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アニメ『映画 えんとつ町のプペル』復活のカギは「カナリア諸島」との協業にあり? 【長谷川朋子】
連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #3

興業収入27億円、200万人近い観客動員数を記録した2020年公開の長編アニメーション『映画 えんとつ町のプぺル』が復活します。世界観の表現力に目を見張るものがある本作。2026年春公開予定の続篇はさらに表現技法を追求するため、国際的なアニメーターを集結させてジャパンアニメの限界を突破する試みが行われたというのです。精鋭クリエイティブ集団STUDIO4℃が仕掛けた製作体制が作品への期待を膨らませます。
大前提として『えんとつ町のプぺル』の知名度は圧倒的に高いことは確かです。お笑い芸人の西野亮廣(キングコング)さんが手掛けた絵本を原作に、西野さん自ら製作総指揮・脚本を務め、前作の公開時は賛否両論で、多くの人に話題になりました。ただし実力を持つ作品であることは否定できないはず。幻想的かつレトロモダンの世界観が繊細なタッチと映像美で描かれています。

続篇も高度な3Dアニメーション技術力で勝負します。今作は、19年に発売された絵本「チックタック 約束の時計台」を原案に、STUDIO4℃が再びアニメーション製作を担当し、前作に続き廣田裕介監督がメガホンをとります。
舞台は前作『映画 えんとつ町のプペル』から1年後のハロウィンの日。青空を取り戻し、活気あふれるえんとつ町で、主人公のルビッチは友だちのプペルを失った喪失感から抜け出し、次の一歩を踏み出そうとする物語が始まります。ネズミに誘われて、不思議な世界へと迷い込み、そこで繰り広げられるのは新たな大冒険。新たな相棒との出会いもあります。
水面下で準備を続けてきたという西野さんは「『今の時代にこの物語を届ける意味』、そして『その表現が映画でなければならない理由』に真摯に向き合い、この作品に人生を賭けて取り組んでいきたい」と、公式コメントを発表しています。
今回の作品も西野さんの原体験が基本になっているのだそう。「20代前半に体験した“遠くへ行ってしまい、もう帰ってこなくなった友人を、ただただ待ち続けた日々”。あの日の記憶を掘り起こしながら、この物語を書きました」と語っています。
西野さんの描き下ろしイラストを使用したムビチケカードが予約販売されると、既に8万枚以上、売れているのだそう。STUDIO4℃の創立者であり代表の田中栄子プロデューサーは「作品はほぼ完成しています。成功する自信がある」とも言い切っています。
確信する根拠の1つに国際的な製作チームの存在があります。田中プロデューサーがスペインのカナリア諸島を訪問したことがきっかけとなって、日本とカナリア諸島による初の共同製作チームが結成されたのです。
税金優遇措置が確立されたカナリア諸島
完成間近の『映画 えんとつ町のプぺル』続篇の製作裏話は、7月15日に駐日スペイン大使館で行われた「カナリア諸島州政府オーディオビジュアル業界セミナー」に田中プロデューサーが登壇し、明かされたものです。
カナリア諸島州政府が国際共同製作を推進するプロジェクトの一環で2022年、田中プロデューサーがカナリア諸島現地にある複数のアニメスタジオを訪れた際、日本人のクリエイター四角英孝さんに出会ったそう。STUDIO4℃にとって海外との共同製作はそれまで経験がなかったものの、この縁が新たな座組へと繋げていきました。
「作画のようなタッチで3Dアニメーションを製作することを目指そうと続篇の企画を立ち上げたタイミングでした。四角さんと話し合ううちに“テネリフェ島で作れたら最高だよね”と盛り上がり、チームを作ってスタートすることになったのです」
四角さんはCGアニメーションのエキスパートで、長年にわたり欧米を拠点に活躍する人物です。ウォルト・ディズニー・スタジオに在籍中は世界的ヒット作『塔の上のラプンツェル』の製作に携わっていました。
現在はカナリア諸島のテネリフェ島で設立したスタジオノワケの創業者兼CEOとして活動し、Netflixのヒットアニメ『ラブ、デス&ロボット』(シーズン1/エピソード3)が代表作の1つ。韓国ポン・ジュノ監督とタッグを組み、2027年に公開予定のアニメ映画の製作も進めています。
業界セミナーのために帰国した四角さんも登壇し、当局と共に映画、ドラマからアニメ、ゲームまで映像コンテンツ製作のための税金優遇措置が確立されたカナリア諸島についても紹介していました。カナリア諸島では海外作品でも条件を満たすと、製作費の約45~50%にあたる還付を受けることができることから現在、ヨーロッパ諸国から小中規模のスタジオが集結し、産業エコシステムが形成されつつあるというのです。カナリア諸島で製作される映画作品は毎年平均160作品以上、アニメ・ゲームスタジオの数は50社以上に上ります。

こうした製作環境が後押ししながら、STUDIO4℃とスタジオノワケの協業は、日本とカナリア諸島が組んだ先駆けの事例として進められていったのです。
個性豊かな新キャラクターが続々と登場する続篇
スタジオノワケが主に担当したのはキャラクターのリギングやモデリング。こうしたプロジェクトは人集めが最も苦労するものの「“日本のSTUDIO4℃製作の新たな作品が立ち上がる”と声をかけると、すぐに世界中から優秀な人材が集まりました」と話す四角さん。
かつてスタジオジブリで『となりのトトロ』『魔女の宅急便』のラインプロデューサーを務めた田中プロデューサーが立ち上げ、『火の鳥 エデンの花』など作品クオリティの高さに拘ったSTUDIO4℃のプロジェクトに関わりたいと思うのは当然なのかもしれません。スペイン、フランス、ブラジル、そして日本というまさに国際色豊かなチームです。
『映画 えんとつ町のプぺル』続篇はイマジネーションの世界が広がり、新しく登場する異世界では個性豊かな新キャラクターが続々と登場するそうです。メインとサブキャラクターの数は32に上り、バックグラウンドキャラクターは70近く。その数だけで圧倒されます。
注目キャラクターの1つが主人公のルビッチのバディとなる「モフ」と呼ぶ猫キャラクターで、ルビッチと共に「千年砦」という場所に向かいます。普通の猫のように動いたり、時に人間のように二足で立ったりと、その切替えのために新たに技術開発を行うほどの力の入れよう。四角さんの言葉からもそれが伝わってきます。

「モフはすごく太った猫。突然、お肉を持ち上げて走ったり、四つ足でパッと逃げたりする描写を繊細な2Dのラインを活かしつつ、3Dに落とし込んでいきました。STUDIO4℃と話し合いながら、微調整を繰り返し、苦労しながら1年がかりで作り上げました」
実際のモデリングの作業の一部も披露され、モフが愛くるしい憎めないキャラクターであることは一目瞭然。ルビッチの物語を彩ってくれそうな存在です。息が吹きこまれたように動き回り、感情を揺さぶられるキャラクターを徹底して作り上げる過程は作品の成功へと導くカギとなります。ジャパンアニメーションの強みとも言えます。今回はさらに日本と世界のアニメクリエイターの技術力を結集させることで、表現力の広がりが期待できます。
国内でヒットし、海外でも評価を受けた前作の勢いを借りるだけでなく、国際共同製作という新たな取り組みにもチャレンジする姿勢は作品そのものの可能性もきっと広げるはずです。
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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。
著者・プロフィール

長谷川 朋子 (はせがわ ともこ)
ジャーナリスト / コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。
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