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是枝監督が語る「今、残したいテレビドラマ」、短編映画『ラストシーン』にあるヒント 【長谷川朋子】
連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #2

是枝裕和監督最新作の短編映画『ラストシーン』がYouTube上で公開されています。全編iPhone 16 Proで撮影されたAppleのキャンペーン企画として扱うにはあまりにも価値が高いもの。舞台の鎌倉の景色を新鮮に映し出し、何気ない日常を切り取る是枝節が発揮されています。淡く切ないラブストーリーの中で、地上波テレビドラマ存続の危機をフックにした遊び心もあります。是枝監督が今、“残したい”と思うものが実は詰まっているのです。
「民放の地上波からドラマが無くなるの」
短編映画『ラストシーン』の冒頭、未来からやってきた若い女性が屈託なく語る台詞です。ゴシップどころか、ガバナンス不全の問題に発展する昨今のテレビ業界の危機感を煽っていると思うのは野暮なのかもしれません。愛情のあるブラックユーモアとしてクスっと笑うのが正解です。テレビドラマが消えてしまう未来を変える物語が始まります。
鎌倉を舞台に是枝監督初のタイムトラベル・ラブストーリーというのも興味を抱かせます。流行りのタイムトラベルものに加えて、是枝作品では珍しいまさかの恋愛です。iPhoneのみを使って写真や映像を撮影するAppleのキャンペーン「iPhoneで撮影 ー Shot on iPhone」の⼀環で作られたわけですが、鎌倉の映える風景に、恋人同士の甘いストーリーが展開されるだけの作品ではないことは確か。
「未来に何が残り、何が消えるのか」をテーマに、主人公のテレビドラマの脚本家・倉田と50年後からタイムトラベルしてきた由比が、ドラマのラストシーンを共に書き直すことになる話の中で心の結びつきを作るものです。何気ない日常を切り取ったような会話劇が続き、2人の選んだ未来に思いを馳せることができます。

役者も揃っています。主人公の倉⽥を演じるのは人間味あふれる演技で魅せる仲野太賀です。NHK連続テレビ⼩説『⻁に翼』ではヒロインの夫役、ディズニープラスのドラマ『拾われた男』では原作者で俳優の松尾諭をモデルにした主演を務め、その実力は確実に証明されています。2026年のNHK⼤河ドラマ『豊⾂兄弟!』の主演に抜擢されてもいます。
由比を演じる福地桃⼦も強い印象を残す俳優です。NHK連続テレビ⼩説『なつぞら』の⼣⾒⼦役で注目を集め、是枝監督が総合演出したNetflixシリーズ『舞妓さんちのまかないさん』ではつる駒役で爪痕を残しています。

この実力派の2人に加えて、脇を固める演者に⿊⽥⼤輔、リリー・フランキーがいます。また製作陣は是枝監督作品常連の写真家の瀧本幹也が撮影監督を務めています。 iPhone 16 Proのカメラのみで撮影されたことにただただ驚く27分間の短編映画なのです。
Appleでテレビドラマを題材にした真意を考える
本作をiPhone 16 Proで全編撮影したことについて語った是枝監督の公式コメントからはスタンスを貫く考えが伝わってきます。
「⾃然でありのままの映画にしたいと思い、本当に、⽇常⽣活の中にあるつかの間の瞬間、当たり前だと思っている⼤切なものを撮影しました。私は、登場⼈物たちがレストランから鎌倉へ、そして観覧⾞へと向かう、穏やかで、温かい⼈間性あふれるビジュアルを⼼に描きました。iPhoneのカメラ機能のおかげでストーリーに深みが出て、普通のものが特別になりました」

作品全体を通じて「温かい人間性」を映像に乗せた印象が強い一方で、テレビドラマを題材にした真意が気になったのも事実です。その答え合わせができたと思ったことが実はありました。是枝監督が2025年6月8日開催の放送文化基金助成事業「第5回北海道ドキュメンタリーワークショップ」に登壇した際、テレビドラマに関する原体験を語っていたのです。
幼少期の頃、かつて「東芝日曜劇場」と言われていた現在のTBS「日曜劇場」の前身の枠を毎週楽しみに視聴していたそう。
「『東芝日曜劇場』が大好きな小学生だった。相当変わった小学生だったと思います。ドラマが好きだったので毎週見ていたんですが、その中で時々、他の回とは違うタイプの単発ドラマが放送されていたんです。今でもパッと思い浮かぶのは『ばんえい』というタイトルのドラマ。ばんえい競馬を題材にしたもので小林桂樹、八千草薫が夫婦役。反抗期の子どもとのいざこざなんかが描かれていて。
なんで印象に残ってるかっていうと、馬。こんな馬を見たことないなって、子ども心にそう思って。何が凄いのか当時はわからなかったけれど、馬のいななきとか、形とか強烈に描かれていると思ったわけです。その頃僕も反抗期だったので、もちろんテーマそのものも気になったのですが、とにかく何か違うドラマだなと思ったんです」
後にそれが倉本聰脚本のドラマであると気づいたことを感慨深げに話してもいました。是枝監督に影響を与えたとも言えるこのドラマはHBC北海道放送制作で1973年に放送されたものでした。
「無駄だと思われることに敢えてこだわりたい」

是枝監督が登壇したワークショップそのものが道内のテレビ局が横並びで取り組んでいるもので、地元発ドラマを話題にしたことは意図的な部分もあったのかもしれません。ただし、テレビが厳しいと言われる今、敢えて自身の原点を語った意味はありそうです。
というのも映画『ラストシーン』で主人公の倉田が「テレビドラマは作品じゃない、商品だ」と自虐的に話す台詞があり、これこそ逆説的な意味を含んでいるからです。この後、まさにテレビドラマを未来に残すために発想を変える会話が続きます。
是枝監督に直接聞いた話からもそんな視点がありました。
「たとえば、制作会社は大変ですかって言われれば大変だけれども、チャンスですかって言えば今はチャンス。今は出どころが山ほどあるし、才能のあるクリエイターにとって決して逆風だけではないという話を制作会社のディレクターやプロデューサーにはします。テレビ局もメディアのアイデンティティが揺らいでいる時でさえ、面白い作り手が出てくるわけだから、それをチャンスと捉えるしかないじゃない」
映画を撮る理由も同じ。「今、映画である必要がなくなってきているなかで、映画館という場所だったり、フィルムで撮るっていう行為だったり、そういう無駄だと思われることに敢えてこだわってみようかなと」
意外だったのは、「配信はしばらくやらない」という発言でした。「(配信の)予算は大きいし、スタッフを育てられるメリットはあるけれど、毎週1話ずつできる地上波の連ドラの方がよほど好き。配信はゴールが見えない。だから、しばらく映画しかやりません。とりあえず今やろうと思っているものは制作費も集められているので」と言い切り、走り出している様子です。
『ラストシーン』の劇中と重なるようでもあるのです。それは倉田が由比とドライブ中、くるりの「ばらの花」の歌詞に合わせて「安心な僕らは旅に出ようぜ」と意気揚々と口ずさむシーン。前を向くことで、未来に残せる価値があることを伝えているように思います。
連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む
多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。
著者・プロフィール

長谷川 朋子 (はせがわ ともこ)
ジャーナリスト / コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。
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