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ディズニーやNetflixだけではない──シリーズマニア2026が示した「公共性」【長谷川朋子】
連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #10

欧州最大級のドラマ祭「Series Mania」は、配信バブルの熱狂が落ち着き始めていた。ディズニーやNetflixが話題に上る一方で、支持を集めていたのは、観る側に解釈を委ねる余白を持ち、公共性を帯びた作品群だ。ショートコンペではNHK『ひらやすみ』が特別表彰を受け、同じくNHKの『火星の女王』もパノラマ・インターナショナル部門に選出されるなど、日本作品の存在感も印象的だった。物語をどこまで深く掘り下げられているかが評価の分かれ目になっていた。
制作環境は拡張から選別のフェーズへ
「Series Mania(シリーズマニア)2026」(2026年3月20〜27日)の現地に足を運んでまず感じたのは、ドラマの“これから”を探るような空気だった。連続ドラマ好きのためのフェスティバルとして始まり、フランス北部の都市リールを舞台に開催されてきたシリーズマニアは、いまや約11万2000人が来場するイベントへと成長している。作り手とドラマファンが、同じ視線でドラマの変化を見つめる場でもある。

昨年に続けて今年も現地取材し、注目したことの一つが作品トレンドの変化である。配信勢の台頭とともに続いたドラマ黄金時代が節目を迎え、作品の作られ方そのものが見直される段階に入っている。
同時開催されたプロ向けイベント「シリーズマニア・フォーラム」で報告された調査会社Ampere Analysisの分析によると、欧州メディア産業の2023―2025年の収益の伸びは93億ドル(約1兆3950億円)と、「ピークTV」と呼ばれた2020―2022年の時期と比べて、成長幅は約4割減にとどまる。スケールの大きさよりも、限られた尺や話数の中でテーマや感情をどこまで描き切れるかが問われるようになっている。
制作環境が拡張から選別のフェーズへと移るなかで、作品の評価軸にも変化が見え始めている。Netflixがスポンサーとして名を連ね、『ハンドメイズ・テイル』の続編としてDisney+の最新作『ザ・テスタメンツ』がオープニング上映を飾り、配信事業者が話題を引っ張る構図に変わりはない。しかしコンペティション作品に目を向けると、その選び方には明確な方向性が見えていた。

64カ国・375作品の中から今回選ばれたのは51作品。その多くは、社会状況に影響を色濃く受け、政治や価値観の揺らぎ、分断、不安といった現実の空気が、そのまま物語の温度として反映されている。フランスで開催されるドラマ祭ということで、ヨーロッパ作品が評価を集めやすいものの、国際共同制作の広がりや、アメリカの配信プラットフォームによるローカル制作の拡大を背景にしたラインナップとなっていた。クリエイターが自国の文脈に根ざした物語を世界に届けようとする動きも強まっている。
象徴的だったのが、ショート・フォーム・コンペティションの結果だ。NHKの『ひらやすみ』が特別表彰(スペシャルメンション)を受け、日本発のいわゆる“日常系ドラマ”が国際的に高く評価された。物語の中で大きな事件は起きない。人と人との関係や日常の揺らぎを丁寧に描くその佇まいは、配信市場の主流とは違ったアプローチである。それでもなお評価されたという事実は、いま求められているドラマの方向性を捉えているように思う。

さらに、パノラマ・インターナショナル部門では同じくNHKの『火星の女王』が上映された。100年後の未来という設定を通じて人間を描くその発想も含め、日本のドラマが持つ表現の幅が受け止められていることが伝わる。
ミクロな個人の物語からマクロな問題へ
今年の作品傾向は、主要部門であるインターナショナル・コンペティションの審査員の発言にも表れていた。審査員長を務めたアイスランドの映画監督・脚本家ベネディクト・エルリングソンは「現代社会や男性性といったテーマが多く見られ、ミクロな個人の物語からマクロな問題へと広がっていく構造が目立っていた」と指摘する。また、審査員のひとり、日本のHuluも参加したドイツの国際共同制作ドラマ『THE SWARM』の監督/エグゼクティブ・プロデューサーを務めたルーク・ワトソンも「現実逃避的な作品はなく、どれもいまの社会と地続きの物語だった」と振り返った。

物語のスケールやジャンル的な新しさ以上に問われていたのは、作品がどれだけ現実と向き合い、人間を描いているかという点である。言い換えれば、「何が起きるか」ではなく、「どう生きているか」だ。アマンダ・ヤンソンが最優秀女優賞を受賞したSVTやDRなど北欧各国の公共放送による共同制作『MY BROTHER』はその一例といえる。北欧ノワールらしい犯罪ドラマを思わせつつ、物語の中心にあるのは、問題を抱えた双子の弟と向き合う姉の姿だ。家庭内暴力を扱い、家族との関係を深く見つめる。現地で足を運んだ上映の中でも、痛みを伴う描写がとりわけ印象に残った。
ショートコンペを除くすべてのコンペティション作品の中から、上映後の観客投票によって選ばれたオーディエンス賞を受賞したオーストラリアの『DUSTFALL』(ABC TV、BBC、ZDF)も同様に、典型的な刑事ドラマにはとどまらない。犯人探しではなく、出来事が人に与える影響の連鎖を描いている。

主人公の母親役を演じたジュリエット・スティーブンソンのコメントにも納得がいく。「自分が演じるキャラクター以上に大事にしているのは、何について語る物語かどうか。いま私たちが生きている世界に対して語りかける作品であるかどうかです」。
作品の本質に触れながら、こうも語っていた。「この作品は女性が無力な被害者、男性が潜在的な加害者という単純な構図ではありません。すべての登場人物が人間として描かれています。その上で、女性に対する暴力という問題について強い一撃を与えているのです」。
また、『ひらやすみ』をはじめ若者の視点が集まったショートコンペのラインナップにも、生き方そのものを描こうとする作品が多く見られた。性的マイノリティを扱ったスペインの『UNFILTERED』では、「主人公がクィアであること以上に周囲に支えられている世界を描くことが重要だった」と脚本チームは語っていた。登場人物の内面と現実社会をどう結びつけるか。それこそが、いまのドラマのトレンドを形づくっているように思う。
「どれだけ深く人間や社会を描けるか」という価値
ここで浮かび上がってくるのが、ドラマの「公共性」という視点だ。これは必ずしも公共放送で制作されているかどうかという意味ではない。むしろ重要なのは、その作品がどのような機能を果たしているか。
社会で起きていることを映し出し、異なる立場の人々にも開かれ、観る側に解釈の余地を残す。こうした姿勢を持つドラマは、特定のターゲットに最適化されたコンテンツとは違った、より広い意味での「公共性」を帯びていく。そして、今回のシリーズマニアで評価されていたのも、まさにそうした作品だった。
興味深いのは、この傾向が配信時代の進展と無関係ではない点にある。グローバル配信の拡大は、コンテンツの流通を大きく変えた。一方で、視聴データやアルゴリズムに寄せて作られた作品が増えるなかで、逆に「どれだけ深く人間や社会を描けるか」という価値が、より強く意識されるようになっているとも考えられる。
つまり、配信時代に広がったのは市場であって、物語の評価軸そのものではない。むしろその反動として、社会と向き合い、人間を丁寧に描くドラマの価値があらためて際立つ。こうした動きは、Disney+やNetflixの作品にも、すでに現れ始めている。
そんな流れの中で、『ひらやすみ』のような作品が評価されたことは、日本のドラマが持つ可能性を示すひとつの兆候といえる。グローバルに広がる市場の中で、どのような物語が届くのか。答えは、必ずしも派手さや規模の大きさではなく、どれだけ誠実に人間と社会を描けるかにあるのかもしれない。

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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。
著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。
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