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岡山天音「ヒロトを追いかけるほど、遠ざかっていく気がした」――『ひらやすみ』が教えてくれた豊かさ

第52回放送文化基金賞 ドラマ部門 最優秀賞&演技賞

聞き手  河合祥一郎ドラマ部門審査委員長

岡山天音

今年の放送文化基金賞ドラマ部門で最優秀賞を受賞した『夜ドラ ひらやすみ』(NHKエンタープライズ/NHK)。主演を務め、演技賞にも輝いた岡山天音さんに、河合祥一郎ドラマ部門審査委員長がお話を伺いました。原作の頃から愛読してきた作品だからこそ、主人公・ヒロトを演じることには大きな喜びと同時に、深いプレッシャーもあったと明かします。ヒロトという人物との距離、作品が問いかける「豊かさ」の意味、そして俳優として役と向き合う姿勢とは――。作品への思いと自身の哲学について、ときに言葉を探しながら、一つひとつ誠実に語っていただきました。

河合 この度は最優秀賞、そして演技賞受賞、おめでとうございます。

岡山 ありがとうございます。『ひらやすみ』は原作の頃から読んでいて、もともとファンだったんです。今回ドラマ化されると聞いて、主人公のヒロトを任せていただけることになったときは、うれしかった半面、原作が好きだからこそ、そのぶんプレッシャーも感じました。自分なりにヒロトを作っていくというよりも、読者として心の中にあったヒロトに、どう近づいていけるか。そこを大切にしながら役に向き合いました。

ヒロトという存在に惹かれた理由

河合 作品への思い入れが強かったからこそのプレッシャーもあったんですね。そのなかでも、ヒロトという人物のどんなところに惹かれていたのでしょうか?

岡山 『ひらやすみ』という作品全体のテーマにも通じることだと思うのですが、僕なりの解釈では、「自分の内なる声に従って生きる」ということが根底にある作品なんです。世の中には、「こうあるべき」とか、「こちらのほうが価値がある」といった、目に見えない価値の序列やテンプレートのようなものがあって、知らず知らずのうちに僕たちの中にも刷り込まれている気がします。でもヒロトは、そうした基準ではなく、自分自身の物差しを軸に暮らしている人なんです。その部分に、とても惹かれました。

河合 それは、ヒロトの生き方をご自身の生き方と重ねて見ているからでしょうか?それとも、そうした生き方に憧れているからでしょうか?

岡山 うーん。たぶん、ヒロトの生き方に、ある種感銘を受けているというのは、自分との乖離を感じる部分と、どこかでシンクロする部分、そのどちらもあったからだと思います。もしかしたら、どこか憧れのような気持ちもあったのかもしれません。

河合祥一郎
河合祥一郎ドラマ審査委員長

河合 ドラマを拝見していて感じたのは、ヒロトは人生哲学を持った人物であると同時に、「生きる」ということをとても丁寧に実践している人だということでした。「生きる」ということは、僕自身、演劇に関わる中で常に大きなテーマです。例えば『わが町』(ソーントン・ワイルダー作、アメリカ戯曲)という作品では、生きている間は誰もが日々を懸命に過ごしていて、その意味は後になって初めて見えてくる、ということが描かれています。でも『ひらやすみ』のヒロトは、生きているその瞬間から、それを自然に体現している。その姿がとても魅力的だと感じました。だから、岡山さんがヒロトに憧れているというよりも、もともと岡山さん自身の中にも、そういう感覚があるのではないかと思ったんです。

岡山 そうですね……だからそこは、自分でもどちらだとはっきり明言できないところなんです。ヒロトから離れている自分もいれば、重なっている自分もいる。その両方が自分の中に同居している感覚というか、……それを言葉で言い表そうとすると、少し違ってしまう気がするんですよね。

河合 ヒロトを演じている最中は、ある意味、満たされた感覚があったということなんでしょうか?

岡山 ……それも、両方ですね。

岡山天音

河合 ヒロトを演じていて、特に印象に残っているシーンはありますか。

岡山 うーん。どのシーンか選ぶのは難しいですね。それぞれのシーンが別々の引き出しにしまわれているような感覚で、どれか一つだけが突出しているわけではなく、全部が思い出深いんです。あえて一つ挙げるとすれば、仕事や家庭でさまざまな重圧を抱え、心身ともに追い詰められていたヒデキと、釣り堀で二人そろって池に落ちるシーンですね。撮影としても特殊な一日だったので、とても印象に残っています。ヒデキ役の吉村さんとは普段から頻繁に会っていたわけではないのですが、作品でご一緒するたびにプライベートでも会うようになって、そうやって少しずつ関係を築いてきた10年でした。だからこそ、彼と演じたあのシーンには特別な思いがあります。それまでどこか宙ぶらりんだったヒデキが、ヒロトとぶつかることで化学反応が起こり、新たな場所へと着地する瞬間だったと思います。あそこは作品の中でも大きい起伏の場所なんです。一緒に演じていて本当に楽しかったですね。

追いかけるほど遠ざかる存在

河合 役との向き合い方で印象に残っていることがあれば教えてください。

岡山 僕は『ひらやすみ』という作品に、まず一人の読者として出会っていたんです。だからこそ、自分の中で大切にしたいものや、「これは守りたい」と思えるものが自然と見えてきました。でも一方で、叶えたい、結実させたいヒロト像も自分の中にはあって。振り払おうとしても、そのイメージはずっと残っていた。それは、ある種の難しさでもありました。

河合 「結実させたいヒロト像」、そのヒロト像について、もう少し詳しくお聞かせいただけますか?

岡山 うーん……説明が難しいんですけど、人が放っているオーラみたいな空気感というか、たたずまいのようなものですかね。その像のようなものは、ずっとそこにあったのかもしれない。でも今となっては、それが何だったのか、自分でもよくわからないんです。自分が好きな作品であり、好きなキャラクターだったからこそ、追いかければ追いかけるほど、その分だけ等距離で離れていくものだったのかもしれない。今になって思うと、やっぱり違う人間は違う人間なんだと、本当にそう思います。

河合 監督とは『ひらやすみ』という作品のテーマについて話し合われたりしたのでしょうか?

岡山 もちろんです。作品全体については、撮影に入る前に話をしました。松本監督をはじめ、現場の監督陣は僕たちの芝居をきちんとジャッジしてくださる方々だったので、最初から一人で隅から隅まで役を作り込まなければいけないという感覚ではありませんでした。安心して身を委ねられる監督陣だったので、俳優として本当に幸せな現場でした。

岡山天音 森七菜

読めないから惹かれる―森七菜との芝居がくれた刺激

河合 ヒロトにとって、周囲の人との出会いは、大きな意味を持っていたと思います。なかでも、なっちゃん役の森七菜さんとは、本当のいとこ同士のような自然な関係性が印象的でした。どのように関係を築かれたのでしょうか?

岡山 どう表現したらいいのか難しいんですけど……。平屋で二人きりのシーンが本当に多かったですし、ヒロトの人生が描かれている時間の中で、なっちゃんはとても大きな存在なんです。だから僕にとっても、その期間、森さんは大きな存在でした。もともと共演してみたいと思っていた方だったんですが、実際にお芝居をご一緒すると、より興味深い方だなと感じました。どこに由来があるのかわからないというか、ルーツがどこにあるのかもわからない、独自性のあるお芝居をされる方なんです。

森七菜

河合 その瞬間、その瞬間に生まれるものに反応しながらお芝居をされていたということでしょうか?

岡山 それももちろんあります。でも、そこにいるだけで「何を発想の起点として、そのチョイスをしているんだろう」と僕には読めないんです。そこには、やっぱり憧れというか、惹かれる部分がありました。ヒロトも、なっちゃんを年下の親戚としてリードする部分はありつつ、何か自分には持っていないものを、なっちゃんの中に見ている気がするんです。もしかすると、その感覚は僕自身ともリンクするところだったのかもしれません。森さんとのお芝居の日々は、本当に刺激的でした。

岡山天音 森七菜
人の関係性がにじむ、平屋での会話シーン。

河合 役作りには、ご自身なりの方法論はありますか?

岡山 そうですね。僕は昔から、ドラマや映画、舞台など、いろいろな現場に携わってきたので、一つのやり方だけでは対応できないと感じてきました。だから今も、作品のテイストや目指している姿によって、アプローチを変えています。

河合 『ひらやすみ』には、根岸季衣さんやベンガルさんをはじめ、存在感のあるベテラン俳優の皆さんが出演されています。皆さんとの共演で、印象に残っていることはありますか?

岡山 根岸さんは本読みの段階で、台本を見ずにお芝居をされていたんです。その時点でもう“ばあちゃん”でした。キャリアの長い短いにかかわらず、あれほど緻密に役を作り上げた状態で本読みに臨まれる方には、今までお会いしたことがありませんでした。その姿勢には圧倒されました。また、ベンガルさんに若い頃の根岸さんのお話を伺う機会もありました。10代の頃の根岸さんをご存じだったベンガルさんは「舞台の上に立つ根岸さんは当時からとても格好良かった」と話されていて、その頃から今に通ずる存在感を放っていたんだな、と勝手に想像しました。当時と今とでは俳優という仕事のあり方や、作品に向き合うエネルギーの形もずいぶん変わってきているんだろうなと感じます。

「何をどう見るか」で世界は変わる

河合 平屋での暮らしも作品の大きな魅力でした。岡山さん自身は一軒家で暮らすことに憧れはありますか?

岡山 家の形や大きさということよりも、その中にいる人がどう生きるかということなんじゃないかな、と『ひらやすみ』に触れて思いました。どこで暮らしていても、自分の中に世界があれば、豊かに暮らしていける。場所よりも、そちらのほうが大事なんだと思います。

ひらやすみ
最優秀賞受賞の喜びを胸に、主演の2人と出演者が集結。会場は笑顔と祝福に包まれた。(左から、吉村界人さん、根岸季衣さん、岡山天音さん、森七菜さん、光嶌なづなさん)7月8日贈呈式にて

河合 「豊かさ」は、この作品を象徴する言葉ですよね。私が印象的だったのは、道端に咲いている花を、ばあちゃんのお仏壇に供える場面です。何気ない行動の中に、ヒロトの人柄や、目の前にあるものを大切にする姿勢が表れているように感じました。現代の忙しい日常では、どうしても自分自身に意識が向きがちですが、ヒロトは自然に誰かの幸せを願うことができる。その感覚は、岡山さんご自身が大切にされているものとも通じるのでしょうか?

岡山 やっぱり、自分がいるこの業界もそうですし、世間も、昨日白だったものが今日黒になるような、移ろいの速度がすごく早いと感じるんです。諸行無常というか、常に形を変えていくものの中で暮らしていると、自分のアイデンティティが揺らいでしまうことがあります。だから、物理的なものや外側の場所にそれを置くのではなく、「何をどう見るか・どう目を凝らすか」が大事なんだと思うんです。そういうところに幸せや自分らしさを見いだすことが、自分なりの処世術というか、10代からこの世界で生きてきた自分にとっての、生きる術だったのかもしれません。

河合 今のお話を伺っていて、シェイクスピアの作品にも通じるものを感じました。彼の作品には、「ものの見方によって世界の見え方が変わる」という考え方があります。岡山さんがもともと持っていた世界の捉え方が、さまざまな経験の中で育まれ、今回はヒロトという人物として結実したのかもしれませんね。

岡山 いやいや~、そんな……。でも、そういうことを思っていても、なかなかままならない部分もあります。だからこそ、ヒロトとシンクロする部分もあれば、日々の中ではそこに届かない瞬間もある。距離が近いときもあれば、遠いときもある。自分の中にその揺れがあることこそが、ヒロトに惹かれた理由なのかもしれません。

喜びのスピーチをする岡山さん

河合 これから先、どんな役と出会っていきたいと思われますか?

岡山 そうですね……。僕の中では、ドラマも映画も舞台も、全部まったく違うものに取り組んでいるような感覚があるんです。同じお芝居をしているはずなのに、違う競技に取り組んでいるような感覚というか。それぞれに大きな醍醐味があります。もちろん、まだ演じたことのない役に挑戦してみたいという思いはあります。でも、これまで本当にいろいろな役をやらせていただいたので、「じゃあ、まだ演じていない役って何なんだろう」と考えると、自分でもわからなくなっているところがあります(笑)。ただ、どんな役でも、ちゃんと掘り下げていけば、必ずまだ出会ったことのない役になるんです。僕は17年この仕事をしていますが、それでも役とはいつも初対面なんです。だから、役そのものというよりも、どこにたどり着くのか自分でも予想がつかないような、少しいびつさを抱えた、新しい試みに挑む作品に、これからたくさん参加できたらうれしいです。

河合 今後どのような作品で新たな挑戦を拝見できるのか、とても楽しみにしています。本日は貴重なお話をありがとうございました。

お世話になっております。放送文化基金の木下です。

【あらすじ】『夜ドラ ひらやすみ』(NHKエンタープライズ/NHK)

生田ヒロト、29歳、フリーター。
定職なし、恋人なし、普通ならあるはずの?将来の不安も一切ない、お気楽な自由人です。そんな彼は、人柄のよさだけで、仲良くなった近所のおばあちゃん・和田はなえから、一戸建ての平屋を譲り受けることに。そして、山形から上京してきた18歳のいとこ・小林なつみと2人暮らしを始めました。

岡山天音

プロフィール

岡山天音さん(おかやまあまね)
1994年生まれ、東京都出身。2009年俳優デビュー。主な出演作に映画『笑いのカイブツ』、『キングダム』シリーズ、夜ドラ『ひらやすみ』、大河ドラマ『べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜』など。待機作として、アニメ映画『我々は宇宙人』にて主人公・暁太郎の声を演じるほか、来春放送NHK連続テレビ小説『巡るスワン』などがある。

河合祥一郎さん(かわいしょういちろう)
ドラマ部門審査委員長
1960年生まれ。東京大学名誉教授。翻訳家。Kawai Project代表。
著書にサントリー学芸賞受賞作『ハムレットは太っていた!』(白水社)、NHK100分de名著ブックス『シェイクスピア「ハムレット」』他。最新刊はシェイクスピア作『新訳 タイタス・アンドロニカス/ファヴァシャムのアーデン』角川文庫。

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