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2021年4月7日

津波避難アナウンスメントのありかたに関する研究
―宮城県石巻市での住民調査から―

毎日放送 アナウンスセンター 主事 福本晋悟

寄稿

 今後発生が心配される南海トラフ地震など、大津波警報発表時に放送局にできることは、速やかに開始する報道特別番組で正確な情報を迅速に伝えると同時に視聴者・聴取者(つまりは住民)に避難を呼びかけることである。
 かつてのアナウンサーは、極力落ち着いたトーンで避難の呼びかけを行っていたが、東日本大震災を踏まえて、2011年11月にNHKが方針転換し、避難呼びかけの表現を切迫感のある強い口調や命令調、断定調に改めた。その後、2012年12月7日の津波警報発表時にNHKのアナウンサーは、『東日本大震災を思い出して下さい』、『命を守るために一刻も早く逃げて下さい』などの文言を用い、切迫感のある強い口調で避難を呼びかけた。
 このようなトレンドは、他の放送局でも見られるようになり、「津波避難アナウンスコメント(呼びかけ文言)」の検討・改善が行われた。しかし、こうした改善策は、今のところ奏功しているともいえるが、印象論や「キャスターの力量しだい」という曖昧模糊としたところがあり、“こうすべし”という客観的な基準もデータも確立されないまま現在に至っている。そこで本研究では、津波避難アナウンスメントの受信者である住民(非報道従事者)を対象としたデータ採取をおこない、今後の議論の礎を構築することにした。

 まず本研究では、東日本大震災以後の津波警報発表時の放送で実際に使用されたアナウンスコメントを基本とした独自の「津波避難アナウンスコメント」を作成した。これを、東日本大震災後にNHKなどが採用している「切迫感のある強い口調」で筆者が読み上げて録音し、「津波避難サンプル音源」を作成した。読み尺は29秒である。

津波避難サンプル音源(クリックすると音声が2度再生されます)

〈津波避難アナウンスコメント〉
大津波警報が、岩手県・宮城県・福島県に発表されました。東日本大震災クラスの巨大な津波が来ます。非常事態です。 今すぐ逃げてください。 今避難すべき場所は、高台や津波避難ビル、津波避難タワーなど高いところです。 急いで逃げること!ただちに避難! 命を守るために、 ためらわずに避難をしてください。この放送を聴いたあなたが、まわりにも声をかけながら率先して避難をしてください。

 調査は、東日本大震災で市町村別犠牲者数が最多となった宮城県石巻市で津波避難を経験した住民10人を対象に、「津波避難サンプル音源」をどのように受け止めるかを調べる半構造化インタビューを実施した。なお、音源が震災当時や津波被害を想起させる恐れがあるため、調査前に倫理的な配慮を行なっている。音源聴取後、「津波避難アナウンスコメント」を10項目に分け、音源聴取後にそれぞれ「〇〇というコメントは心に響きましたか?」と尋ね,途中で思いついたことがあれば自由に回答してもらった。

インタビュー時の様子

 調査結果の大概であるが、「今すぐ逃げてください」と「東日本大震災クラスの巨大な津波が来ます」は、10人全員がポジティブな回答であった。一方で、ネガティブな評価を受けたアナウンスコメントの一例として「今避難すべき場所は、高台や津波避難ビル、津波避難タワーなど高いところです」が挙げられる。その理由は、ビルやタワーより高台が最善だとする意見と、石巻市域には該当するビルやタワーが少ないため、ビル・タワーの認知が住民に進んでいない事情があると述べられた。これは、地域性を考慮した内容でないと、具体性が奏功しない場合があることを示している。
 その他、インタビューの中には、4人が「(避難の際は)決して引き返したりしないこと」を、2人が「(避難の際は)海から遠くではなく高い所」という内容が重要だと指摘した。
 次に、避難を呼びかける「声」のありかたに対しては、4人が、声で危機感・緊迫感・緊張感を伝えることの重要性を指摘した。A氏は「それこそもう声が裏返りそうな勢いの喋り方というか、そこは喋る方の小細工なのか技なのか分かりませんけども、喋る方も危機感を持った喋り方をすると、感じてくれるんじゃないかなぁと思いますけどね」と答えた。B氏は「目安は緊迫感かな。緊迫感をどれだけアナウンサーさんが持ってやっているか」と回答した。G氏は「必死になって喋っていること。一生懸命になって呼びかけているように喋る声とか」。さらにH氏は「力強い言葉で発信することが大事なのかもしれません。緊張感を伝えるような声ですよね」と、いずれもアナウンサーの思いを声に反映することが重要であることを述べた。
 ところで、本研究で使用した音源の声は筆者自身であることから、ネガティブな意見を言いづらい環境だったかもしれない点は考慮しておく必要があるだろう。しかし、そのような中でもI氏は、津波アナウンスコメントの原稿を提示した後すぐに、「私なりに練習してもいいですか?」と、自分なりのアナウンスメントを実演してくれた。そして「少し間を開けた方がより伝わるかな」と提案した。同じくI氏は、「難しいね。人の命に関わることだから」と答えた。また、H氏は「その人の置かれた状況によって対応は違う。避難のパターンも色々ある」と回答し、J氏は「やっぱり色々な放送の仕方があるんですね」と、津波避難アナウンスメントを検討することの難しさを表明した。D氏は、アナウンスコメントについて「東南海地震(南海トラフ地震)がいつ来るか分からないから、ちゃんと準備しているんだなと心強く感じました」と述べた。
 研究成果のみならず、そもそもこのような調査をすること自体に、住民に防災や津波避難アナウンスメントを含む災害報道への関心を高める潜在的な効果があるのではないだろうか。従来どおりの放送局内での議論に閉じてしまうことなく、こうして住民(非報道従事者)と対話しながら、共に進めていくことの重要性・可能性を、調査を通じて改めて強く感じた。
 本研究では、調査対象者の人数に限りがあり、もちろん継続調査を予定していたが、2020年から現在(本原稿執筆時2021年3月)も新型コロナウィルス感染症拡大により、現地に赴いた調査を実施できずにいる。コロナ禍の収束後には、調査の範囲を広げ、年齢差や地域差などの属性の違いを踏まえた調査や、南海トラフ地震で“未災地”とされる地域での調査も検討したい。

 今年は、東日本大震災の発生から10年である。視点を社内に向けてみれば、震災当時はまだ報道従事者ではなかった若手も増えている。彼ら彼女らに対しては、例えば「東日本大震災のような津波」と、簡略な説明ではなく、甚大な被害をもたらす津波について1つ1つ詳しく丁寧に説明しようと心がけている。
 また、アナウンスコメントの改訂作業では、社内においても共に作り上げていく意識が重要だと考えている。つまり、ベテランなどの知識のある一部のメンバーで作業をするのではなく、若手から気軽に素朴な疑問やアイデアを発言してもらうことなどを通して、見落とされていたポイントやブレイクスルーが発見されるという実感である。緊急時に視聴者・リスナーに信頼される情報伝達の担い手になれるよう、今後も研鑽を重ねたい。

 最後になりましたが、調査にご協力いただいた石巻市の皆様と放送文化基金関係者の皆様に改めてお礼を申し上げます。今後も報道従事者としてだけでなく、自分に何ができるかを考えることを基本とし、理論と実践に基づいた「提言型災害報道」を目指して、微力ながらも自分にできることを1つ1つ行って参ります。

・平成29年度助成「大津波警報発表時の初動報道におけるアナウンサーの効果的な声とは」(毎日放送アナウンサー室アナウンス部 主事 福本晋悟)