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映画『小学校』を、上智大学の学生はどう受け止めたか
音好宏(上智大学メディア・ジャーナリズム研究所所長)

「大学の授業でドキュメンタリーを作っているのですが」。質疑の時間には、次々と手が上がった。2026年5月22日、上智大学。映画『小学校〜それは小さな社会〜』の上映会&トークセッションの会場を、多くの学生が埋めた。日本の公立小学校を見つめたこの作品を、学生たちはどう受け止めたのか。この作品が生まれるきっかけとなった国際共同制作の企画提案会議「Tokyo Docs」を、放送文化基金は立ち上げの頃から見守ってきた。監督・山崎エマさんに話を聞いたのは、Tokyo Docs実行委員長の菅野誠さんと、上智大学メディア・ジャーナリズム研究所所長の音好宏さん。その音さんが、登壇者の視点からこの日を振り返る。
2026年5月22日、上智大学を会場に、Tokyo Docsと上智大学メディア・ジャーナリズム研究所の共催による「Tokyo Docs × 上智大学 上映会&トークセッション」が開催された。会場には学生を中心に多くの参加者が集まった。

世界へ巣立った作品を、上智で
このサイトの読者のなかにはご存じの方も多いかと思うが、Tokyo Docsは、毎年、11月に東京で開催される国際共同制作の企画提案会議である。この「上映会&トークセッション」では、Tokyo Docsをきっかけに映像作品を完成させ、国際市場に巣立っていった作品を上映すると共に、その制作者を招いて、その作品の制作にまつわる話や企画提案会議をきっかけに作品制作に至った経緯や、国際市場に向きあったことで感じたことなどを話してもらっている。
Tokyo Docsは、2011年秋からスタートしたが、私の勤務する上智大学の学生のなかには、海外での就学経験のある学生や留学生も少なからずおり、また、現在では、SPSFという4年間を通して英語で学んで卒業に必要な単位を取ることができるコースの学生もいるので、Tokyo Docsの開催期間中、その運営にあたって、サポート業務をする学生をインターンのような形で派遣している。そのような関わりが続いていることもあって、大学とTokyo Docsとのコラボレーションの場として、毎年、Tokyo Docsにまつわる映像作品の上映会とその制作者を招いてこの「上映会&トークセッション」を開催してきた。
映画『小学校』はどう生まれたか

今回の上映作品は、『小学校~それは小さな社会〜』。ゲストにお招きしたのは、この作品の監督・山崎エマさんである。この企画は、2021年のTokyo Docsで山崎さんがピッチング(企画提案)したもので、その年の最優秀企画賞(=ベストピッチ賞)を受賞。
それをステップに、制作作業に入ろうとするのだが、取材許可を得ることを含め、取材の難しい公立小学校の現場と、時間をかけて交渉。東京・世田谷区の小学校で、取材許可が出た後も、1年の制作期間に150日間学校に通い、学校内で空気のような存在になることで子どもたちの姿、そこで繰り広げられる物語を紡いでいった。その映像作品が、今回上映された『小学校』である。
この企画は、NHKなどで放送された後、2023年に『小学校~それは小さな社会〜』(日本/アメリカ/フィンランド/フランス/99分)として映画化。フィンランドを始め国内外で上映され、大きな反響を呼ぶ一方で、短編に再編集された『Instruments of a Beating Heart』は、2025年の第97回アカデミー賞短編ドキュメンタリー部門にノミネートされた。
会場では、まず、『小学校~それは小さな社会〜』が上映され、休憩を挟んで、山崎エマさんを囲む形で、Tokyo Docs実行委員会委員長の菅野誠さんと私から、山崎さんに質問をする形でトークセッションを進めた。


「日本人になる」とはどういうことか
トークセッションでは、この作品が制作されるに至る経緯や、Tokyo Docsをきっかけに、この『小学校』の企画が、映像作品に完成されていった経緯が山崎さんから紹介された。そこではこの作品が制作される背景となった山崎さんの生い立ちにまで話が及んだ。
イギリス人の父と日本人の母を持つ山崎さんは、大阪の公立小学校を経て、インターナショナルスクールで学んだ。大学進学にあたっては、米国のニューヨーク大学の映画学科を選択。そこで映像制作の基礎を学ぶのだが、周囲からは、映像制作の作業を進めるにあたっての山崎さんの協調性の高さなどを指摘されたという。本人は、自己分析をして、その協調性の高さのベースになったのは、日本の小学校での学びだったと振り返る。その行動様式のベースともなったのが日本の公立小学校での学びであり、クラスの構成員である生徒たちが、給食の当番や教室の片付け、掃除といった役割を責任を持ってこなしていくことで、人間として成長していく。映画は、その姿を追っている。山崎さんは、日本の公立小学校の教育を通して、子どもたちが組織の一員としての自覚と責任を認識していく姿を描きたかったと解説していた。
トークセッションでは、最後の20分ほどを質疑の時間に充てたが、日ごろ映像製作に関わっているという同業者の方からの質問もあったが、興味深かったのは、やはり学生たちからの質問だった。なかには、「大学の授業でドキュメンタリー制作を行っているのだが」と、その悩みを山崎さんに投げかける問いもあった。いずれにしても、パワフルな制作者としての山崎さんのオーラは、若い学生たちのチャレンジ精神にも刺激を与えたようで、会場から次々と質問が飛んだ。イベント終了後も山崎さんの周りには、本人と直接話がしたいという学生たちが取り囲み、山崎さんも熱心に彼らの話に耳を傾けていた。
学生の声
一面的だった自分の見方に気づいた
【新聞学科3年 大木文乃さん】
正直、山崎さんが日本の小学校をポジティブに捉えていたことを伺い、驚きました。
英語タイトルである『The Making of a Japanese』から、私は勝手に「日本人」という存在を批判的に描いたドキュメンタリーなのだと認識していました。ステレオタイプ的な「日本人」像として、空気を読みすぎたり、同調を重んじたりする人々であるというイメージを持っていたことも影響していたのかもしれません。実際、映画を観ながらも、個性的であった少年少女たちが、日本の小学校教育を経る中で同調圧力のもと同質化されていくように感じたのも事実でした。
他方で、山崎さんが「日本の小学校教育の、これまで当然とされてきた良い部分を再認識することも制作意図の一つであった」と仰った際には、自分自身の教育に対する見方がいかに一面的であったかに気づかされ、ハッとさせられました。
また、最後に音先生が仰っていた「視点を引くことで、自分の立ち位置を確認できる」という言葉も非常に印象的でした。自分が当たり前だと思っている価値観を、少し距離を置いて捉え直すことの大切さを改めて感じました。
信頼関係が、自然な表情を引き出す
【新聞学科3年 松尾美海さん】
山崎エマ監督が150日間も学校に通い、学校の一部になりきるまで子どもたちと関わっていたことが印象的でした。ただ撮影するだけではなく、関係性を深めることで自然な表情や感情を記録できるという話から、ドキュメンタリー制作には信頼関係がとても重要なのだと思い知らされました。
改めて日本の小学校には多くのルールがあり、6年生が低学年の手本にならないといけないなど、小学校は集団の中で社会性を学ぶ場であると感じました。当たり前すぎて気づかない日本の教育の特徴を、外からの視点で見直すことの大切さを学びました。
芯を貫き、前進し続ける山崎監督の姿勢
【新聞学科英語コース3年 髙木伸太郎さん】
『小学校』の上映とトークセッションを通じて私が山崎監督から強く感じ取ったのは「自らの芯を貫き、絶えず前進し続ける姿勢」である。監督は制作秘話で「この作品は10年かかった」と語っていた。当初、その趣旨を理解されず交渉が難航したという。さらに、撮影期間を襲ったコロナ禍という非常事態には心が折れそうになったとも明かされた。だが、山崎監督は「特例を認めてもらうために『制作の理由』を探す」と語り、決して歩みを止めなかった。また、米国で学んだ「音へのこだわり」を活かした編集も印象的だ。語り手に頼らずとも、没入感を演出することを軸に置き「なんでも聞こえるのは非現実的だ」という批判にも屈することなく、自分を信じて作品を完成へと導いた。
私は山崎監督の芯の強さが『小学校』の高い国内外の評価に繋がっていると考える。
プロフィール

音 好宏 氏(おと・よしひろ)
上智大学文学部新聞学科教授 / 上智大学メディア・ジャーナリズム研究所所長
1961年、札幌生まれ。日本民間放送連盟研究所、コロンビア大学客員研究員、上智大学文学部新聞学科助教授などを経て、2007年より現職。専門はメディア論、情報社会論。著書に『放送メディアの現代的展開』、編著に『地域発ドキュメンタリーは社会を変える』など。衆議院総務調査室客員研究員、NPO法人放送批評懇談会理事長も務める。
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