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国際放送とコスモポリタンな文化・都市―カタールの事例から 【千葉悠志】

成果報告会2025

「カタールのメディア」と聞いてまず思い浮かぶのはアルジャジーラかもしれません。しかし近年ではスポーツ専門局beINによる国際展開や、海外のメディア教育・研究機関の誘致など、新たな動きも目立っています。本報告では、こうしたカタールのメディア環境の現状を概観し、それを支える国家戦略や社会的背景について考察します。 
本稿は、2025年3月7日開催された成果報告会にて、千葉さんが発表された内容をもとに、ご本人にご寄稿いただいたものです。

2000年代以降、ソフト・パワーやパブリック・ディプロマシーなどの概念が世界的に注目を集め、各国政府が国際発信力の強化を目的として次々と国際テレビ放送を開始するようになった。

カタール・メディアのグローバル化とアルジャジーラの戦略的展開

そうしたなかで、中東の小国カタールの放送局であるアルジャジーラは、短期間で国際放送としての知名度を確立した数少ない成功例のひとつに数えられよう。2000年代初頭までのアルジャジーラは「中東の放送」の色彩が強かったが、その後は英語のウェブサイトの充実や英語チャンネルの開始によって、「中東の放送」からの脱色を図っており、それによって非中東圏でも視聴者を少なからず獲得している。また、最近はアルジャジーラ以外にも、beINが世界的なスポーツ放送局として台頭したり、世界レベルのジャーナリズム教育を提供しうる教育研究拠点が国内に設けられたりするなど、アルジャジーラ以外でも、カタールはメディアのグローバル化を成し遂げつつある。

国際放送を支える多国籍な人材と都市環境の整備

こうした、カタール・メディアの中東メディアからの脱色化やグローバル化、またそれに伴う視聴者層の拡大は、そうしたメディアで働く職員・職場環境の多国籍化や、彼らが住まうカタール自体のコスモポリタンな文化的・都市的特徴の充実などと不可分の関係にあるように思われる。つまり、ある放送が「国際放送」となるためには、そこに投じられた金銭の多寡の問題と同様、あるいはそれ以上に、そこには「国際放送を可能ならしめるある種の文化」が存在しているのではないか。とくに米CNNや英BBCなどの事例を考えた場合、そうした「ある種の文化」を形成しているのは、国籍を異にする優秀な人材の存在や、それを引き付ける環境、そしてそれによって生み出されるコスモポリタンな文化や都市的性格であり、これは「移民労働者の国」であるカタールにも少なからず当てはまるように思われる。

国際性を内包する国家構造とそのアドバンテージ

そこで、本研究ではアルジャジーラや、スポーツ放送として国際的知名度を確立しているbeIN、ジャーナリズムやメディアに関する研究教育に特化したノースウェスタン大学カタール校などを分析の俎上に載せることで、そこに見られる共通の特徴が何かを検討した。そこから、見えてきたこととしては3点挙げられる。第1に、職員にみられる国籍の多様さであり、リクルートの方法ひとつとってみても世界に開かれている。第2に、そうした民族・国籍を異にする人々が住みうる都市の形成が進んだことで、カタール自体がコスモポリタンな都市・国家となり、多様な人々を引き付ける磁力を帯びたことが挙げられる。とくに知や情報、教育のインフラ整備が進んだことにより、優秀な学生や人材を引き付けるだけの魅力がカタールに備わるようになったことは、「カタール・メディア」の躍進を考えるうえで重要なことだと考えられる。第3に、移民国家や多国籍性を備えた国家であるがゆえに、敢えて「国際」や「グローバル」といったことを意識・強調せずとも、国や組織の特徴を反映するかたちでカタールのメディアや大学のコンテンツが「国際」や「グローバル」と親和的なものになっていることが挙げられる。そして、それこそがカタールのメディアや大学の持つアドバンテージであると考えられる。

*2022年度人文社会部門助成 「国際放送とコスモポリタンな文化・都市―カタールの事例から」

千葉 悠志 プロフィール
京都産業大学国際関係学部 准教授 
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究科修了、博士(地域研究)。現在、京都産業大学国際関係学部准教授。専門は、中東地域研究、メディア研究、政治学。著書に『現代アラブ・メディア――越境するラジオから衛星テレビへ』(ナカニシヤ出版、2014年)、『現代中東における宗教・メディア・ネットワーク――イスラームのゆくえ』(春風社、2023年、共編著)など。

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