放送文化基金賞
【第52回放送文化基金賞】ドキュメンタリー部門 選考記

第52回放送文化基金賞ドキュメンタリー部門の選考委員6名(委員長/桐野夏生、委員/井上佳子、大島新、金川雄策、澤康臣、林典子)による選考記を公開します。
ドキュメンタリー部門 受賞作品
【最優秀賞】 『NHKスペシャル ドキュメント 医療限界社会 追いつめられた病院で』(NHK)
【優秀賞】 『警察官の告白―鹿児島県警情報漏洩事件を問う―』(鹿児島テレビ放送)
【奨励賞】 『メ~テレドキュメント 風はどこから ~進む軍産回帰~』(名古屋テレビ放送)
【奨励賞】 『NHKBSスペシャル 戦後80年 僕の日本人助産師を探して』(テムジン、NHK、NHKエデュケーショナル)
└ 【企画・制作賞】 房満満(テムジン)
【奨励賞】 『NHKスペシャル 臨界世界 戦慄の占領地 “ロシア化”の実態』(NHK)
└ 【企画・制作賞】 木村和穂(NHK)
桐野夏生(作家)
違和と危惧
戦後80年。東日本大震災から15年。それぞれを振り返る作品の応募が目立ったが、今年は日本が少しずつ変化していることへの違和や危惧を感じるものが選ばれた。
最優秀賞の『医療限界社会 追いつめられた病院で』の衝撃はかつてないほどだ。病院の実名を挙げた医師たちが、率直に、かつ正直に、医療の限界を語る。多発する医療ミス、圧倒的な医師不足、多額の赤字。が、これらを打開する方策はない。これまで当たり前だった質のよい医療が今、崩壊しようとしている、いや、すでに崩壊しているのである。
優秀賞の『警察官の告白 ー鹿児島県警情報漏洩事件を問うー』は、地方の県警で起きた事件だが、権力によるメディアへの介入、公益通報者の処遇、警察内部の権力構造等々。取材をすればするほど、事件は暗く深い広がりを見せる。
奨励賞の『風はどこから〜進む軍産回帰〜』は、軍需産業に突き進む企業の姿を描いている。戦争を常態として何とも思わなくなった人々が、国が、殺傷能力のある道具を作り、それで儲けようとする。日本もその世界に船出しつつあるのだ。
同奨励賞の『臨界世界 戦慄の占領地“ロシア化”の実態』は、ロシアの軍事侵攻によって、土地だけでなく、人間としての尊厳まで奪われる人々の姿に、占領後の「平和」の偽善を見る。
もうひとつの奨励賞『戦後80年 僕の日本人助産師を探して』は、日中関係が冷え込む中、中国人の側から残留婦人のことを調べるという稀有な作品で、ひとつの救いのようにも映った。
井上佳子(ノンフィクション作家)
「分断」「対話」そして「幸せ」
応募作品は粒揃いで、票が割れ審査は難航した。テーマは幅広い分野に及んだが、特に戦後80年という節目もあって、先の大戦や、今も世界で続く戦争をテーマにしたものも多かった。それらの作品から出てきたキーワードは「分断」と「対話」だ。
奨励賞を受賞した『僕の日本人助産師を探して』もそのひとつ。今、日本と中国は、単純化したイメージで相手をさげすむSNSの投稿であふれている。作品は、ひとりの日本人女性の数奇な人生をていねいに描き、大事な価値観を双方で共有しようと試みた。
医療現場の厳しい現状を取材した作品も多かった。これらに頻出する言葉は「コスパ」や「タイパ」。効率を求められる中、医師は疲弊し医療は崩壊の兆しを見せる。最優秀賞を受賞した『医療限界社会』では医療事故寸前の現実を、現場の証言で浮き彫りにした。
ではそのような時代に私たちはどう生きればいいのか。「幸せ」がキーワードの番組も目立った。震災に見舞われながらも「循環」の中に生きようとするカキ漁師を描いた『カキと森と、ときどき凪』。二度の災害を経て「足るを知る」暮らしに生きる『間垣の里のしさのばあちゃん』。死に臨んでも夫婦が互いの人生を尊重する『生ききる』。苦境を描いても、作品から立ち上るのは「希望」だ。
それぞれの作品は、ひとつひとつ事実を積み上げてものごとの本質を導く。ドキュメンタリーの持つこのプロセスこそ、今、私たちの社会に必要なものなのかもしれない。
大島 新(ドキュメンタリー監督 / 東京工芸大学教授)
圧巻のドキュメンタリーと調査報道
受賞した5番組はいずれも出色であり、ドキュメンタリー制作者の一人として背筋が伸びる思いがした。制作に携わったすべてのスタッフに深く敬意を表したい。
『NHKスペシャル ドキュメント 医療限界社会 追いつめられた病院で』は、普通であれば被写体が「報じてほしくない」と感じてもおかしくない場面が、「これでもか!」というほど多く撮られていた。こうした取材が実現したのは、被写体と取材者の信頼関係の賜物であり、「この危機的な現状を伝えたい」という両者の意志の合致によるものだろう。「医師の偏在」という問題の構造を伝える鳥の目の取材と、個別の状況を詳らかにする虫の目の取材が共に優れていた。そうした意義のみならず、撮影も編集もすばらしく、表現技術も含め圧巻のドキュメンタリーだった。
地域に根付いた放送局が、普段は「持ちつ持たれつ」の関係である地元県警の闇に迫った『警察官の告白 ─鹿児島県警情報漏洩事件を問う─』は、テレビ報道の気概を示した。「面倒なことは避けたい」と、取材を深めることを諦めたメディアもあったかも知れない。だからこそ鹿児島テレビの果敢な調査報道には、極めて大きな価値がある。「国境なき記者団」が発表した2026年版の「報道の自由度ランキング」では、日本は順位を下げ180か国中62位となった。ジャーナリズムの重要な役割である「権力の監視」が弱まっていると感じる今、こうしたドキュメンタリーがさらに増えていくことを心から願う。
金川雄策(DDDD Film School代表)
これまでの世界や常識が崩れ去る時代に見るべきドキュメンタリー作品たち
今年は社会の歪みや権力の実相に迫るジャーナリスティックな作品が目立った。最優秀賞の『ドキュメント 医療限界社会 追い詰められた病院で』は、地方の二次救急病院の崩壊しつつある内情を赤裸々に伝えるルポとして秀逸だった。看護師が大量に同時離職する様子など、本来病院側が見せたくない場面を生々しく記録。医師の偏在による地方の苦しみを見よという医療関係者の叫び声のように聞こえた。
また、優秀賞の『警察官の告白─鹿児島県警情報漏洩事件を問う─』は、メディアへのガサ入れを強行した鹿児島県警のあり方を、お膝元の鹿児島テレビ放送がリスクを背負って問い直す労作だった。ネットメディアやSNSが影響力を増す中で、ウォッチドッグとしての役割を報道機関が果たした好例と感じた。
奨励賞の『戦後80年 僕の日本人助産師を探して』は、戦争を経験した当事者のストーリーを伝えることが難しくなる中、中国人ラジオパーソナリティが残留日本人の助産師を探す建て付けの中で、過去の出来事を掘り下げる丁寧な作りが目を引いた。
賞には入らなかったが、心を揺さぶられた2本にも触れたい。福島中央テレビの『CHAOS』は震災15年の節目に、政府関係者や地元住民への丁寧なインタビューで原発事故の実相を描き出し、サスペンス調の構成が光った。東京ビデオセンターの『ガザ あるジャーナリストの死』は、遠い国の悲劇ではなく身近な喪失として、涙なしで見られない作品だった。
澤 康臣(ジャーナリスト / 早稲田大学教授)
制作者たちの誠実と熱
画面に向かって「えっ」と声が出る。何度目だろうか。長い長い候補作のリストに最初戸惑っていた。気付くと、そこに展開する人々とそのストーリーに引き込まれ、取材者の動きに肝を冷やし、突きつけられた問題に頭を抱えている。
『戦慄の占領地“ロシア化”の実態』では侵略者の容赦ない暴力と情報管理の前に、生活を維持するため服従するほかない占領地の残酷が突き刺さる。愛犬に治療を受けさせるため、屈辱に耐えロシア国籍を取った元弁護士アルタバス。その愛犬は、道でロシア兵の不興を買い、いともたやすく射殺される。『僕の日本人助産師を探して』の寇愛哲は、戦争に翻弄された日本人女性を探す中、国策犠牲者への暖かみある共感と母国侵略者への消えない憤怒に相対する。
『追いつめられた病院で』は、病院の同僚に対する間接的な告発や、集団退職の場面までも映し出す。どれも、深刻な事態をこの取材者に語りたい、伝えてほしいという、取材を受けた人々の信頼と決断が見える。
キレイではない場面、力と熱のある映像、その取材に至るコミュニケーションの複雑な過程を思い、怠惰で愚かで無力な取材者だった自分を思い返す。俺だったらどうする。封印していた失敗や屈辱の記憶に突然襲われ、今度は「あっ…」と喘ぎ声が出た。
いま大学で接する若者たちはテレビを見ないという。誠実で熱あるこれらの作品に接してなおそうであろうか。作り手の良心を伝え、広げる責任を痛感している。
林 典子(フォトジャーナリスト)
記録の先にあるものを、私たちはどう受け止めるのか
今年の選考では、社会が直面する切実な課題に真正面から向き合った作品が数多く集まり、表現やアプローチも多様であったため、審査は極めて難しかった。最優秀賞に選ばれた『ドキュメント 医療限界社会 追いつめられた病院で』は、医療従事者の過重な負担や深刻な人材不足といった現場の実態を、長期の密着取材により丹念に掬い上げ、「安全で質の高い医療」の基盤が、確実に揺らいでいる現実を浮き彫りにしている。この状況を前に、どのような医療のあり方を引き受けていくのかという問いを私たちに突きつけている。
優秀賞の『警察官の告白ー鹿児島県警情報漏洩事件を問うー』は、警察という組織が内包する閉鎖性や自己保身の構造、情報統制の問題に、鹿児島テレビ放送が深く切り込んでいる。地元メディアとして権力に対して地域から問いを投げかけた、社会的意義の高い作品である。
奨励賞の『戦後80年 僕の日本人助産師を探して』は、「自分を取り上げた助産師は誰だったのか」という極めて個人的な問いから始まり、その探求がやがて戦後史へと静かに接続していく。丁寧に積み重ねられる取材の過程を通して、個人の記憶と歴史が交差する地点を浮かび上がらせ、分断や国境を越えて受け継がれてきた記憶の存在を鮮やかに可視化している。同時に、現在を生きる私たちの視点そのものを問い返す、ドキュメンタリーの力を強く感じさせる作品だった。
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