助成

寄稿

ケニアの教会におけるディジタル・テクノロジーの活用

東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 特任研究員/JSPS特別研究員 吉田優貴

オレンジ丸の枠内がM-PESAアカウント

ケニアでは、携帯電話を基盤としたキャッシュレス決済や通信アプリの普及が、人々の日常生活だけでなく、教会における献金や礼拝のあり方にも変化をもたらしている。現地調査からは、ディジタル技術が信仰や共同体の文化と結びつき、ライブ配信など放送的な実践を通じて人々のつながりを広げている実態が見えてきた。                                      現地調査を実施した東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所 吉田優貴さんの寄稿です。

2023年、11年ぶりにケニアでの現地調査が実現した。報道により、ケニアでキャッシュレス決済M-PESA(エムペサ)が急速に普及したことを見聞きしていたが、人々の日常生活への浸透ぶりには目を見張るものがあった。最も目を引いたのは、キリスト教教会の壁に掲示されたM-PESAアカウントだ。宗教施設とキャッシュレス決済が私の頭の中で簡単には結びつかなかった。

もう少し詳しく調べたいと思い、帰国後早速、翌年の調査資金を得るためにインターネット上を奔走し、放送文化基金にたどり着いた。インターネットを通じたテキスト・音声・ビデオ通話アプリWhatsAppでケニアの友人と連絡を取り、教会関係者ともつながり、滑り込みで申請した。

こうして、放送文化基金にお世話になる形で、新たな調査研究が実現したのである。

携帯電話番号を用いたキャッシュレス決済

私が初めてケニアの地を踏んだのは2003年。その頃、固定電話は学校や病院、公衆電話でしか見かけなかった。携帯電話が出回り始めたと思ったら、瞬く間に普及し、公衆電話は姿を消した。

普及したのは携帯電話そのものだけではない。携帯電話番号と身分証ナンバー、名前と紐づけたアカウントを作れば利用できるキャッシュレス決済サービスM-PESAが2007年に始まり、この10年で急速に普及した。身分証を持参すればM-PESA代理店で現金での入金・出金も可能なサービスで、特に国内外の出稼ぎ労働者が、移動する必要なく家族に生活費を送れることから、需要が高まった。

現在、個人間の送金のほか、スーパーマーケットやレストラン、露店が並ぶ市場での物の売買、バスの運賃の支払いなど、ありとあらゆる場で、多くの人が現金の代わりに自分の端末を取り出し、画面をタップして取り引きしている。

M-PESAでの支払いのみ対応の紅茶工場の直売所。M-PESAアプリでQRコードを読み取り、金額を入力したら、送金ボタンをタップするだけ。
レストランにて。食後に渡される請求書にM-PESAのアカウント(下線部)が記載されている。
請求書にある「チップス」
請求書にある「ヤギ肉炒め」(チャパティ・スープ付き)。
公営市場のキャベツ売り。個人の番号が送金先として掲示されている(下線部、一部画像処理済み)。

キリスト教教会でのキャッシュレス決済の活用

私は2003年から2006年にかけて、Africa Inland Church (AIC)の支援を受けて設立された寄宿制初等聾学校に住み込んで調査をおこなった。今回の調査に協力していただいたUasin Gishu郡の中心地にあるAIC Fellowship Eldoretの日曜礼拝には、近隣の初等聾学校を卒業した聾者も参列する。私が調査拠点としていた初等聾学校の教員が持ち回りで手話通訳をおこなっていたこともあり、私も日曜礼拝に参列したことが何回かあった。

いま、日曜礼拝の終盤に設けられている献金の時間になると、スマートフォンなどの端末を取り出して画面をタップする参列者を多く見かける。従来どおり、木製の持ち手のあるビロード生地でできた底の深い献金袋が席に回ってくるが、そのまま次の席の人へ渡されていく。20年前、献金袋が案内係によってすべて回収されるまでには時間を要したが、いまではあっという間に回収される。献金袋が半ば機械的に隣の人に渡されていくなか、参列者は各自のスマートフォンの画面を操作するのである。

教会の2階席から壇上に向かって撮影。壇上の両脇の壁にM-PESAアカウントが掲示されている。

献金袋には匿名で現金を入れられる。他方、M-PESAを介して献金すれば、いつ誰がいくら献金したか教会側に知られてしまう。この点について複数の信徒に尋ねたところ、皆一様に抵抗などないと答えた。なぜなら、「教会に献金するのではなく、神に捧げているから」だという。M-PESAでの献金は、教会に直接足を運ぶ信徒以上に、ケニア国外に居住する信徒にとって利便性が高い。英国在住の信徒は、タイムラグなく献金できるところが便利だと話してくれた。

この英国在住の信徒へのインタビューは、ケニアに滞在中、WhatsAppのビデオ通話機能を用いておこなった。コロナ禍より前、私は子育て以外の事情でケニアに渡航することが許されなかった。研究活動を断念しなければならないと思い詰めたこともあった。それを乗り越え、ようやく渡航できるチャンスが巡ってきたところで、今度はコロナ禍に遭った。そんななか、再度ケニアの人たちとつながることができたのは、WhatsAppを介してであった。日本から1万キロメートル以上離れたケニアの人たちとWhatsAppで連絡を取り合うだけでなく、Zoomでのインタビューも実現したきっかけが、コロナ禍だったのである。

日曜礼拝のライブ配信

AIC Fellowship Eldoretでは、日曜礼拝を中心に、YouTubeとFacebookでライブ配信をおこなっている。このライブ配信を始める大きな契機となったのが、コロナ禍であった。人々は移動が制限され、教会に集まることもできなくなった。「信徒たちをおろそかにしたくない」との思いで、ごく限られた人がカメラの前に立ち、説教などをライブ配信することになったという。

それが、「コロナ禍後」の現在も続いている。業務用カメラ複数台を使って、壇上で話す人や手話通訳を教会内のモニタに投影するほか、教会の外に向かってもライブ配信する。20年前、壇上の牧師は、目の前にいる参列者に向かって語りかけていた。それがいまや、オンラインで参加している人たちに対しても、壇上から声をかけている。他方、ライブ配信中のチャット欄には、オンラインで礼拝に参加しているケニア国内外の人たちが自分の居場所(国名や地域名)を記していく。また、ある信徒によれば、教会に直接行けなかったときに、一つのスマートフォンの画面をそばにいる人と一緒に見ることで、共に礼拝に参加できたという。

複数台のカメラで礼拝を撮影している。画像の中央付近に写っているのは案内係。献金袋を持って待機している。

「遅れている」「進んでいる」という視点では見えないこと

ケニアでのM-PESAの普及や礼拝のライブ配信の話をすると、「ケニアは日本よりも進んでいるんですね」という感想を、驚きと自嘲の混じった顔で口にする人が必ず出てくる。「遅れている」などと言われると、まだまだ未熟な私はその言葉にだけ反応して、「(私の専門の)文化人類学では『遅れている』『進んでいる』とは言わない」などと返答してしまいがちだ。

しかし、冷静になって考えてみれば、「遅れている」「進んでいる」のではなく、「ケニアの人々のニーズに合うタイミングと形でディジタル・テクノロジーが普及した」に過ぎない。もちろん、ケニアにも、M-PESAにせよ、礼拝のライブ配信にせよ、何らかの理由でアクセスが難しい人は一定数いる。だが、ケニアの人々はそこで簡単に孤立したり置き去りにされたりすることはない。手を差し伸べる人がいたり、知恵と工夫で乗り切れたりする。

ディジタル・テクノロジーにアクセスできている人にとって、それが必ずしも万能ではないことも、今回の調査で窺えた。従来からのケニアの人々の生活様式や考え方とも関係づけながら、今後より深く掘り下げていきたいと考えている。

吉田優貴(よしだゆたか)
学部時代に文化人類学と出会い、大学院に進学後、ケニアの寄宿制初等聾学校や生徒の帰省先に住み込み現地調査を開始。2012年博士後期課程修了、博士(社会学)。現在、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所特任研究員/JSPS特別研究員。主著『いつも躍っている子供たち――聾・身体・ケニア』(風響社、2018年)。

2023年度助成 人文社会部門
「ケニアにおけるYouTube、M-PESAの活用による教会活動のリモート化と人々」
東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所
フェロー 吉田優貴

関連記事を見る


Warning: foreach() argument must be of type array|object, bool given in /home/xb894950/hbf.or.jp/public_html/wp-content/themes/theme/single-magazine.php on line 86

新着記事を見る

私たちについて

詳しく見る

財団情報

詳しく見る