放送文化基金賞

放送技術

アドレッサブルTVとは?フジテレビ伊藤氏に聞く広告の未来

聞き手 本間康文 放送技術部門 審査委員長

2026年7月に東京国際フォーラムで開催されたCATVショーにて、本間康文委員長(写真左)、フジテレビの伊藤正史さん。

「テレビCMは全員が同じものを見る」という従来の当たり前を覆し、視聴者一人ひとりの属性やニーズに合わせてCMを出し分ける「アドレッサブルTV」。研究開始から12年の時を経て、なぜ今この技術が業界内で高い評価を得られたのか。この技術を開発し、放送文化基金賞を受賞した伊藤正史さん(フジテレビジョン)に、審査を担当した本間康文委員長がインタビューを行った。

「一斉同報」の放送と「個別最適化」されたCMの融合

本間 このたびは、ご受賞誠におめでとうございます。まずは、一般の方々に向けて、「アドレッサブルTV」とは一体どのような技術なのか、基本的なことから教えていただけますか。

伊藤 ありがとうございます。アドレッサブルTVとは、すべての視聴者に同じ映像を届ける「一斉同報」という放送の強みに加えて、視聴者一人ひとりに「最適化」された広告を出せるようにした技術です。

たとえば、アルコール類のCMは未成年の方々に配慮して、放送する時間帯を制限しています。しかし、出し分けが可能になれば、「成人である」と確認できている視聴者にのみお酒のCMを出し、未成年にはソフトドリンク、年配の方には健康飲料のCMに差し替えるといった配慮の仕方も可能になります。

同じ番組を視聴していても、得られた視聴者データをもとにCMを出し分けることが可能になった。左下の画面では、左からティーン層、M1層、F1層とテレビごとに出し分けている。

本間 なるほど。どういう人々に届いたか、より正確に分かるので、広告主へのフィードバックも精度が高まりますよね。

伊藤 はい。従来のテレビ広告取引は、視聴率ベースの指標で取引されるのが一般的です。一方、デジタル広告では「実際に何人の方々に何回届いたのか」といった「インプレッション」という指標をもとにした取引が広く行われています。アドレッサブルTVでは、これを計測する機能もあわせて実現しており、デジタル広告と同様のレポーティングが可能になります。こうした計測は、個人を特定しないテレビ視聴データと呼ばれるもので、法令遵守は当然のこととして、さらに関連する放送分野ガイドラインや業界ルールにも則って運用するものです。

本間 視聴者データはどのように取得しているのでしょうか。

伊藤 現在は主に地域に応じてCMを出し分けるエリアCMを実施しており、これはテレビ受信機に設定された郵便番号情報を用いています。また、スポーツ中継で「どちらのチームを応援しているか」を視聴者に選んでいただき、そのデータに基づいてCMを出し分けて楽しんでいただく、といったアンケート型CMも行っています。

ただ、従来のテレビCMは、同じ放送エリアでは誰もが同じものを見るのが当たり前でした。そこで、初めてご覧になるテレビでは、アドレッサブルCMの前に説明画面を表示したり、さらにアドレッサブルTVに対応した視聴環境では、データ放送でいつでもこの説明をご覧いただけるようにしたりして、「テレビでもこういった出し分けが行われるようになるんですよ」といったご説明に取り組んでいます。

アドレッサブルCMについての説明と視聴者からの許諾を得る画面が必ず表示される。

また、このアドレッサブルCMは全員が同じものではなく、個別に出し分けられたCMであることをお伝えするため、アドレッサブルCMの前後に説明を表示したり、アドレッサブルCMの右上にマークを表示したりするといった取り組みも行っています。さらに、アドレッサブルTVの利用を希望されない場合は、機能を停止することもできます。

画面上部にアドレッサブルCMを流すかどうかを設定できるボタンがある。

そのほか、まだ技術研究の段階ですが、TVerに登録されたIDと連携し、性別・年代・地域の3属性を組み合わせてCMを出し分ける「デモグラフィックCM」の研究にも取り組んでいます。

本間 視聴者から見ると、インターネットで見かける「ターゲティング広告」に近い印象でしょうか。

伊藤 テレビごとに出し分けという点ではデジタル広告と似ていますが、現在のところ、個人を特定する形でのアドレッサブルCMの出し分けは行っていません。商業放送は視聴者や広告主など国民全体からの信頼によって支えられているものです。そのような場合も、関連する法令遵守は当然として、先ほど申し上げた関連する放送分野ガイドラインや業界ルールにも則る必要があります。

注目のきっかけは、デジタル広告費の逆転

本間 伊藤さんがこの研究・開発に着手されたのは2014年頃だと伺っています。私自身も当時から注目して拝見していましたが、ここ数年で業界内の評価が急速に高まったのはなぜでしょうか。

本間康文委員長

伊藤 まず欧米でアドレッサブルTV技術の検討が進んでいました。その背景には、デジタル広告費がテレビ広告費を逆転したことが大きく影響しています。イギリスでは早い段階でその逆転が起き、米国でもFAST(Free Ad-Supported Streaming)などが話題を集めていました。一方、当時の日本ではまだ業界全体の関心は高くありませんでした。しかし、日本でも2019年にインターネット広告費がテレビメディア広告費を上回ったことで、「テレビ広告を何とかしなければならない」という機運が急速に高まったように思います。

伊藤正史さん

本間 海外の動向を追いかける形で、意識がガラリと変わったわけですね。

伊藤 はい。さらに日本テレビさんが開発した「アドリーチマックス」という新しいテレビ広告手法が登場したことも関係していると思います。その後にアドレッサブルTVを出展した技術展示会では、各局の営業担当者や広告代理店の方々から注目していただけるようになり、「潮目が変わったな」と肌で感じました。さらに、2025年11月に、イギリスの商業放送ITVがアドレッサブルTV広告の開始を発表したことも、背景の一つにあるかもしれません。

本間 テレビ広告の価値をさらに高め、デジタル広告にも対抗できるように、さまざまな技術の融合が進んでいけば、とても嬉しいなと思います。

伊藤 ありがとうございます。いろいろな新しい広告技術と並走しながら、商業放送全体の媒体価値を高めることに貢献できればと思っています。

「怒られる挑戦の中に正解がある」

本間 2014年に開発を始めてから、12年という歳月が経ちました。苦労されたエピソードがあれば教えてください。

伊藤 正直に申しますと、開発そのものよりは、世の中から求められるようになるのに時間がかかったというのが本音です。というのも、開発初期の2014年頃は、一般的にはテレビ広告技術に手を入れるということは考えられておらず、関係者から様々なご意見もいただきました。しかし、当時上司の廣野からは「怒られるような挑戦の中にこそ、将来の正解がある」という言葉をもらいまして。一度、世に出して響かなかったとしても、信じ続けて開発を続けることで、世の中が変わり、いつか求められるようになることもある、ということを実感しました。

廣野二郎さん(テックアートデザイン局シニアアドバイザー技術開発担当)。IPTVフォーラムで理事も兼任している。

また、今回の開発は、放送局やテレビメーカーなどの多くの先輩が作られたハイブリッドキャスト(放送とインターネットを融合した放送技術)を基盤にしています。そのプラットフォームでキラーコンテンツと言われるようなユースケースがなかなか出てこず、少しずつ仲間も減っていき、苦しい時期を経てきました。それでも10年以上もの間、成果がすぐに出ない研究を走らせてくれた会社や周囲の環境には、本当に感謝しています。

本間 私は以前、IPTVフォーラムの広報普及委員長を務めており、ハイブリッドキャストの普及に尽力しておりました。そのため、今回受賞したアドレッサブルTVが、ようやくハイブリッドキャストのキラーアプリになるのでは、と期待を寄せています。伊藤さんが信じた道を諦めずに突き進んだからこそ、時代が後から追いついてきた。若手エンジニアにも「簡単に諦めるな」と言いたいですね。


偽情報対策で安心・安全のメディア環境を放送が牽引する

本間 今回のアドレッサブルTVが高く評価されたもう一つの大きな理由に、セキュリティ技術(C2PA)の実装があります。暗号技術を活用して広告の真正性を担保できる仕組みですが、これを組み合わせた経緯を教えていただけますか。

伊藤 昨今、SNSや動画プラットフォーム等で有名企業の名前を悪用した偽広告が出回り、社会問題化しています。私自身も動画サイトで大手メーカーを装った偽広告を目にし、不安を感じていました。

そこで、こうしたデジタル広告技術を取り入れるにあたっては、放送サービスとして、従来のテレビ広告と同様に安心して視聴できなければならないと考えました。具体的には、運用面としてアドレッサブルCMで画面に出る広告は、従来のテレビ広告と同様にすべて放送局が考査と呼ばれる放送基準に照らした確認を行います。

これにより、従来のテレビCMと同様に安心して視聴していただけますが、さらに技術的にも配信された広告を誰が出しているのかといった情報を一目でわかるようにし、さらにその情報の正しさを技術的に担保できる仕組みも開発しました。私は学生時代に、暗号技術を専門にしておりまして、配信動画を誰が制作したのかを保証する技術の研究を進めていました。こうした時に、一方で開発を進めていたアドレッサブルTVを技術展示することになった時に、併せて偽広告の問題を技術面から解決できないかと考え、両方を組み合わせるアイデアが浮かびました。

広告の制作者や、その広告を考査した団体が分かる「来歴情報表示」と検証済マーク

本間 最初は別々の開発から始まったのですね。偽情報対策について広告主の反応はいかがでしたか。

伊藤 「ブランドイメージを守るために大切な技術」というお声をいただきました。本来は、放送よりも偽動画広告などが深刻化している動画配信サービスでこそ効果を発揮する技術です。しかし、誰もが安心してメディアに触れられる環境を放送が牽引していくという思いから、アドレッサブルCMとあわせて開発いたしました。

アドレッサブルTVの将来像

本間 現在の実際の運用状況はいかがでしょうか。現場での手応えや、視聴者からのリアクションについて教えてください。

伊藤 現在はフジテレビのエリア(関東広域圏)を中心に実施していますが、実施番組数も徐々に増加しており、累計で100番組を超えています。視聴者の方々には、X(旧Twitter)などで様々なコメントをいただいておりまして、自分用にCMが切り替わるのを楽しんでいただいている方もいらっしゃって嬉しく思います。

本間 今後はそういったCMが増えてくることを期待しています。最後に、今後の展望をお聞かせください。電波放送から「放送同時配信」へと時代が移行していく中で、このアドレッサブルTV技術はどのような役割を果たしていくとお考えですか。

伊藤 現状は技術面の運用実績の積み重ねを先行させていき、アドレッサブルTVについては将来的に他のテレビCM技術との融合や、偽動画広告対策技術については動画配信サービスへの展開についても模索していきたいと思っています。

第52回放送文化基金賞贈呈式で受賞スピーチをする伊藤さん。「実現に12年かかりました。次の世代にもこの技術の価値をつなげていきたい」と力強く語りました。

本間 先人たちのハイブリッドキャストを受け継ぎ、それを実用レベルに昇華させた、素晴らしい開発でした。本日は貴重なお話をありがとうございました。

伊藤 ありがとうございました。

プロフィール

伊藤正史さん (いとうまさし)
フジテレビジョン デジタルビデオテクノロジー推進部 / メディアデザイン室
2001年、株式会社フジテレビジョン入社。送出・回線部門を経て、2013年より技術開発および放送規格化、放送制度関連業務に従事。専門はコネクテッドTV、放送通信連携、配信技術など。近年はアドレッサブルCM技術の研究開発を推進。著書に『図解雑学 暗号理論』(ナツメ社)、『暗号の大研究』(PHP 研究所)ほか。

本間康文さん (ほんまやすぶみ)
元TBSテレビメディア戦略室担当局長
1979年東京放送(現TBSテレビ)に入社し、デジタル放送設備の構築、メディア戦略に携わる。2020年からは、NEC放送メディア事業部で放送のDX業務に従事し、NECメディアソリューション統括部で主席技師を務めた。現在は、放送文化基金賞放送技術部門で委員長を務める。

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