助成
和歌山県・串本町の津波避難訓練で、記者が見た現実
「避難をあきらめない」ためにできることは Part2
朝日放送テレビ報道局 記者 岡谷藍

「少しでも高い場所へ」——その呼びかけは、全員に届いているのか。関西民放6社とNHKの「関西民放NHK連携プロジェクト」で和歌山県串本町の津波避難訓練に参加した朝日放送テレビ記者・岡谷藍さんが目にしたのは、足が痛くて山を登れない80代の男性の、「逃げたくても、逃げられない。だから諦める」という言葉だった。
記者が地域の避難訓練に参加する!?
2025年11月3日、和歌山県串本町で南海トラフ地震を想定した避難訓練が実施されました。いつか起こると言われている巨大地震。目の前に青く美しい海が広がる串本町は、最大18mの津波が予想されています。
南海トラフ地震は、関西の放送局で働く人間として、常に意識しておかなければならない災害です。しかし、報道は発災後に取材・放送することがほとんどで、事前に報道する機会は多くありません。
今回、「記者が地域の避難訓練に参加する」という思いがけない話が舞い込んできました。 和歌山県出身の私は、地元の人はいつ起こるかわからない地震・津波に対してどういう思いを抱いているのか、避難訓練はどのように実施されているのかを知りたいと思い、このプロジェクトに参加させていただくことになりました。
関西の民放6社とNHKが連携して「津波避難」を考える
阪神淡路大震災から30年をきっかけにスタートした「守りたい、だから伝える」プロジェクトでは、関西の民放6社とNHKが局の垣根を超え、災害時の報道連携のあり方などを模索しています。今回初めて、串本町の避難訓練にアナウンサーや記者らが参加しました。

津波避難について地元の人と一緒に考えるために、各局が町内の4地区(堀笠嶋区、大水崎区、西向区、田原区)に分かれて訓練に参加して、その様子をニュースで放送する目的です。
地区ごとに様々な課題がある中、一貫しているのは高齢の方が多いということ。串本町は住民の約半数が65歳以上のまちで、最短2分で到達する津波から逃げなくてはなりません。
ABCの担当は、海が近く、地区の真ん中に川が流れる田原区です。 高齢化率は約6割で、周囲に高い建物はありません。そのため、住民それぞれが近くの山に分かれて逃げる、という避難方法を取っていました。
逃げたくても逃げられない現実
午前9時。町内に防災行政無線のアナウンスが響き渡りました。

「大津波警報。巨大な津波が来ます。みんなで高台に避難」
無線を聞いて山道の入り口に集まってくる住民は、ほとんどが高齢の方でした。 一次避難場所となっている山の高さは約50m。入り口付近には手すりが整備されていますが、20mあたりからは細く手すりの無いでこぼこ道が続きます。


私も住民の皆さんと一緒に山頂を目指しましたが、山道は足場が悪く、早く避難することの難しさを感じました。
「実際に地震が起きた時、果たして冷静にこの山を登れるだろうか…」
歩きながら、そんな考えでいっぱいになりました。夜だったら、雨だったら…色々な危険が想像できます。
山の入り口から少し歩いたところで立ち尽くす男性がいました。ご年齢を伺うと、80代だといいます。
「足が悪くてここまでしか歩けない」
避難訓練に参加しようと外に出てきたのに、途中で足が止まってしまった男性。 私たちは、津波の危険が迫った時、「今すぐ高台へ逃げてください」と呼びかけています。しかし、避難の呼びかけは「言うは易し」であることを痛感しました。「少しでも高い場所へ」ということは、海辺で暮らす方々が誰よりも理解しています。しかし、足の痛みや体の不自由さから、山頂はあまりに遠い場所となっていました。「逃げたくても、逃げられない。だから諦める」。そんな切実な課題を目の当たりにしました。
地元の人の反応は…
避難訓練の直後、住民と記者による意見交換会がひらかれました。

避難訓練の参加者一人一人が、訓練の感想や、日頃感じている災害への不安を話しました。
こんな切実な声も上がりました。
「防災行政無線が聞こえなかった」
「近所にいる90代の夫婦は、寝たきりなこともあって、『(地震が起きたら)柱にくくりつけてほしい』と言って避難を諦めている」
高齢者が多いと1人で逃げることは難しいため、日頃から近所の人と声をかけあっていくことが大切なのだといいます。 メディア側からも、歩いて早く逃げるのが難しい現状を受けて「車避難の導入」などの提案がありました。
避難を諦めないために
12月には、串本町役場で避難訓練のワークショップがひらかれ、訓練に参加した住民や地元の高校生が集まりました。地区ごとの訓練の様子を記者が報告した後、参加者全員をグループ分けして「諦めない避難を実現するためにはどうすればよいか」というテーマで意見交換を実施しました。
「高齢者が多い地域なので、近所で声を掛け合ってみんなで逃げる」
「若い高校生たちに避難を呼びかけられたら逃げる気になる」
一人一人が声を上げたことで、多くの意見を共有することができました。 年齢もバラバラな参加者が、この時間で避難について真剣に議論したことは、「諦めない」ことに繋がると感じました。
メディアにできること
この訓練に参加するまで、報道の役割は想定される災害の危険性や発災後の状況を伝えることだけだと考えていたように思います。しかしそれは一方的で、実際に避難を迫られる地元の方々一人ひとりの顔が見えていなかったのではないか、と感じました。メディアの人間が避難訓練に参加するといった機会を設けることは、地域との信頼関係を結ぶ一歩なのではないかと感じました。
メディアにできることは、伝えることだけではない。
すぐに解決策が出てくるものではないからこそ、私たちも地域の課題に向き合い、どうすればみんなで逃げることができるのかを一緒に考え続けることが大事なのだと実感しました。
こうした取り組みを続けることで、「諦めない避難」の実現に向けて1人でも多くの人が考える機会を作っていけたらと思っています。


岡谷藍(おかたにあい)
朝日放送テレビ報道局ニュース情報センター
1993年生まれ。和歌山県出身。2018年に(株)アイネックス入社。
朝日放送テレビでバラエティやスポーツ中継に携わる技術職を経て2020年から報道局に。2022年より記者。現在は大阪府庁・大阪市役所担当。2024年、2025年には万博を題材としたドキュメンタリーを制作。
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「南海トラフ巨大地震を想定した関西7局と自治体の共同防災訓練」
関西民放NHK連携プロジェクト
事務局 京田光広(NHKエンタープライズ近畿)
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