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伊東四朗の引き際と、福太郎の未練|土曜ドラマ『老害の人』

桧山珠美 ▶▶▶『日日是てれび日和』 気になる番組を読み解く週一コラム 

【第63回】 土曜ドラマ『老害の人』(NHK総合 2026年10月24日22時00分~)

伊東四朗が来年6月15日、90歳の誕生日をもって芸能活動を引退するという。その話を聞いた時、なんとも寂しい気持ちになった。一方で、自ら引き際を決めるという潔さに、芸を生業としてきた伊東の矜持と美学を感じる。

思えば、伊東四朗という喜劇役者には、どれほど楽しませてもらったことか。

バラエティーでは、『コメディーお江戸でござる』での座長をはじめ、『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』での小松政夫と息の合った親子コント。さらに、小松政夫の「しらけ鳥音頭」に、サーカスの団長を思わせる恰好をしたベンジャミン伊東の「電線音頭」。

視聴者参加型ゲーム『ザ・チャンス!』や『脳内エステIQサプリ』の名司会ぶりに、さまざまな裏技を紹介する『伊東家の食卓』のお父さん役も懐かしい。

俳優としても幅広い役柄を演じてきた。テレビドラマ『ムー』『ムー一族』では老舗足袋屋「うさぎや」主人を演じ、朝ドラ『おしん』では、おしんの父親、大河ドラマ『平清盛』では白河法皇に扮した。『十津川警部シリーズ』では渡瀬恒彦演じる十津川警部の相棒・亀井刑事こと「亀さん」を好演。『おかしな刑事』シリーズの羽田美智子との凸凹親子コンビで、息の合った掛け合いをみせてくれた。

今年4月に放送された『お別れホスピタル2』では、終末期医療の患者・安斎正助を演じ、老いの哀しみと人間のおかしみをにじませる芝居に、心を揺さぶられ、気がつけば号泣していたものだ。

映画では、『スパルタの海』の戸塚ヨットスクール校長・戸塚宏を演じたほか、『マルサの女』のパチンコ店社長、『ミンボーの女』のヤクザ、『スーパーの女』の「安売り大魔王」社長など、伊丹十三作品には欠かせない存在だった。

個人的に忘れがたいのは、劇団東京ヴォードヴィルショー公演『その場しのぎの男たち』で演じた伊藤博文役だ。三谷幸喜が劇団のために書き下ろした人気作品で、初演から再演のたびに足を運び、すべての公演を観てきたことは、ちょっとした自慢だ。

2023年の公演では、伊東演じる伊藤博文が登場すると、客席からは「待ってました」と言わんばかりのひときわ大きな拍手が沸き起こった。さらに、共演者が台詞を忘れてしまい、舞台がしばし止まったときのこと。伊東が「俺が覚えているのに…」というようなアドリブを言い、不穏な空気をたちまち笑いに変えたのだった。喜劇役者・伊東四朗の面目躍如たる一幕に立ち会えたことは、今となってはかけがえのない思い出だ。

喜劇で培った絶妙な間とユーモアを武器に、ホームドラマのお父さんから、凄みのあるヤクザまで自在に演じ分ける。笑わされているはずが、いつしか胸を打たれている。

いまや芸人がドラマに出演することも珍しくないが、その先駆けとして、伊東四朗の功績は大きい。

長くなったが、ここからが本題。

引退発表からほどなく、NHK土曜ドラマで『老害の人』の地上波放送が始まった。以前から決まっていたのかどうかは知らないが、なんともタイムリーな巡りあわせだ。

そもそも、この『老害の人』は2024年、NHK BSで放送された作品だ。それを地上波放送してくれたことに、まずは感謝したい。

伊東演じる主人公の戸山福太郎は、すごろくやボードゲームを手掛ける会社の社長だ。妻に先立たれ、その通夜の席から物語は始まる。その後、娘婿に社長の座を譲るのだが、社員を前にした退任の挨拶がふるっている。

「高齢者は引くべき潮時をわきまえていなければいけません。いくら自分に自信があっても、その自信はもはや時代的に役に立たず、老人の独りよがりに過ぎないのです。私がここに戻ってくることはもうありません。雀躍堂のさらなる発展をお祈りします。ありがとう。そして、さようなら」

みずから高齢者の引き際を説き、きっぱりと別れを告げた福太郎。その潔さに、部下たちは形だけでも顧問や相談役として残ってほしいと引き留める。

これにも「要らないよ。そんなの終わったじじいの無意味な肩書きだろ?」といったんは断るものの、「まあまあ、そうおっしゃらずに。部屋も空いてますし」と言われ、

「そう? だったら…形だけでも、経営戦略室長にしてくれ。名刺もそれでいい」と福太郎。

「…経営戦略室長?」「…名刺?」と新社長と専務は顔を見合わす。

「だから、形だけだよ。悪いね、気つかわせて。もう来ないけどな。ハハハハ」
と去っていくのだが……。

福太郎と同世代の親戚や友人を演じるのは、前田吟、日色ともゑ、白川和子、小倉蒼蛙らベテラン俳優たち。ことあるごとに「早く死にたい」と口にする者、隙あらば病気自慢する者。自作の絵や俳句を人の迷惑も顧みず押しつける者など、それぞれに「老害」ぶりを発揮する。そんな厄介さを、どこか憎めないおかしみに変えてみせるベテラン勢のいきいきとした演技が見ものだ。

物語にはコロナ禍の出来事も織り込まれている。「不要不急」「ステイホーム」「マスク品薄」「巣ごもり需要」「在宅勤務」「リモート会議」「アクリル板」「三密」「緊急事態宣言の解除」……。当時は日常的に耳にしていた言葉が次々と登場し、すっかり忘れていたあの頃の空気がよみがえる。妙な懐かしさを覚えた。

2年前に見たときは、コメディとして見ていたが、今回、伊東の引退を知った後で、このドラマを見ると、感慨深いものがある。福太郎を演じながら、自らの引退について考えたのかな、とか。

そういえば、伊東には、円周率を小数点以下1000桁まで暗記するという特技がある。息子の孝明と出演した『ダウンタウンなう』では、実際にその記憶力を披露していた。誰よりも記憶力には自信があったからこそ、台本を覚えられなくなり、周囲に迷惑をかけることだけは避けたいという思いが、人一倍強いのかもしれない。

それゆえの勇退なのだろうが……。

前言を撤回し、会社に出勤しては社員相手に昔の自慢話を繰り広げる『老害の人』の福太郎のように、いつしか戻ってきてやくれまいか。そんな勝手な願いを抱いてしまう。

文化放送『伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛(オヤジパッション)』を聴けるのも、来年6月12日の最終回まで。残された放送を、一回一回、大切に聴きたい。

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プロフィール

桧山珠美

桧山珠美(ひやまたまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

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