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CBCテレビ『ハートフルワールド』からテレビの役割を考える

「番組を見る会・語る会」に参加して

村上圭子(メディア研究者)

2026年10月10日に開催した「番組を見る会・語る会」で、『ハートフルワールド 京都・紙屋川砂防ダム編』の上映とトークに参加された村上圭子さんが、ご自身のウェブサイトに感想を書いてくださいました。NHKでドキュメンタリーを制作していた経験と重ねながら、差別や偏見、好奇の目にさらされてきた場所をテレビが取材する意味を見つめた文章です。ご本人の了承を得て、一部編集を加えて掲載します。当日のトークの記録は、こちらの記事でお読みいただけます。

愛知県、三重県、岐阜県を放送対象地域にするCBCテレビで、『ハートフルワールド』というユニークな番組が放送されている。WEBサイトには「まだ見たことのない世界へ――ディレクターが1人、ハートフルを探す異色ドキュメンタリー」と紹介されている。30分の番組で、不定期に年7~8回、放送されている。その中の「京都・紙屋川砂防ダム編」が、今年の放送文化基金賞(第52回)で最優秀賞を受賞した。ただし、受賞したのはドキュメンタリー部門ではなくエンターテインメント部門。番組の構成は、編集した10分前後程度の数本のVTRを流し、それをドキュメンタリー好きのヒコロヒーさんが見て感想をコメントするというバラエティー仕立てになっているからだ。

10月10日、放送文化基金の主催で、この番組を見て、制作者と語るという会が開かれ、参加してきた。メディア研究者としても元ドキュメンタリー制作者としても、気づきを得、刺激を受けたのでまとめておきたい。

『ハートフルワールド』が訪ねた、ダムの中の集落

異色ドキュメンタリーと銘打つこの番組の最大の特徴は、取材場所の選定にある。視聴者の多くが“まだ見たことのない世界”ということなのだが、「大阪・西成」「岐阜・金津園」「三重・渡鹿野島」「福島・獏原人村」などが取り上げられている。「大阪・西成」は、通称“釜ヶ崎”、日本最大の日雇い労働者の暮らしの場、いわゆる“ドヤ街”である。「岐阜・金津園」は、中部地方最大のソープランド街。「三重・渡鹿野島」は、伊勢志摩の中心に位置する島で、かつては“売春島“と呼ばれた歴史がある。「福島・獏原人村」は、1960年代から続く、自給自足で電力会社の電力に頼らないヒッピーコミューンである。

表現の仕方が非常に難しいのだが、特別な目的がないかぎり、なかなか足を運ぶような場所ではないし、訪ねるのに勇気がいる場所でもある。同時に、こうした場所の多くは、差別や偏見、そして好奇の目にさらされることも多く、YouTuberによる「〇〇探訪」「〇〇散策」シリーズが組まれるような場所でもある。

番組は、そうした場所にディレクターが1人でカメラを抱え、アポなしで訪ねていくスタイルをとる。取材交渉をするも、断られ、避けられ、そんなこんなを繰り返しながら、次第に地域の実情や歴史が浮き彫りになり、最終的にそこに生きる人々の思いに触れ、“ハートフル”な人生を見つけていく。

では、放送文化基金の受賞作、「京都・紙屋川砂防ダム」とはどんな場所なのだろうか。そのダムは京都市内にあり、1953年、土砂災害を防ぐためにつくられた施設である。そのダムの中の土地に、60年ほど前に在日コリアンを中心とする人たちが次第に家を建て始め、自然発生的に集落が作られた。多い時には200人以上が生活していたというが、すでに60年余りが経過し、住民は高齢化し、半分以上の家は空き家となって取り壊されている。水道は京都市、ガスはプロパン、下水道は整備されていないため、トイレは今も汲み取り式である。

なぜ、在日コリアンの人たちは、行政の所有地であるダムの中に住むことになったのか。番組を見ていくと、ダム近くにあった同和地区、京都市の千本地区で1950年代に京都市が土地を買い上げて公営住宅や改良住宅を建設する住環境整備施策が行われた際、その地区に住んでいた在日コリアンの人たちは住宅に入ることができず、ダムの中の土地に移っていったということが分かってきた。

番組では、いまも集落に暮らす人、かつて暮らしていた人、集落を支える同和地区出身の研究者などが登場する。ハートフルという言葉で呼ぶにはあまりに辛苦に満ちたそれぞれの人生なのだが、番組を見終わると、優しく穏やかな気持ちになれるのはなぜなのだろうか。これは、今回の受賞番組だけでなく、多くの回(私も全てを見ているわけではないが)に共通する感覚である。

「旅人の目線」でドキュメンタリーがバラエティーに

番組を見て語る会では、受賞作が上映された後、番組のプロデューサー・ディレクターである、CBCテレビコンテンツデザイン局IPプロデュース部の下野賢志さんと、東京大学大学院情報学環教授で、エンターテインメント部門審査委員長をつとめる丹羽美之さんによる対談が行われた(写真左が丹羽さん、右が下野さん)。

もともとはドキュメンタリー番組を制作していたという下野さん。しかし、重いテーマで固い作りのドキュメンタリーではどうしても視聴者が固定してしまい、多くの人に見てもらえない。バラエティー仕立てにすることで、少しでも多くの人たちに見てもらえたらと、『ハートフルワールド』の企画を考えたのだという。

場所の選定については、ただ自分がそういう場所を訪ねるのが好きだから、ということだったが、話を深く聞いていくと、「光のあたらないところで生きている人の生き様」に心を寄せていることが下野さんの訪問の理由であり、番組制作の原動力でもあることが分かってきた。

番組では、訪ねる場所を決めたら、ディレクターはあえて詳細はリサーチせず、アポも取らず、カメラを抱えて現場を訪ねるそうだ。そうすることによって、ディレクターが人々に出会い地域で学びを深めていくことを、カメラを通じて視聴者は追体験できる。ディレクターにも視聴者にも内在している、地域に対する先入観、偏見、好奇の目が「解きほぐされていく過程を楽しんでもらう」というのがエンターテインメントの要素である、と丹羽さん。

丹羽さんの話を聞いて、ああ、この番組は、地域を訪ねたことのない視聴者とディレクターが、同じ「旅人の目線」になることによってはじめて成立するのだと腑に落ちた。NHKでドキュメンタリーを制作していた時、事前に入念なリサーチをしているからこそ、取材現場で目の前で起きることに柔軟に対処できる、ということを叩き込まれた自分にとって、この話は非常に新鮮であった。

なぜ、あえてテレビが取り上げるのか

とはいえ、先に触れたような「〇〇探訪」「〇〇散策」系のYouTuberとはどこが違うのか。“際もの”だからこそ、放送として何を目指すのか。会場に参加していた放送関係者から飛んだこの質問に対し、下野さんは、YouTuberとの違いは、地域やそこに生きる人々との信頼関係の取結びと、その関係に基づいた描き方にあるとした。

また、参加していた大学生からは、同和問題というが今はもう差別は存在しないという見解もあり、あえて放送することにどういう意味があるのかという趣旨の質問があった。それに対して下野さんは、「寝た子を起こすな」ということだと思うが、確かに誰も取り上げず、全員が忘れてしまったらそれでいいのかもしれないが、かならず誰かが取り上げ、拡散されてしまう。だから、正しい歴史を知ってもらわないといけないし、そこに生きる人たちの人生、その人たちの声を届ける必要がある、と答えた。

これらのやり取りを聞きながら、こうした地域をいたずらに好奇のまなざしで取り上げるYouTubeが衆目を集める時代だからこそ、あえてテレビ局が同じ地域をしっかり取材して番組制作することの意義があるのではないかと感じた。

“共感”とは何か?

少しだけ思い出話をしたい。私は、NHK報道局でディレクターをしていた頃、川崎駅から歩いて20分ほどの多摩川の河川敷にあった在日コリアンの集落に通っていた。そこは1959年の伊勢湾台風後、3~4年の間にできた集落で、最も多い時には約100世帯が密集して居住していたという。第二次世界大戦後、在日コリアンの人たちの暮らしは非常に厳しく、紙屋川砂防ダムのように行政の土地の中に作られた集落が全国あちこちにあった。川崎のこの集落は、その中でも規模が大きな方であった。

取材のきっかけは、集落のある河川敷にスーパー堤防建設計画が立ち上がり、立ち退きを迫られている、という短いニュースを見たことだった。そもそも集落があったことすら知らなかった私は、すぐに現場を訪ねてみた。集落は想像していた以上に狭く、家が密集して立ち並んでいた。そして、集落の真ん中に教会があった。日本基督教団川崎戸手教会である(現在は別な場所に移転)。教会には地域活動センターが併設され、住民の悩み相談や生活支援にあたっていた。

思い切って教会に入ってみると牧師が出迎えてくれた。取材で来たが集落について何も知らないので、まずは皆さんのことを知りたいというと、教会の中を案内してくれた。教会は川際ぎりぎりに建っており、2階の集会場の大きな窓を開けると、雄大な多摩川が目の中に飛び込んできて、まるで船の窓から川を見ているようだった。牧師から、雨が降ると1階は水に浸かってしまうので本当に大変だと聞き、この集落が危険と隣り合わせの暮らしを半世紀以上続けていることを知った。

それから何度も取材に通い、地域の歩んできた道のりを少しずつ学んだ。教会の2階の窓から、夕陽映えで水面がキラキラと輝く多摩川を見ながら、住民それぞれが歩んできた人生に耳を傾けた。そうしているうちに、立ち退きの施策を真正面から扱う報道の前に、まず、なぜここに集落が出来、これまでどんな暮らしが営まれてきたのかを描きたいと強く思うようになった。

結局、提案は通らなかった。不法占拠だから自業自得だ、立ち退き料を引き上げるのにメディアとして利用されるだけだ、と言われた。そして、その時に言われたことで最も強く印象に残っているのは、「共感できないから」という言葉であった。

いったい、誰が共感の可否を決めるのか?共感の価値判断の基準は?そして、メディア側が共感できないと考えるテーマは放送できないのか?結局、当時の私は、『ハートフルワールド』のように、視点を変えて提案を出し直すアイデアも持ち合わせておらず、唯々諾々と従うしかなかった。その後も番組制作を続ける中で、この「共感できないから」という言葉に何度も出会うことになるのだが……。

素晴らしい番組を制作している下野さんと自分を重ね合わせるのは大変恐縮だが、私も、人がなかなか足を運ばないような場所や、訪ねるのに勇気がいる場所になぜか強く心惹かれるところがある。報道としての使命感やメディアとして何かメッセージを伝えたいとか、そういう高邁な動機では決してない。なぜ、自分がそうなってしまうのか、今までよくわからなかったのだが、今回の受賞作を見て、そして制作者の話を通じて、ぼんやりだが見えてきた気がする。

それは、きれいごとでは済まされない複雑すぎる社会と、その社会を生き抜いてきた強かな人たちの人生にこそ、自分にとって多くの学びがあるということ。そして、日頃は自分が気づかないふりをして蓋をしている、心の中の偏見や差別感覚を、その場所に行き、その場所にいる人たちと話すことで“解きほぐすことができる”感覚があるからだと思った。

口を閉ざす人にマイクを向け、嫌がる人にカメラを向けるメディアは、ある意味で暴力装置である。アポなしは、更に強い暴力である。もしも私が、こうした場所に住んでいたら、働いていたら、と立場を置き換えるとよくわかる。だからこそ、その暴力装置をどのように、社会の底流に潜む偏見や差別感覚を薄めていく方向に使っていけるかが問われるし、取材における信頼関係が、番組を成立させるための単なる方便にならず、その人の人生にとって良き出会いとなり、対等な関係性だと感じてもらえるかが問われるだろう。

今後も注目していきたい番組の1つである。


※本稿は、村上圭子さんのウェブサイトに2026年10月11日に掲載された「CBCテレビ『ハートフルワールド』からテレビの役割を考える~放送文化基金「番組を見る会・語る会」に参加して(10月10日記)」を、ご本人の了承を得て一部編集を加えて掲載したものです。

プロフィール

村上圭子(むらかみけいこ)
学習院大学卒業後、1992年NHK入局。報道局ディレクターとして『NHKスペシャル』『クローズアップ現代』等を担当後、ラジオセンターを経て2010年から14年間、放送文化研究所メディア研究部に在籍。2025年1月末にNHKを早期退職し、メディア研究者として活動開始。東京財団上席フェロー、総務省「放送政策委員会」専門委員。


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