放送文化基金賞
【第50回放送文化基金賞】エンターテインメント選考記
地域発エンタメの可能性
丹羽美之
東京のマネをしなくても、有名タレントが出ていなくても、創意工夫しだいで愉しい番組を作ることができる。今回はローカル民放の作る番組に、地域発の新たなエンタメの可能性を予感させる秀作が多かった。
最優秀賞には、全国各地の不思議な道を訪ね歩く深夜の人気番組『歩道・車道バラエティ 道との遭遇』が選ばれた。どんな道にも知られざる物語があり、それを紐解くことで人々の暮らし、地域の歴史が見えてくる。マニアックな探求の中に、人間への好奇心があふれる珠玉のバラエティだった。優秀賞の『るてんのんてる』は、フェイクの手法を効果的に用いて、理想の人生と現実の人生を対比するという発想が新しかった。夢は叶わなかったけれど、今を懸命に生きる人たちに向けた応援歌のような番組だった。
奨励賞の『今日、解決はしないけど。』は、すぐに解決策や答えを出そうとするこれまでの優等生的なテレビの作り方に異を唱える風変わりなトーク番組。自分たちの悩みを率直に語り合える広場としてのテレビの可能性を示した。
同じく奨励賞の『ラジオの神回テレビで語る』は、ラジオの面白さをテレビで再発見するという新しい楽しみ方を提案する。ラジオとテレビの双方の魅力を熟知したラ・テ兼営局ならではのユニークな試みだった。
新しい羅針盤、だといいな
澤本嘉光
今回初めて「エンターテインメント部門」の審査をさせて頂いた。他部門に比べ応募作品の範疇が広くどうやって評価するのか立ち止まって考えることがあったが、大きくラフに「いろんなテレビ番組」と思い審査することにしてみることで基準を決められた気がする。そして、テレビCMを作っている者としてテレビ番組の将来に安易に「未来がある」と安心だけしてはいられない立場なので何かしらの可能性を探して見るという気持ちが強くあったのかもしれない。
選ばれた作品は、この先のテレビ番組というコンテンツの向かえそうな方向へのヒントを内包しているものが多くなったと考えていて、特に地方局でのコンテンツへの立ち向かい方にいくつかのヒントになるのではと思って見ていた。
ラジオという別の媒体との共生関係での地方浸透や極めて狭い範囲の趣味の掘り下げ、自己批評的な視点、若手の企画がまんま成立した記名性に近いものなど、テレビの中に何故だか少し感じることが多かった「ちょっと上から」な気配とか「多数決で決める感じ」「出演者至上主義」「これ年長者が進めているんだろうな的な感覚」(これら全て事実ではないかもだけど匂ってる臭いとして)とは別な方向を指し示している、ちょっと新しい羅針盤になってるのでは、と。その羅針盤が狂っていたら遭難すると思うけれど、そこそこ正しい気はしている。
テレビの未来に資する選考をしようと思った
土屋敏男
ご存知の通り今地上波テレビは視聴率が下がりそれに伴って売り上げ、利益もかつてないほど年々下がっている。テレビはこのまま消滅してしまうのか?と思えるほどのテレビ離れが進んでいる。そんな時代だから「テレビの未来に資する」選考をしたいと強く思って一つ一つの番組を見た。そしてその基準は自然と「今までにないテレビ番組を生み出す力があるか?」という問いになり、それに挑んでいる制作者、会社を高く評価することになった。
そして選考委員の議論の末、地方局の意欲的な番組が受賞したことにとても満足しているし、これらの番組を作った制作者は自信を持って作り続けてくれることを大いに期待する。
受賞番組には「今までにない」番組であるとともにもう一つ共通の要素があると思う。それは「濃さ」であり「強さ」。テレビしかない時代には“なんとなく見れてどこからでも見れて誰もが嫌じゃない番組”が視聴率を取る傾向があった。しかし、ネットとスマホの時代になって積極的に「見たい!」番組が選ばれるようになった。だから「道」だったり「言葉」だったり何十年も個人で好きで追求してきたことの『濃さ』が響く。そしてそれを見るものはそれに自分が興味がなくてもその『強さ』に惹かれるのだ。
テレビ現場の若き制作者たちに期待する!
テレビ局が生き残るための今までにない濃くて強いテレビを作れるのは君たちだけなのだから!
甲乙つけがたい受賞4作品
豊﨑由美
今年の最終選考会は各人が投じた票が割れに割れたこともあって、まれにみる激論の場となりました。委員各々が誠実かつ真摯な意見を述べ合う場から生まれた結果だけあって、甲乙つけがたい素晴らしい受賞4作品が並んだと自負しています。
本来耳で楽しむラジオ放送を、目でも楽しめるよう凝らした工夫が成功している琉球放送の『ラジオの神回テレビで語る』。今年一番笑わせていただきました。ありがとうございます。
多様化する現代社会で腑に落ちないことについてじっくり考えようとしている熊本放送の『ななまるテレビ 「今日、解決はしないけど。―熊本で生きるわたしたちのテレビ―」』。思考停止に陥らないためにはどうしたらいいか、そのヒントをいただきました。ありがとうございます。
出演者の夢を実現させるフェイク動画の後に実人生に密着する映像を流し、新感覚のドキュメンタリーを成立させた読売テレビ放送の『るてんのんてる』。知人が出てきてリアルに驚きました(笑)。ありがとうございます。
そして、最優秀賞に輝いたCBCテレビの『歩道・車道バラエティ 道との遭遇』。民間の道マニアが番組ファンを連れて面白い道を紹介するという設定がユニークで、笑いながら感心しながら視聴しました。まさに「理由のない道はない」。道を見る目が変わりました。ありがとうございます。
エンタメはワクワクにあり
桧山珠美
“昨今のテレビは食べているか、街をブラブラしているか。すっかり“動くガイドブック”になり下がってしまった。話題のグルメや人気のスポットもいいが、そればかりでは飽きられてしまう。気がつけば、テレビの前から1人消え、2人消え…そして、誰もいなくなった。
と、いうことにいずれなってしまうのでは、と危惧していたが、今回、応募作品を視聴し、まだまだ“動くガイドブック”にはならないぞと抗う番組がいくつもあり、その萌芽を感じることができたのは大きな収穫だった。
最優秀賞の『歩道・車道バラエティ 道との遭遇』(CBCテレビ)は、全国の道に特化した異色のバラエティ。「鉄道マニア」や「アニメおたく」などマニアックな世界に生きる人たちはどこかクレイジーでチャーミング。番組はそんな「道マニア」たちにフォーカス。私たちにとってはただの道が、マニアの目を通せば、あら不思議。そこには歴史やロマンがあふれている。ワクワクをくれる番組だ。
そのほか、『ラジオの神回テレビで語る』(琉球放送)はラテ兼営局ならではの好企画。扱われたラジオ番組を聴きたくなったのは言うまでもない。『ななまるテレビ 「今日、解決はしないけど。―熊本で生きるわたしたちのテレビ―」』(熊本放送)は、「生理」「ジェネレーションギャップ」、2つのテーマについて自分事として語るアナウンサーに親近感をもった。白黒つけたがるテレビにおいてあえて結論を出さない新しい切り口だ。
若手のチャレンジ番組『るてんのんてる』(読売テレビ)はテレビの未来への投資であり、多くの兆しを感じられた番組だった。3月で終了したのは残念でならない。
時代とともに生きる
水島久光
今年のエンターテインメント部門には、70もの応募が寄せられた。
映像の多くに、新しい表現の閃き、知ることへ貪欲さ、人との出会いの悦びといった心揺さぶられる瞬間があった。その一方で「エンタテイメントは常に時代とともにある」ことも実感した。大変充実した時間であった。
フェイクとリアルの境目が曖昧な現代社会の鏡か、敢えて虚構を演出の核に据える番組が目立った。デジタルの影響ばかりとは言い切れない。メディアの世界線を認識する、我々の感性自体が揺らいでいるのかもしれない。
感性と言えば、広く大衆に喜ばれるものより、敢えてマニア的な狭い領域を掘り下げる情報バラエティも多かった。全く知らない分野でも、そのオタク魂全開の楽し気な姿には妙に共感を覚える。これもまた時代の空気か。
昨年から今年、かつてこの分野を支えた巨大組織や大物タレントの問題・疑惑が次々表面化した。そして今回受賞した4作品にはNHKやキー局が一つもない。パワーや派手さ贅沢さとは無縁のところに光が当たった格好だ。
「るてん」の毎日の中で「解決はしない」もどかしさとともに生きる。そんな現代の私たちは、テレビを通じてこれからどんな未知と「遭遇」し、何に「神回」的な救いを見出すのか。
そんな未来のイメージをあれこれ並べ、語り合えた審査会だった。