助成

寄稿

戦後80年 鹿児島で考える―特攻の記憶と戦争の伝え方【KKB鹿児島放送 軸屋忍】

2024年度助成 イベント事業(後期)

戦争を「知る」から「感じる」へ―鹿児島での試み

太平洋戦争末期に特攻基地が集中していた鹿児島で、市民とメディアが特攻や戦争の歴史に向き合い、それぞれの思いを伝え合えたら――。8月17日、鹿児島市のカクイックス交流センターで開催した「戦後80年企画ワークショップ 若者とメディアは戦争をどう伝えるか」は、そんな漠然とした思いつきから始まった。

戦後80年企画ワークショップポスター

春先に、まず事業の主体となる「戦争と平和語り継ぐワークショップ実行委員会」を鹿児島放送に立ち上げた。報道情報センターシニアで制作畑が長い原之園幸太郎君を相棒に、かつて新聞社で同期入社だった中央大学の松野良一教授(メディア論)、NHKスペシャル『一億特攻への道 隊員4000人 生と死の記録』で反響を呼んでいたNHKエンタープライズシニア・プロデューサーの大島隆之さんが全面協力してくれた。

鹿児島県内ではこの夏、特攻を題材に演劇や落語など、様々なコンテンツがプロ・アマ問わず市民の手で上演された。体験していない戦争をどう語り継ぐのか、作り手たちも試行錯誤しながら挑戦している。ワークショップは、作り手たちへのインタビューと討論をメインに、市民とテレビメディアの2部制とした。結果として、高校・大学生、県内外のテレビ局、新聞社のメディア関係者、一般まで延べ150人の方に参加いただいた。

討論に聞き入る参加者

演劇・小説を通して戦争の記憶に触れる

第1部は「私たちは戦争、特攻の歴史を鹿児島から伝える」と題し、特攻作戦に翻弄された人々の戦争体験を演劇や小説で伝えた3人のインタビューから始まった。

最初の登壇者は、南九州市で活動する「劇団いぶき」の脚本・演出担当、朝隈克博さん。劇団いぶきは8月、実在する特攻隊員・穴澤利夫大尉と婚約者の智恵子さんが主役の演劇『見上げる空の彼方に』を公演した。特攻をテーマにした舞台は初めてである。朝隈さんは元知覧特攻平和会館館長。「知覧の劇団だから特攻をやるのは安易な発想。自分の価値観に落とし込むことは避けてきた」と語る。今回は「若い世代にも伝えよう」と、穴澤さんと智恵子さんの日記や手紙に触れ、深い衝撃を受けた体験を知ってほしいと考えた。「好きな人と人生を生きていきたいと思うのはどの時代も同じで、いまの若い人たちの恋愛と変わらない」と話す。

2人目は県立伊集院高校演劇部顧問の上田美和教諭。3年前、出撃した特攻機が鹿児島県三島村の黒島に不時着し、島民たちが重症の特攻隊員を必死に介抱して生還させたという説話に基づく『See you tomorrow』を制作した。上田教諭は「特攻隊員は死を意識する極限状態にあり、人間の弱さや葛藤が現れる。生徒にとって演じるのは精神的にきつい。しかし、生徒たちは特攻兵の苦しみを演じることで戦争を学ぶ」と語った。

第1部でインタビューに答える上田美和さん   

3人目は鹿児島市出身で、現代の女子中学生が戦時中にタイムスリップして特攻隊員に出会う恋愛小説『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の作者、汐見夏衛さん。2023年に映画化された本作は大ヒットした。汐見さんは元高校教師で、「特攻や戦争の歴史に関心を持ってもらうきっかけになれば」と小説を書き始めた。「興味や知識の少ない子どもたち向けの入門編」として、新作も発表している。

会場には高校生や大学生ら若い人も多く、女子大学生は「演劇や小説、ドラマ、ドキュメンタリーを通して戦争や特攻の悲劇を感じ取ることができる。それがとても大切だと思いました」と感想を述べた。

最後に、ノンフィクション『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』を書いた作家・演出家の鴻上尚史さんのインタビューも行った。特攻作戦に翻弄された人々の体験を深く掘り下げ、戦争という極限状況で「生きる」ことの意味を問いかけている。

テレビドキュメンタリーを通して考える 戦争の伝え方

第2部のテーマは「戦争を伝えるテレビドキュメンタリーのいまとこれから」。NHKエンタープライズシニア・プロデューサーの大島隆之さんが基調講演を行い、自身の番組制作の足取りをたどり、特攻取材の経験談を披露した。

第2部トークセッション「ドキュメンタリー制作の現場から考える」  基調講演の大島隆之さん

『一億特攻への道』の制作では、時間と労力を惜しまず、特攻隊員の本籍地マップを作り、本人や遺族にインタビューを重ねたという。東日本大震災の取材では、メディアの無力さを痛感し、被災者に搾取者と思われない取材の姿勢を模索してきた。5年後、10年後を見据えた取材の重要性も語った。

続くトークセッションでは、松野良一教授(中央大学)や山口朝日放送エグゼクティブプロデューサーの高橋賢さんと議論。松野教授は、特攻で亡くなった中央大学の先輩たちの軌跡を調査するプロジェクト「特攻と中央大学 記憶を後世に」の成果や課題を報告。高橋さんは戦争や安全保障のドキュメンタリー作品を紹介し、「戦争体験者がいなくなっても、伝える人がいれば伝わる」と力強く語った。

第2部トークセッション 左から 大島さん、高橋さん、松野さん

鹿児島放送は昨年末、トークセッション「語り継ぐ戦争と平和 特攻出撃から80年」の動画配信も実施。知覧特攻平和会館で中央大学松野ゼミと伊集院高校演劇部が対話した内容を、地上波でも再編集して放送した。今回のワークショップは10月からYouTubeで配信されており、ぜひ視聴いただきたい。

トークセッション動画配信
プロフィール

軸屋忍(じくや しのぶ)
鹿児島放送 取締役相談役
法政大学卒業後、朝日新聞社入社。長崎、那覇支局、西部本社報道センター、社長室などを経て、鹿児島放送へ。この間に沖縄タイムス社、テレビ朝日に研修出向。自然災害や太平洋戦争、日米安保、公共事業、世界自然遺産などを取材。今年6月まで代表取締役社長。11月9日に鹿児島大学で気候変動適応シンポジウム2025「激変する地球気候 私たちはどう向き合うか」を開催予定。

2024年度助成 イベント事業(後期)
「若者とメディアは戦争をどう伝えるかを考えるワークショップ」
戦争と平和語り継ぐワークショップ実行委員会
委員長 軸屋忍(鹿児島放送)

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