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寄稿

成果報告会

北海道で高まるドキュメンタリー熱 【山﨑裕侍】

成果報告会2025

「テレビの現場からドキュメンタリーの灯が消えてしまうのではないか」——そんな共通の危機感を抱いた北海道の現役制作者たちが、放送局の枠を越えて手を取り合いました。テレビ業界の構造的な変化により、若い世代が現場を経験し、志を継ぐ機会が急速に失われつつある中、そうした状況に一石を投じようと、2024年度放送文化基金の助成を受けて「北海道ドキュメンタリーワークショップ」が立ち上がりました。
 本稿は、2025年3月7日にホテルルポール麹町で開催された成果報告会にて、実行委員長の山﨑裕侍さん(北海道放送)が発表された内容をもとに、ご本人にご寄稿いただいたものです。

ドキュメンタリーの未来を語る夜

2023年3月8日午後8時、すすきのの安い居酒屋に4人が集まりました。私とUHB北海道文化放送の吉岡史幸氏、後藤一也氏、HTB北海道テレビ放送の沼田博光氏。

以前から顔見知りで互いの近況を話し合う飲み会でした。会社こそ違えど、ドキュメンタリーに対する考え方、危機感は驚くほど同じでした。いずれもドキュメンタリーの作り手でありながら、現在はデスクやプロデューサーをする立場。そしてこのメンバーは期せずして同じ時期にドキュメンタリー映画の制作に取り組むことになります。その過程で何度も顔を合わせて交流を深める中で沸き上がったのは、いまこそドキュメンタリーを若い世代に継承しなければならないこと、一つの放送局単独ではなく、民放・NHKといった局の垣根を越えて伝えなければならないこと、という思いでした。

ドキュメンタリーの継承に向けて

そんなとき梅岡専務から放送文化基金の新たな助成制度の話を聞き、これは良い機会だととらえ設立準備に向けて動き出しました。後藤氏を通じてSTV札幌テレビ放送の山谷博氏を紹介してもらい、梅岡氏を通じてTVHテレビ北海道の山谷哲夫氏、NHK札幌放送局の栗山慎二氏を紹介してもらいました。設立への趣旨を説明するといずれもみな思いは同じでした。驚くほどです。

2024年4月、上記の7人が実行委員会となり、北海道ドキュメンタリーワークショップを結成しました。助成金の申請書にはイベントの目的・意義を次のように記しました。

「近年、テレビ局やテレビ出身の監督がつくるドキュメンタリー映画が注目を集め、ドキュメンタリー熱が高まっています。しかしテレビ局内部の事情を鑑みると、ドキュメンタリーの取材や番組制作を若者が経験する機会が減ってきたり、働き方改革などで伝統的な継承方法が難しくなったりしている現状があります。一方で、ドキュメンタリーを作りたいという若者は少なからずいます。それぞれの放送局が社内での伝統的な方法では継承が難しくなったドキュメンタリーについて、放送局の垣根を越えて、若手の作り手に魅力あるセミナーや講演会だけでなく、ワークショップ的な内容を開催することで、新たな継承する場をつくります」

実行委員会は仕事終わりや合間を見て検討会を重ねました。そのなかで大事にしたことがあります。一つはワークショップがベテランの武勇伝を語る一方的な場にしないこと。もう一つがテレビ局社員だけでなく、関連会社やフリーランス、営業や編成と言ったあらゆる部署に所属する人など、テレビ局で働くすべての人を対象にすることです。事前に一部の若手にもヒアリングをすると共通する悩みもあれば、以前なら先輩後輩の関係で継承されていた基本的なことすら学ぶ機会がない課題などが浮上し、ワークショップの内容を検討するのに非常に役に立ちました。

運営方針は、6局それぞれが持ち回りでワークショップを主催。各回の内容は主催局が提案し、実行委員会で揉んでいく。各回のプログラムは若い人が参加したくなるような第一線で活躍する人を講師に呼ぶとともに、道内の作り手や若者が参加できるようなワークショップ形式にすること。会社の持ち出しを極力抑え、助成金を節約するために、会場はテレビ局の会議室を使ったり、受付や記録撮影を実行委員が担当したりするなどしました。また1日をフルに使うため休日に開催し、終了後に懇親会も設けました。ワークショップの2つ目の狙い、道内の制作者の横のつながりをつくるということのためです。

第1回目講師の斉加尚代さん
北海道ドキュメンタリーワークショップの開催

1回目(2024年9月14日)は北海道放送主催。参加者73人。講師は斉加尚代さん(元MBS毎日放送報道部)。テーマは「ドキュメンタリーをはじめる、ふかめる」として、第1部は映画「教育と愛国」上映後、斉加監督の講演。第2部はHBC若手記者・貴田岡結衣さん制作のドキュメンタリー番組を題材に、斉加監督を交えて「ドキュメンタリーとは何か」「企画書の作り方」「取材相手との距離感」「構成の立て方」など実践的なテーマでトークしました。

2回目講師の森達也さん

2回目(2024年12月15日)は北海道文化放送主催。参加者は94人。講師は森達也さん(監督・作家)。テーマは「フェイクニュース時代にドキュメンタリーは必要か」。第1部は、映画『FAKE』や『A』を題材に森達也さんの「映像制作論」「ニュースとは違う現実や真実に対する考え方」などに迫ります。第2部は、北海道内の若い制作者が作ったドキュメンタリーを題材に各局の若手代表者でディスカッションを行い、テーマ設定、取材姿勢、演出方法などにさまざまな手法、可能性があることを発見し、議論する実験場としました。第2部の企画提案者は熊坂友起子さん(UHB報道部ディレクター)、パネラーは泉優紀子さん(HBC報道部記者)、森下昌さん(NHK札幌放送局カメラマン)。

3回目 奥から順に実行委員の栗山さん、講師の山森さん、有本さん

3回目(2024年2月16日)はNHK札幌放送局。参加者は90人。テーマは「予想を超えた事態をどう取材・構成するか」。流動的な事態こそドキュメンタリーの醍醐味。直面した際に取材・構成するヒントを実際の番組のケーススタディから探っていく内容です。講師はNHKスペシャル「OSO18 “怪物ヒグマ” 最期の謎」山森英輔さん(NHKメディア総局)、有元優喜さん(NHK札幌制作)、北海道スペシャル「安全地帯・零ZERO-旭川の奇跡-」堀口航平さん(NHK札幌制作)。

4回目開催の様子。前に立っているのが山崎エマさん。

4回目(2025年3月22日)は北海道テレビ放送主催。参加者は86人。講師は山崎エマさん(ドキュメンタリー監督)。山崎さんはイギリス人の父と日本人の母を持ち19歳で渡米してニューヨーク大学映画制作学部を卒業。日本人の心を持ちながら外国人の視点が理解できる立場を活かした映像制作で、30代半ばで世界を舞台に活躍しています。先月、米アカデミー賞の候補に日本の3作品がノミネートされましたが、このうち2つが山崎さんの作品。監督、編集した「小学校~それは小さな社会~」の短編版が短編ドキュメンタリー部門にノミネートされました。日本人監督による日本題材の作品でのノミネートは史上初。また性被害を実名で告発したジャーナリスト・伊藤詩織さん監督の記録映画『Black Box Diaries』は、山崎さんが編集・コープロデューサーを務め、長編ドキュメンタリー部門でノミネート。実にタイムリーなタイミングで来札が実現しました。編集マンから監督に進んだ山崎さんからテーマの決め方やノーナレで映像で物語を綴る手法、現場に求めた映像や音声など、舞台裏を聴きました。

5回目6回目は6月に開催予定です。

想像を超えた制作者の熱量

休日に100人近い制作者が会社の業務でもないのにドキュメンタリーを学びたいと会場を埋めている様子を見て「北海道はすごい。東京でもこんな熱はない」「北海道から新たなドキュメンタリー文化が生まれる」という感想をもらす講師も複数いました。また参加者の感想はいずれも好評で、勉強になった刺激を受けたという内容が多いです。今後もワークショップを続けてほしいという声がたくさん寄せられています。実行委員のあいだでも、北海道で高まったドキュメンタリー熱を冷まさぬよう、どういうかたちなら持続可能か探っています。

*2024年度イベント事業部門助成 「ドキュメンタリー番組制作のための勉強会」(「北海道ドキュメンタリーワークショップ」実行委員会)

山﨑裕侍 プロフィール
北海道放送コンテンツ制作センター報道部エグゼクティブマネージャー
大学卒業後、制作会社入社。テレビ朝日「ニュースステーション」「報道ステーション」で犯罪被害者など取材。2006年HBC入社。警察・政治担当や統括編集長を経て現職。臓器移植などのドキュメンタリー制作、放送文化基金賞・民放連盟賞・ギャラクシー賞・芸術祭など受賞。第74回芸術選奨文部科学大臣賞。映画「ヤジと民主主義 劇場拡大版」監督。

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