HBF CROSS
「+ピリリ」テレビせとうち|AIへの挑戦始めます!
遠藤美穂(テレビせとうち 経営戦略室次長兼AIメディアセンター長)

ローカル局はAIとどう向き合えばいいのか。岡山に本社を置くテレビせとうちでこの4月、AIメディアセンターが発足した。司令塔に任命されたのは、報道から経理、東京支社、子供向け番組のプロデュースまで多彩な現場を歩んできた遠藤美穂さん。AIの専門知識はないという。手探りで始まった挑戦の現在地を、社内アンケートの数字とともに率直に綴っていただいた。
まさかの「司令塔」就任
2月中旬、テレビ東京と系列各社との情報交換の場である「ネットワーク会議」で、配られた資料を読み進めていると、あるキーワードに目がとまった。「AI戦略 組織内に新たな司令塔を置く」。自分が所属するテレビせとうち(TSC)の記述だ。私自身は会議に出ていない。同僚に電話をし、「そんな話があるの?」と確認したが「聞いていないなあ」との回答。その時は「まあそんな取り組みを考えているのか?」という程度の受け止めだったが、まさかその2か月後、自らが「司令塔」に指名されるとは夢にも思わなかったのである。
会議資料に目を通した2週間後、4年前から東京支社で業務部長兼『しまじろうのわお!』(テレビせとうち制作の子供向け番組)のプロデューサーをしていた私に、社長から電話で内示があった。「岡山の本社に帰ってもらい、新しく発足するAIメディアセンターのセンター長になってもらいたい。勉強をしないといけないと思うが、部員には5、6人つけるから、頑張ってほしい」とのお言葉。「私がAIメディアセンター長??無理!無理!無理!」。たぶん頭の中でそう叫んでいた気がする。
「無理!」の壁を越えてきた37年
私がテレビせとうちに入社したのは、男女雇用機会均等法が制定された後の1989年(平成元年)。最初、報道部に配属され記者となってから37年目に入る。
今までの社会人人生で、この「無理!無理!無理!」を何回乗り越えてきただろうか。
四国支社(香川県高松市)に異動になり、記者兼カメラマンを務めることになった時。育休明けに突然「経理部」への異動辞令をもらった時。社内公募で私の提案した番組が選ばれ、「提案した君がプロデューサーになって3年で黒字化してくれ」と言われた時。「東京支社に異動」と言われ単身赴任した時…。その都度なんとか「壁」を乗り越えてきた。
「今回もやれるのか」。自問自答した。
センターも、センター長も「ゼロ」から
AIメディアセンターは、AIを積極的に活用し、業務の質を進化させようと4月から経営戦略室内に設置された部署だ。センター長が私で、他6名は各部署からの兼務。
ちなみに私は、AIについての何の専門知識も持っていない。会社としては、私がAIを活用できるようになれば全社員もできるだろうという狙いだったかもしれない。
私のレベルアップが会社のAIスキルの底上げにもつながっていく。
まず着任して取り組んだことは、2026年度の目標設定だ。「社員全員がAIに触れ活用する」。ここを目標にした。
小さなローカルテレビ局が立ち上げたAIメディアセンター。名前は立派だが、実は何もやるべきことが決まっていない。まさに「ゼロ」からのスタートだ。
頼もしい仲間とともに動き出す
メンバーを集めての初会合では、社長から「AIメディアセンターは、AIを制限、取り締まるためではなく、積極的に活用し、業務の質を進化させるために発足したものだ。AIによる効率化は人員削減が目的ではない。単純作業をAIに任せ、人間にしかできない創造的な業務(新しいコンテンツ制作など)に集中するためのものである。いろいろなことにチャレンジし、AI推進を一人ひとりが取り組むべき課題ととらえてほしい」との基本方針が示された。
私は現状把握と課題抽出のため、全社アンケートを実施することと、AIを使った局宣(自局のPR動画)ができないか提案した。意見がまとまり、AIメディアセンターとしての初仕事が動き始めた。
新年度のはじまりの段階で、AIツール(Gemini)使用率は5割弱。2人に1人は「AIを使っていない」というのが実情だ。これを100%にしたい。次に、コンテンツ制作のアイデアも打ち出した。「5秒の局宣」。具体的なイメージが社内外に伝わりやすい動画制作へのチャレンジが不可欠と考えたのだ。
すると「せっかくなのでGoogleフォームを使ってアンケートをしよう」「アンケート案はすでに考えているのでそれをたたき台にしてほしい」「5秒の局宣に向けて、私は動画生成ツールを調べてみます」。20~30代が中心のメンバーからは積極的な提案が相次いだ。「なんて頼もしいチームだろう」。力強い仲間の声に私の不安はいつのまにか消えていた。

アンケートで見えた、社員とAIの距離
4月に実施したアンケートは5月に集計。6月以降に、アンケート結果から浮き彫りになった課題を解決するための社内研修の開催を考えている。
テレビせとうちのAI指数とも呼ぶべき利用水準は次の通りだ。アンケート結果によると、AIに関する知識・理解度については、「基本的なことは知っている」が55.1%で最も多く、次いで「聞いたことがある程度」が38.5%となった。(図1)
(図1)AIに関する知識・理解度

業務でのAIツール(Gemini)の使用経験は、「時々使っている」(48.7%)「頻繁に使っている」(12.8%)を合わせると6割を超える一方、「数回試したことがある」24.4%「ない」14.1%という消極的な回答も目立った。(図2)
(図2)【業務での】AIツール(Gemini)の使用経験

「ない」と回答した社員にその理由(複数選択可)を聞くと、「使いたいがAIの使い方が分からない」が一番多く36.4%。次いで「AIが信用できない」と「AIが好きではない(頼りたくない)」が同率の18.2%だった。(図3)
(図3)業務でのAIツールの使用経験が「ない」と答えた人の利用しない理由(複数選択可)

まずは、この「AIに関心はあるもののその使い方が分からない」人に使い方を知ってもらうことに注力したい。
できることにはすぐ着手した。アンケートの結果を踏まえ、全社員が使うポータルサイトに目立つかたちで「Gemini」ボタンを配置。誰もがすぐにアクセスできるようにした。
AIツールの利用に対する不安(複数選択可)を聞いたところ、「間違った情報を得そう」が一番多く64.1%、「AIの生成物(文章や画像)が、他者の権利を侵害しないか」が50.0%、「情報漏洩の心配」が39.7%だった。(表1)
(表1)AIツールの利用に対する不安(複数選択可)

AIを業務で使うとしたら、どんな場面で役立ちそうか?(複数選択可)を聞くと、「資料・企画書の文書作成」(78.2%)、「会議の議事録作成」(66.7%)、「企画のアイデア出し・ブレインストーミング」(62.8%)と続く。(表2)
(表2)AIを業務で使うとしたら、どんな場面で役立ちそうだと思うか(複数選択可)

走りながら整える、研修もルールも
6月からの社内研修でいよいよ実践的な場に移る。報道で必要なこと、営業で必要なこと、それぞれに配慮した細かなニーズの把握も必要になってくる。メンバーからは「ワークショップ形式にした方が参加しやすいのではないか」などの意見も出て、現在どのような研修にしようか思案中だ。これとは別に、今年度からテレビ東京発のTXN「AI研修」も始まる。横断的な支援が心強い。
社内ルールの機動的な制定や運用にも目配りしている。活用法や禁止項目をまとめた「生成AIガイドライン」は、私が着任する直前に策定。前身の組織である「DX推進センター」が約半年間の時間をかけて練り上げたもので、AIを安全に、なおかつ効率的に活用するための羅針盤として不可欠のものになっている。
テレビせとうちのガイドラインでは、法人契約すれば学習されることのないGeminiのみ使用をOKとしているが、新規に局宣制作をするために動画編集をしようとすると、ほかのAIツールを使った方が望ましいケースも出てきている。指針をつくったら終わり、ではなく、早速ガイドラインの改定が必要になってきそうだ。次々と進化するAIに追いつくことも大切だ。
マスター業務にも、AIの追い風
自社開発した技術ではないが、マスター業務の現場が大きく変わるAI活用が、7月をめどに始まる見通しだ。
テレビせとうちと同じテレビ東京系列のテレビ北海道が生み出した「VMO(バーチャルマスターオペレーター)―AIPlus」の導入だ。「VMO―AIPlus」は、マスター監視室や制御卓を仮想画面で再現しリモートワークする「VMO」(昨年、第51回放送文化基金賞・放送技術部門を受賞)の技術をベースに、AIが熟練オペレーターの操作ログを学習データとして活用し、マスター監視における一部対応を自動化したものだ。
このシステムの導入は、全国の放送局でテレビ北海道に次いで2局目。これまで2人体制だったマスター勤務を1人体制にすることができ、業務の効率化が大幅に進む。これまで監視業務にあてていた時間を、新しいスキルの習得や実践に活用し、人材の育成にも期待がかかる取り組みでもある。
もう一つ、検討していきたいのは、AIアナウンサーの活用だ。ローカル各局で先行している事例は多いが、働き方改革を推し進める端緒にもなるはずだ。いままで改善に向けてなかなか動かなかった課題を一つひとつチェックし、より良い道を模索していくのも、司令塔であるAIメディアセンターの役目となるのだろう。
AI(愛)をもって、「ピリリ」と進む
私はAIについて何の知識もないリーダーだが、放送業界で培ってきた経験がある。
報道・四国支社・営業管理・経理・スポットデスク・タイムデスク・事業に編成。そして東京支社。その間にオリジナル番組の『おばあちゃんの台所』『しまじろうのわお!』のプロデューサーも担当してきた。多種多様な部署を経験している私だからこそ気づくものがあるかもしれない。
小粒でもピリリと辛い「山椒」のように、規模は小さくても存在感のある放送局を目指そうとつけられた、テレビせとうちのキャッチフレーズ「+ピリリ(ぷらすぴりり)」。AIそれ自体が味わうことはできない「ピリリ」という人間ならではの緊張感や使命感を大切にしながら、一回りも二回りも年齢の違う仲間たちと、AI(愛)をもって、AIを推進していきたい。
プロフィール

遠藤美穂(えんどうみほ)
岡山大学教育学部卒業後1989年テレビせとうち入社。
報道部・四国支社・経理部・営業推進部・事業部・編成CM部長・東京支社次長などを経て2026年4月~経営戦略室次長兼AIメディアセンター長。
2011年2月~2020年3月『おばあちゃんの台所』プロデューサー兼務(第41回放送文化基金賞 番組部門・テレビエンターテインメント番組 奨励賞受賞)。 2022年3月~2026年3月『しまじろうのわお!』プロデューサー兼務。
関連記事を見る
Warning: foreach() argument must be of type array|object, bool given in /home/xb894950/hbf.or.jp/public_html/wp-content/themes/theme/single-magazine.php on line 86
新着記事を見る
私たちについて
詳しく見る財団情報
詳しく見る