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日本のドラマはどう海外と手を組むのか|タンペレが支えた『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』【長谷川朋子】

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #11

⽇本×フィンランド共同製作オリジナルクライムサスペンス『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』。WOWOWプライム/WOWOWオンデマンドで放送・配信中(画像:WOWOW)

フィンランド第2の都市タンペレを歩いていると、この街がなぜ国際プロジェクトを呼び込んでいるのかが見えてくる。中心地から少し移動するだけで湖や森、工場跡地、住宅街、近代的な施設まで、多彩なロケーションがコンパクトに集まっているからだ。WOWOWとAX-ON、フィンランドのICS Nordicによる『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』も、この街を舞台のひとつに制作された。そこには、日本の物語を海外へ広げるための環境もあった。


凍りつく冬の湖が作る北欧サスペンスの世界観

検死シーンを演じる杏(左)とヤスペル・ペーコネン(中央)。『BLOOD & SWEAT』より(画像:WOWOW)

海外で撮影するドラマは決して珍しくはない。全8話の『連続ドラマW BLOOD & SWEAT』が挑んだのは、日本とフィンランドが手を取り合いながらひとつの物語に仕上げた国際プロジェクトだ。WOWOWとAX-ON、フィンランドのICS Nordicが共同制作した。

北欧サスペンスの空気感と、日本ドラマらしいヒューマン性を併せ持つ本作を支えているのが、フィンランド第2の都市タンペレである。実際に現地を訪れると、街全体がドラマの世界観を形作っているような印象を受ける。

タンペレは、首都ヘルシンキから北へ約180キロに位置する。人口は26万人ほどの地方都市だが、その歴史は工業と深く結びついている。19世紀には繊維や製紙産業で発展した街だった。かつては“フィンランドのマンチェスター”とも呼ばれたという。1820年創業のフィンレイソン工場をはじめ、工場跡地がいまも街の各所に残る。タンメルコスキ川沿いに並ぶ、その巨大な赤レンガ建築群が目を引く。『BLOOD & SWEAT』でフィンランド俳優のヤスペル・ペーコネンと共に刑事役として主演を務めた杏が、考え深げにタンペレの街を歩くシーンが自然と重なってくる。

『BLOOD & SWEAT』の撮影地の一つとなったフィンレイソン工場跡(画像:筆者撮影)

タンペレは、どこを向いても自然がすぐそばにある街でもある。ナシヤルヴィ湖とピュハヤルヴィ湖という2つの大きな湖に挟まれ、冬には湖面が凍りつく静かな風景は、イメージする北欧サスペンスそのものだ。猟奇的な連続殺人事件を追う『BLOOD & SWEAT』の不穏な空気とも響き合う。

また市内には70カ所以上の公共サウナが点在する。120年以上続くフィンランド最古のものまである。実際に体験すると、生活文化として根づいていることが実感でき、“世界のサウナの都”という呼び名にも納得がいく。サウナも作品の中で印象的なモチーフとして登場するが、これもまた単なる北欧らしさの演出ではない。国境を越えて心を通わせていく登場人物たちの関係性を描くために意味を持たせている。

湖畔に佇むタンペレのサウナ施設の一つ。「SAUNA CAPITAL TAMPERE – FINLAND」の看板が掲げられている(画像:筆者撮影)

都市全体が物語のロケーションになる

現地では『BLOOD & SWEAT』の撮影地も巡った。かつて工場だった建物をリノベーションしたエリアや、警察署の外観として使われた地方裁判所の入り口など街のさまざまな場所が作品世界へ姿を変えていた。物語の中でとある事件が起こるホテルにも宿泊したが、静まり返った湖畔の空気も相まって、思わず物語の中へ入り込んだような感覚を覚えた。

タンペレ地方裁判所。『BLOOD & SWEAT』では警察署の入り口として外観が使用された(画像:筆者撮影)

湖を一望できる小さな丘は、死体発見シーンのロケ地とは思えないほど見晴らしがいい。捜査に協力する天才ハッカーの拠点として登場する船も、実際に使われている1902年建造の趣ある蒸気船だ。

凍りつく湖と工場跡の煙突が並ぶタンペレの風景。作中で死体発見シーンが撮影された場所の一つ(画像:筆者撮影)
作中で天才ハッカーの拠点として登場する1902年建造の蒸気船。左は現在の所有者、右はロケーションマネジャーを務めたヴィッレ・リッサネン氏(画像:筆者撮影)

冬にはマイナス20度近い環境にもなるなか、47カ所で45日間にわたる撮影が行われた。雪が不足した際には別の場所から雪を運び込み、夕方4時から朝4時まで続く夜間撮影もあったというが、タンペレでの撮影には大きな利点がある。ロケ地を案内したObscure EntertainmentのCEOで、本作のロケーションマネジャーを務めたヴィッレ・リッサネン氏は、「タンペレは都市全体がロケーションになる。車で15分走れば、別の景色へ移動できる」と説明する。

タンペレでは地域組織が撮影支援を担い、ロケーション候補の許可取り、行政との連携まで、制作側に伴走する体制が整えられている。作品内で使われた地下トンネルも、街中にある既存施設を活用する形で撮影が行われた。新たにセットを作り上げずとも、理想的なロケーションを効率的に確保できる。街全体をロケーション資源として生かそうとする姿勢が、作品のリアリティにつながっているのだ。

作品の撮影地となった地下トンネルは街の中心部にある(画像:筆者撮影)

こうした支援体制を強化する大きな契機になったのが、コロナ禍だった。Film Tampereのプログラムディレクター、ファニー・ヘイノネン氏によれば、パンデミックによって世界各地で撮影が難しくなったことで、フィンランドがハリウッド作品などの代替ロケ地として注目を集めるようになったという。

「フィンランドの人口は約560万人。小さな国ですが、十分なスペースがあり、移動もしやすい。物語の舞台を柔軟に提供できます。冬の撮影環境ではカナダと比較されることも多いですが、国レベルの助成制度と地方自治体の支援制度を組み合わせることで資金調達しやすい環境が整っています」

Film Tampereではこれまでに18件の国際プロジェクトを誘致してきた。国内制作も含めると、支援した作品は164件にのぼるという。その動きは、日本との共同制作にも広がっている。ヘイノネン氏は「『BLOOD & SWEAT』は誇りに思っているプロジェクトのひとつ」と語る。

制作の現場が口を揃える、タンペレが備える三つの強み

『BLOOD & SWEAT』を手掛けた一社のフィンランドの制作会社ICS Nordicも、タンペレに拠点を構えている。共同制作の背景について、同社創業者で本作のエグゼクティブプロデューサーを務めたイルッカ・ヒンニネン氏とイルッカ・ラーコネン氏は、「タンペレの最大の魅力は、優秀で才能ある制作スタッフが揃っていることです。撮影しやすく、映像制作に優しい街で、様々な手配や撮影をスムーズに進められる。さらにインセンティブなどの支援体制も整っています。この3つの要素がバランスよく揃っていることが『BLOOD & SWEAT』が実現した理由のひとつだと思っています」と語る。

冬のタンペレでロケが行われた『BLOOD & SWEAT』の一場面。(画像:WOWOW)

国際プロジェクトというと、文化や制作慣習の違いから難しさばかりが語られがちだ。だが、タンペレ現地で取材を重ねるなかで感じたのは、この街で撮影する環境の強みが、制作側だけでなく行政や地域組織も含めて、しっかりと共有されていることの大きさだった。今回の現地取材も、タンペレ市の観光・地域振興を担うVisit Tampereの協力によって実現した。こうした土壌があれば、国や文化を越えて集まった作り手たちも、作品をどう実現し、どう世界へ広げていくかに向けて動きやすくなる。

主演俳優が真っ先に挙げた視聴環境の変化

国際プロジェクトの可能性を感じているのは、裏方だけではない。杏と共に主演したヤスペル・ペーコネンは、ハリウッド作品にも出演するなど国際的に活躍する俳優だ。来日時にいま国際共同制作作品が成立しやすくなっている背景について話を聞くと、彼が真っ先に挙げたのは、視聴環境の変化だった。

杏とのダブル主演を務めたフィンランドの国民的俳優ヤスペル・ペーコネン。(画像:WOWOW)

「Netflixをはじめとするグローバル配信サービスによって、人々は他言語作品を見ることに慣れてきています。以前は弱点だと思われていた多文化や多言語のアプローチが、今では強みになっていると思うのです。たとえば、『神の雫/Drops of God』(「山下智久主演の日仏米共同制作ドラマ」)のように複数言語が入り混じる作品も、違和感なく受け入れられるようになっています」

そう考えると、『BLOOD & SWEAT』が挑んだ日本とフィンランドの共同制作も、決して特別な試みではなくなりつつあるのかもしれない。そして、その広がりを支えているのは、巨大スタジオや潤沢な予算だけではない。都市そのものの個性、多様なロケーション、地域組織による支援、そして現地クリエイターとの連携。これらが組み合わさることで、国際プロジェクトの土台が形づくられていた。

『BLOOD & SWEAT』の舞台裏をフィンランドの地方都市タンペレから見ることで、今後、日本のドラマが海外とどのように手を組み、物語を広げていくのか。そのヒントに気づかされた。


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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


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