放送文化基金賞
【第52回放送文化基金賞】ラジオ部門 選考記

第52回放送文化基金賞ラジオ部門の選考委員6名(委員長/小島ゆかり、委員/石井玄、齊藤潤一、須藤晃、武内陶子、玉田玉山)による選考記を公開します。
ラジオ部門 受賞作品
【最優秀賞】『特集番組 沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』(NHK)
【優秀賞】『FMシアター 大きな湖の小さな島で』(NHK大津放送局)
└【演技賞】毎田暖乃
【奨励賞】『岸野雄一の~民謡でヨイショ!~』(KBS京都ラジオ)
小島ゆかり(歌人)
番組の滞空時間
『特集番組 沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』(NHK)は、沖縄の「ミックスルーツ(ハーフ)」の現状という独自の視点をもって、戦後80年を検証した優れた作品だった。幼少時から差別や偏見に苦しんできた3人の語り手の、それぞれの言葉が忘れ難い。〈薩摩の琉球侵略以来、まだ支配の中にある沖縄〉〈否定し続けてきた父の血を受け入れ、故郷を取り戻す〉〈ここに基地がある限り終わりのない構造的差別〉。一つ一つの言葉の背後にたたまれた、長い長い時間と一人一人の精神の旅を思い、旅の途中にある今を思う。
『FMシアター 大きな湖の小さな島で』(NHK大津放送局)は、琵琶湖の沖島を舞台に、小学生の少女の心の成長を描いた感動のドラマ。主人公・理沙の心理の起伏がリアルに伝わり、不思議に鮮やかな映像が見える。人々の体温がいつまでも残るようだ。
『岸野雄一の〜民謡でヨイショ!〜』(KBS京都ラジオ)は、楽しい。民謡「おてもやん」の歴史や変遷をたどり、さまざまなバージョンの歌を聞かせ、爆笑の現代語訳を披露する。制作者もさぞ楽しかったと思う。だから聴き終わったあとも、「おてもやん」がどこからか聞こえてきて、ずっと楽しい。
ラジオの作り手の目指すもの、聞き手の求めるものはいろいろあるにちがいないが、今回入賞の3作はいずれも、聴取後の滞空時間が長い。情報が走り去ってゆく今、これは大事なことではないか。
石井玄(ラジオプロデューサー)
ラジオにできることとは何なのか
今回、初めて選考に参加させていただきました。私はラジオのディレクター、プロデューサーとして15年以上、今はポッドキャストを中心に日々音声メディアに向き合っておりますが、どの作品からも制作者や喋り手の方々の熱意をひしひしと感じました。
ラジオ局や制作者が置かれている状況の厳しさは十分に理解しているつもりですが、あの状況下でよくぞここまで作品を丹念に仕上げてこられたなと、同じ制作者として頭が下がる思いです。受賞作品はもちろんのこと、惜しくも選外となった作品も素晴らしいものばかりでした。ラジオNIKKEI『夢か現かギランバレー』は、動けない主人公の心情をナレーションで表現する、まさにラジオならではの作品。映像では単調になりがちな設定を音声のみで表現した企画力が秀逸です。RKK熊本放送『星空の学び舎』は、テレビカメラを向けた時には決して出てこない本音を引き出したディレクターの取材力に感心しました。膨大な音源をまとめ上げ、教育を受けるとは、教育をするとは何か、深く考えさせられました。
選考の場では「ラジオらしさ」「ラジオにしかできないこと」をたくさん議論しました。優秀な作品群を聴くことで、その答えが少し見えた気がします。ラジオは厳しい時代と言われて久しいですが、それでも努力を続ける皆様にとって、今回の結果が少しでも励みになることを願っております。また1年、共に頑張りましょう!
齊藤潤一(関西大学教授)
“終わらない戦後”を聴く
3月末、大学の新入生向け行事に参加した。私の班には日本とナイジェリアにルーツを持つ男子学生がいた。四国の高校出身だという彼は、自らの出自を明るく語り、初対面の学生とも自然に打ち解けていた。その姿に私は「若者の間には多様性を受け入れる土壌が育っているのだ」と感じていた。
しかし、その認識がいかに浅かったかを思い知らされたのが、最優秀賞に選ばれたNHKの『沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』である。番組では、沖縄に駐留する米兵と現地女性の間に生まれた3人のミックスルーツの当事者が、自らの人生を静かに語る。父が黒人米兵だった42歳の女性は、幼い頃から差別や偏見にさらされ、人前に出ることが苦痛だったと明かす。さらに、その子どもまで同じ苦しみを抱えている現実は衝撃的だった。
「日本人は多様になってきているのに、生きづらさは変わらない」。彼女はフリースクール設立を目指しながら、「基地がある限り差別はなくならない」と訴える。その言葉から浮かび上がるのは、沖縄にとって戦争がまだ終わっていないという現実である。
本作は、当事者の率直な証言を丁寧に積み重ねることで、差別の連鎖が決して過去の問題ではないことを伝えた。戦後80年という節目に「終わらない戦後」の現実を鮮烈に描き出した優れた作品だった。あの日出会った男子学生も、笑顔の裏で私の知らない葛藤や痛みがあったのではないか。そう想像せずにはいられなかった。
須藤晃(音楽プロデューサー / 作家)
永遠のラジオ体操
ラジオといえば、ラジオ体操。今でもピアノの伴奏が聞こえてくると、ラジオ体操第一も第二もやれる。それはなぜかといえば、あの朝の研ぎ澄まされた空気の中に響く元気のある声とピアノの軽快な音色のせいだと思う。ラジオ放送の最大のヒットはラジオ体操だと思う。そこに隠されたラジオの使命や特性について考えれば、自ずとこの情報の氾濫した、衰退しつつある古いメディアのあり方が少し見えてくる。ラジオ放送で心を掴まれる最大の要素は放送内容ではなく、まずは声とテンポなのだと思う。森の中で人の心を掴むのはささやかな鳥の囀りなのだ。つまりは肉声なのだ。映像がない、視覚に訴えるものがないメディアとしてはもう少しそこにこだわった方がいいのではないかと思う。
今回の応募作品の中で『特集番組 沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』の三人の証言の声はまさに肉声だった。聞き手の想像力の中で、三人の人生が見えた。目新しい情報や、圧倒的な取材量を強調するより、そこにそれぞれの人生を語る肉声が光り輝いていた。ラジオドラマの中では『FMシアター 大きな湖の小さな島で』の最後の手振りのシーンは感動的だった。逆に映像化されたドラマでは我々の想像力はそこまで掻き立てられなかったのではないかと思う。おてもやんの歌詞の分析の番組『岸野雄一の〜民謡でヨイショ!〜』もありふれてはいるが、掘り下げ具合が一味違った。どんな番組もリスナーに気づきや学びを少しでも与え、ほんのりとした希望が残る番組を期待したい。
武内陶子(アナウンサー)
「ラジオ」の存在意義とは
ラジオはとても不思議だ。相手が見えないのにものすごく近しい。引き込まれると、まるで私のために投げかけられている言葉のように感じる。日常の生放送から作り込まれた作品までそれぞれの楽しみがある。今回から初めてラジオ部門の審査に加わった。票が割れる面白い審査だった。中でもみなが心動かされ最優秀賞に輝いた、NHK制作『沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』はミックスルーツを持つ人々の戦後から今日に至るまでの苦悩や葛藤などを丁寧に描いた、素晴らしい作品であった。沖縄と戦争と基地と。一言では言い表せない多面的な課題を持つ沖縄。戦後、この地で生きてきたいろいろな世代のミックスルーツの人々がそれぞれの生き様を語るのだが、ラジオでは肌の色も目の色も髪の色もわからない。一人の沖縄のおばあであり、女性であり。だが、その肉声が伝える事実はあまりにも過酷で「多様性」「差別」「平和」ということばの本当の意味とはなんだったのか突きつけられ考えさせられた。見えないラジオだからこそ意味を持つ番組だった。今回、選には漏れたが一関コミュニティFM(FMあすも)制作、東日本大震災から15年の節目に作られた番組にも大いに心動かされた。防災は何も天災に対してだけではない。生きづらい世の中で一人一人の心を守ることこそ防災なのではないか。それには「ラジオ」が大きな役割を果たすという気づきに思わず涙。未来への勇気をもらえた瞬間だった。
玉田玉山(講談師)
音で動かす
『沖縄戦後80年 父はアメリカ兵だった』は、戦争を扱う番組が多い中、今を生きる人々が現在進行形で戦争の余波を受けながらも強く生きようとする姿を捉えていた。戦後80年の今とあの戦争を接続する、意義深い番組であり、本土に暮らす身として背筋が伸びた。
『大きな湖の小さな島で』は、新橋駅あたりを移動しながらイヤホンで聴いたが、終盤で涙があふれた。人目もあるのに。私だけかと思ったが、選考会でも涙したと語る委員が多かった。主演の毎田暖乃さんが素晴らしい。説明しすぎない上品な脚本を、感情を過剰に乗せない引き算の演技で表現し、一人の少女の成長を声だけで見事に演じ切っていた。
『岸野雄一の〜民謡でヨイショ!〜』には、関西で生まれてマセた感じで育った私が、かっこいい大人として仰ぎ見ていた上岡龍太郎さん、中島らもさん、浜村淳さん、桂米朝師匠らが活躍していた時代の「文化の空気をまとっているからこそのバカバカしい面白さ」があった。KBS京都という歴史ある放送局が、今では少数派になりつつあるこの面白さを提示してくれたことが嬉しい。ニヤニヤしながら聴いた。ニヤニヤ。ラジオを聴く者の姿として、最高のもののひとつだろう。
音という武器一つで、背筋を伸ばさせ、涙を誘い、ニヤニヤさせる。あらゆる方向へ人の心を動かすラジオという表現方法の特異性と魅力を改めて感じる審査となった。
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