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米ドラマ『Boston Blue』に見るテレビの再構築──続けることの力、変わることの勇気【長谷川朋子】

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #5

『BOSTON BLUE』より、主演のドニー・ウォールバーグ(右)とソネクア・マーティン=グリーン(左) @2025 Paramount Skydance Corporation

10月にカンヌで開催された世界最大級のコンテンツ見本市「MIPCOM2025」の開幕前夜、パレ・デ・フェスティバルの大ホールでParamount Globalがワールドプレミア上映を行ったのが、米CBSの長寿シリーズ『ブルーブラッド ~NYPD家族の絆~』から生まれた新作『Boston Blue』です。伝統的な警察ドラマの系譜を受け継ぎながら、現在の社会や価値観にどう向き合うのか――注目すべき作品となりました。上映前に主演のドニー・ウォールバーグとソネクア・マーティン=グリーンが語ったのは、テレビドラマという形式をいま再び信じようとする真摯な思いだったのです。

世界の視聴ランキング上位に入るドラマのスピンオフ

@2025 Paramount Skydance Corporation

日本でもHuluで全シーズンが配信されている米ドラマ『ブルーブラッド ~NYPD家族の絆~』ですが、15年にわたり放送されたこの長寿シリーズのスピンオフとして新たに開発されたのが『Boston Blue』です。舞台をニューヨークからボストンへ移し、多様な家族像と地域コミュニティを軸に据えた構成になっています。映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』などを手がけたプロダクションが制作し、長年続いたシリーズのDNAを引き継ぎ、現代の社会課題や価値観をアップデートした試みとして、注目すべき作品でもあるのです。

『ブルーブラッド ~NYPD家族の絆~』より、人気キャラクター「ダニー・レーガン」を演じたドニー・ウォールバーグ  @2025 Paramount Skydance Corporation

シリーズを手がけるCBSスタジオを傘下に持ち、国際配給を担うParamount Globalが掲げるのは、“クラシックな刑事ドラマを、いまの時代の鏡として再構築する”という明確なビジョンでした。MIPCOMカンヌの上映前のスピーチで、Paramount Global Content Distributionのプレジデント、リサ・クレイマー氏はこう語っていました。

MIPCOMオープニングで、作品上映前にスピーチするParamount Global Content Distributionプレジデントのリサ・クレイマー氏 © S. D’Halloy – Image & Co

「『ブルーブラッド』はいまも世界各国の放送視聴ランキングで上位に入り続けています。その成功の核にあるのは、信頼できる物語を作り続けてきたこと。そして、次の世代へそれをどう継承するかです」

その言葉どおり、本作は“継承と再生”をテーマに据えた作品です。そして、MIPCOMのオープニングにこの新作を選んだこと自体が、Paramountの自信の表れでもありました。

上映を前に、Paramountの巨大テントブースで主演のドニー・ウォールバーグとソネクア・マーティン=グリーンに直接お話を伺ったところ、二人の口から出たのは、まさに「継ぐこと」と「変わること」というキーワードでした。

ワールドプレミア会場前で並ぶ、主演のドニー・ウォールバーグとソネクア・マーティン=グリーン © 360 Medias

テレビドラマにある“安らぎ”を見直す

『ブルーブラッド』で15シーズンにわたりダニー・リーガン刑事役を演じてきたウォールバーグは、今回のスピンオフではエグゼクティブ・プロデューサーも兼ねています。同じ役名でボストンへ異動する設定ながら、単なる続編ではないことはこの発言からも明らかです。

「『ブルーブラッド』のDNAを保ちながら、違う生命を吹き込むことが目的でした」とウォールバーグは語ります。「家族、信仰、伝統――この3つは変わりません。でも物語を通じて、時代の“呼吸”を映すことはできるはずだと思ったんです」

隣でうなずいていたマーティン=グリーンは、『Star Trek: Discovery』で知られる俳優です。往年の名作を新しい形でよみがえらせた経験を持つ彼女が、今作ではボストン市警の刑事リナ・シルバー役を演じます。ダニーとリナはボストンで“コンビ”を組み、互いを尊重するところから物語が始まります。

「このシリーズに参加してまず感じたのは、家族や信頼といったテーマの“普遍性”でした。でも、それをどの街で、どんな関係性の中で描くかによって、見え方はまったく変わるんです。ボストンという街には、思っていた以上に“人を受け入れる”空気があって、しっかりとしたコミュニティが息づいています。伝統の中に“再生”の匂いがあるんです」

ボストンを舞台にした必然性は、ウォールバーグ自身も個人的な結びつきを感じていたようです。

「ボストンは僕の故郷なんです。この物語にぴったりだと思いました。ボストンでニューヨーカーを演じるというアイデアにも、少しワクワクしたんですよ。二つの街は仲良くしているばかりじゃないからね。でも、それも含めて魅力的だと思った。そして、ボストンをテレビであまり描かれてこなかった形で紹介できるのも嬉しかったです」

一方で、故郷を描くというのは懐かしさではなく、問い直しでもあるのかもしれません。どんな街にも光と影があります。それをドラマという形で見つめ直すことは、テレビドラマが“続いていく理由”を改めて考えるきっかけになります。この考えをウォールバーグに伝えると、彼もうなずき、続けてこう語りました。

「連続ドラマで視聴者が期待するのは一貫性だと思います。金曜の夜10時にテレビをつけて『Boston Blue』を見る時、馴染み深い何かが得られることに安心感を持ってくれているのだと私は思うのです。人生で様々なストレスを抱えるなか、テレビをつけて知っているものを見られるのは、ある種の安らぎになるはず。驚きはあるけれど、同時に親しみも得られることに強く惹かれるのです。そこにテレビドラマの価値があると思っています」

“続ける”ことの意味、テレビのこれから

ワールドプレミア上映後に行われたQ&Aに登壇した、ドニー・ウォールバーグとソネクア・マーティン=グリーン © S. D’Halloy – Image & Co

ワールドプレミア上映後に行われたQ&Aに登場した二人は、関係性の深さが改めて印象づけられました。互いの言葉を補い合うように話す姿からは、ドラマの現場そのものに通じる信頼感が伝わってくるようでした。

マーティン=グリーンが「この作品は、登場人物たちが争うよりも“理解し合う”ことから始まるドラマです」と語ると、ウォールバーグはうなずきながら「彼女のその解釈が脚本に新しい息を吹き込んだ」と続けます。

二人の対話を聞いていると、このドラマが単に人気シリーズの延長ではなく、継承を前提にしながら“対話と共感”を描こうとしている作品であることがよく分かります。

シリーズの今後について尋ねられると、ウォールバーグはこう答えました。

「ニューヨークとボストン、二つの物語をまたぐ構想があります。両方のキャラクターが行き来する計画も進んでいる。成功すれば映画だってできるかもしれません」

Q&Aセッションで発言するドニー・ウォールバーグ © S. D’Halloy – Image & Co

ウォールバーグの言葉に象徴されるように、『Boston Blue』は“続編”というより、テレビドラマという形式そのものをもう一度立ち上げ直す試みです。今年のMIPCOMではYouTubeが初めて公式スポンサーとなり、コンテンツの多様化と視聴スタイルの変化が加速していることが象徴されました。その中でParamountが選んだのは、長く視聴者に愛されてきた物語をもう一度“再起動”させることでした。それは、テレビドラマを続けていくうえでの一つの答えを示しているように感じます。

Paramount Globalのリサ・クレイマー氏が語った「信頼できる物語を作り続けてきたことが成功の核」という言葉は、その確信を裏づけるものでもありました。伝統を継ぎながら変わること――テレビドラマはいま、再び“安らぎ”と“共感”を生み出す場として、その存在意義を問い直す時にあります。

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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川 朋子 (はせがわ ともこ)
ジャーナリスト / コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──コラム、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

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