放送文化基金賞

第51回

選考記

基金賞特集

【第51回放送文化基金賞】ドラマ部門 選考記

さまざまな変化球

河合祥一郎

一時はLGBTなど、そのときどきの社会問題を取り上げて、集まった候補作にテーマ的な共通点が見られる年もあったが、今回は千差万別だった。多様性が特長となり、さまざまな変化球がおもしろい年となった。昨年からNetflixも候補に入るようになり、「テレビドラマ」の枠が大きく変わってきたことも特筆される。放送に配信も加わり、放送コードの問題も新たに見直さなければならない点についての議論もなされた。

最優秀賞の『虎に翼』は、審査会ほぼ満場一致ですぐ決定した。文句なしの最優秀賞である。NHK連続テレビ小説としては、初めての最優秀賞とのことで、記念すべき受賞となった。

優秀賞の『ホットスポット』は、バカリズムの脚本が秀逸で、そこに優れた演技陣が加わって、大いに笑える痛快な作品となった。快挙である。

奨励賞の『燕は戻ってこない』は、代理出産についての問題提起にもなっており、社会的に意義深い作品となった。

Netflix二度目の受賞作となる『極悪女王』は、膨大な時間と費用を投入して、圧倒的な熱量をもって女子プロのドラマを完成した。「すごい!」と叫ばざるを得ない。

ほかに、『舟を編む』『スロウトレイン』『滅相もない』『アンメット ある脳外科医の日記』『地面師たち』が最終討議の場に残り、それぞれに強く推す声もあったが、討議の末、最終的に上記四作が選ばれた。

作り手の熱量がドラマの底力になる

岩根彰子

魅力的なドラマは、その面白さの裏側に、演者も含めた送り手側の「今、このドラマを作りたい」という熱量がしっかりと脈打っている。

今回、満場一致で最優秀賞に選ばれた『虎に翼』がまさにそうで、脚本・演出・演技はもちろん、考証や美術など制作過程に関わるすべての人が同じ方向を向いている、そんな熱量が画面から伝わってきた。

主演のゆりやんレトリィバァをはじめ、演者たちが体を張ったプロレスシーンの熱量が凄まじかった『極悪女王』も、最終的にはドラマとしての牽引力の強さが選出の決め手となった。印象的だったのは上記2作とも、ヒロインが仕事で成功し一家の稼ぎ頭になるうちに「オヤジ化」し、家族から孤立する姿が描かれたこと。多様性だけでなく、一人の人間の多面性を垣間見せることもまたドラマが持つ意義のひとつだ。

代理母出産という題材のもと、女性の貧困や教育格差など、今、目の前にある社会問題を描いた『燕は戻ってこない』も、そのテーマ性に加えて、登場人物全員が、愚かさとある種のひたむきさを併せ持つ人間として多面的に描かれていたことが強く印象に残った。

民放の連ドラからは、多くの力作を抑えて『ホットスポット』が選ばれた。本作もまたバカリズムの脚本を演者、スタッフ全員が的確に捉え、素晴らしい精度で、どこまでもゆるいドラマを作り上げていた。なかでも宇宙人の高橋を演じた東京03・角田晃広の“器の小ささ”演技は見事。

普遍の強さ

マーサ・ナカムラ

最優秀賞の『虎に翼』。法律の世界に、女性が踏み込むことが許されていなかった時代。あえて湿っぽくは語らず、痛快な作品に仕上げている点に好感をもった。寅子は、平成生まれの私にとっても、非常に身近に感じられた。一つ一つの言葉選び、小タイトル、さらにOP曲の詞までもが韻のように共鳴しあい、総合芸術の域を感じさせる。

優秀賞の『ホットスポット』。泣くほど笑った。ご都合主義的に配置される登場人物が一人もいないからこそ、この世界に、自分もまた存在しているような気持ちになる。遊びがありながらも隙がなく、伏線の回収も鮮やかで清々しい。レトロな舞台演出にも惹かれる。

奨励賞の一つ目。『燕は戻ってこない』。一話目から息もつかせぬ展開で、視聴者の関心をつかんで離さない力強さがある。代理母出産制度について、活発な意見交換の波を巻き起こす契機となる作品だった。

二つ目。『極悪女王』。主人公と共に、私自身の感情も昂っていく。主人公が暴力に身を投じざるを得なかった状況が丁寧に描かれており、善悪の判断基準を超えて、声援を送らずにはいられなくなる。

今回、専門委員として初めて選考にのぞんだが、私自身もまた、ドラマの海に揉まれながら生きてきたことを実感する討議となった。大正、昭和、令和と、今回受賞した作品の舞台となった時代は幅広いが、そのどの主人公からも、今の時代を生き抜く力を受け取った。大正時代であっても、令和の時代であっても、主人公たちは常に、見知らぬ世界を力強く生きていた。

社会への「憤り」と「適応」がドラマを熱くする!

長谷川朋子

夢中にさせるドラマとは何か。その答えが最終審査結果に表れたように感じる。最優秀賞の『虎に翼』は伊藤沙莉さん演じる寅子が「はて?」だらけの現実に潔く立ち向かう姿が印象に残るもの。見るたびに救われるような気持ちにさせてくれた作品だ。第1週からこれまでの朝ドラのフォーマットを崩した攻めの姿勢も好感が持てるものだった。社会への憤りをチクリと反映した作品が続く。奨励賞の『燕は戻ってこない』は「代理出産」をテーマに格差社会の現実をドロドロと表現し、のめり込ませる力があった。同じく奨励賞の『極悪女王』はゆりやんレトリィバァさんの熱演が光ったダンプ松本物語。柔な成長ストーリーだけで終わらせないのはNetflixらしくもある。彼女たちが闘っていたものは理不尽な世の中だったのかもしれない。

優秀賞はこの流れとは一味違った。まだまだ捨てたものじゃないと言わんばかりに社会風刺を笑いに変えたバカリズム脚本の『ホットスポット』に評が集まった。宇宙人すらすんなり受け入れる空気感を欲している自分に気づかされもした。ハマり役の角田晃広さんの「高橋さん」の人間臭さがこの作品の魅力を引きだしていた。

受賞には及ばなかったが、個人的には演技力勝負の『滅相も無い』も推しの一本だった。MBS深夜ドラマ枠、加藤拓也脚本・監督作品だ。人生のモヤモヤ感の表現に惹かれるものがあった。全体を通じて思うのは、視聴者に大胆にも疑問を問いかけるような熱量を持った作品が「好き」を引き寄せるのではないか。熱くさせるドラマが今、求められていると思う。

テレビドラマの転換期に生まれた歴史的な名作『虎に翼』

毛利嘉孝

今回の最優秀賞についていえば、『虎に翼』がずば抜けてすぐれた作品だった。NHKの朝ドラはこれまでほぼ全部見ているが、これほど惹きつけられた作品はなかった。女性として初めての弁護士、裁判官ということで当然ながらフェミニズム的な視点から政治的な問題提起も多々盛り込まれていたが、同時にエンターテインメントとしても素晴らしかった。随所に散りばめられたユーモア溢れる演出に大いに笑わされたし、悲しい場面では不覚にも朝から涙ぐむことも少なくなかった。佐田寅子役の伊藤沙莉は、単に魅力的なだけではなく人間としての弱点も見事に演じ切っていた。まわりを固める役者も完璧だったが、あえて一人挙げれば、このドラマの陰の主役、山田よねを演じた土居志央梨の演技を高く評価したい。テレビドラマ史に残る名作である。

その一方で、テレビドラマというカテゴリー自体が大きく変化していることを強く実感させる一年だった。『極悪女王』はNetflixの配信フォーマットと制作体制がなければ実現できないドラマだっただろう。ゆりやんレトリィバァ、唐田えりか、剛力彩芽ら女優陣の熱演が光った。『ホットスポット』はテレビドラマの作り方を変える転機となるかもしれない作品である。ゆりやんレトリィバァや角田晃広、そしてバカリズムとこうした才能がお笑い界から登場するのも時代なのだろう。

加速するメディアの流動化と原点回帰

若泉久朗

最優秀賞『虎に翼』は女性の人権尊重が作品の通奏低音となりながらポップなタッチで朝ドラに新風を起こした。伊藤沙莉が素晴らしく朝ドラは初の最優秀賞である。優秀賞『ホットスポット』は一昨年の奨励賞『ブラッシュアップライフ』のチームがまさにブラッシュアップした。奇抜な設定、絶妙な会話劇は脚本のバカリズムのもはや至芸である。それを角田晃広の軽妙な演技が見事に応えた。奨励賞『燕は戻ってこない』は代理母という難しい題材を演出・スタッフの卓越した総合力で魅せ切った。奨励賞『極悪女王』はNetflix制作の配信ドラマで映画の白石和彌が総監督。今年の特徴として放送・配信・映画の融合が人材の流動化により予想以上に加速した。放送と映画の優れた人材が配信ドラマで競い合う状況が生まれている。『極悪女王』『地面師たち』は大きな予算で放送には出来ない分野に挑戦して社会的な反響を呼んだ。

今年のもう一つの特徴は原点回帰である。手塚治虫原作『アポロの歌』の企画意図に「あきらめが漂う現代に愛を問う」とあったように、愛と死、絶望と希望、生きること、という大テーマを真正面から問うドラマが並んだ。それらを支えるのは脚本である。受賞作以外でも『スロウトレイン』の野木亜紀子、『ゴールドサンセット』で全話演出もした大森寿美男、『アンメット』の篠﨑絵里子などが頼もしかった。なかでも『マイダイアリー』の兵頭るりは注目の若手として今後の期待大である。

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