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寄稿

変わる放映権、変わらぬ課題|2026年FIFAワールドカップの視聴環境の構造

大井義洋(早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授)

2018年FIFAワールドカップ ロシア大会、グループステージ第2戦・日本対セネガル(2018年6月24日/エカテリンブルク・アリーナ)。筆者撮影

サッカーの世界的な祭典が、日本ではどう届けられるのか。2026年FIFAワールドカップを前に、その風景は大きく変わろうとしている。NHKと民放各局が共同で権利を取得してきたジャパンコンソーシアムの枠組みは前回大会で崩れ、今大会はNHK・日本テレビ・フジテレビによる地上波放送と、DAZNによる全試合ライブ配信という新たな体制で迎えることとなった。「誰でも見られる」環境は今後も守られていくのか。国内外のスポーツ放映権交渉の実務にも通じる筆者が、放映権構造の変化と、その先に浮かび上がるユニバーサルアクセスという論点を読み解く。大会後には実際に何が起きたかを検証する後編を掲載予定。

2026年6月、史上最大のサッカーの祭典が幕を開ける。北中米3カ国(アメリカ・カナダ・メキシコ)を舞台に、参加国は32から48へと拡大され、試合数も64から104へと膨れ上がった。規模だけを見れば、これまでで「最大のFIFAワールドカップ」である。試合数の増加は放映権料の算定にも直結する。64試合から104試合へという約6割の増加は、FIFAが各国の放送事業者に提示する権利料の引き上げを正当化する根拠ともなり、日本を含む各国の視聴環境に大きな影響を与えることとなった。

開催地と日本との時差は、放映権の価値を左右する重要な要素でもある。視聴者がリアルタイムで観戦しやすい時間帯に試合が行われるかどうかは、放送局の広告収入や契約交渉にも影響を及ぼすからだ。実際の日本代表戦のグループステージでのキックオフ時間は第1戦が早朝5時、第2戦が13時、第3戦が8時となった。カタール大会では第1戦が22時、第2戦が19時、第3戦が早朝4時であったことと比べると、一概に見やすくなったとも言い難い。時差という物理的な条件もさることながら、「誰がどこで見るか」という経済的・構造的な問いもまた、この大会を考えるうえで避けて通れない。

共同購入モデルから個別配分モデルへ

日本におけるFIFAワールドカップ放映権の歴史を振り返ると、かつてはNHKが単独で放映権を取得していたが、放映権料の高騰を受けて2002年日韓大会以降はNHKと民放各局が大規模な国際スポーツイベントごとに放映権料を分担して共同購入する「ジャパンコンソーシアム(JC)」が一括して権利を取得し、視聴環境を整備してきた。この際、FIFAとJCの間に立ち、放映権の取得・販売を仲介してきたのが電通である。この枠組みは複数の放送局がコストとリスクを分担しながら、地上波での広範な無料視聴を可能にする仕組みとして機能してきた。しかし前回2022年カタール大会では、その枠組みが崩れた。この時も例年通り電通がFIFAから放映権を取得したものの、電通とJCの間の交渉がさらなる放映権料の高騰を前に難航。最終的にNHK・テレビ朝日・フジテレビの3局およびABEMAにサブライセンスする形で視聴体制が整えられた。一方、日本テレビ・TBS・テレビ東京の3局はこの大会から撤退し、ABEMAが全64試合を無料配信するという、それまでにない座組みが実現した。こうしてJCによる共同購入の枠組みは終わりを迎え、電通が個別の放送局・配信事業者に権利を分配する形へと、視聴環境を支える枠組みが変化したのである。

2026年大会では、この構図がさらに変化する。放映権は従来通り電通が取得。放映権料の高騰は続き、前回大会でサブライセンスを受けていたテレビ朝日とABEMAがともに撤退した。一方で日本テレビが今大会から復帰し、NHK・日本テレビ・フジテレビによる地上波放送(NHKが開幕戦・決勝を含む33試合、日本テレビが15試合、フジテレビが10試合)と、DAZNによる全104試合のライブ配信という新たな体制が整えられた。日本代表のグループステージ3試合はNHKが2試合、日本テレビが1試合を地上波で中継し、DAZNは日本代表戦を全試合無料で配信する。注目すべきは、前回大会まで日本代表戦を中継していたフジテレビが今大会では代表戦から外れ、NHKが2試合を担うという変化である。フジテレビは今大会の放映権こそ取得しているものの、最も視聴率が見込まれる日本代表戦をNHKに譲らざるを得なかったという事実は、放映権料の高騰が民放各局の編成判断に直接影響を及ぼしていることを如実に示している。

前回大会のABEMAに続き、今大会ではDAZNが日本代表戦を全試合無料配信する。この点では「誰でも見られる」環境は一定程度維持されている。しかし全試合を見ようとすれば有料のDAZN契約が必要であり、コンテンツへのアクセスの構造は静かに、しかし確実に変化している。

ここで改めてDAZNという存在について触れておく必要がある。DAZNはイギリスに本拠を置くスポーツ専門の動画配信サービスであり、日本では2016年にサービスを開始した。標準プランの月額料金は4,200円であり、スポーツ関心層にはすでに一定程度普及しているものの、地上波テレビと比べればその利用者層はかなり限定的である。なお、DAZNは今大会に合わせてサッカーコンテンツに特化した期間限定の年間プラン「DAZN SOCCER」を月々2,600円で提供開始しており、W杯全104試合の視聴が可能となっている。標準プランより割安な設定ではあるが、それでも月2,600円という負担は決して小さくない。「DAZNが無料配信する」とはいえ、サービスの存在自体を知らない層、あるいはスマートフォンやインターネット環境を持たない層にとっては、実質的に見えない壁が存在することも忘れてはならない。

綱渡りの交渉、その構造

2026年大会の放映権交渉は、当初FIFAと電通の間で進められたが、大幅な円安の進行と国内放送局の経営環境を踏まえ交渉は難航。そこに博報堂が名乗りを上げ優先交渉権を取得したが、博報堂もFIFAの提示額には応じられず撤退した。改めて電通との交渉に戻ったFIFAは最終的に双方の妥協点で合意に至った。国内の放映権料は一部報道では約350億円規模と報じられており、いずれにしても前回大会から大幅に増加しているとみられる。

この交渉において見落とせないのが、円安という構造的背景である。FIFAとの放映権交渉はドルもしくはスイスフラン建てで行われるため、円安が進行すれば円換算での支払額は自動的に膨らむ。2022年のカタール大会交渉時と比べても円安は一段と進んでおり、日本の放送事業者が同じ試合数の権利を取得するために必要な円建てのコストは、実質的に大幅に増加している。これはFIFAワールドカップに限らず、海外スポーツの放映権全般に関わる構造的な問題であり、今後の視聴環境の行方を左右する重要な要因である。

2大会連続で、日本のFIFAワールドカップ視聴環境の最終的な担い手となったのは電通である。これは「電通がFIFAワールドカップを救った」という単純な話ではない。むしろFIFAが追い詰められた末に妥協点を見出さざるを得なかった交渉の帰結であり、国内の放映権市場が制度的な枠組みではなく、一民間企業の経営判断と交渉力によって支えられているという、市場任せの構造的な問題を浮き彫りにしている。

FIFAの哲学――普及と商業の間で

ここで比較として浮かび上がるのが、今年の2026 WBCにおけるNetflixへの独占配信という決断である。MLBを母体とするWBCは、アメリカの4大スポーツに代表されるようなプロスポーツの商業主義のもと、スポーツコンテンツを純粋な商業財として捉え、最大の収益を生む配信プラットフォームへの独占販売に踏み切った。その結果、これまで地上波で観戦してきた多くの視聴者にとって、WBCは事実上「見えないコンテンツ」となった。

対してFIFAは、放映権料の最大化を追求しながらも、Free to Air(無料放送)への一定のこだわりを手放さない。その背景には、サッカーが世界規模で普及・発展してきた歴史と、そのグローバルな視聴者基盤を守ろうとする姿勢がある。サッカーは今やあらゆる国・地域・階層に根付いたスポーツであり、それを有料配信に囲い込むことは、競技そのものの普及基盤を掘り崩すリスクをはらむ。

これはスポーツを純粋な商業財として扱う北米プロスポーツの論理と、高度に商業化されながらも文化的・社会的な公共性を重視する姿勢を併せ持つヨーロッパサッカーという、権利元の哲学的差異に由来するものだと言えよう。「誰でも見られること」をビジネスモデルに組み込む姿勢と、それを切り捨てる姿勢。この違いが、両大会の視聴環境を根本から分けている。

ピッチを取り囲むスポンサー看板。2014年FIFAワールドカップ ブラジル大会・決勝、ドイツ対アルゼンチン(2014年7月13日/エスタジオ・ド・マラカナン、リオデジャネイロ)。筆者撮影

市場任せの視聴環境、問われる制度議論

2026年FIFAワールドカップにおいて、FIFAのFree to Airへのこだわりは一定機能した。地上波で日本代表戦が中継され、DAZNが日本代表戦を無料配信するという体制は、「まったく見られない」という事態を防いでいる。しかしその実現は、電通との綱渡りの交渉と、DAZNの日本参入という市場の偶然に支えられたものであり、制度的な保障に裏打ちされたものではない。

そもそもスポーツの公共的な視聴環境を考えるうえで、「ユニバーサルアクセス」という概念がある。これは、社会的に重要なコンテンツは経済的な条件や地域、年齢、デジタルリテラシーの差にかかわらず、すべての人が等しくアクセスできるべきだという考え方である。スポーツの国際的な祭典は、まさにこの概念が問われる場面の一つといえる。英国ではlisted events制度により、FIFAワールドカップの重要試合など一定の国民的スポーツイベントについて、有料放送による独占を制限し、無料放送での視聴機会を確保する仕組みが整えられている。この制度は1990年代に整備されたものであり、スポーツの公共財としての位置づけを法的に担保する仕組みである。日本ではこうした制度の議論がほとんど行われてこなかった。その背景には、ジャパンコンソーシアムによる枠組みが事実上の「公共アクセス保障」として長年機能してきたという経緯がある。その枠組みが崩れた今、改めて制度的な議論を始める時機に来ているのではないか。放映権料がさらに高騰するかもしれない次大会において、今回と同様の視聴環境が確保される保証はどこにもない。

2026年FIFAワールドカップは、放映権構造の変容と視聴時間帯の変化が重なり、「誰がスポーツを見る権利を守るのか」という問いを改めて浮かび上がらせた大会となった。大会後、視聴データは何を語るのか。その検証は次稿に譲る。

プロフィール

大井義洋 (おおいよしひろ)
早稲田大学スポーツ科学学術院 准教授
慶応義塾大学卒業、中央大学大学院戦略経営研究科ビジネス科学専攻卒業(経営管理博士)、ケロッグ経営大学院EDP修了。株式会社電通サッカー事業室長、スポーツビジネスソリューション局チーフ・ディレクターを歴任し、2025年より現職。専門はスポーツ経営戦略、スポーツメディア。
電通での数々の国内外のスポーツ放映権交渉の経験を経て、スポーツの視聴環境をめぐる制度的な問いを研究テーマに据えた。


大井義洋さんは放送文化基金2025年度人文社会部門の助成を受け、2026年4月から「ユニバーサルアクセス権の国際制度比較と日本への適用可能性」の研究を実施中です。

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