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寄稿

熱狂の先にあるもの|視聴データが映す2026年FIFAワールドカップの実像

大井義洋(早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授)

日本代表の初戦、オランダ戦。試合前のセレモニーで、ピッチいっぱいに広げられた両国の国旗。(アメリカ・ダラス/筆者提供)

サッカーの世界的な祭典は、日本にどう届いたのか。2026年FIFAワールドカップ北中米大会。日本代表戦の全国のリアルタイム視聴者は、推計で約6849.3万人にのぼった。日本の人口の半数を優に超える人々が、少なくとも一度は代表戦に触れたことになる。決勝トーナメント1回戦でブラジルに1対2で惜敗するまで、日本列島は幾度も沸いた。大会が7月20日の決勝へと大詰めを迎えるいま、地上波で無料中継されたからこそ生まれたこの広がりを、データはどう裏づけたのか。国内外のスポーツ放映権交渉の実務に通じる筆者が、前編「変わる放映権、変わらぬ課題」で提起したユニバーサルアクセスという論点を、あらためて問い直す。

日本代表の初戦、日本対オランダ戦のキックオフは日本時間6月15日午前5時だった。試合終了後から朝出勤時間まで渋谷スクランブル交差点周辺には大勢の若者たちが繰り出し、歓声を上げ続けていた。同様の光景は、グループステージのそれぞれの試合後にも見られた。試合が終わるとどこからともなく人が集まり、何時間もお祭り騒ぎは続いた。若者はテレビを見なくなった、スポーツへの関心が薄れているという通説を覆すような光景が、日本代表戦終了後には続けて再現されたのである。今年3月に行われたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)では、これほどまでの熱気が街に生まれることはなかった。この差はどこから来るのか。数字を丁寧に読み解くと、そこに今大会を読み解くいくつかの構造が浮かび上がってくる。

日本代表は、グループFをオランダとの引き分け、チュニジア戦の快勝、スウェーデン戦の引き分けで2位通過し、決勝トーナメント初戦でブラジルと対戦、1対2で敗れてベスト32で大会を終えた。ビデオリサーチが6月30日に発表した推計によれば、この日本戦全4試合のうち、一試合でも1分以上リアルタイムで視聴した人は、全国で約6849.3万人にのぼる(重複なくカウントした「到達人数」、4歳以上)。日本の人口の半数を優に超える規模が、少なくとも一度は日本代表の試合に触れた計算になる。これは、Netflixが独占配信したWBCでは決して得られなかった規模の数字でもある。有料の配信契約という一段のハードルを課すか課さないかで、国民全体への到達力はここまで変わる。地上波が持つ力の大きさを、あらためて示す数字と言えるだろう。

もっとも、この数字の中身を試合ごとに見ていくと、単純な盛り上がり一辺倒では説明のつかない起伏がある。

時差と視聴の分散が生んだ数字の起伏

表1 FIFAワールドカップ 日本戦の世帯視聴率(カタール2022/北中米2026)

出所:ビデオリサーチ

2022年カタール大会と比較すると、世帯視聴率の水準そのものは今大会の方が総じてやや控えめだ。4試合の地上波の平均世帯視聴率は、カタール大会の約35.8%に対し、北中米大会は約27.8%にとどまる。ピークとなった試合の視聴率も、カタール大会がテレビ朝日で放送されたコスタリカ戦の42.9%だったのに対し、今大会はNHK総合で放送されたスウェーデン戦の35.0%にとどまった。

背景としてまず挙げられるのが、開催地との時差である。カタール大会は日本との時差が6時間程度で日本が先行する形だったため、キックオフは夜間から深夜が中心だった。一方、アメリカ・カナダ・メキシコで開催された今大会は、地区によって日本との時差が13〜16時間に及び、キックオフは早朝5時、昼13時、朝8時、そして決勝トーナメントの深夜2時と、いっそう厳しい時間帯に集中した。前編で触れた通り、視聴のしやすさは時差という物理的条件だけで単純に測れるものではないが、今大会に関して言えば時差はカタール大会よりもむしろ拡大しており、生活リズムと重ならない時間帯に試合が入り込む場面が増えたことは間違いない。

それでも視聴が大きく崩れなかった要因のひとつが、地上波中継が持つ社会的な巻き込み力である。スウェーデン戦は金曜日午前8時キックオフという、平日の通勤時間帯と重なる試合だった。この試合を前に、解説を務める本田圭佑氏がSNS上で「日本中の経営者の皆さん、出勤時間の調整をよろしくお願いします」といった趣旨の投稿を行うと瞬く間に拡散し、多数の企業が当日の午前在宅・午後出勤を急遽決定するなど、企業の働き方にまで影響が及んだ。結果として同試合はNHK総合で世帯視聴率35.0%と今大会最高を記録している。地上波で全国に同時中継されているからこそ、こうした呼びかけが実際の行動変容につながり、視聴率という数字にも跳ね返ってくる。契約や登録を要する配信サービスだけでは、この種の社会的な巻き込みは起こりにくい。

初戦オランダ戦は、2対2の引き分けに終わった。(編集部撮影)

本田圭佑という変数、プラットフォームの壁を越えた解説

今回の大会の視聴者数で特筆すべきはNHK BSの数字である。オランダ戦に続き、前述のスウェーデン戦での盛り上がりを経て、チュニジア戦でも局をまたいで本田氏が解説を務めるという異例の対応が取られた。決勝トーナメントのブラジル戦は、フジテレビ系列に加えてNHK BS、DAZNでも同時に中継・配信され、視聴者は複数の選択肢に分散した。ビデオリサーチの調査によれば、フジテレビ系列の平均視聴人数が約940万人だったのに対し、NHK BSは約906万人とほぼ並ぶ規模を記録している。地上波とBSを合算すると世帯視聴率にしておよそ30%に達していたとみられ、平日深夜2時のキックオフでこの水準は驚異的というほかない。フジテレビ系列の世帯視聴率15.9%だけを見ればワーストとも報じられたが、実態は見る人が減ったのではなく見る選択肢が増えた結果と捉えるほうが近い。

BS放送でありながらこれほどの人数を集めた背景として指摘されているのが、元日本代表・本田圭佑氏による解説の存在感である。選手・監督・ファンそれぞれの視点を絶妙な言葉で言語化する語り口が、SNSを中心に大きな話題を呼び、本田氏の解説を聞くためにBSを視聴した層が多数いたのである。

この現象が示唆するのは、視聴者にとってどの局で放送されているか以上に誰が伝えるかという、コンテンツそのものの質が視聴行動を左右するという事実である。放送局というプラットフォームの壁を、解説者個人の魅力が越えていく、これは、放映権をめぐる従来の議論に新しい論点を加えるものであろう。

DAZN(配信)の役割

今大会の視聴環境を語るうえでもう一つ触れておきたいのが、配信プラットフォームDAZNの存在である。DAZNは全104試合をライブ配信し、日本代表戦4試合については無料での視聴も可能にした。契約プランの案内や解約手続きの分かりにくさなど、配信ならではのダークパターン的な使い勝手の課題も指摘された。

一方で、前回大会の64試合から今大会は104試合へと試合数そのものが増えている。これだけの試合数を地上波だけで中継することは、放送枠の制約からしておそらく難しかったであろう。もっとも、この地上波と配信によるハイブリッド型の視聴体系は、当初から理想として設計されたものではない。放映権料の高騰により、地上波・配信いずれか一方だけではその金額を賄いきれず、両者で分担せざるを得なくなった結果として生まれた、いわば副産物という側面が強い。もともと配信サービスは、地上波のように限られた放送枠を試合ごとに割り振る必要がなく、全試合を漏れなく届けることと相性がいい。結果として、地上波が代表戦を中心に誰でも見られる窓口を確保し、配信がその他大多数の試合をカバーするという役割分担が生まれたのであり、視聴者にとってはむしろ理にかなった結果になったと言えるかもしれない。

ユニバーサルアクセス権を今後どう考えるか

前編で論じたユニバーサルアクセス権(UA権)の是非について、本稿は特定の立場を取るものではない。ただ、今大会のデータが示しているのは、地上波で無料中継されたことで、6849.3万人という規模の人々が代表戦に触れ、本田氏の一投稿が企業の働き方まで動かし、深夜のブラジル戦がフジテレビ、NHK BSを合わせて世帯視聴率およそ30%に達するといった広がりが生まれた、という事実である。契約もアプリのダウンロードも必要ない地上波(BS含め)という土台があったからこそ実現した規模と言えるだろう。

UA権を制度として議論する際には、この誰もが見られることの価値を、視聴率や到達人数といった量的な指標として、あらためて具体的な数字とともに検討材料に加える意義があるであろう。今大会は、地上波で全国中継されたことによって、ワールドカップが文字通り国民的行事となり、日本全体を明るくそして勇気をもたらした一例として記憶されるだろう。

日本代表の敗退後の渋谷。駅前に設置されたW杯のモニュメントの前を、人々が足早に通り過ぎていく。(編集部撮影)

決勝トーナメント敗退の翌朝、渋谷駅前の熱気は潮が引くように消えていた。だが、6849.3万人という到達人数と、街中で日本代表を誇りに沸き立った若者たちの姿は、日本のスポーツファンの「見たい」という欲求、そして「共に盛り上がりたい」という渇望が、決して衰えていないことを教えてくれる。次の大会に向けて問われるのは、この欲求にどう応え続けられるか、そして地上波というインフラの価値をどう次世代へつなぐか、という課題である。

プロフィール

大井義洋 (おおいよしひろ)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
慶応義塾大学卒業、中央大学大学院戦略経営研究科ビジネス科学専攻卒業(経営管理博士)、ケロッグ経営大学院EDP修了。株式会社電通サッカー事業室長、スポーツビジネスソリューション局チーフ・ディレクターを歴任し、2025年より現職。専門はスポーツ経営戦略、スポーツメディア。
電通での数々の国内外のスポーツ放映権交渉の経験を経て、スポーツの視聴環境をめぐる制度的な問いを研究テーマに据えた。


大井義洋さんは放送文化基金2025年度人文社会部門の助成を受け、2026年4月から「ユニバーサルアクセス権の国際制度比較と日本への適用可能性」の研究を実施中です。

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