放送文化基金賞
“生きた人間がそこにいる”と伝えられるのがドキュメンタリー
第52回放送文化基金賞ドキュメンタリー部門 奨励賞&企画・制作賞
対談 房満満×桐野夏生

自身を取り上げた助産師を探す中国のジャーナリストを取材した「NHKBSスペシャル 戦後80年 僕の日本人助産師を探して」(テムジン/NHK/NHKエデュケーショナル)が第52回放送文化基金賞ドキュメンタリー部門奨励賞を受賞。ディレクターの房満満さんは企画・制作賞も受賞した。日中関係が悪化している現在、中国出身の房さんは何を思って取材をしているのか。桐野夏生委員長がお話を伺いました。
【あらすじ】NHKBSスペシャル 戦後80年 僕の日本人助産師を探して
中国人ジャーナリストの寇愛哲さんは自身を取り上げた助産師・浦山あき子さんの消息を探している。満州で終戦を迎えた浦山さんは、ソ連侵攻の混乱の中で一家心中を図り、3歳と1歳の娘を隣人に頼んで殺めた。自身も自殺を図ったが、中国人に助けられて生き延びてしまった。その後、浦山さんは助産師として中国で50年近く働き、1万人を超える新生児を取り上げた。愛哲さんはその一人だった。番組では、愛哲さんの取材を通じて、戦争と日中の狭間で翻弄され続けた浦山さんの92年の数奇な人生を浮かび上がらせる。
桐野 奨励賞受賞、そして房さんの企画・制作賞受賞おめでとうございます。
房 ありがとうございます。個人賞までいただけて、とても感激しています。
桐野 贈呈式のスピーチをお伺いして、日本語がとても流暢でいらっしゃると感じました。中国で学ばれたのですか?
房 北京の中国伝媒大学に日本語学科がありまして、そこで初めて「あいうえお」から学びました。
桐野 大学からとは思えないですね。
房 大学時代に交換留学で日本の大学に来ました。そのときに彼氏ができて、彼と話したい一心で上達しました(笑)。彼も彼の家族もとてもやさしい人で、日本という国、日本人に対するイメージが変わりました。
桐野 どう変わられたのですか?
房 それまでは戦争のこともありますし、ふわっとしたイメージでした。メディアでつくられてきたイメージといいますか。でも、自分の中の日本像はメディアでつくられたものなのだとそのときに思い、きちんとメディアというものを学びたいと思ったんです。

桐野 そうですか。それが今のお仕事にも通じているのですね。日本語学科を選んだきっかけは何かあるのですか?
房 アニメやドラマが好きだったわけではないんですよ。中国は受験戦争がものすごく厳しいんです。母は高校の教師なのですが、娘は受験で苦しめられて欲しくないということで、母の希望もあり推薦枠を選びました。その中でも中国伝媒大学の日本語学科の推薦枠が一番多かったというだけなんです。祖母が台湾に住んでいて、中国の私の実家に来るときは、いつも日本の物をお土産に持ってきてくれていたので、“おばあちゃんに近い国”というイメージもありました。
桐野 交換留学のあとは、北京に戻られたのですか?
房 はい。北京に戻り、大学を卒業してからジャーナリズムを学ぶために早稲田大学に進学して、また日本に来ました。早稲田大学でアジアプレスの野中章弘さんに出会いました。ゼミの先生なのですが、先生に出会っていなければ、ここまでの番組を制作していないです。日本での出会いが今の私をつくってくれています。

「助産師を探したい」という思い
桐野 この番組はどのくらいの期間取材されたのですか?寇愛哲さんとは以前からのお知り合いだったのですか?
房 知り合ったのは2020年のコロナ禍のときです。彼のPodcastが大好きで聞いていました。コロナ感染について、最初、人から人への感染はしないと言われていたのに対して、彼はそれは違うと。感染した医者やその周囲も取材して武漢の現状を伝えていて、すごい人だと思いました。
私も2019年に取材で中国に行って、そのまま実家に帰り、久しぶりに春節を実家で過ごそうと思っていたら、コロナ禍になってしまったんです。今、日本に戻らないと、戻れなくなるという状況になって、すぐ日本に戻りました。自分の中ですごく親不孝なことをしていると思いました。
桐野 負い目みたいなものを感じられた。
房 はい。日本に戻ってきてニュースを見ていると、今日は何人感染したとか、中国が悪いことをしているようなものばかりで、自分が中国で感じたこととは全く違う世界観が作られていることに違和を感じました。親を置いてきたという負い目も重なって、すごく苦しい気持ちになり、自分に何かできないかと考えました。でも、中国には行けないし…。そこで彼のPodcastを聞いて、彼の声を使って何かできないかと取材を申し込みました。
桐野 そのときはまだこの番組を制作しようとは思っておられなかった。
房 はい。取材を申し込んだときに、「僕は日本人の助産師にとりあげてもらったんだ」と言われましたが、私は「へえ~そうなんだ」ぐらいでしたね。その後、何回か会っていたのですが、会うたびに助産師を探したいという話をするので、本当に探したいんだなと思い、2022年日中国交回復70年で残留孤児の番組をつくったときに取材で知り合った人に相談しました。2024年2月に見つかり、これは番組にしたいと思いました。

目をつぶってはいけない歴史の側面
桐野 番組の中で「ふざけるな!」「日本人だと!」と愛哲さんをつきとばした男性がいました。彼のような人は珍しいのでしょうか。
房 あそこまでする人は珍しいです。愛哲さんにはあのシーンは使ってほしくないと言われました。でも、ディレクターのいやらしいところかもしれませんが、使いました。難しいところでもあります。そういうところを出せば出すほど、やはり中国人は皆そう思っているんだと、思われるのも嫌なので。
桐野 制作者としては、そういうバランスも必要なのでしょう。人の反応を見たときに、その人の感情を想像できるということが大事だと思います。あの男性が生きていた時代ではない話ですが、両親から聞いていたのかもしれませんし、教育の問題かもしれない。でも、そういう人がいるということは、日中関係の歴史の側面だと思います。
房 目をつぶってはいけない部分だとも思います。中国人のナショナリズムは分かりやすいんですよ。あの男性をだせば、皆「うん。うん。分かる。」となります。一方で、日本人のナショナリズムは分かりにくいです。
満蒙開拓団の取材を長野でしていたときに、子供たちの歴史教育についても取材をしていました。そのとき、満蒙開拓犠牲者の慰霊祭が行われることになり、愛哲さんも参加することになったのですが、そこで靖国神社の歌を歌うというのがあったんです。
桐野 それは驚きですね。
房 私は後日、主催者になぜ歌うのか、聞きました。そうしたら、「ずっとやってるから、やっているだけ」と言われました。他にも日本の新聞記者の方などもいたのですが、誰ひとりそのことについて、聞かないんですよね。そのことにも驚きました。しかも参列する学生たちも一緒に歌っているんですよ。中国人だから靖国神社の歌が許せないというわけではなくて、国策で亡くなった人々のことを国家主義を象徴する靖国神社の歌を持って慰霊するなんてあり得ないと思いました。
桐野 子供のころからなじんでいると親近感は持つようになるでしょう。歌の成り立ちを教えられていないのだから、良くないと思います。日本人でも嫌だと思う人もいると思います。
素朴な疑問が歴史を問いかける
桐野 この番組は、中国で放送できるのですか?
房 中国版を作って、ネットで配信しています。
桐野 どのような反応がありますか?
房 すごく感動した。こんなことは知らなかった。加害と被害だけではない一人の人生を知ったなどの感想が多かったです。
長野の満蒙開拓団の取材で、滝澤博義さん(91歳)にお話しをお伺いしています。滝澤さんがいた開拓団およそ700人のうち500人以上が自決。5歳の弟、3歳の妹は父親が銃殺しましたが、母親が止めに入り、かろうじて滝澤さんは生き残りました。中国から石を取り寄せ墓石をつくり、「中国の土の中に入った兄弟たちとこの石の下で一緒になれるかな」と80年経っても思いつづけています。そんな滝澤さんの話などは、中国ではなかなか聞くことができません。日本人の人生を知れたことが、中国人にとっては大事なことだったと思います。
桐野 個人の物語なので、普遍的で、どこの国にもこういう人がいるんだろうなと想像することがすごく大事なことだと思います。イメージや教育の刷り込みで偏見が助長されているのが、良くないですね。
日本では満州で起きた集団自決のことはよく知られています。沖縄でも集団自決がありましたし、「生きて虜囚の辱を受けず」そういう考えに陥りがちなんだと思います。そのことは私も理解していたつもりでした。でも、番組の中で、中国の人が「なんで自分の子どもを殺すんだ!」と、当たり前のことを、人間の叫びとしておっしゃっているのを聞いて、あっ!日本人ってこんなに異常なことをしていたんだと改めて感じました。
番組を見ている日本人も衝撃を受けたと思います。それがとても大事なことだったと思います。外国の方が感じる視点はものすごく重要だと思うのですが、その辺の感覚などの違いは感じられますか?
房 私も満州についての番組も作ったので、集団自決のことはもちろん知っていました。でも、浦山あき子さんが、人にお願いして子どもを殺めたということを知ったときには「よく分からない」と思いました。番組では使っていませんが、滝澤さんに「君には分からないんだ」と言われました。現代を生きる人間があの当時の人たちがやっていたことを理解しようとすること自体にも無理があると思います。
浦山さんが所属されていた開拓団も集団自決しています。資料によると、近所の満州の人、朝鮮人をお誘いして、皆で最後の晩餐をした。その後、子供たちを殺め、お花とお菓子を枕のとなりに置いて…。そのあとで大人たちも…。そして最後に残った人が全員を燃やした…。と最後は見届けたというように、美しさを備えようとするんですよね。綺麗な最後として。この感覚はやはり日本ならではだと思います。
桐野 分かります。私も理解はできないけれども、そういう風に綺麗に残そうとする。立派な最期を遂げました、大義の前では死はなんでもない、というような刷り込みもあるように思います。
房 子供を殺めることは、中国人は理解できません。ですが、“お国の為に犠牲になりましょう”という教育を未だに中国はしていますので、若い男性などはそう思っているでしょう。日本を批判している場合ではないとは思います。
桐野 それは戦争という戦いにおいてですよね。日本は、非戦闘員に強要しているところがすごく間違った教育だったと思います。
浦山さんの悲劇を知った愛哲さんの素朴な疑問として日本人に突きつけられました。資料や自伝で記録として残っていても、素朴な疑問の方が強いと感じました。
房 編集のときに、浦山さんがなぜわが子を殺めることができたのか、私はナレーションで書いていたのですが、プロデューサーから日本人は皆分かっているから、愛哲さんの疑問から入ろうと言われました。

桐野 それがすごく良かったと思います。沖縄でも集団自決を迫られて、かなりの民間人が亡くなっています。日本の軍隊による、非戦闘員を犠牲にしても仕方がない、助からないと思ったら皆で自決しよう、という短絡的な思考は間違っている、ということを歴史教育の中できちんとしていかないといけないと思いました。
愛哲さんや房さんのように若い方が“日中を繋ぐ”というと、綺麗ごとのようですが、個人が自分の疑問や考えを明かしていくということがジャーナリズムの基本だと思います。すばらしい番組でした。
日本を中国人という異国の眼で見ることは武器
房 日中に挟まれる人を描くことは、私には重いことです。今回は悔いを残してはいけないとすごいプレッシャーを自分にかけて、一つひとつこだわって作りました。
愛哲さんもすごく重たいものを背負って取材を受けてくれていました。自分が話していることが問題にならないように、とても気を付けていました。
桐野 中国本土でPodcastをやっているというのは、相当危ないこともあるんでしょうね。房さんは取材していて辛いことはありますか?

房 日本での取材のときは、必要に迫られない限り中国人だと言わないようにしています。中国出身だと言った瞬間から色眼鏡をかけられてしまいます。
入社して間もない頃ですが、深夜の帰宅でタクシーに乗ったときでした。中国が南京についてまだ謝罪を受けていない、というニュースが流れて、運転手さんが「中国はまだ言ってますね」とおっしゃたんです。私は自分が中国人だと言うべきか迷ったのですが、そのときは言わなかったんです。運転手さんはタクシーを降りるときにお疲れ様とキャンディーをくれました。
自分の価値観や出自を隠していれば平和にお付き合いできるんですよね。敢えて戦争の話題はしないとか、気を付けている部分はあります。中国人だと言うか、言わないか。いつもせめぎ合いです…。
桐野 日本で暮らしていると中国人であることがメリットよりデメリットが多いということもあるでしょうが、異国の眼で見て感じて、鋭く追及できるところもあると思いますし、房さんは、客観化できる能力もすごくおありだから、ものすごい武器だと思いますよ。
取材で中国に行けなくなったとおっしゃっていましたが、これからどういうものを作っていきたいですか?
房 来年、日中開戦90年なのですが、これだけの年月が経っても日中関係は本当に良くないので、何かできないかなと思っています。
今も世界では戦争が絶えなくて、人をただの記号でしか見ていないと感じることがあります。そうした感覚もメディアによって作られていくと思いますし、“生きた人間がそこにいる”ということを伝えられるのがドキュメンタリーだと思うんですよね。
桐野 私もその通りだと思います。今、メディアの役割が一番重要です。房さんはまだお若いし、これからもすばらしい作品を作り続けて欲しいと思います。本日はありがとうございました。
房 ありがとうございました。
プロフィール

房満満さん (ぼう まんまん)
テムジン ディレクター
1989年中国生まれ。早稲田大学留学中に恩師の影響を受けドキュメンタリーに目覚め、テムジンに入社。中国、日本、アメリカなど様々な社会問題をテーマにドキュメンタリーを制作。2018年全日本テレビ番組制作社連盟最優秀新人賞。2019年東京ドキュメンタリー映画祭短編部門グランプリ。2021年石橋湛山記念・早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞。2022年ギャラクシー賞テレビ部門選奨。2023年NEWYORK TV&Film Festivalドキュメンタリー部門銀賞。衛星放送アワードドキュメンタリー部門最優秀賞。

桐野夏生さん (きりの なつお)
ドキュメンタリー部門審査委員長
作家。1998年『OUT』で日本推理作家協会賞、99年『柔らかな頰』で直木賞、2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞、08年『東京島』で谷崎潤一郎賞、09年『女神記』で紫式部文学賞、10年『ナニカアル』で島清恋愛文学賞、11年同作で読売文学賞を受賞。23年『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞と吉川英治文学賞を受賞。15年紫綬褒章受章。24年日本芸術院賞を受賞。近著に『オパールの炎』『ダークネス』『眠れぬおまえに遠くの夜を』など。
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