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『キューティ・ブロンド』が選んだ道|前日譚が支えるハリウッドのIP戦略【長谷川朋子】

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #13

『エル』より © Amazon MGM Studios

人気実写作品の新作と聞けば、多くの場合は続編を思い浮かべるだろう。だが、ハリウッドで近年目立つのは、続編ではなく前日譚という選択である。Prime Originalドラマ『エル』(原題:Elle)もその一つだ。映画『キューティ・ブロンド』の主人公エル・ウッズの高校時代を描く本作は、ヒット作を単発で終わらせず、IP(知的財産)として長期的に育てるスタジオ戦略を象徴している。

ドラマ『エル』は、一見すると25年前に世界的にヒットした映画『キューティ・ブロンド』のスピンオフに見える。主人公のエル・ウッズの過去を掘り下げ、もう一つのアイコンである愛犬ブルーザーとも出会い、後の“エル・ウッズ”を形づくる物語だ。

だが、この企画をコンテンツビジネスの視点から捉えると、近年ハリウッドで加速するIP(知的財産)戦略の変化が浮かび上がる。いまハリウッドで価値が高まっているのは、「続編を作る」ことより、「前日譚を作ること」なのかもしれない。

普通に考えれば、ヒット作品の王道は続編を作ることだ。ファンも新たな物語を期待する。ただし、その実現は決して容易ではない。オリジナルキャストの再集結が必要となり、出演料は高騰する。俳優の年齢やスケジュールの調整も簡単ではないだろう。制作期間が空くほどファンの期待値も膨らむ。「続編がオリジナルを壊した」という評価を受ければ、IPそのものの価値を損なうリスクも抱える。

続編には、ファンならではの複雑さもある。筆者自身は『セックス・アンド・ザ・シティ』の筋金入りのファンだが、続編『AND JUST LIKE THAT… / セックス・アンド・ザ・シティ新章』を100%受け入れられたわけではない。それでも応援したい気持ちは消えなかった。続編とは、期待と不安を同時に背負う存在なのである。

今年公開された『プラダを着た悪魔2』は、その意味で極めて例外的といえる。約20年の時を経て主要キャストが再集結し、長年待ち望まれた続編が実現した。世界中で大きな話題になったのは、それほどまでに、続編を成立させる条件を満たす作品が珍しくなっているからである。もちろん、ノスタルジーだけに頼らず、リアリティある現代的なテーマを持ち込んだことも、作品の評価を支えた。

だからこそ、スタジオは別の選択肢を模索する。それが「前日譚」である。前日譚なら若い俳優へ自然にバトンタッチできる。世界観やブランドだけを継承し、新しい世代の観客も取り込める。物語の「その後」ではなく「まだ知らない過去」を描く。その違いが、シリーズを長期的に育てる手段として、前日譚に追い風が吹く理由の一つなのである。

前日譚は単なる過去の補足ではない

実際、この流れは近年の世界的ヒット作を見れば明らかである。8シーズン続いた世界的なヒットドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』から生まれた『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』は、一族の歴史をさかのぼることで世界観を拡張した。『チャーリーとチョコレート工場』を踏まえつつ再構築した『ウォンカ』は、謎めいた人物だったウィリー・ウォンカの原点を描き、キャラクターの魅力を新たな世代へと橋渡しした。さらに『ブレイキング・バッド』から生まれた『ベター・コール・ソウル』は、脇役だった弁護士ソウル・グッドマンを主人公へ押し上げ、本編に繋がる過去を描き、新たな名作として高い評価を得た。

こうして見ると、前日譚は単なる過去の補足ではない。IPを長寿化するための有効な戦略となっている。もっとも、前日譚は決して「安全策」ではないことも事実だ。最大の制約は、物語の未来がすでに決まっていることだ。

観客は主人公がどんな人物になり、どこへ向かうのかを知っている。そのため、新たなエピソードを加えるたびに、「この人物は本当にこういう過去を歩んできたのか」という整合性が厳しく問われる。新しい出来事を加えるだけでは十分ではない。その一つひとつが、観客の記憶の中にあるキャラクター像を裏切らず、自然につながっていなければならない。

『エル』も例外ではない。映画版では、エルはロサンゼルスの高級住宅地で何不自由なく育ち、恋人を追ってハーバード大学のロースクールへ進学したことで、それまでの価値観の異なる世界へ飛び込んだ。だからこそ、「見た目で判断されても、自分らしさを貫く」という彼女の成長が物語として成立していた。

ところがドラマ版でも、映画で描かれた成長の構図が繰り返される。高校時代にロサンゼルスからシアトルへ転居し、1990年代グランジカルチャーの中で周囲から浮いた存在となったエルは、自分らしさを探していく。これに対して「いわゆる“ビバリーヒルズ”育ちのままだからこそ成立していたキャラクターではないか」といった声も上がっている。

『エル』より © Amazon MGM Studios

重要なのは、単に舞台が変わったことではない。高校時代にも、すでに同じような試練を乗り越えていたことになれば、映画で描かれた「初めて外の世界に飛び込む」という成長の意味そのものが揺らいでしまう。前日譚とは、完成した物語の過去を書き足す試みだ。しかし、その書き足しがオリジナル作品の記憶まで描き換えてしまう危うさと隣り合わせなのである。

『エル』より © Amazon MGM Studios

そのことを製作陣も理解しているのだろう。映画版で主演したリース・ウィザースプーンが製作総指揮として参加している。7月にシドニーで行われた取材会で、主演のレクシー・ミネトリーは、エルの核は「相手に自分を変えさせない強さ」にあると語っていた。映画版から受け継ぐべき本質が共有され、新たなエルと映画版との整合性は緻密に調整されていることを感じた。

シドニーで行われた取材会に登壇したレクシー・ミネトリー Photo: Prime Video AUNZ and Scott Ehler

Netflixシリーズ『ウェンズデー』の成功が追い風に

前日譚の成否は、「過去を説明したか」ではない。オリジナル作品に新しい意味を与えられるかで決まる。

その意味で、Netflixシリーズ『ウェンズデー』は好例だ。『アダムス・ファミリー』という長寿IPから長女のキャラクターを切り出した同作が証明したのは、若い主人公を軸にIPを再構築する戦略が、新たな観客を獲得できるということだった。その成功は、『エル』のような企画が生まれる追い風にもなった。

日本でも前日譚は存在する。漫画やアニメでは、『名探偵コナン 警察学校編』や『呪術廻戦 懐玉・玉折』などが代表例にある。しかし、実写ドラマや映画まで含めると、その数はまだ決して多くない。背景には、日本の映像制作では企画開発に十分な時間をかけにくい環境があるだろう。前日譚は、完成されたキャラクターや世界観との整合性を丁寧に積み重ねる必要があるだけに、その影響を受けやすい。

一方、ハリウッドでは作品そのものより、IP全体を何十年にもわたり育てることに大きなメリットがあるという発想が根づいている。一本のヒットで終わらせるのではなく、映画、ドラマ、ゲーム、商品化まで含め、長期間にわたって価値を生み続ける資産として設計する。その発想の延長線上に、前日譚というフォーマットがある。

だからこそ、『エル』は単なる青春ドラマではない。「人気作品をどう次世代へ引き継ぐか」というIP時代を考える上で、一つの興味深いケースなのである。日本でもコンテンツを「作品」ではなく「資産」として育てる考え方が広がれば、前日譚という選択肢は今後さらに増えていくだろう。ヒット作が生まれにくい今、IPを長く育てることは、案外いちばん堅実な戦略のように思う。

『エル』キーアート © Amazon MGM Studios

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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


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