助成
放映権は誰が買うのか|買い手が一社の中国(後編)
国が決めた枠組みの内側で動く市場、そして日本への問い
大井義洋(早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授)

前編では、放映権をめぐる競争の末に、中継を担う放送局が経営に行き詰まった韓国を見た。後編は、オリンピックやFIFAワールドカップの放映権を一社しか買えない中国である。二つの国の経験から、日本への問いを考える。
2026年FIFAワールドカップの開幕が約1か月後に迫った今年5月上旬になっても、中国では国際サッカー連盟(FIFA)との放映権の交渉がまとまっていなかった。FIFAが中国向けの放映権に示した額は、1大会あたり2.5億〜3億ドルと伝えられる。買い手である中国中央電視台(CCTV、現在は中央広播電視総台の一部)は首を縦に振らず、交渉は長引いた。合意が発表されたのは5月15日。開幕まで1か月を切っていた。
中国のメディアは、CCTVが6,000万ドルまで値切ったと報じた。当初の提示の4分の1から5分の1である。ただ、この報道には中国ならではの背景がある。国の放送局であるCCTVが税金を使って高額の放映権を買うことには、批判が向けられやすい。安く買ったという話は、その批判をかわすためのものでもある。9月に筆者が現地で聞いたところでは、実際の額ははるかに高く、前編で見た韓国のJTBCが今大会に払った額をも上回るという。
中国では、この大会の放映権をFIFAから直接買えるのはCCTVだけである。買い手が一社なら、交渉は買い手に有利となり、値段は抑えられるはずではないか。それでも上がるのはなぜか。
競争を禁じた一本の通達
出発点は、2000年に出された一本の通達である。当時の放送行政当局は、オリンピック、アジア大会、FIFAワールドカップの三つについて、国内の放映権はCCTVが一括して交渉し、購入すると定めた。ほかの局が直接買うことは禁じられている。この枠組みは、2015年に出された新しい通達にも引き継がれている。アジア大会が入っているのは、中国が最も多くのメダルを取る大会だからである。法律ではなく行政の通達だが、事実上、強い拘束力を持つ。中国のテレビ局はいずれも国の監督下にあり、放送の許可も当局が握っているため、通達に従わないという選択肢はないからである。
2000年の通達は狙いも隠していない。放映権の値段をつり上げる行為や過当な競争は厳しく取り締まる、と書いてある。同時に、採算だけを考えて放送すべきものを放送しない事態も防げ、とある。値段を抑えることと、広く見せること。その両方を一社に負わせたのである。中国に「ユニバーサルアクセス権」という名の制度はないが、この通達が事実上その役割を果たしてきた。
韓国では、地上波、総合編成チャンネル、配信事業者が放映権を奪い合った。中国では、その競争そのものが通達で禁じられている。
それでも放映権料は上がる
ところが、現実には値段は抑えきれていない。現地で聞くと、買い手をCCTVに絞ったことは高騰の歯止めとしてある程度は働いているが、それでも放映権料は上がり続けているという。報道によれば、FIFAワールドカップの中国向け放映権料は、2010年と2014年の2大会で1.15億ドル、2018年と2022年の2大会で約3億ドルだった。
理由は、放映権料が高騰しても、CCTVは採算がとれるからである。CCTVは自ら無料で放送して広告収入を得るとともに、放送や配信の権利を他の事業者に売る。FIFAワールドカップの再許諾先は、もともと地方のテレビ局だったが、2018年大会からは配信事業者も加わった。今大会の配信では、国有の通信大手、中国移動(チャイナモバイル)系のMIGUと、SNSの小紅書(rednote)が権利を得た。両社が払った額は合わせて30億元(約4億ドル)規模と推計されている。
CCTVが今回FIFAと結んだ契約は、女子の2027年・2031年大会も対象に含む。放映権料は男子の2026年と2030年の2大会で約5億ドルだと噂されている。いずれも公表された数字ではないが、そうだとすれば、CCTVは2026年大会の再許諾料だけで、2大会分の放映権料の大半を回収したことになる。
現地では「CCTVはエージェントのような役割を担っている」という話を聞いた。権利元との交渉を一手に引き受け、国内の放送・配信事業者に卸す。広告と再許諾で採算が合うかぎり、CCTVは高い放映権料を受け入れることができる。

ここに中国の仕組みの面白さがある。通達が封じたのは国内の買い手どうしの競り合いであって、売り手が値を上げることまでは止められない。買い手は一社でも、売り手のFIFAもまた一社である。値段を決めるのは交渉の力関係だけではない。その先でいくら稼げるかである。若い視聴者を奪い合う配信事業者が競い合うかぎり、権利の価値は上がり、放映権料も上がっていく。
国の制度の内側で動く市場
視聴者から見れば、テレビをつければCCTVで無料で見られる。その意味で視聴機会は守られている。それを支えているのは、広告と再許諾の収入である。
配信になると、事情はさらに市場に近づく。今大会、MIGUも小紅書も全試合を無料で流した。MIGUが有料にしたのは、4Kの高画質など一部の付加サービスだけである。無料にしたのは義務だからではない。現地で聞くと、広告で回収でき、会員をつなぎとめる効果もあるという経営判断だという。配信はAIやカメラワーク、双方向の仕掛けを武器に、若い視聴者を集めている。
国有系の事業者であっても、CCTVとの関係はあくまで交渉である。優先的に交渉できる立場にはあるが、買わなければならないという決まりはない。実際、この秋に日本で開かれた愛知・名古屋アジア大会について、国有系のMIGUは権利の取得を見送った。条件が価値に見合わなかったからだという。国が指定した三大会のひとつであっても、配信で見られるかどうかは採算で決まる。
各国のユニバーサルアクセス権の制度を比べるなかで、筆者は中国を「国家戦略型」と位置づけている。国が買い手を決め、国民に何を見せるかを決めている、という意味である。その位置づけは現地でも裏づけられた。加えて見えたのは、国が決めた枠組みの内側では、値段も、無料にするか有料にするかも、配信で流すかどうかも、市場が決めているという姿だった。
二つの国が示すもの
韓国と中国を並べると、ひとつの共通点が浮かぶ。買い手が競い合う韓国でも、買い手が一社の中国でも、放映権料は上がっている。
違うのは、その先である。韓国では、JTBCが地上波、他の総合編成チャンネル、配信事業者との競争に勝つために高値をつけた。ところが再販売は進まず、費用を回収できないまま行き詰まった。中国では、CCTVが高い放映権料を払いながら、広告と再許諾で回収している。同じように高く買って、一方は行き詰まり、一方は成り立っている。
どちらの国でも、制度の看板は「誰もが見られること」である。しかし結果を分けたのは、条文だけでなく、高い放映権料を誰がどう回収するのかという市場の論理だった。
中国型にも弱点はある。無料で見られる機会は、CCTVの採算の上に成り立っている。広告や再許諾の収入が細れば、5月のような瀬戸際は繰り返されるだろう。
もうひとつ、両国に共通していたのは配信の扱いである。韓国では、配信も含めて制度を考えるべきだという声を聞いた。中国では、無料にするか有料にするかが事業者の戦略に委ねられている。テレビを前提に作られた制度を、配信の時代にどう合わせるのか。両国とも答えを探している最中である。
日本に問われていること
日本はどうか。オリンピックでは、NHKと民放が共同で買うジャパンコンソーシアムの枠組みは崩れていないが、WBCは配信事業者(Netflix)の独占となり、FIFAワールドカップも全試合を生中継するのは配信事業者(DAZN)だけになった。日本には、韓国のような法律も、中国のように国が買い手を決める仕組みもない。
法律に意味がないと言いたいのではない。あらかじめ線を引いておくことは、独占への歯止めになりうる。ただ韓国が示したように、問題が起きてから作る法律は間に合わない。そして中国が示したように、買い手を一社に絞っても、放映権料の上昇は止まらない。
ユニバーサルアクセス権の法制化を論じる際、指定する大会の一覧と同時に考えるべきことがあるのかもしれない。誰が買うのか。上がり続ける放映権料を、誰がどう回収するのか。無料で見られる機会を、誰が支えるのか。韓国と中国は、別々の側から同じ問いを突きつけている。
▷▷▷この連載をもっと読む
大井義洋『スポーツ視聴と公共性』記事一覧
プロフィール

大井義洋(おおいよしひろ)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
慶應義塾大学卒業、中央大学大学院戦略経営研究科ビジネス科学専攻修了(経営管理博士)、ケロッグ経営大学院EDP修了。株式会社電通サッカー事業室長、スポーツビジネスソリューション局チーフ・ディレクターを歴任し、2025年より現職。専門はスポーツ経営戦略、スポーツメディア。
電通での数々の国内外のスポーツ放映権交渉の経験を経て、スポーツの視聴環境をめぐる制度的な問いを研究テーマに据えた。
大井義洋さんは放送文化基金2025年度人文社会部門の助成を受け、2026年4月から「ユニバーサルアクセス権の国際制度比較と日本への適用可能性」の研究を実施中です。
関連記事を見る
新着記事を見る
私たちについて
詳しく見る財団情報
詳しく見る