放送文化基金賞
【第51回放送文化基金賞】ラジオ部門 選考記
ラジオの本当の罪
金田一秀穂
ここ数年で最も刺激的な数十秒の音源が放送された『ラジオと総動員帝国』が優秀賞に選ばれた。戦時中の神風特攻隊員の、遺言と銘打たれた出撃前のホンモノの声である。声が震えたり、無理やり力をこめたり、その気配が十二分に伝わる。否応なしに引き付けられる。ラジオの力である。
令和の時代のラジオ制作者たちは、せっかくの貴重な放送素材をどう料理するのか。ラジオが政府の圧力に屈して無理やり戦争の協力をさせられた。と言う。今までも数万回聴いたことのある「反省」の弁である。軽々しい「反省」を口にする態度こそが、戦争という犯罪をはぐくんだ温床になっているのではないか。令和のいちおう自由にモノ言える時代にあって、今までとは異なる工夫があってしかるべきではなかろうか。あの当時と同じように、世間に迎合するのではなく、独自の批判精神をもってしっかりと良識を示すべく、より鋭い深い分析が望まれる。
奨励賞は『ドンとモーグリとライオンと』。同じくアーカイブもので、アンパンマンという知る人ぞ知るやなせたかしの深いヒューマニズムに根付いた物語が、元をたどれば日々の時間に追われるラジオドラマによって芽吹きはぐくまれたものであるということが発見された。しめきりに忙殺されるラジオの作り手に勇気をもたらす嬉しい番組だった。
最優秀賞は『20年目』。冤罪被害者の西山さん自身の声、悲劇的な状況の中、救いをもたらした井戸弁護士の声。巧みな構成とホンモノの声が一体化して、ラジオの力を最大限に発揮した。
本当のこと
小島ゆかり
本当のこととは何か。時代が移り、わたしたちをとりまく情報のあり方は変化しても、さまざまな力によって情報は操作され、また不当に捻じ曲げられる。わたしたちが知っているのは本当のことなのかどうか。また知るべき本当のことは何なのか。
最優秀賞と優秀賞の作品はいずれも、この問題に取り組んだ圧巻の番組である。さらに、優秀賞と奨励賞の作品は、放送100年(昭和100年)記念として、貴重なアーカイブの音源を発掘、再生した意欲作である。
『CBCラジオ特集「20年目」』(CBCラジオ)は、再審無罪判決を受けた西山美香さんの事件を、本人の声による手紙の朗読によって、ラジオならではの迫力で伝えた。事件の経緯を遡りながら、本当のことはどのように捻じ曲げられたのか、そして本人や両親、新聞記者、弁護士らが、本当のことのためにどのように力を尽くしたのか。感動のドキュメンタリーであると同時に、再審法改正への強いメッセージとなり得た。
『放送100年特集 ラジオと総動員帝国〜旧満州の放送音源が問いかける“教訓”〜』(NHK)は、戦場へ向かう人の遺書朗読や歌声を再現して、まさにラジオの力を発揮した。
『文化放送開局記念 昭和100年スペシャル「ドンとモーグリとライオンと〜やなせたかし 名作前夜」』(文化放送)は、詩人として人間としてのやなせたかしの魅力を、楽しく伝えて飽きさせない番組だった。スタッフの情熱に拍手を送りたい。
“本物の声”が突きつける真実
齊藤潤一
「どんなに凄い役者でも、本人には絶対に敵わない」。
十数年前、私が名張毒ぶどう酒事件を題材に映画を制作した際、冤罪を訴える死刑囚の母親役を樹木希林さんに依頼したところ、返ってきたのがこの言葉だった。ドキュメンタリー部分では“本物の母”が登場する構成だったため、希林さんはその存在の重さを何度も口にしていた。
今回、湖東記念病院事件を扱ったCBCラジオ特集『20年目』が最優秀賞を受賞した。この作品では、冤罪被害者・西山美香さんが獄中から両親に送った350通以上の手紙の一部を、本人自らが朗読している。冤罪を扱うドキュメンタリーでは、こうした手紙をナレーターが客観的に読むのが一般的だが、この作品はあえて慣例を破った。
12年間の服役を経た西山さんの声は、切実な言葉と震える息遣いを通して、冤罪の痛みと理不尽さを聴取者へ突きつけた。逮捕から20年、自ら語るという決断に至るまでには深い葛藤があったと想像されるが、彼女はその声で冤罪の悲惨さを見事に表現し、弁護士・井戸謙一さんと共に出演者賞を受賞した。
今年も多彩な作品が集まったが、『20年目』は“本人の声”という最も純粋で力強い手法によって、冤罪という社会の闇を浮かび上がらせた。改めて、希林さんの言葉の重みを噛みしめながら、メディアの使命、そしてラジオドキュメンタリーの持つ力を再認識させられる作品であった。
人類の宿題
須藤 晃
放送とは何かを考えさせる番組があった。NHKの『ラジオと総動員帝国』である。保管されていた膨大な戦時中の放送音源を細かく検証して作られた重い番組で、今回はまずはこれが最大重量プログラムであった。国民がいかに放送を通して戦争を受け入れたのかを語る。放送100年特集の一環として制作されたというが、これはNHKがやるべき探求であり、やるべき放送である。今回でなくても著しい輝きを見せたであろう。審査員としては、これと他の番組を比較することは難しく感じたが、同じように放送局のアーカイブを利用した文化放送のやなせたかしさんの番組も興味深かった。アンパンマンの原型があんこパンマンだったと知っただけでなく、多彩な詩人で作家で愛すべき人だったことがうまく描かれていた。CBCラジオ制作の『20年目』は全てのラジオドラマを薄めてしまうほどのドラマチックな番組でした。西山さん本人の証言、そして無罪を信じて活動し続けた弁護士や記者たちの情熱が伝わる珠玉のドキュメンタリーでした。再審法改正という難題に立ち向かう人々の汗や血や涙が伝わる番組で、僕はこれを最優秀賞に選びました。この問題も現代の大きな解決すべき宿題ではないかと思います。タイトルをつけるときにもう少し工夫をしたらどうでしょうか?『ポケットからタンバリン』には聞く前から興味が湧きましたし、谷川俊太郎追悼の『死んだ男の残したものは』などは食いつくタイトルです。
声の力、ラジオの力
玉田玉山
声の力で人の心を動かす。そんな作品に心洗われる審査となった。
『20年目』は最も強く推した作品。冤罪被害者が逮捕、拘留される。獄中で書かれた手記を本人の声で読む。やりきれない思いが湧いてくる。逮捕された我が子を信じる両親へのインタビューで明かされる、再審請求を行う弁護士すら見つからない、焦りの声。ハラハラとする。そしてやっと見つかる弁護士の言葉に感じる安堵…。
まるでジェットコースターのように、冤罪被害にあった被害者と家族の境遇を追体験する60分間。本人たちがただ語るよりも、本人の声が聴取者の心にまで届く企画と編集に感銘を憶えた。ラジオ局の培った「声で伝える技術」で人の心に強く響く作品に仕上がっていた。
『ラジオと総動員帝国〜旧満州の放送音源が問いかける“教訓”〜』と『ドンとモーグリとライオンと〜やなせたかし 名作前夜』はどちらも放送局の持つ「アーカイブ」という役割を存分に生かした作品。
『総動員帝国』では戦時中、戦意高揚の為に放送された決死の出陣前の兵士たちの声。それを現代のラジオから聴く。涙が出る。衝撃的な体験であった。
『やなせたかし』もアーカイブからやなせ氏の台本、本人の声を探し出している。やなせ氏の魅力がたっぷり伝わる。アンパンマン以外のやなせ氏の作品に触れてこなかった人たちが、触れてみようと思える放送だった。
声の力で伝えるという技術と経験に改めてラジオの可能性を感じる審査となった。
ラジオの希望につながる作品たち
桧山珠美
日本のラジオ放送が始まり100年にあたる。その記念すべき年にラジオ部門の審査と称し、多くの作品と対峙できたのは、役得としかいえない。
すべてを聴き終えて思ったのは、この素晴らしい作品たちをひとりでも多くの人に聴いて貰いたいということ。どんなに優れた作品でも人びとの耳に届かなければ意味がない。
今回、受賞した最優秀賞、優秀賞のみならず、聴いて欲しい作品は山ほどあった。今回、惜しくも受賞を逃したが、それらにラジオの“希望”を感じた。
最優秀賞は、CBCラジオ特集『20年目』。看護助手の西山美香さんが患者の殺人容疑で逮捕。警察の不当な取り調べにより、犯人に仕立てあげられた。冤罪で12年間服役することとなった西山さんの再審無罪が確定するまでの長い道のりを、本人から両親にあてた手紙や、両親や関係者の証言、事件に光をあてたジャーナリスト、再審に向けて尽力した弁護士などへの丁寧な取材と緻密な構成で、なぜ冤罪が起こるのか、再審法の構造的な問題点を浮彫りにした。西山さん本人が両親への手紙を朗読したことで、リアルに迫るものがある。いつ我が身に起こってもおかしくないという恐ろしさ。他人事ではない。
優秀賞は『放送100年特集 ラジオと総動員帝国〜旧満州の放送音源が問いかける“教訓”〜』(NHK)、奨励賞は『文化放送開局記念 昭和100年スペシャル「ドンとモーグリとライオンと〜やなせたかし 名作前夜」』(文化放送)。色彩はまったく異なるが、自局に残る膨大なアーカイブスの貴重な音源をもとに、再構築された作品からは、文化の継承を担うラジオの矜持と強い意志が見えた。