放送文化基金賞
【第52回放送文化基金賞】エンターテインメント部門 選考記

第52回放送文化基金賞エンターテインメント部門の選考委員6名(委員長/丹羽美之、委員/稲田豊史、澤本嘉光、土屋敏男、豊﨑由美、桧山珠美)による選考記を公開します。
エンターテインメント部門 受賞作品
【最優秀賞】『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』(CBCテレビ)
└ 【取材・制作賞】下野賢志
【優秀賞】『AI実験バラエティ シンギュラ』(フジテレビジョン)
【奨励賞】『100カメ 羽田空港 空飛ぶ翼を守るプロたち』(NHK)
【奨励賞】『ハカタの王様 しんどい通学路選手権 勝手に九州大会編』(RKB毎日放送)
丹羽美之(東京大学大学院教授)
重たいテーマをエンタメで伝える
テレビの前で笑ったり、泣いたり、驚いたり、考え込んだり…。今年もエンターテインメントの幅広さと奥深さを実感する審査だった。
最優秀賞には『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』が輝いた。重たいテーマをエンターテインメントの枠組みで発信し続けてきた同番組が今回向かったのは、砂防ダムの中につくられたある集落。行政からもマスコミからも「なかったこと」にされながら、逆境を生き抜いてきた女性の人生が心に響く。声なき声に耳を傾けるドキュメント・バラエティの傑作だ。
優秀賞の『AI実験バラエティ シンギュラ』は人間とAIの相乗効果で新たな笑いを創り出した。特に「脳内大喜利」では、AIを使って芸人たちの未知の才能を開花させた。AI活用の新たなステージを切り拓く新機軸のバラエティだった。
奨励賞の『100カメ 羽田空港』では、安全な空の旅を陰で支えるプロたちの仕事ぶりに驚かされた。次々に起こるトラブル。そこに垣間見える人間模様。『100カメ』が練り上げてきた同時定点観測という手法の可能性が、最大限に発揮された快作だった。
同じく奨励賞『ハカタの王様 しんどい通学路選手権』では、坂道を独自にランキング化することで、しんどい通学路を愉快なネタへと反転させる企画力に脱帽。坂道に不満を持つ高校生の本音を、汗と笑いのエンターテインメントとして見事に昇華させた。
稲田豊史(ライター / 編集者)
選んだ理由、選ばなかった理由
振り返れば、「なぜ選んだのか、なぜ選ばなかったのか」の言語化を突き詰めた審査だった。
最優秀賞の『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』のガワは社会派ドキュメンタリーだ。つまりドキュメンタリー部門に出品するのが一見して自然である。実際、他の作品で「力作ではあるが部門違い」として最終審査に残さなかったものもあった。
しかし同作の白眉は、深刻で複雑な社会問題はきっかけとして使うに留め、最大の見せ場を「取材対象者が心を開いていく過程そのもの」に設定した点にある。すなわち同作の類似作は『家、ついて行ってイイですか?』や『水曜日のダウンタウン』の「おぼん・こぼんの仲直りプロジェクト」なのだ。紛れもなくエンターテインメントである。
ある配信作品は、「TVでは難しい」攻めた内容や話題性の面で、自分を含む何人かの審査委員から高い評価を受けていたものの、選外となった。「出演者たちの非倫理的な言動を、もっと否定的に描くべきではないか」という意見が出たためである。もし放送文化基金が賞を与えれば、彼らの言動は「権威のお墨付き」を得ることになる──。討議を尽くし、自分も最終的には選外に納得した。
選ばれた理由と選ばれなかった理由の徹底的な言語化は、まだ多くの人に知られていない、しかし鑑賞するに値する番組をまな板の上に乗せ、敬意をもって腑分けする行為だと思う。放送文化基金賞が、未だ知られざる至高の番組を発掘する一助となれば幸いだ。
澤本嘉光(CMプランナー / エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター)
選びたくなるもの
放送文化基金賞のエンターテインメント部門という部門の審査をするために何本もの応募作を見て「審査」と言う視点で選択していくと、自然と選びたくなるのは「見たことのないもの」や「テレビでなくては出来ないもの」になる。今回の最優秀賞『ハートフルワールド』はまさに「テレビでないと出来ないもの」だと思えるし、その訴えはテレビで放送するから地域を超えて全国に影響を与えることができる。優秀賞の『シンギュラ』は「見たことのないもの」の代表例だし、奨励賞の2作もそれぞれ「テレビでないとこんなことしない、出来ない」もの、youtubeや配信とは一線を引けるものだった。一方、最近参加するようになった配信番組を審査する時の視点は「テレビでは出来ないもの」だったりもする。『ラブ上等』についてかなりの時間を割いて議論をしたが、これはやはり「(今の)テレビには出来ないもの」となる。かなり上位に位置すると思う人と全くそうとは思わない人との議論が起こったこと自体が実際の放送でかなり多くの視聴者の目を惹きつけた理由だったのかとも思えた。
来年もきっとこの視点で審査をしていくことになるだろうが、結果として選ばれたものがこの先の番組への何かしらの指針やヒントになればいいなと思っている。そのためにもこの賞はきちんとある種の力を持ち続けないといけないのだろうな。
土屋敏男(Gontents合同会社代表 / みんなのテレビの記憶合同会社代表)
今のテレビに必要なのは“勇気”だ
何もコンプライアンスに歯向かえと言っている訳ではない。今の環境の中で「今ないものを作る」ことをしないとエンターテインメントとしてのテレビは本当に滅んでしまうのではないかと思っているのだ。そしてその「今ないものを作る」出発点が“勇気”だ。
「当たりそうなもの」「今他局で当たっているもの」を作るには勇気は必要ないが。
最優秀賞になった『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』は正に“勇気”だった。それを取り上げること、そこで粘り強く交渉してロケをすること。今テレビが示すべき勇気に強く心を打たれた。そしてその勇気が「今地上波テレビがやるべきこと」を示してくれたと思った。CBCテレビと作り手に本当に感謝する。
優秀賞の『AI実験バラエティ シンギュラ』の勇気も讃えたい。そうなんだよテレビは新しいものに後先考えずに飛びつけばいいんだ! その軽薄さでいろんなものを飲み込んでテレビ文化を作ってきたんだと思い出させてくれた。今後の展開を期待したい。
そしてもう一つ僕が取り上げたいのが惜しくも落選したNetflixの『ラブ上等』。率直に言えば“初めて本当の意味でテレビではできない、そしてとんでもなく面白いバラエティ番組を発見した”と思いました。残念だったのは前半は良かったのだが後半の展開に恵まれなかった。続編も期待するしこのフォーマットで各国版が見たい。見ていない地上波テレビ関係者は見て焦るべし!
豊﨑由美(フリーライター / 書評家)
甲乙つけがたい4作品
最終候補8本をめぐっての討論が激熱な選考会でした。受賞はかないませんでしたが、Netflixの『ラヴ上等』は、「腰が引けているTV界にあって、配信がここまでやっていることを評価したい」という強い支持がある一方、個人的にはどうしても嫌悪感が否めませんでした。こういう人たちを「実はいいヤツなんだよね」と視聴者に思わせてしまう映像に違和感を覚えてしまって。でも、選考会の場をもっとも熱くしたのはこの作品です。もしかしたら、10年後の自分は『ラヴ上等』に授賞したと歴史改変記憶を持ってしまうのではないかというくらいに。
受賞4作品は甲乙つけがたく素晴らしい作品と思っています。「人種差別」「部落問題」という重いテーマを扱いながら、ディレクターが現場に何度も足を運び、住人と関係を深めていく過程にこそ胸を打たれた『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』。生成AIと芸人のコラボが意想外にして斬新な面白さを生む『AI実験バラエティ シンギュラ』。乗客の安全を守る飛行を24時間見守る空港という場所だからこそ、100台のカメラを置く意味があると思わせてくれた『100カメ 羽田空港 空飛ぶ翼を守るプロたち』。あやしげな(笑)計算式まで作って通学にかかる負担をランキング化するという発想が素晴らしく、いつか全国大会も開催してほしいと思わせてくれた『ハカタの王様 しんどい通学路選手権 勝手に九州大会編』。
皆さん、おめでとうございます!
桧山珠美(フリーライター)
既視感の先へ
普段、テレビを見ていて、昨今のバラエティーやエンターテインメント番組にはどこか既視感の漂う企画が多く、困ったものだと思っていた。が、今回の選考で各局から寄せられた作品と向き合う中で、その印象は心地よく裏切られた。作り手たちの熱量と独創性溢れる発想に触れ、「テレビはまだこんな挑戦ができるのか」と嬉しくなった。
最優秀賞『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』(CBCテレビ)はまさにそんな一本だ。
タブー視とされてきた集落に単身ディレクターが赴き、粘り強く取材を重ねる。コンプライアンスという名のもとに今のテレビが忌避しがちなもの──差別やマイノリティといった社会の暗部にあえて踏み込み、そこに暮らす人びとから真実の声を引き出し、視聴者が知らなかったこと、目を背けてきた現実を真正面から突きつけた。ドキュメンタリーの手法を用いながら骨太なエンタメ作品として見事に昇華させた。
優秀賞『AI実験バラエティ シンギュラ』(フジテレビ)は、生成AIのエンタメ的活用を模索し、新機軸の笑いを創出した。また、奨励賞『100カメ』(NHK)は、映像が持つ記録と発見の力を存分に発揮。同じく奨励賞『ハカタの王様 しんどい通学路選手権 勝手に九州大会編』(RKB毎日放送)は、若年層とテレビを結びつける可能性を示した。いずれも既成概念にとらわれない発想と探求心に満ち、その果敢な挑戦にテレビの未来を見た。
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