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SFドラマ『ブラック・ミラー』がNetflixのカルト的人気番組になった理由 【長谷川朋子】
連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #1
多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。
カルト的なファンを生み出すドラマは噛めば噛むほど味わい深くなる面白さがあります。新作が出るたびに話題を呼ぶNetflixイギリスの人気シリーズ『ブラック・ミラー』はまさにそれ。テクノロジー社会を強烈に風刺した極上のブラックユーモアを味わえるエピソードを届け続けています。唯一無二とも言えるこの作品の世界観は、実はチャーリー・ブルッカーという人物がカギを握っているのです。

カルト的人気のある『ブラック・ミラー』はテクノロジー社会を強烈に風刺した極上のブラックユーモアを味わえる。最新作のシーズン7にはクリスティン・ミリオティらが出演する『宇宙船カリスター号』の続編エピソードがある。(写真・Netflix )
「今の世の中の感覚で言うと、『ブラック・ミラー』はある意味ヴィンテージ番組。実際のところ14年前に始まったものですが、1000年も前に生まれたようなものです」
皮肉たっぷりに話し始めたのが『ブラック・ミラー』を語る上で欠かせない人物、チャーリー・ブルッカーです。第1話から脚本を統括する共同ショーランナーで、イギリスではコメディアンや番組司会者、ライターとしても活躍しています。多彩なキャリアを持つなかで『ブラック・ミラー』は間違いなく彼の代表作です。
ブルッカーがこの日現れた場所は、「シリーズ・マニア2025」(2025年3月21日~28日)というフランス北部の都市、リールで毎年開催されている世界最大級のドラマ祭でした。一般公開の目玉イベントとして企画され、ブルッカーの話を聞こうと会場に集まったのは老若男女の番組ファン。約450席あるホールは満席状態で、彼の言葉に耳を傾ける参加者たちの姿がありました。

『ブラック・ミラー』の生みの親、チャーリー・ブルッカーが世界最大級のドラマ祭「シリーズ・マニア」で制作の背景を語った。(筆者撮影)
そもそも『ブラック・ミラー』の魅力は「もしかしたら、近い将来、こんなことが現実に起こりうるかもしれない。自分だったら?」と、そう思わずにはいられないストーリー展開が詰まっていることにあります。
カルト的に人気を集めるドラマの多くには、魅力的なキャラクターを揃えている共通項がありますが、『ブラック・ミラー』の場合はそうとは言い切れません。オムニバス形式で構成されているため登場人物も設定もエピソードごとにガラッと変わります。テクノロジー社会の近未来という共通テーマをもとに、ゾッとする話からほっこり系まで色とりどりの物語そのもので中毒性を作り出しているのです。言うなれば、脚本力が肝。手掛けるブルッカーの語りは『ブラック・ミラー』の人気の背景を深掘りできるものでした。
生活に浸透するテクノロジーの延長線で語る
約2年ぶりに最新作のシーズン7がNetflix独占で全世界配信されるタイミングにもありました。ブルッカーの表情からは自信作であることが伝わってくるほど。実際、4月10日にシーズン7の全6話が既に配信されると、初週にNetflix公式グローバルランキング(英語シリーズ部門)で堂々の1位を獲得し、不動の人気を示しています。
ハッピーエンドからバッドエンドまで揃えて、真骨頂を見せるラインナップです。今期最も感動的なエピソードを展開する『ユーロジー』(第5話)では、思い出の紙焼き写真の世界に入り込むことができるデバイスが登場します。デバイスを使って元ガールフレンドとの記憶が呼び覚まされた中年男が真実の愛に触れる話です。

『ブラック・ミラー』シーズン7の中で最も感動的なエピソードを展開する『ユーロジー』(第5話)。思い出の紙焼き写真の世界に入り込むことができるデバイスが登場する。(写真・Netflix )
テクノロジー依存に不安を煽るお約束のエピソードも登場します。記憶と人格をクラウド経由で提供する定額制サービスに加入した夫婦の話が展開される『普通の人々』(第1話)がそれです。高額の加入料金の支払いと生活苦の負のスパイラルに陥った夫婦の行く末は悪い予感しかありません。
これまでのシリーズで登場したエピソードのスピンオフや続編が用意される初の試みも。『おもちゃの一種』(第4話)はインタラクティブ性を売りにした特別編『バンダースナッチ』と同じ世界を舞台にしたもので、90年代のビデオゲームの時代が回想で語られます。『宇宙船カリスター号: インフィニティの中へ』(第6話)はシーズン4の人気エピソード『宇宙船カリスター号』のまさしく続編です。デジタル・クローンたちが乗る宇宙船とオンラインゲームの世界をメタ構造で語る面白さを倍増させています。
総じてジャンルはSFでありながら、現実世界の生活に深く浸透するテクノロジーの延長線上で語る物語であることが魅力の1つにあります。ただし、夢見がちに語るものではありません。ブルッカー自身、「基本的にはテクノロジーを支持している」と前置きしつつ、「私の願いはテクノロジーが人間を完全に置き換えてしまうような事態にならないこと。生成AIが人間にとって便利なツールになっても、クリエイティブは人間と人間がコミュニケーションを取るためにあることに変わりないはずだ」と強調しています。
生成AI論は黎明期にあることから「こんな思いを馳せる興味深い時代に私たちは生きている」とも語り、俯瞰で捉える視点は作品にも通じます。
イギリスの公共放送で始まったシリーズ
もともと『ブラック・ミラー』はイギリスの地上波で放送されていたシリーズでした。際どい演出はそのまま。チャンネル4という若者やマイノリティー向けに編成される公共放送で始まっていたことに驚きます。ブルッカー本人も「まさかあの時、実現するとは思っていなかった」と話しているほど。挑戦的な内容が話題を呼び、シーズン3からNetflixオリジナルドラマとして展開されています。自国向けに低予算で作られたドラマが思わぬ形でワールドヒットとなり、1話につき数10億円規模の制作費でシリーズ展開につながった成功事例なのです。

チャーリー・ブルッカーは今なお語り継がれる『ブラック・ミラー』シーズン1の第1話を執筆した。(写真・Netflix)
「それぞれのエピソードが小さな宇宙」と表現する制作体制が成功に導いたとも言えます。監督からプロデューサー、映像編集、サウンドクリエイターに至るまでエピソードごとに顔ぶれが変わり、新たなチームが組まれているのだそう。そして、ブルッカーをはじめとする統括メンバーはそれぞれのチームを行き来しながら作品を完成させていくのです。
ともすれば、個々の宇宙がバラバラに作られてしまいそうでもありますが、ほぼ必ず『ブラック・ミラー』的になるのは何故なのでしょうか。ブルッカーはその答えを持ち合わせていました。
「意識的にそれぞれのエピソードに特定の要素を盛り込もうとせずに、物語の中で事実として起こっていることは何なのかを問いかけるようにしている」と話しています。つまり、近未来SFを現実主義に昇華させていることが大きな成功要因であると言えそうです。
加えて、風刺で語ることも『ブラック・ミラー』を構成する重要な要素にあります。ただし、警鐘を鳴らすような番組を意図していないそう。感情的に語るエピソードがないことから裏付けることができます。
むしろブルッカーが影響を受けているのは1959年のアメリカのTVドラマ『トワイライト・ゾーン』や1969年のイギリスのTVショー『空飛ぶモンティ・パイソン』などの往年の伝説の番組。これらには「風刺の真髄がある。しばし怒りも込められている」と独自の見解を示した上で、自身の作風との繋がりを説明していました。
「私はとにかく心配性なんです。風刺はある意味、セラピーを受けているような感覚に陥るようで、不思議と惹かれてしまう。『ブラック・ミラー』には極端な例が並んでいるためディストピア的に感じるかもしれませんが、ブラックコメディに必要な要素として誇張しているだけに過ぎません。“人生ってそんなもの”と、人が生きる本質的なものを追求した結果でもあります」。
共感を求めるわけでもなければ、否定も肯定もしない。そんなスタイルが『ブラック・ミラー』の人気の理由にあるのかもしれません。人によって好きなエピソードが大きく分かれるのは、人生観の違いによるものだということに気づかされます。
著者・プロフィール

長谷川 朋子 さん (はせがわ ともこ)
ジャーナリスト / コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。
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