を追うことが多いので、自分たちが撮った映像を使うことはほとんどないですね。

丹羽

 番組としても“アンビリバボー”な挑戦だったんじゃないですか?

 すごい挑戦でした。だからプレッシャーをたくさんかけられました(笑)。前半部分の台本は会議でたくさん揉まれましたが、後半は行ってみないとわからない部分だったのでどうなるんだろうっていう不安はありましたね。しかも富士登山当日の時点でスタジオ収録まで2週間ないくらいの日程しかなくて、できるのかなって。でも僕は漠然と富士登山がどういう結果になっても番組にはなると思っていました。

鈴木

 今回はフジテレビの情報番組のディレクターと『アンビリバボー』の若手というコンビでやっていたので、角井プロデューサーや先輩スタッフがたくさんフィードバックを下さって、総動員で作り上げた感じでしたね。

 イースト・エンタテインメントでは、ディレクターが1年目でもベテランでもやりたいことをやらせてもらえて、VTRもディレクターが責任を持つ感じなんですよ。その代わり、会議ではみんな言いたいことを言い合うんです。

見て、学んで、実践する

丹羽

 『アンビリバボー』の再現ドラマを見ると、毎回そのクオリティの高さに驚かされますが、どうやって撮っているんですか?

 マニュアルがあるわけではなくて、僕も誰からも教わってないんですよ。先輩ディレクターから見て学んでいる感じです。好奇心を持てということはよく言われていて、ドラマや他の番組でいい演出があったらそれを見て学べと言われているので、それは心掛けています。

鈴木

 当時ラグビーをテーマにしたドラマが放送されていたんですが、それを見て撮り方を研究してどんどんカットを追加していたので、脈々と受け継がれている再現ドラマの作り方とのかけ合わせで『アンビリバボー』の再現ドラマが出来上がるっていうのは、さすがだなって思いました。再現ドラマがあることで実写では伝えきれない部分を描くことができるというのは武器だと思いますね。再現ドラマで、視聴者の皆さんが杉田君はじめほかのチームメイトたちにも思いをはせてくれていたからこそ、最後の実写の部分が生きてきたと思います。

番組が人の生き方を動かす

丹羽

 今回、バラエティー番組では珍しいことですが、主人公の杉田さんが出演者賞を受賞しました。杉田さんをどういう風に描くかという点は、かなり苦心したのではないかと思いますがいかがですか?

 彼の良さは強調しなくても伝わるだろうなと思っていたので、仲間との絆、みんながそれぞれ思いをもって富士登山をしているんだということが伝わるように意識していました。あとは杉田さんに言われたんですけど、かわいそうな人、同情の話にしたくないなというのはありました。杉田さんの生き方や考え方や行動があったから周りもついてきてるんだよ、って描き方をしたいなと考えていました。

丹羽

 私も番組を見た時に心を鷲掴みにされました。私たち自身に生き方を問いかけてくるような力がこの番組にはあったと思います。それまで順風満帆で生きてきた杉田さんは大怪我を負って一度は大きな挫折感を味わいました。でも彼はその挫折や失敗を通して自分の弱さや他人の優しさに触れる中で、だんだん人の痛みがわかるようになっていく。本当の意味で優しくて、強い人間に生まれ変わっていくわけですね。そんな彼に周囲もまた突き動かされていく。誰でも挫折したり失敗したりすることはありますが、その後にどう起き上がるか。これはあらゆる人に普遍的に通じる話なんじゃないかなって。しかも番組では、杉田さんだけではなくて、彼の家族やラグビー部の監督や部員の皆さんまで、一人ひとりをよく取材していましたね。

鈴木

 実は杉田君のお母様と会うのは、この番組の取材が12年ぶりの再会でした。富士山の登山計画がはじまるまで、お母様も監督や杉田君の同期部員のご両親たちと連絡をとるタイミングを逸してしまっていたそうで・・・でも去年の番組放送後、監督とも約10年ぶりにメールをしたり、同期部員のご両親たちとも久しぶりに食事をしたりと、昔のようにまた交流が持てたそうなんです。今回の話を番組にすることは、辛かった過去を掘り起こす作業も伴うので、杉田君のご家族がどう思うか心配だったんですけど、贈呈式に杉田君のお母様も喜んで一緒に来てくださったので、本当の意味で私もひとつの区切りを迎えられたような気がしています。

丹羽

 番組をきっかけにまたいろんな人生が動き出す、そういうきっかけを作る番組になりましたね。最後に一言ずつ、これからの抱負を聞かせてください。

 まだまだ技術を学んでいかなければいけない立場ではありますが、最優秀賞をもらえたことは絶対励みになりますし、自分の考えは間違いじゃなかったと思えたので、より人を幸せにしたり希望を持ってもらえるものをつくっていきたいと思っています。

鈴木

 私は放送後、部署異動をし、今は主にフジテレビの新卒採用を担当しております。制作現場で学んだ“番組作りのDNA”を胸に、これからテレビというプラットフォームで一緒に暴れてくれる“未来のテレビマン”を探すことに力を注いでいきたいですね。そして、その仲間たちと共にテレビ番組や配信コンテンツを通して、多くの方々に感動を届けられる仕事をこれからもたくさんしていきたいです。

丹羽

 この番組をきっかけにテレビの世界に魅力を感じる人がたくさん入ってきてくれたら嬉しいですね。今日はどうもありがとうございました。

鈴木

 ありがとうございました。


 

プロフィール

丹羽 美之 さん (にわ よしゆき)
テレビエンターテインメント番組審査委員長
1974年生まれ。東京大学准教授。専門はメディア研究、ジャーナリズム研究、ポピュラー文化研究。主な著書に「日本のテレビ・ドキュメンタリー」「NNNドキュメント・クロニクル:1970–2019」、「メディアが震えた テレビ・ラジオと東日本大震災」(いずれも東京大学出版会)などがある。

鈴木 麻衣子 さん (すずき まいこ)
株式会社フジテレビジョン
1985年生まれ。東京都出身。
2008年にフジテレビ入社。
『めざましテレビ』『とくダネ!』『ノンストップ!』『Mr.サンデー』などを担当。
現在は、人事局人事部で新卒採用担当チーフを務める。

谷 悠里 さん (たに ゆうり)
株式会社イースト・エンタテインメント
1990年生まれ。神奈川県出身。
2013年イースト・エンタテインメントに入社。
担当した番組として『奇跡体験!アンビリバボー』『ボクらの時代』など。