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W杯は入口にすぎない──スポーツドキュメンタリーが次に問われる「指標」

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #12

Netflix『グリッター&ゴールド:アイスダンサーたちの挑戦』(画像:Netflix)

サッカーW杯が開幕し、世界の関心が一つの大会に集まっている。このタイミングで各国のメディア企業や配信事業者が改めて力を入れているのが、スポーツドキュメンタリーだ。アスリートの内面に密着し、勝敗の裏にある人間ドラマを描く作品群は、もはやスポーツ中継の補完コンテンツではない。独立したジャンルとして定着している。だが、その足元のデータを見ると、単純な成長市場という一面だけでは捉えきれないことにも気づく。

平均視聴者数が2倍になる波及効果

「配信事業者がライブスポーツへ進出するのに伴って、スポーツ関連コンテンツへの投資が活発化し、その中でも最も恩恵を受けたジャンルがドキュメンタリーだ」

これは、英国の調査会社Ampere Analysisの共同創業者でエグゼクティブ・ディレクターを務めるガイ・ビソン氏が、今年2月にロンドンで開催された映像見本市「MIP ロンドン」の講演で語った発言だ。ビソン氏は、世界の映像市場を継続的に分析してきた論者の一人である。筆者自身も、これまで国際市場の取材を続ける中で、その分析に触れてきた。今回の指摘も、スポーツドキュメンタリーをめぐる現在の変化を考える上で、重要な視点を示していた。W杯のような大型イベントは、目先の需要を生み出すだけでなく、ドキュメンタリーがスポーツIPとの接点を保ち続けるための手段として機能している、という構図ではないか。

一方で、同氏の分析は、スポーツドキュメンタリー市場の拡大を単純な成長物語として捉えることの難しさも示している。Netflixにおけるスポーツドキュメンタリーの視聴時間は、2023年下半期の6億4200万時間から2024年同期には3億4900万時間へと、1年でほぼ半減したという。投資側の期待と、視聴者の消費行動の間に、新たなギャップが生まれている。

だが、ストリーミング市場全体でみると、見え方は変わる。米調査会社Nielsenが2025年12月に発表した年次報告「Tops of Sports」によれば、ストリーミングにおけるスポーツドキュメンタリーの総視聴時間は2021年の47億900万分から2024年には169億3700万分まで増加した。同レポートは、NetflixのF1ドキュメンタリー『Formula 1: 栄光のグランプリ』の放映開始以降、ディズニー系列のテレビ局(ABCなど)でのF1グランプリ中継の平均視聴者数が2倍以上になったことをスポーツドキュメンタリーの波及効果を示す事例として挙げる。

ここまでの数字を踏まえると、スポーツドキュメンタリーを単なる視聴コンテンツとして見るか、それともスポーツIPを広げる手段として見るかという問いが浮かび上がる。それは各プラットフォームの戦略の違いかもしれない。

Netflixが語る「視聴時間ではない指標」

まさにNetflixは「独自のストーリーテリングの力が成功の鍵を握る」という考え方を打ち出している。今年3月開催のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)に向けて、Netflixコンテンツ部門(スポーツ&ノンフィクション)を統括するゲイブ・スピッツァー氏が2025年12月の取材会で説明したときのことだった。「試合そのものを見せるだけでなく、フィールドの内外にある人間ドラマや野心、感情に焦点を当てることを重視している」と続けた。

興味深いのは、Netflixがその根拠として挙げたのが、単純な視聴時間ではなかったことだ。たとえば、F1ドキュメンタリー『Formula 1: 栄光のグランプリ』については、同作をきっかけに米国でF1ファンになった人が53%にのぼったことを強調した。

ツール・ド・フランスの裏側を追った『ツール・ド・フランス アンチェインド』では、公開後の1週間で「自転車」「フランス」に関するGoogle検索数が50%増えたことを挙げた。同作の視聴者層は、25歳から34歳が27%、18歳から24歳が21%を占め、加えてその若い視聴者が競技への関心を深めるきっかけになったというのだ。

Netflix『ツール・ド・フランス アンチェインド』(画像:A.S.O./Billy Ceusters、Netflix提供)
Netflix『ツール・ド・フランス アンチェインド』(画像:A.S.O./Billy Ceusters)

スピッツァー氏が語ったのは、コンテンツ自体の再生数ではなく、その先に生まれる反響の広がりだった。ここに、現在のスポーツコンテンツが持つ価値の変化が表れている。スポーツドキュメンタリーは、新規のファンを引き込む入口となり、視聴後の検索やSNSで新たな関心を生み出す効果を生む。さらに、配信事業者にとっては「スポーツストーリーテリングの拠点」というブランドを築く役割も担う。

かつてテレビ中継を軸にスポーツの熱狂が形成されていた時代と比べると、配信時代は視聴率といった単一の指標ではなく、SNSの反応も含めた複数の手がかりからスポーツへの関心の広がりを捉える構造へと変化している。さらにYouTubeの存在も大きい。いまや広く利用されるプラットフォームとして、ノンフィクションやスポーツ関連コンテンツの重要な受け皿となっている。

スポーツドキュメンタリーの4つの型

実際、最近のスポーツドキュメンタリーには、いくつかの型が見られる。

W杯のタイミングに合わせて公開された映画『ONE CREATURE 無数の個性、ひとつの生きもの。』は、サッカー日本代表の前回カタール大会後から今大会直前までの4年間の歩みを追った作品だ。HBO Maxが配信する『U.S. Against the World』も、米国代表が同じ4年間を本拠地での大会に向けて戦ってきた軌跡を描いている。いずれも、すでにあるファンの熱を後押しする「応援型」と言える。

デビッド・ベッカム本人がキャリアと家族を振り返る『ベッカム』や、大坂なおみの内面に密着した『大坂なおみ』など、知名度のあるスター選手本人の存在感で見せる「スター選手型」もある。いずれもNetflix独占配信作品だ。米国ではESPN・ABCで放送され、Netflixが国際配信を担った『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』も、マイケル・ジョーダンという一人のスーパースターを軸にした、この型に近い作品だ。

Netflix『ベッカム』(画像:Netflix)

またNetflixには、アイスダンスの選手たちの知られざる挑戦を軽やかに描く『グリッター&ゴールド:アイスダンサーたちの挑戦』や、テキサス州の大学チアリーダーたちの人生に密着した『チアの女王』のように、競技や舞台裏そのものをエンターテインメントとして見せる「エンタメ型」も存在する。

そして米国とメキシコのサッカーにおける30年来のライバル関係を、移民史や経済格差まで掘り込んで描くPrime Videoオリジナル『グッド・ライバル ~アメリカVSメキシコ 30年のサッカー闘争~』のように、個人ではなく歴史や社会構造そのものを掘り込む「骨太型」がある。

応援型とスター選手型は、すでにあるファンダムを起点にしているぶん、初動の反響が得られやすく、作品として選ばれやすい傾向がある。一方でエンタメ型や骨太型は、そのスポーツを知らなかった層にも届く可能性を持つ。前提となるファンダムを必要とせず、取材力や構成力といった、コンテンツそのものの力で視聴者を惹きつけるからだ。

「新規のファンを引き込む入口」という機能を、強く体現しているのは、後者の2つの型だ。だが、業界が目先の数字を追いかけるほど、こうした作品は選ばれにくくなっていく。W杯はあくまで入口にすぎない。その先で、何を指標とし、何を価値として積み上げていくのか。それが、これからのスポーツドキュメンタリーの行き先を左右していくはずだ。



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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


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