放送文化基金賞

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第52回

【第52回放送文化基金賞】ドラマ部門 選考記

第52回放送文化基金賞ドラマ部門の選考委員6名(委員長/河合祥一郎、委員/岩根彰子、マーサ・ナカムラ、長谷川朋子、毛利嘉孝、若泉久朗)による選考記を公開します。

ドラマ部門 受賞作品

【最優秀賞】夜ドラ ひらやすみ』(NHKエンタープライズ、NHK)
 └ 【演技賞】岡山天音 【演技賞】森七菜
【優秀賞】連続ドラマW 夜の道標 -ある容疑者を巡る記録-』(WOWOW)
【奨励賞】ドラマプレミア23 シナントロープ』(テレビ東京)
 └ 【脚本賞】此元和津也
【奨励賞】戦後80年ドラマ 八月の声を運ぶ男』(NHK、WOWOW)

河合祥一郎(翻訳家)

個性豊かなカタチたち

放送に配信も加わり、ドラマの形態の多様性が増すなかで、各局それぞれに魅力あるユニークなドラマを打ち出してきて、多様性がさらに広がってきた。審査会もいつも以上に長い討議となった。

最優秀賞の『ひらやすみ』は、せわしない現代生活にホッと息をつかせてくれる作品だ。一戸建てを他人からもらうという設定は、他者への親切が契機で運が開けるディケンズの『大いなる遺産』型の夢の設定と言えよう。競争社会を当然視せず、自分らしい幸せを大切にする重要性を教えてくれる。

優秀賞の『夜の道標』は、1996年まで施行されていた優生保護法の問題を軸にして、親であるとはどういうことか、正しさとは何かを問いかける感動的な作品に仕上がっていた。

奨励賞の『八月の声を運ぶ男』は、千人以上の被爆者の声を録音した元記者・伊藤明彦氏をモデルとした作品で、主演の本木雅弘と阿部サダヲの演技が優れていた。戦争が身近になってきた今、改めて過去の声を聞く必要が増しており、社会的に意義深い作品となった。

もう一つの奨励賞の『シナントロープ』は、独特の個性を持つ若者たちの青春群像劇と犯罪ミステリーとが巧みに融合した秀作だ。圧倒的な構成力を持つ脚本に支えられて、若い俳優陣とスタッフの魅力があふれ出た。なお、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』と『ばけばけ』は、有力な候補として最後まで残ったが、惜しくも及ばなかった。

岩根彰子(フリーライター)

「複雑さ」と「画の力」

物語のテーマや構成、台詞の巧みさ、俳優の演技などドラマの評価軸は多様で、だからこそ面白い。そんなことをあらためて実感した今回の選考会で、結果的に自分の中で評価の軸になったのは「複雑さ」と「画(え)の力」だった。

ひときわ強く心を揺さぶられたのは、優秀賞『夜の道標』のラストシーン。殺人事件の被害者となった塾講師の戸山(宇野祥平)が、後に事件の容疑者となる教え子の阿久津を先導して自転車を漕ぐ後ろ姿を捉えたカットだった。夜の闇の中、白いスーツの背中が曲がる方向に片手を上げる。優生保護法という問題が抱える複雑さと取り返しのつかなさを無言で語る、見事な幕切れだった。

奨励賞『八月の声を運ぶ男』もまた、記憶を語り継ぐことの複雑性を描いていた。人々の声を自分の中に取り込んで語る九野(阿部サダヲ)と、体験者の肉声を録音して残そうとする辻原(本木雅弘)。彼らの行為に本質的な違いはあるのか。それは戦争体験者の物語を役者が演じて再現する“ドラマ”とも、そのまま重なるのではないか。陰影の濃い映像や音の演出が、そんな重層的なテーマにさらなる厚みを与えていた。

『シナントロープ』は“わかりにくさ”を武器に面白いドラマを生み出した作り手たちの矜持が感じられた。最優秀賞『ひらやすみ』はのんびりした物語の裏に垣間見える、喜怒哀楽の狭間の微妙なグラデーションのような感情表現が魅力的だった。

マーサ・ナカムラ(詩人)

「生きづらさ」「親」という社会問題

今年度は「生きづらさ」、そして「親」というテーマを内包する作品が多く見られた。

最優秀賞『ひらやすみ』は、まるで寓話「北風と太陽」の太陽のように、決して力づくではなく、自然な形で「生きづらさ」の荷をおろさせる作品だった。こんなふうに生きてみたいと思わせる明るい力強さがある。

優秀賞『夜の道標』は、「親の役割とは何か」という問いに対して、もっとも腑に落ちる答えを示していた。1996年に優生保護法は廃止されたが、正義の仮面をかぶった暴力が今なお存在することを伝えている。野田洋次郎演じる逃亡犯・阿久津の虚ろな表情に、視聴者は自身の感情を託しながら観るだろう。

奨励賞『八月の声を運ぶ男』。記憶に残るシーンがいくつもある。これまで何度もとりあげられてきた「太平洋戦争」というテーマを扱いながら、サイコホラーのような緊迫感があり、「戦後80年ドラマ」として制作された作品であることを忘れて熱中した。

同じく奨励賞の『シナントロープ』。この作家にしか書けない力強い脚本と演出が相互に作用し合い、独自の世界観を作り上げている。「続きが観たい」と思わせる、連続ドラマならではの吸引力があった。

今回はスマートフォンでの視聴を意図した縦型の動画や、華麗なアニメーション作品の応募もあり、ドラマという表現手段が今後更なる広がりをみせていくことを予感する審査会となった。

長谷川朋子(ジャーナリスト / コラムニスト)

人の感情を置き去りにしないドラマたち

テレビドラマが復活した。そう思わせる最終審査結果の並びだ。だが、そんな単純な話ではない。地上波系から配信、縦型ショート、アニメまで、今年は審査対象の幅が広かった。強い刺激や展開の速さが求められる時代の中で、受賞作が向き合っていたのは、むしろ人の内面の細部だった。

最優秀賞『ひらやすみ』は人と人との間に流れる空気や言葉にならない感情を見つめた作品だった。岡山天音と森七菜が交わす何気ない会話や間合いをいつまでも見ていたくなる。優秀賞『夜の道標』も、事件サスペンスに終わらない。一方的な正義や断罪に寄りかからず、人間の弱みや痛みに目を向けている。奨励賞『八月の声を運ぶ男』は、“記録”することにひとりこだわり続けた男を、決して英雄像として印象づけていない。被爆者との対話を通じて生まれる葛藤が、静かに胸を打つ。同じく奨励賞『シナントロープ』は、ポップな映像感覚を持ちながらも、社会の矛盾の中で揺れる若者たちの感情を鋭くすくい取っていた。言葉の選び方から展開まで緻密な構成が光った此元和津也の原作・脚本にも納得だ。惜しくも受賞に至らなかった『冬のなんかさ、春のなんかね』の感触も忘れがたい。正解のない恋愛感情の揺らぎを、そのまま差し出していた。

全体を通じて思うのは、感情表現のアップデートだ。今年印象に残った作品群には、人を単純化せず、あらゆる感情を取りこぼさずに描こうとする視線が共通していた。

毛利嘉孝(東京藝術大学大学院教授)

テレビドラマの未来のかたちを考える

テレビドラマが転換期を迎えている。今回の審査では、そのことをあらためて痛感させられた。応募作品も実に多様だった。旧来のテレビ放送だけでなく、配信や携帯端末での視聴を想定した縦型ショートドラマなど、新しい形式の作品も見られた。テレビ視聴の形態が変化したことで、形式のみならず内容も変わりつつある。そしてそれは、テレビを取り巻く環境だけでなく、社会全体の価値観の変容をも反映している。

今回の受賞作は最優秀賞、優秀賞、奨励賞に分かれているが、どこに着目するかによって評価が分かれただけで、最終的に残った四作品はいずれも素晴らしい番組だった。個人的には、世界各地で戦争が拡大する一方、日本では第二次世界大戦の記憶が薄れつつある今、長崎の被爆と記憶を扱った『八月の声を運ぶ男』に強く心を揺さぶられた。歴史の集合的な記憶が、いかにして個人によって継承されるのか。本木雅弘、阿部サダヲの二人による迫真の演技にも胸を打たれた。

『ひらやすみ』は、厳しい現代社会をサヴァイヴするための、オルタナティブな価値観を提示している。『夜の道標』のリアリティあふれる描写は、今なお残る障がい者への偏見に対し、深い反省を促した。

そして『シナントロープ』。何よりもまず、新しい感性と才能の登場を素直に祝福したい。テレビは、まだまだ進化することができる。テレビの未来の可能性の一端を垣間見せてくれた作品だったのではないか。

若泉久朗(KADOKAWA執行役員)

日常の至福な活劇

最優秀賞『ひらやすみ』は大事件が起きるわけではない。小さな発見に喜びがある。住むこと、食べること、走ること、笑うこと。それだけで平凡な日常が至福な活劇になってしまうのが見事だった。岡山天音を追い越す吉岡里帆の全力疾走は忘れられない。この日常の活劇は『ばけばけ』『じゃあ、あんたが作ってみろよ』『冬のなんかさ、春のなんかね』でも見応えがあった。優秀賞『夜の道標』は旧優生保護法を背景に親に翻弄される青年と少年が絶望と孤独を超えて支えあう社会派ドラマだ。雨垂れやブラインドカーテンの影、夕暮れ時の淡い光線。繊細な光と影で完成度が高いノワールドラマとなった。奨励賞『八月の声を運ぶ男』は被爆体験の証言記録という地道なテーマを傑出した音のドラマに仕上げた。テープレコーダー、風、工場音、水滴、レコードといったリアルな音。映像は揺れるカーテンごしや映り込みなど膜に包まれたようで不安定だ。リアルな音と虚実曖昧な映像によって「記憶と妄想の混在」というテーマを見事に表現した。奨励賞『シナントロープ』はハンバーガーショップの日常が覆面男という奇抜な設定で一気に亀裂が走る。限定された空間で絶妙に頓珍漢な会話が応酬され、正しいと信じて突進する群像劇はますます混迷を極めていく。鮮やかな疾走感は今回随一だった。今年は地方ドラマの応募が増加したが地方ならではの新しい発想や手法で挑戦して欲しい。傑作の出現に期待する。

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