HBF 公益財団法人 放送文化基金

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2021年4月1日

家庭におけるテレビ観視状況の調査研究
東京都市大学 教授 八木伸行

寄稿

 テレビには、最適観視距離があることを、ご存じだろうか。テレビ映像がベストな状態で見られるテレビ画面からの距離のことである。テレビ映像の視野角、観視距離、解像度などの設計パラメータは、人が感じる臨場感と実物感の観点から決定されている。現在の放送で一般的な2K(ハイビジョン)の最適観視距離は3.2H、すなわちテレビの画面高Hの3.2倍と、画面高を基準にした相対観視距離で規定されている。例えば、40インチのテレビだと、1.6mぐらいの距離で見るのがベストということである。しかし、日本の一般的な家庭では、この距離より遠い2.5mから3mぐらいの場所から見ている。この絶対観視距離は、日本のリビングのサイズの影響を受けており、長らく変化していないと言われてきた。ところが、大型テレビが安く販売されるようになり、売れ筋が50インチ以上になっている。最適観視距離は画面サイズの相対値なので、テレビが大きくなることにより、結果的に最適観視距離に近づいてきている。この状況を正確に把握することを目的に、放送文化基金の資金援助のもと、(一財)NHKエンジニアリングシステムと共同で調査研究を行った。
 このような調査を正確に行うためには、一般に、調査員が一般家庭を訪問して計測する必要があるが、この実地調査法は手間、コスト、時間がかかるため、調査世帯数は少なくなる。調査世帯数を多くとれる方法として、回答者に申告してもらうアンケート調査法があるが、データの信頼性が低いという問題がある。そこで今回は、新たな方法を考案することにより、アンケート調査並みの世帯数を対象に、コストを最小限に抑えつつ信頼度の高いデータを短期間で収集することに成功した。その方法は、調査世帯に測定キット(マニュアル付)を送付し、そのキットを使って測定してもらう方法である。キットに含まれる専用シートをマーカーとして椅子などの視聴場所に置き、キットに含まれる巻尺でテレビからの距離を測定する。その際、巻尺の始点を、キットに含まれる粘着フックで、テレビ端に貼り付けて、専用シートの上に延ばした巻尺のスケールを専用シート込みで写真撮影してもらう。そして、その写真データそのものを提出してもらい、我々が、その写真から目盛りを読み取ってデータ化した。また、測定状況がわかる部屋全体の写真と、テレビ設置場所、視聴場所を含む部屋全体の様子を記載した概略図の写真も提出してもらうことで、測定状況を明確化して、データの信頼性を高めた。テレビのインチ数についても、直接答えてもらう代わりに、テレビの型番の部分を写真撮影して、その写真データを提出しもらい、我々が型番を読み取って、正確なインチ数、パネルの種別を調べてデータ化した。調査は、住宅状況が類似した世帯を対象とするため東京23区内に居住の世帯に限定して、2018年10月に行った。提出された写真、図面を詳細にチェックし、指示通り実施していないと思ったデータは全て棄却した。これらにより、アンケート調査に比べ格段に信頼度の高い多くのデータが収集できた。分析に使用できた有効調査世帯数は296世帯であった。以降に、得られた分析結果の一部を紹介する。
 テレビのサイズに関しては、平均値37.4インチ、中央値は37インチであった。約10年前に他機関で行われた際のデータより7インチ程度大きくなっていた。調査世帯の12%を占める4Kに限ると、平均値50.2インチ、中央値49インチであった。サイズの全体平均は、2017年の出荷内訳に比べると小さい。今回の調査では、テレビの購入時期が3年以内のものは22%しかないので、今後、買い替えが進めば、平均値は更に大きくなる可能性は高い。従来、日本の家庭では、部屋のサイズの制約から大型のテレビの設置は進まないのではないかと言われてきたが、今回の調査では、買い替え前のテレビと同じ場所あるいは同じ部屋で、テレビのサイズを大きくした人が66%もいた。部屋のサイズが、買い替えの阻害要因とは必ずしもならないということである。
 相対観視距離に関しては、平均値5.1H、中央値4.8Hであった。6H程度あった以前の調査に比べ短くなっている。絶対観視距離は、大きく変わっていないので、テレビの大型化により、相対観視距離が短くなっていた。
 また、視聴形態による観視距離の違いについては、テレビを集中して見ている人の方が、ながら視聴をしている人よりも、0.8H程度、テレビに近づいて見ている傾向があることも分かった。また、データ放送、ハイブリッドキャストをよく使う人ほど、ネット動画をテレビ受像機で見る人ほど、0.5~1.0H程度、テレビに近づいて見ている傾向があることも分かった。インタラクティブ操作をよくしている人は、テレビに近づいて視聴しているようである。
 2Kのテレビシステムを実用化しようとした当初、カメラをできるだけ広角でフィックスにして撮影し、視聴者が見たい所に視線移動させて見るスタイルを想定した制作手法を指向していた。しかし、標準テレビから2Kへのマイグレーションのために、標準テレビとの一体化制作となり、見せたいものにクローズアップする標準テレビの制作手法が継承された。4K、8Kは、それぞれ、1.6H、0.8Hと、2Kよりもさらにテレビに近づいて視聴するように設計されており、より臨場感、実物感が味わえるようになっている。4K、8K放送時代に突入する今、相対観視距離がさらに短くなる可能性がある家庭状況を踏まえ、改めて撮影・制作手法を考える時期に来ているのではないだろうかというのが、本調査研究を終えた感想である。
 なお、調査結果の詳細は、以下に掲載されているので、興味のある方は見ていただければ幸いである。ネットで、無料で閲覧可能である。
N. Yagi, Y. Itou, S. Fujisawa: A Survey of Television Viewing Conditions at Home in Japan, ITE Transactions on Media Technology and Applications (MTA), Vol.7, No.3, pp.112-117 (July 2019)

・平成29年度助成「家庭におけるテレビ観視状況の調査研究」(東京都市大・NES共同研究グループ 代表/東京都市大学 教授 八木伸行)