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「世界観」は自虐から生まれた|『川島明の辞書で呑む』
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【第49回】『川島明の辞書で呑む』(テレビ東京・2026年7月6日/13日 24時30分~)

「今宵も始まる新しい日本語との出会いにカンパ~イ!」。
MC・川島明の掛け声で出演者たちがジョッキを合わせる。この日の顔ぶれは、村上(マヂカルラブリー)、尾崎世界観(クリープハイプ)、ファーストサマーウイカ、ニシダ(ラランド)、サーヤ(ラランド)、渡辺銀次(ドンデコルテ)、そして、2024年の連ドラ『夫の家庭を壊すまで』の脚本家・岸本鮎佳。
『辞書で呑む』は、そのタイトル通り、辞書を肴に酒を酌み交わす番組だ。それぞれが気になった言葉を持ち寄り、その意味を確かめながら語り合う。話が思わぬ方向へ広がっていくのが楽しい。
2024年1月2日に正月特番としてスタート。最初のテーマは「あ」だった。出演者たちは辞書をパラパラとめくり、気になった言葉を挙げていく。「徒情け(あだなさけ)」「徒花(あだばな)」「あちゃらか」「あんちょこ」「あんぽんたん」……。言葉の意味や使い方、はたまた類似語、関連語などについて語り合い、ひとしきり話が弾んだところで、少し離れた席から見守るベテラン辞典編集者が、定義や語源、ときには知られざるエピソードを披露するというものだ。
その特番が話題を呼び、3ヶ月後にはまたもや特番で「い」の回を放送。さらに5月からは7週連続放送で「う」「え」「お」の回が放送。ついに「あ行」を完走し、ライブイベントなども開催されながら、一文字ずつ着実に歩みを進め、今回の「せ」に辿り着いた。
“せ”は世界観の“せ”ということで、口火を切ったのは、ミュージシャンであり作家でもある尾崎世界観だった。これは私の偏見でしかないが、前々から“世界観”などという名前をつけるなんてよっぽど自意識過剰の人だろうと思っていた。ところが、本人の話はまったく逆だったのだ。
ライブハウスで自腹を切って公演を開いても客はほとんど入らない。それでも、感想は決まって「世界観がいいね!」。褒め言葉のようでいて、それしか言われないことが嫌だったとか。だったら、いっそ自分で「世界観」と名乗ってしまえば、誰も言わなくなるだろう、と。つまり、自虐から生まれた芸名だった。まったく、聞いてみなければわからないものだ。
番組はこれだけで終わらず、「世界観」という言葉について言及する。それはドイツの哲学者・カントに由来する哲学用語で、世界をどう捉え、どう生きるかという考え方を指す。ファンタジーの世界観、楽曲の世界観など、「作品の雰囲気」や「トーン」を意味するようになったのは近年から、だそうだ。
そこから、村上がほんとうは鈴木なのに、村上を名乗っているのは「世界観」では? と話が転がっていく。一つの言葉から芸名論、さらには哲学へ。番組らしい寄り道だった。
お次の言葉は、岸本チョイスの「賤劣(せんれつ)」。新明解の880ページに記載されているらしい。それによると「いやしくて、これといったとりえもないこと(様子)」の意味。「わ、最悪」「最悪ですね」と次々に感想を言い合い、「三省堂のほうにはないんですね」と。そう。この番組で使用されるのは「三省堂国語辞典」と「新明解国語辞典」。実は「新明解」も三省堂発行なのだが、番組では「三省堂」と「新明解」と呼び分けている。
「賤劣」は「三省堂」の辞書には載っていない。中国から来た漢語、古めかしい言葉だからと辞典編集者。ちなみに、福澤諭吉の「学問のすすめ」に、「この民にして この賤劣に陥るはなんぞや」という一文があるそうだ。その意味は「こんなに立派な国民がなぜこんなにも情けなく落ちてしまうのだろうか」。日本国民へ憂いを示している、というが、福澤諭吉が国民の何を憂いていたのか気になる。
岸本は、「演技力がなく、売れてない俳優が人のお金でゴルフに行く」ことが賤劣では? と自分の考えを述べる。そういう人は「大体ブランド物のロゴのTシャツとか着てる」のだとか。そして脚本家らしく「嫌な人って脚本のネタになる」と。そんな輩は「だいたい(作品の中で)死にます」と笑いをとっていた。賤劣な人物も、書き手にとっては格好の題材というわけだ。職業によって、気になる言葉にも違いがある。そこも面白いところだ。
30分の番組で、13日の後半では、尾崎世界観が「絶唱」を挙げ、「絶唱」と「熱唱」の違いについて、侃々諤々。サンボマスターは「絶唱」で、玉置浩二は「熱唱」と歌手別で分類してみたり。
小学生の頃、学校で初めて辞書を使った時、先生から「調べた言葉だけでなく、その前後も読んでごらん。思いがけない言葉に出合えるから」と教わったことを思い出した。
『辞書で呑む』の面白さも、まさにそこにある。一つの言葉が、次の言葉を呼び、新たな言葉や知識へとつながっていく。そんな豊かな寄り道こそがこの番組の醍醐味だ。検索すれば一瞬で答えにたどりつける時代に、言葉の世界をゆっくりと味わう時間は貴重だ。知識をひけらかしたり、マウントを取り合ったりするのではなく、「知らなかった」「面白いね」と知識を分かち合うのがこの番組のいいところだ。
不定期放送なので見逃しやすいのが難点なのと、イベントの告知とグッズの紹介がやたら長かったのが少々気になった。テレビ局も何かと大変なのだろう。イベントが成功し、グッズも売れますように。そして、どうか「ん」まで完走しますように。
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プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。
“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。
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