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「小さく、深く潜る」時代に、アジアのコンテンツエコシステムを考える
「ちいかわ」の立体シールから、アジア発GOTT構想へ
全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)理事 沼田通嗣

2026年9月8日から11日まで、韓国・水原(スウォン)で第24回日韓中テレビ制作者フォーラムが開かれました。「AI時代、東アジアコンテンツの未来」をテーマに三カ国の制作者が集まったこの場で、日本から基調講演に立ったのが、全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)理事の沼田さんです。
沼田さんが講演の冒頭で見せたのは、ドラマでも映画でもなく、ぷっくりとした「ちいかわ」の立体シールでした。小さなシールから、アジア全体のコンテンツ流通のあり方へ。水原で投げかけた問いを、日本の読者に向けて、沼田さん自身が語り直します。
小さなシールから講演を始めた理由
私は制作会社テレパックで約40年間、ドラマ制作に携わってきました。現在は全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)の理事を務めるとともに、総務省「実写コンテンツ展開力強化官民協議会」などで、日本の実写コンテンツを世界へ送り出すための議論にも参加しています。
2026年9月、韓国・水原で開催された第24回日韓中テレビ制作者フォーラムで、「日本コンテンツの最新トレンドの分析と示唆の抽出―メディア環境の変化への対応と戦略―」というテーマで基調講演を行いました。

日本、韓国、中国の制作者が集まる場で何を話すべきか。私が講演の冒頭で皆さんにお見せしたのは、テレビドラマでも映画でもなく、「ちいかわ」のボンボンドロップシールでした。
ぷっくりと立体的で、触ると独特の感触がある小さなシールです。子どもだけでなく大人まで集め、シール帳に貼り、友人同士で交換しています。
なぜ今、これほど小さなものに人は惹かれるのか。私は、この立体シールの中に、令和のコンテンツ消費と映像コンテンツの変化を考えるヒントがあるのではないか、と思いました。
「開く」時代から「閉じて深く潜る」時代へ
立体シールは、表面だけを見れば小さな玩具です。しかし、その内側には現在の消費者心理があります。
私は一つ目のキーワードとして「アテンション・デトックス」を挙げました。SNSでは長い間、より多くの人に見てもらうこと、フォロワーを増やすこと、話題になることが求められてきました。しかし、不特定多数に向けて発信し続けること、タイムパフォーマンスを追求すること、あまりにも多くの情報にさらされ続けることに、人々は疲れ始めています。
その揺り戻しとして、人々は「目立つこと」から距離を置き、静かな満足を求め始めているのではないでしょうか。
立体シールの魅力は、デジタルでは得られない「ぷくっ」とした感触にあります。かわいい、懐かしい、触れる。SNSで広く見せるより、自分の手元に置いて、親しい人と交換する。つまり「バズる」より「触れて、持ち歩き、身内で語る」という消費です。
発表資料では、ボンボンドロップシールが累計1,500万枚(2025年末時点)を超える規模で出荷されたとの報道も紹介しました。数字以上に注目したのは、情報過多の時代に失われた「心地よい小ささ」です。
私はこれを、消費者心理が「開く時代」から「閉じて深く潜る時代」へ変化している、と表現しました。従来の勝ち筋が「拡散・話題化・ランキング」だったとすれば、新しい勝ち筋の一つは「小さな世界に深く没入する」ことです。
作品設計に置き換えれば、触感、余白、関係性、職人性が重要になる。企画の出発点も、「どれだけ広く届くか」だけではなく、「どれだけ深く、その人の居場所になるか」へ変わっていくのではないかと思います。

ドラマ『時すでにおスシ!?』と映画『国宝』に見る共通点
講演では、映像作品の例としてドラマ『時すでにおスシ!?』(TBSテレビ)を取り上げました。大事件が起こるのではなく、「鮨アカデミー」という寿司職人になるための限定された場所に大人たちが集い、手で握り、学び、やり直していく。いわば「触感のある成長物語」です。
そこでは作品をめぐる感想の共有も、巨大な祭りのような盛り上がりだけではなく、熱量の高いコミュニティの中で行われる。立体シールと同じように、「私だけの小さな世界」に深く入っていく構造があると考えました。
二つ目のキーワードは「クローズド化」です。「推し活」や「界隈」に象徴されるように、大衆市場より、共通の関心を持つ人たちが集まる熱量の高い小宇宙が生まれています。「考察」は作品を深く読み込み共有する行為、「リピート」は作品世界を居場所として何度も訪れることです。
コンテンツは「大きな広場」から「深い部屋」へ移っている。私はそう話しました。
映画『国宝』も、この流れを象徴する作品として紹介しました。3時間近い長尺でありながら大きな支持を集めた。歌舞伎という非常にローカルで深い世界を舞台に、静寂、職人性、身体性を描き、目線や「間」、衣装、白粉、床の響きまで含めたテクスチャーによって観客を作品世界へ引き込んでいく。映画館そのものが、作品に「触れる体験」になるような作品だったと思います。
立体シール、寿司、歌舞伎。一見まったく異なるものですが、私はそこに共通構造を感じました。
「触れる」⸺ぷくぷくしたシール、寿司を握る手、歌舞伎の身体性。
「閉じる」⸺推し、界隈、学び舎という限定空間。
「潜る」⸺考察、リピート、長尺をいとわない没入。
そして「残る」⸺一度消費して消えるのではなく、記憶や所有として生活の中に残っていく。
令和のヒットの一つの方向は、「小さく、深く、触れる」ことにある。映像企画も「話題化」だけではなく、生活の中に残る「手触り」を設計する必要があるのではないか、と提案しました。

グローバル時代だからこそ、ローカルで深い世界を
ここから日本コンテンツへの示唆を考えます。
私は、グローバル時代だからこそ、ローカルで深い世界が武器になると思っています。日本には、生活文化、職人性、キャラクター、そして「小さな感情」を丁寧に描く力があります。
世界市場を意識すると、つい「世界中の誰にでも分かる作品」にしようとします。しかし、日本ならではの生活や文化を薄めてしまえば、かえって作品の魅力を失うことにもなりかねません。
企画開発では、視聴者が「住みたくなる界隈」として作品世界を設計する。マーケティングでは熱量の高い小さなコミュニティを育て、収益化では視聴料だけでなく、物販、体験、地域、教育などへ回収線を増やしていく。
「大きな物語」を作ることだけがグローバル化ではない。「深く触れられる世界」を作ることが、むしろ日本コンテンツの強みになる。私はそう考えています。
しかし、ここで私はもう一つの問いに行き着きました。人々が深く愛し、何度も戻りたくなるコンテンツを作ることができても、その価値を生み出した制作者や地域に利益が戻り、次の作品を生み出す力へと循環しなければ、その文化は持続していきません。作品を「深くする」ことを考えていくと、必然的に、その価値を「どう届け、誰に残し、どう次へつなぐのか」という流通の問題に突き当たるのです。
流通の主導権は誰が持っているのか
講演ではここから、視点を「その価値をどう持続させるか」という産業構造へ移しました。
どれほど素晴らしい作品を作っても、その作品を届ける流通の主導権は誰が持っているのか。作品が生み出した価値は、最終的にどこに蓄積されるのか。
発表資料では、アジアは世界人口の約58%を占め、コンテンツ・メディア市場も推計150兆円から200兆円という巨大な規模を持つ、と提示しました。問題は「誰のプラットフォームで、誰に利益が残るのか」です。
グローバルOTTには二面性があります。世界同時配信を可能にし、制作費を大型化させ、作品を世界中の視聴者へ届ける大きな機会を生みました。
一方で、データ、顧客接点、編成権は外部のプラットフォームに集まり、加入料、広告、手数料なども域外へ流れていく。アジアの作品が増えるほど、外側に利益と主導権が集積する構造であるなら、私たちはそこにも目を向けなければなりません。
世界に作品を届けることと、その成功によって生まれた価値を制作国や制作者へ戻し、次の作品へ再投資すること。その二つを同時に成立させる仕組みが必要です。つまり、「小さく深い世界」を生み出すことがコンテンツ側の課題だとすれば、その価値を失わず世界へ届け、利益を次の創作へ戻すことが産業側の課題です。この二つは、本来、一つの問題として考えなければならないのではないでしょうか。

水原で提案した「アジア発GOTT構想」
そこで私は、水原で「アジア発GOTT(Global OTT)構想」を提案しました。
ただし、既存のグローバルOTTと同じものをもう一つ作ろう、という意味ではありません。私が考えているのは、従来の「Global OTT」から「Asia-Origin Global OTT」へ、という発想です。
日本、韓国、中国、タイをはじめとするアジア諸国が共同で資本を出し、共同プラットフォームを持つ。配信だけでなく、データ、広告、決済、国際流通をアジア側で共同保有し、作品が生み出した利益を制作国や制作者へ循環させる。
目的は、アジアコンテンツの価値をアジアの産業と人材に戻すことです。
これは単なる配信サービスの構想ではありません。GOTTが目指すのは、制作、放送、地域、教育までをつなぐエコシステムです。
制作者はIP、企画、制作力を担い、放送局は地域の視聴者との接点と編成力を持つ。配信プラットフォームはデータ、決済、国際流通を担い、各国政府や民間資本が長期的な戦略投資を行う。
重要なのは、一作品の成功で終わらせず、その成功から得た利益やデータや人材を次へとつなぎ、新たな作品を生む循環を作ることです。

制作者は「供給者」から「エコシステムの設計者」へ
では、その議論をどこで始めるのか。
私は、日韓中テレビ制作者フォーラムやアジアテレビドラマカンファレンスのような国際会議を、単なる「交流」から「エコシステムを設計する場」へ進化させる必要があると考えています。
日韓中テレビ制作者フォーラムは東アジアの制作課題を共有する場へ。アジアテレビドラマカンファレンスはASEANを含む共同開発・BtoBの場へ。さらに放送局、配信、通信、金融、政府、広告、地域なども招く。
その中心で制作者が「流通と利益配分のルール」を議論する。
これまで制作者は、企画を考え、作品を作り、納品する「供給者」として位置づけられることが多かった。しかし、これからはそれだけでいいのでしょうか。
誰がIPを持つのか。誰が視聴データを持つのか。収益をどう分配するのか。利益をどう次の作品へ再投資するのか。
こうしたルールを、作品を実際に生み出している制作者自身が議論しなければならない。
「制作者は単なる供給者ではなく、エコシステムの設計者である」。
これが、水原で私が最も伝えたかったことの一つです。

小さなシールから、大きな構想へ
講演の最後に、私はもう一度、立体シールの話に戻りました。
ボンボンドロップシールの次には、さらに「手触り」の強いスクイーズのような玩具も人気になっています。デジタル化が進むほど、人は触感やぬくもりを求めるのかもしれません。
「ちいかわ」の小さな立体シールから始まった話が、最後にはアジア全体の流通基盤という大きな話になりました。しかし私の中では、「価値をどう生み、どう持続させるか」という一つの問いでつながっています。

最新のコンテンツトレンドが示しているのは、「小さく深い世界」への回帰です。そして必要なのは、その世界から生まれた価値を、制作する人、届ける人、地域、そして次の作品へ循環させる流通基盤です。
アジアの国々が参加するGOTTを構想し、各国の制作者、放送局、投資主体が利益を共有する新しいコンテンツ・エコシステムを作る。その議論を、制作者主導で始める。
日韓中テレビ制作者フォーラムは、作品を通して互いを理解する交流の場として歴史を積み重ねてきました。その信頼関係を土台に、次は「アジアのコンテンツ産業をどう持続可能にするか」を一緒に考える場へと進んでいけるのではないでしょうか。
そして今、日本の放送・映像コンテンツに関わる皆さんにも問いかけたいと思います。
私たちは、これからも「作品を作る人」でいるだけでいいのでしょうか。
作品を作ることは、もちろん私たちの原点です。しかし、その作品が世界へ届き、生まれた価値が制作者と産業に戻り、次の作品を生む仕組みまでを、自分たちの問題として考える時期に来ているのではないでしょうか。
小さなシールから始まった問いの先に、日本、そしてアジアのコンテンツ産業の未来がある。
私は水原で発信してきました。
今度は、日本の皆さんと議論を始めたいと思っています。
プロフィール

沼田通嗣(ぬまたみちつぐ)
(一社)ATP理事/(一社)ATDC理事長/(株)テレパック取締役プロデューサー
総務省「実写コンテンツ展開力強化官民協議会」協議員
内閣府コンテンツワーキンググループ委員
1992年、30歳でゴールデンドラマのプロデューサーとなり、30タイトル、500話を超えるドラマのプロデュースを手掛ける。日本のIPコンテンツ産業を国際的競争力のある産業にするために活動を行う。アジアテレビドラマカンファレンスの開催はその活動の一つ。
受賞歴:「ラブ・レター」ATP賞テレビグランプリ優秀賞/「光抱く友よ」芸術祭賞優秀賞・民間放送連盟賞/「ガラパゴス」ATP賞テレビグランプリ奨励賞/日本衛星放送協会オリジナルドラマ最優秀賞
第24回日韓中テレビ制作者フォーラム(韓国・水原)開催概要
テーマ|AI時代、東アジアコンテンツの未来
【主催】
韓国|韓国PD連合会、水原特例市、財団法人水原コンベンションセンター
中国|中国電視芸術家協会
日本|全日本テレビ番組製作社連盟(ATP)、放送批評懇談会
【後援】
京畿観光公社
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