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連載

ファン文化は社会を変えるか|推し活・サナ活・アイドルの行方【座談会・後編】

アイドル・オーディション番組が映す現代社会(連載第11回)

構成:大園百合子 撮影:Ban Yutaka

連載「アイドル・オーディション番組が映す現代社会」の締めくくりとなる座談会、前編ではオーディション番組の構造と現在を語り合った。後編では「ファン文化の変容とアイドルのこれから」へと議論は移っていく。「推し活」が日常を覆い尽くす時代、政治の推し活化としての「サナ活」、日本のアイドルのグローバル化と「ジャンル」としての行方まで、縦横に語り合った。
参加者は前編に続き、作家・アイドル評論家の中森明夫さん、東京大学大学院情報学環教授の田中東子さん(メディア文化・フェミニズム研究)、中央大学文学部教授の辻泉さん(メディア論・文化社会学、ファンダム研究)、司会進行を務めた社会学者・文筆家の太田省一さんの4名。

「推し活」の時代、時間のアウラはどこへ行ったか

連載・座談会に関連する3冊。左から田中東子『オタク文化とフェミニズム』(青土社)、太田省一・塚田修一・辻泉編著『アイドル・オーディション研究』(青弓社)、中森明夫『推す力』(集英社新書)
連載・座談会に関連する3冊。左から田中東子『オタク文化とフェミニズム』(青土社)、太田省一・塚田修一・辻泉編著『アイドル・オーディション研究』(青弓社)、中森明夫『推す力』(集英社新書)

太田 改めて「推し活」とは何か、という素朴な疑問に向き合いたいと思います。少し前まで「オタク」「オタ活」と呼ばれていたものが、いつの間にか全部「推し活」になった。

中森 「オタク」「萌え」と言われていたものが、全部「推し」一択になりました。

田中 拙著『オタク文化とフェミニズム』(青土社、2024年)でも書いたんですけれども、エンタメが今ほど社会の中心にせり出してきた時代はなかったと思うんです。AKB48以降はグループも48人、46人と大人数化し、グローバルにも国内にも競争が激しくなった。先ほど(前編参照)辻さんがおっしゃった「自己推薦の時代」と地続きで、ファンの側も、ただ好きでいるだけでは「大好きなあの子」を勝たせることができないので、推していくことが必要になる。そこに、SNSで24時間、「推し」が迫りくる時代が重なった。「オタ活」って学校の放課後にやるイメージがありますけれど、「推し活」は24時間、常にある。エンタメの中心化、競争主義、SNS。この三つが「推し活」の前提条件だと思います。

中森 SNSで24時間、というところがまさに核心ですよね。アイドルは人に好きになってもらう仕事です。一般的な恋愛ではなく、メディアを通して好きになる。そのメディアは長らくテレビだった。1980年代後半から大型音楽番組が相次いで終了し、バンドブームも相まって、女子アイドルにはいわゆる「冬の時代」が訪れた。そして2000年代後半にAKB48、Perfume、そして2010年代初頭にももいろクローバーZが現れて、再び時代の前面に出てきた。それが2010年代に入ってスマホとSNSが一気に普及した時期と重なっているのは、偶然じゃないんです。テレビは番組の時間帯しか機能しないけれど、SNSは24時間つながる。地域差も解消された。アイドルの姿は同じように見えても、受容の形はSNS以降ガラッと変わった。

 「推し活」になって変化が大きいなと思うのは、推しが祝祭的な非日常から日常へと広まっていった、その日常化の面ですよね。

中森 そうなんです。考えてみると、昭和の時代には「時間のアウラ(その時その場かぎりの一回性が生む、特別な空気感)」というものがあった。日曜の朝の『スタ誕』、ゴールデンタイムの『ザ・ベストテン』(TBS)や『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)、夕方の『夕やけニャンニャン』(フジテレビ)。芸能やアイドルが特定の時間帯に結びついていて、その時間そのものがアウラを帯びていた。それが、SNS以降、確実になくなった。アイドルのアウラがタイムレス化したんですよ。24時間「推す」、24時間「つながっている」。この感覚が今のファン文化を形づくっている。昭和には絶対なかった感覚です。

 おもしろいですね。

太田 SNS時代でも、自分が応援している歌手が『ミュージックステーション』(テレビ朝日)に出るとなれば、ファンのSNSはすごく盛り上がる。限られた形ではあるけれど、部分的な非日常性は残っているんですよね。

中森 ええ。それを象徴しているのが、去年の紅白歌合戦。ちゃんみなのステージにHANAがサプライズで合流する演出で、演出側も両者を意識的に組み合わせていた。ちゃんみなの攻めた衣装とパフォーマンスも含めて、ずっとネットで応援されてきたものが、紅白という最後の祝祭空間に殴り込んで、何かを変えた。普段は完全にSNSで常にジャッジしジャッジされるのが前提の時代ですが、年に一度、時間のアウラがそこに凝縮される瞬間が、かろうじて残っているんです。

個人化するファンと、「推しという病」

辻泉さん(左)、中森明夫さん(右)
辻泉さん(左)、中森明夫さん(右)

 「推し活」ってファン文化のノーマライゼーションだと思うんです。「オタク」「マニア」と言われていたマイノリティだったものが、みんなが「推しです」と言いやすくなった。これは良い面でしょうね。

ただ、「推し活」が広がっていくなかで、もう一つお聞きしたかったのが、「個人化」の問題なんです。モバイルメディア、スマホと結びついて、ファンが個人ベースで動くようになっている印象があるんですよね。僕がフィールドにしていたジャニーズで言うと、2000年代初め頃まではファンコミュニティに行かないと情報が手に入らなかった。だから人が集まり、そのなかで『同担拒否』(同じ推しを持つファンとは関わらない)で住み分けて、満足を最適化していた。

それが、僕が指導する院生が行ったインタビュー調査によると、ファン同士のコミュニケーションよりも、自分がどれだけお金を費やしたか、どれだけ“ペイ”したかという、個人ベースの投資と回収にフォーカスが当たっている。ファン文化の「個人化」は確実に進んでいると思います。

中森 個人化が進むのは、「推し活」が個人で完結できるようになったことも大きいと思います。推しの情報が溢れ、便利になるほど、かえってファンの能動性は失われていく。昔はテレビでなければ現場に行くしかなかった。ジャニーズなんて2010年代半ばまでファンクラブ会費を郵便小為替で払わせていて、ネット申し込みに抵抗していましたが、どうアクセスするかも含めて「活動」だった、というのは意外と大事です。

田中 今は家から一歩も出なくても「推し活」ができる状態が整っている。

中森 そのことを考えるうえで興味深いのが、フリーライターの加山竜司さんの『「推し」という病』(文春新書、2026年)という本です。タイトルは煽り気味で、読む前は、「推し」で破滅した人たちのおどろおどろしい話かなと思うんだけど、登場する一人ひとりにちゃんと取材し、誠実に立ち会う物語になっている。

 読みました。清々しい話で、感動しました。うちのゼミでよく話す「三列目理論」というのがあって、ライブで三列目以内に入って推しからファンサービスをもらわないと気が済まない子と、三列目より後ろでも十分楽しめる子に、ファンははっきり分かれるという説です。三列目より前は高いチケット代や遠征費がかかる。それでも推しに認知されたい、忘れられたくないという感覚で、1000万円積んでも前に行こうとする。「個人化」が進み、自分がいくら費やしたか、どれだけ見返りがあったかという際限のない投資と回収のループにはまりやすい。「推し活」が「ただの消費」になってしまう状態です。そこから抜け出すカギが、他者とのつながりだと思うんです。『「推し」という病』にも、追い詰められていた人が他者とのつながりによって「認知厨」(推しに認知されることへの強い執着)から抜け出せたエピソードがあって、ファンコミュニティがちゃんと機能していれば、“健全な推し活”は保たれるんだろうなと改めて思いました。

「サナ活」が問いかけること

田中東子さん
田中東子さん

中森 最近よく話題にのぼるのが、高市首相をアイドルのように応援する「サナ活」なんですよね。これは特定の政治家だけの問題ではなく、ここ数年の政治のあり方の問題だと思います。政治でもビジネスでも、価値観が大きく動く時代に票や支持を集めようとするとき、推し活的な手法が取り込まれている。

田中 私も「サナ活」の取材をこの間何本か受けました。私個人としては、政治が推し活化するのは、まずいと思っています。

中森 まずいです。

田中 集めた票に対する結果責任の重さが、アイドルとはまったく違います。金銭的な規模も社会的責任も、ファンを幸福にするのが仕事のアイドルと、国を背負う政治家を同じ枠組みで語ることへの違和感は大きい。投票する側の有権者にも、その違いへの自覚を持ってほしいと思います。

中森 田中さんのおっしゃることはその通りです。ただ一つ言わせてほしいのは、「サナ活」批判のとき、あたかもアイドル文化が悪いように語られることへの違和感です。

そもそも選挙にはもともと「推し」の要素がある。人気投票なんですよ。業界団体や政党の組織力が弱くなってきたぶん、人気投票の側面がすごく強くなっている。推し活的な選挙手法は、小泉チルドレンとか小沢ガールズなど、実はずいぶん前から使われてきた。有権者の側も含めて、選挙が公正であるべきだという理想と現実のギャップは、もう目をそらせない段階に来ている。

だからこそ、若い人にアイドルを推してもらって、「推す」ことの意味と限界を身をもって知ってほしい。国家の命運がかかる場面で推し活感覚で首相を選んでしまったら、大変なつけを払うことになる。でもアイドルなら、推していた子が恋愛騒動を起こして傷つくとか、それは個人で完結する話で、そこで免疫もつく。アイドル文化を通じて「推す」ことに自覚的になった上で、政治に臨んでほしいんですよ。

 ファンコミュニティがうまく機能して相対化できれば、「サナ活」もそれほど怖くないと思うんです。SNSで人々がバラバラになっているから、個々人が「サナ活」を真に受けてしまう。集まって話せるコミュニティがあれば、それが歯止めになる。

田中 評論家の斎藤美奈子さんがベストセラーについて書いたエッセーを思い出しました。「普段本を読まない層が読んだときにベストセラーが生まれる。熱心な本好きが推している本は絶対に売れない」という逆説です。「サナ活」もそれに似ていて、政治ファンではない層を引きつけたときに現象は大きくなる。だからこそ厄介だし、辻さんのおっしゃるコミュニティによる相対化がよけいに大事になる。

中森 「サナ活」だけの話ではなく、参政党の現象も、石丸伸二氏の現象も同じ流れです。今日の座談会のテーマに引き寄せて言えば、「オーディションとしての選挙」ですよね。石破政権であれだけ支持を失った自民党が、高市政権になった途端に圧勝した。自民党自体が変わったわけでも、メンバーが変わったわけでもない。トップを変えただけで世論が動く。モーニング娘。にゴマキ(後藤真希)が入ったときのようなインパクトです。

 うまいこと言いますね。アイドルファンなら「センターが変わっただけ」と見抜けますよね。

中森 国家の命運を託すオーディションとしては、あまりにも危うい。

日本のアイドルは世界に届くか

太田 ここで改めて、アイドル文化そのものの話をしたいと思います。「推し活」の時代になって、『PRODUCE 101 JAPAN』は韓国のフォーマットを借りてきて始まり、XGのように韓国でトレーニングを積んでデビューするグループも出てきた。去年大きくブレイクした「原宿から世界へ」を掲げるKAWAII LAB.のCUTIE STREETは、この3月に韓国の音楽番組『M COUNTDOWN』(Mnet)に出演して代表曲の韓国語バージョンを披露し、大きな反響を呼んだ。日本のアイドルが、ドメスティックなものではなくなっていく。この流れをどうご覧になりますか。

田中 人口が目減りしているので、国内需要だけでやっていくのは今後難しくなるかな、というのが一つ。

ただ、グローバル化って、単に海外に行く・海外の様式が入ってくるということだけじゃないと思うんです。BMSGのファンコミュニティを見ていると、「ヨントン」(オンライン通話でのファンミーティング)や「マンネ」(グループ内最年少メンバー)といった韓国語のファン用語が、ごく当たり前に使われている印象です。王思雨先生の連載第4回でも、中国のファンダムに韓国のファン用語が浸透していることが書かれていて興味深かった。言葉や文化が自然に越境していく、その地続きの広がりの中に日本のアイドルがいる。それはいいことだと思います。

中森 それを痛感したのが、YOASOBIの『アイドル』という曲です。J-POPのユニットが「アイドル」をテーマに歌い、アニメ『【推しの子】』とともに世界的にヒットした。2024年の米国の音楽フェス・コーチェラにはNumber_i、新しい学校のリーダーズ、YOASOBIと日本勢が相次いで出演し、2025年にはXGがSAHARAステージのトリを務めた。日本発のポップミュージックが世界で通用する手応えは、確かにある。

 日本のアイドルがそのままグローバルに広がるかというと、楽観はできないかなと思っています。「スター」と「アイドル」を対比したとき、グローバルに受けやすいのは「スター」のほうでしょう。両者は完全な別物ではなくグラデーションがあって、「スター」寄りのアイドルもいれば、「アイドル」寄りのスターもいる。それでも、貴重な文化として残り続けてくれたらと思っています。

田中 日本のコンテンツが海外で受け入れられるとき、ドラマシリーズ『SHOGUN 将軍』のように“あえて日本性を押し出す”逆張り戦略が効くことがあります。KAWAII LAB.がアイドル性をコテコテに再現してグローバルに支持を広げていくネオジャパネスク的な可能性も、私はあると思っています。辻さんの見方はやや悲観的でしたが、私はもう少し楽観的です。

「アイドル」というジャンルは、誰が守るのか

太田省一さん
太田省一さん

太田  「アイドル」という言葉自体も、変わってきているかもしれないと個人的には思っています。未完成な存在が成長していく過程を応援するのがアイドルだ、と私は考えてきました。でも、HANAを「アイドル」と見るかというと、そうじゃないという人もいるだろうし、やっぱり成長していく姿が魅力なので「アイドル」じゃないかという人もいる。メディアでも「ガールズグループ」という言い方が一般的になってきて、「アイドルグループ」という表現は見なくなりつつある気がします。私が考えていた「アイドル」の定義が変わる可能性はあるのかな、と。

田中 アイドル性とスター性のグラデーションのなかにいる人たちを、私たちはアイドルと呼んだり、ガールズグループと呼んだり、アーティストと呼んだりしている。ただ、アイドル性の核心にあるのは「キラキラ感」だと思うんです。Number_iは意図的にキラキラを抜いていて、批判するジャニオタが「事務所をやめるとキラキラがなくなる」と言うほど、それはアイドルの本質に根ざしている。LDHはFANTASTICSやTHE RAMPAGEあたりからキラキラをまぶしてきていますよね。形は全然違うけれど、アイドル性はふりかけのようにどこかに残っていく、と思っています。

 田中さんのおっしゃるキラキラ感、言い換えると「アイドルはメディアである」ということだと思うんです。自分の卒業論文のテーマだったんですが、「アイドル」そのものは「ゼロ記号」で、みんなが意味付与を勝手にできる。だから確固たるスター的な存在ではなくて、融通無碍に姿を変えて残り続ける。

中森 辻さんがおっしゃるように、アイドルの話をすると、必ず定義の問題になる。キラキラとか、歌だけではない、グラビアもバラエティも女優もある、と。辻さんがおっしゃるように、最終的に「メディア」と言ってしまうしかないかもしれないほど、輪郭が曖昧なジャンルなんです。

ただ、その曖昧さゆえに、「アイドル」はジャンルとして自分自身を守る力が弱い。映画は産業としては衰退しても、評論家も賞も映画祭もある。漫画も表現規制が問題になったときに、ジャンルとして声をあげる力があった。「アイドル」にも、そのくらいの厚みはあるはずなんですが、たとえばAKB48で何か事件が起きても、ももいろクローバーZのファンは「あれはAKBの話でしょ」と言う。ジャンルの危機として受け取らないんですよね。

でも昨年、一つ画期的なことがありました。音楽界の主要5団体が連携して設立した「ミュージックアワードジャパン(MUSIC AWARDS  JAPAN/MAJ)」に、アイドル部門が設けられたんです。レコード大賞もかつての日本歌謡大賞も、アイドル部門は設けてこなかった。「日本版グラミー賞」をめざすと掲げるアワードに、アイドルがジャンルとして正式に位置づけられたのは、小さいようで大きな変化だと思います。2025年の第1回授賞式では小泉今日子がプレゼンターで、「最優秀アイドル賞」をSnow Manが受賞した。ただ、Snow Manは授賞式を欠席した。ジャニー氏の問題もある、いろいろ大変なことはわかる。それでも、「自分たちはアイドルとしてがんばっています」と世界に向けて示してほしかったですけどね。「アイドル」が世界に開かれていく流れの中で、ジャンルとしても正式に認められた。そういう意味でも記念すべき出来事だったと思います。

太田 日本国内だけで完結していたアイドル文化が、XGやKAWAII LAB.が海外に出ていくなかで、「日本のアイドルとはこういうものだ」と公的に示す機会がようやく生まれてきた、ということですよね。

田中 アイドルというジャンルの輪郭は曖昧かもしれないけれど、日本のアイドルには固有のスタイルはある。それが多様であっていいし、グローバルなものとミックスされて、また新しい形が生まれてきたら、と思っています。

太田 ただ、テレビなどでは「アイドルだから」という固定されたイメージで語られることが多くて、少し古いままですよね。

田中 そうですね。アイドルの子たちも、この言葉についているコノテーションを自ら引き受ける子もいれば、忌避する子もいる。「アイドルは低俗なものではない、ファン活動も推し活も、アイドルとして生きている人たちも、本当はもっとすごいものなんだ」ということは言い続けたい。「アイドル」という言葉自体は、なくなってほしくないと思います。

 中森さんが「アイドル評論家」という肩書きをずっと持ち続けてこられた意味が、改めて腑に落ちました。僕は、「ファン文化評論家」でありたいなと思いました。ファン文化への愛を語り続けるポジションでいたい。

中森 ファン文化、アイドルというのは、ファンの側に主権があるカルチャーだと思うんです。ジャンル意識がないからこそ、何かが起こったときに誰かがステートメントを出さないと、ジャンル全体が無力なまま流される。SMAPの解散、ジャニー氏の性加害問題、中居正広氏の問題と、ファンの側もずいぶん試されてきた。それでもSMAPファンは自分たちのお金を集めて、解散の前日の朝日新聞に8ページぶち抜きの応援広告を打ったりね。そして今、嵐が最後のライブで自分たちで決着をつけた。ファンに向き合って終わろうとする姿勢は、SMAPや嵐のような「国民的アイドル」のスケールが一区切りつく節目として、記憶に残るものになるでしょう。

太田 今日の話を通じて、「アイドル」というジャンルが社会を映す鏡であることが、改めてよくわかりました。オーディション番組も「推し活」も、時代とともに形を変えながら、確かにここにある。それを記録し、語り続けることの意味を、この連載をとおして実感しています。

本連載「アイドル・オーディション番組が映す現代社会」は、2026年1月から全11回(最終回は前後編)でお届けしてきた。新しいオーディションは今も生まれ続け、ファン文化は形を変え、アイドルをめぐる風景も更新されていく。アイドルが映してきたものは、放送文化の歩みとも重なっている。その動きを、これからも見届けていきたい。(編集部)

プロフィール

中森明夫(なかもりあきお)

1960年、三重県生まれ。作家/アイドル評論家。1980年代から多方面で活動。「おたく」という言葉の生みの親でもある。全日本国民的美少女コンテストやオーディション番組『ラストアイドル』等で審査員を務めた。2010年、小説『アナーキー・イン・ザ・JP』が三島由紀賞候補となる。著書に『アイドにっぽん』『アイドルになりたい!』『午前32時の能年玲奈』『TRY48』『推す力』等、共著に『AKB48白熱論争』等、多数。

田中東子(たなかとうこ)

東京大学大学院情報学環教授。専門はメディア論、フェミニズム、カルチュラル・スタディーズ。第三波以降のフェミニズムやポピュラー・フェミニズムの観点から、デジタル・メディアやAIに関わる諸問題の調査と研究に取り組んでいる。著書に『オタク文化とフェミニズム』(青土社)、『メディア文化とジェンダーの政治学』(世界思想社)、編著に『ガールズ・メディア・スタディーズ』(北樹出版)、共編著に『ジェンダーで学ぶメディア論』(世界思想社)、共翻訳書にアンジェラ・マクロビー『クリエイティブであれ』(花伝社)などがある。

辻 泉(つじ いずみ)

中央大学文学部社会情報学専攻教授。専門は文化社会学、メディア論。ファン文化の研究をライフワークとしながら、若者文化やメディア利用行動の実態に関する調査研究を続けている。著書に『鉄道少年たちの時代―想像力の社会史』(勁草書房)、共編著に『メディア社会論』(有斐閣)、『リフレクシブ・ライブズ― 青少年研究会調査にみる「曲がり角」の時代の若者たち』(勁草書房)、『つながりの「曲がり角」-データで読むモバイル・コミュニケーションの変遷』(新曜社)などがある。

太田省一

太田省一(おおたしょういち)

社会学者・文筆家。テレビと戦後日本社会の関係、アイドル、お笑いやバラエティ番組、ドラマなどについて執筆活動を続けている。著書として『刑事ドラマ名作講義』『放送作家ほぼ全史』(ともに星海社新書)、『「笑っていいとも!」とその時代』(集英社新書)、『萩本欽一 昭和をつくった男』(ちくま新書)、『水谷豊論』(青土社)、『攻めてるテレ東、愛されるテレ東』(東京大学出版会)、『紅白歌合戦と日本人』(筑摩選書)などがある。


本書は、2020年度に放送文化基金が助成した研究「アイドルオーディション番組の総合的研究」の成果をまとめたもの。
『スター誕生!』『ASAYAN』などの歴史的な番組から海外の事例までを体系的に整理し、「オーディションを通して社会を考える」という新しい切り口で論じた初の“オーディション・スタディーズ”。
アイドル文化やメディア研究に関心のある方におすすめの一冊です。

  • 編著者:太田省一 / 塚田修一 / 辻泉
  • 発行所:青弓社
  • 発行日:2025年9月2日

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