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放送前日に容疑者逮捕─『未解決事件 File.04』が直面した現実

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【第15回】『未解決事件 File.04「逃亡犯へ 遺族からの言葉」』(NHK総合・2025年11月1日放送) 

(画像提供:NHK)

“事実は小説より奇なり”とはまさにこのこと。

2025年11月1日放送の『未解決事件 File.04「逃亡犯へ 遺族からの言葉」』で取り上げられる「1999年名古屋市西区主婦殺害事件」の容疑者が、なんと放送日前日の10月31日に逮捕されるという出来事が起こった。

番組関係者はさぞや驚愕したことだろう。しかし、視聴者にしてみればこんなにスリリングなことはない。

そもそも『未解決事件』とはどういう番組なのか。タイトルそのままに未解決の事件を取り上げ、当時の取材データや、新たに取材して得られた新事実をもとに、なぜ未だに解決に至らないのかを検証するものだ。2011年からNHKスペシャルで不定期放送していたが、今年10月からレギュラー化した。

(画像提供:NHK)

これまでに取り上げた事件は、「グリコ・森永事件」「オウム真理教/地下鉄サリン事件」「ロッキード事件」……と、いずれも世間を震撼させた衝撃事件ばかり。

この番組の特徴は、事実を追うドキュメンタリーパートと、人物の心情を描くドラマパートの二本立て(一部例外あり)だ。取材で得た証言や記録をもとに事件の輪郭を浮かび上がらせ、ドラマでその裏側の人間模様を描く。両面から立体的に描くことで、事件の実像に迫る。

レギュラー化以降も、「八王子スーパー強盗殺人事件」「北朝鮮拉致事件」「地面師詐欺事件」といった事件が取り上げられている。そして、この日、File.04「逃亡犯へ 遺族からの言葉」と題された番組では、全国の未解決となっている殺人事件378件(捜査本部が設置され時効廃止が適用された1995年以降の殺人事件)の中から、「名古屋市西区主婦殺害事件」(1999年)、「埼玉熊谷小学生ひき逃げ死亡事件」(2009年)、「別府引き逃げ殺人事件」(2022年)と、3つの事件を取り上げ、捜査がどこまで及んでいるか、遺族や被害者の言葉を伝え、埋もれていた情報を掘り起こしていった。

「名古屋市西区主婦殺害事件」被害者の夫・高羽さんがスタジオで語る様子
スタジオで語る「名古屋市西区主婦殺害事件」被害者の夫・高羽悟さん(画像提供:NHK)

いまから26年前の11月13日、愛知県名古屋市西区で発生したこの事件、被害者の夫・高羽悟さんは、事件後、事件解決につながればと、現場となったアパートを借り続け、これまでに支払った家賃は2,200万円以上にのぼるという。犯人は犯行時に負傷しており、玄関に残った血痕と足跡で、犯人は足のサイズ24センチのB型の女と判明している。警察はこれまでに知人を含む5,000人以上を事情聴取するも、事件解決には至らなかった。

名古屋市西区主婦殺害事件」被害者高羽さん家族写真
左から、被害者の高羽奈美子さん、息子さん、夫の悟さん。事件前に撮影された家族写真(画像提供:NHK) 

 

現場となったアパートの一室。事件後も高羽さんが借り続けた(画像提供:NHK)

事件発生当時、殺人罪の時効は15年だったが、高羽さんが殺人事件の遺族団体の中心メンバーとして、「時効制度撤廃」を訴え続け、その結果、2010年には刑事訴訟法が改正され、殺人罪の時効が撤廃されることに。妻を殺害された遺族の執念が実を結んだ。

事件が起きたのが11月。番組でも「毎年11月には報道の機会が増え、警察に1年でもっとも多くの情報が寄せられる」と伝えていた。テレビでの継続的な報道は、事件を風化させないことに一役買っている。

事件当時に警察が作成した似顔絵。先入観を与えるおそれがあるとして内部に留めていたが、2020年に公開された(画像提供:NHK)

逮捕の一報を受け、番組は迅速に動いた。放送当日まで取材と編集を敢行。画面の右上に「この事件の容疑者は10月31日に逮捕されました」というテロップを入れ、さらには、10月31日の愛知県警の会見の様子を挟んだ。
「本日、発生から約26年のときを経て、被疑者を殺人罪で通常逮捕いたしました。被疑者は名古屋市港区アルバイト安福久美子69歳」。犯人は高羽さんの高校時代の同級生で、みずから出頭したことが伝えられた。

容疑者逮捕を受け、既存映像の右上にテロップが加えられた(画像提供:NHK)

その翌日、つまり放送日当日には、番組スタッフが高羽さんの自宅を訪ね、取材を行っている。「いろいろお世話になりました」と高羽さん。「大変な1日でしたね」とスタッフがいうと、「今日も大変だし、明日も大変だし、あさってまた大変です」と語った。

放送当日、番組スタッフが高羽さんのもとを訪ね、話を聞いた(画像提供:NHK)

「全然、現実味がないので。それまで、こういう怪しいやつがいるとか……、ま、居ても警察は言わなかったでしょうけれども。(捜査員が)涙ぐみながら、『26年間、お待たせして申し訳なかった』と言ってくれたんで、ああやっぱりわかったんだと。犯人の名前を聞いてがっくりしました。ああこんなんだったらもっと早く自分が、この女性のDNAとってますかとかって、言ったほうがよかったかなという思いがします」と。犯人が逮捕された安堵の気持ちと、それが自分の高校の同級生だったという事実にまだ気持ちが追い付いていない、そんな感じが伝わってきた。

高羽さんが借り続けてきたアパートで、容疑者逮捕後に現場検証が行われた(画像提供:NHK)
記憶の風化と闘い続けてきた高羽さんの家族写真時計(画像提供:NHK)

取材と編集を重ね、新しい情報を入れて放送に間に合わせた番組制作者たちのプロ魂を賞賛するとともに、番組を通じての呼びかけが、新たな情報をもたらし、事件解決の手がかりとなればこんなにいいことはない。『未解決事件』は単に過去の事件を振り返る番組ではなく、テレビによる社会貢献の役割を担った、貴重な番組だ。


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プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

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