HBF CROSS

コラム

連載

2013年『R-1ぐらんぷり』の三浦マイルドの今に仰天! 第24回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品『笑いと償い マイルド故郷に帰る ~認知症の母が教えてくれたこと~』(テレビ新広島・8月4日放送)

▶▶▶ 『日日是てれび日和』──気になる番組を読み解く週一コラム 【第2回】 桧山珠美

番組は三浦マイルドが、ピン芸人の日本一を決める大会2013年『R-1ぐらんぷり』(現在の『R-1グランプリ』)で優勝した際の華やかなステージから始まる。

ネタは「広島弁講座」。「今日、この講座を通じまして、広島弁が素朴で可愛らしい言葉だということを皆さんに知っていただきたいと思います」。柔和な笑顔で観客に語りかけ、フリップをめくる。と、そこには荒々しい手書きで書かれた「おどりゃあ」の文字が……。同時にさきほどの優しい表情から豹変。映画『仁義なき戦い』のようなアウトロー口調で「おどりゃあ~」と叫ぶ。再び柔和な口調に戻り、「この『おどりゃあ』は、君、あなたの意味ですね」とレクチャーする。そのギャップで笑いをとるものだ。

三浦マイルドは、このネタで決勝ブロックを勝ち抜き、「道路交通警備員のニシオカさんのコメントを紹介するネタ」で最終決戦を制覇。見事、『R-1ぐらんぷり』に輝いたのだった。

『R-1ぐらんぷり』優勝という栄光一転。画面には、もので溢れ返ったような台所の床を、腰をかがめて拭く中年男性の姿が映し出される。「漏らしたんじゃないか」と呟く男性。そこに、「三浦健一さん(47)」のテロップと、「本名、三浦健一さん」のナレーションが重なる。

「お母さん、ズボン気持ち悪くなあい? 履き替える? お母さん、漏らしてなあい? 新しいズボンあるよ」と奥の部屋に話し掛ける三浦マイルド。足の踏み場もない和室には布団が敷かれ、そこには彼の母親が寝ていた。

「日本一のピン芸人となった三浦さんは今、母親とふたり、広島の実家で暮らしています」とナレーション。彼は2年前(2023年)に認知症と診断された76歳の母を介護するため、2024年2月、東京の家を引き払い、故郷の広島県江田島市へと活動拠点を移した。母子家庭で育った一人っ子の彼は、お笑いの道に魅せられ、母親の反対を押し切って上京した経緯がある。

「母が拒絶というか。これはしたくない、あれはしたくない。ヘルパーさんとかもあんまり頼りにしたくないとかって言って、母の要望を極力聞いてあげるようにしているんですけど、もうちょっとなんかうまいやり方があるんじゃないかとかね……。わからないですねえ。何が正しいのか。正解がないというか……」。

「姥捨て山に母親を捨てたような罪悪感、それを心の中に閉じ込めて(芸人)活動をしていた」と三浦マイルド。今、母の介護をしているのは、その「償い」だと言う。母の理不尽に腹を立てることもなく、甲斐甲斐しく介護する姿の裏には、そんな思いがあったのだ。

番組後半には、地元のお笑いライブでステージに立つ息子の姿に誰よりも長く拍手を贈る母。帰りの車のなかで、「お母さんどうじゃった?」と訊かれて、「うん、楽しかったよ。一生懸命やりなさったもんね。また呼んで貰えるように一生懸命しんさいね。来年も再来年も呼んで貰えたらええね」。息子を思う母の言葉に涙が止まらなかった。

2040年には65歳以上の高齢者3人に1人が認知症かもしくはそれに近い症状が出ると厚生労働省が予測。ここに映された現実は決して他人事ではない。離れて暮らす親の介護をどうするか。三浦マイルドはあなたですと突きつけられたかのような、自身の未来や家族の在り方を考えさせられた。そういえば、最近、テレビで三浦マイルドを見なくなったと思ったが、彼が今、こんな状況になっていたとは知らなかった。人知れず、こんな葛藤を抱えていたのか、と。

広島カープ好きの母のおかげでカープネタが出来て、地元での仕事も増えてきたという三浦マイルド。とはいえ、介護の現実は厳しく、もっと行政やヘルパーの力を借りたほうがいいのでは、とも思う。彼が言うように「正解はない」のかもしれない。

超高齢社会の日本で、認知症の親やパートナーをどう支えていくか。ひとりの芸人の密着ドキュメンタリーは、そんなことを考えるきっかけを与えてくれたと同時に、母と息子の絆の深さ、親子愛を描いた物語として心に強く響いた。三浦マイルド、ファイト!

▷▷▷この連載をもっと読む 
【第1回】予測不能な生放送の魅力炸裂!『平野レミの早わざレシピ! 2025夏』(NHK総合・7月21日放送)


プロフィール

桧山珠美(ひやま たまみ)
HBF MAGAZINEでは、気になるテレビ番組を独自の視点で読み解く連載『日日是てれび日和』を執筆中。
編集プロダクション、出版社勤務を経て、フリーライターに。
新聞、週刊誌、WEBなどにテレビコラムを執筆。
日刊ゲンダイ「桧山珠美 あれもこれも言わせて」、読売新聞夕刊「エンタ月評」など。


“HBF CROSS”は、メディアに関わる人も、支える人も、楽しむ人も訪れる場所。放送や配信の現場、制作者のまなざし、未来のメディア文化へのヒントまで──寄稿、インタビュー、レポートを通じて、さまざまな視点からメディアの「今」と「これから」に向き合います。

関連記事を見る

私たちについて

詳しく見る

財団情報

詳しく見る