放送文化基金賞
【第50回放送文化基金賞】ドラマ選考記
「普通」とは何かが見直される今
河合祥一郎
「普通」の意味が見直される今、普通と多様性の問題点に切り込む応募作が多かった。選考は容易ではなかったが、実りある議論の結果、以下のように決まった。
最優秀賞の『神の子はつぶやく』は、現在の日本が今まさに向き合うべき「宗教2世」の問題を、子供の視点から描くと同時に、家族を描いて秀逸だった。しっかりとしたリサーチに基づく脚本・演出が優れており、特に河合優実の演技が高く評価された。
優秀賞の『初恋、ざらり』は、恋愛の本質をストレートに鋭く掘り下げ、切なく美しく描いた近年稀な、純愛ものの傑作だ。「普通の女の子」を演じた小野花梨や、母親役の若村麻由美の演技が評価された。
放送文化基金賞に今年初めてNetflixからの応募があり、『忍びの家』がエポックメイキングな作品として奨励賞に選ばれた。家族の愛を描くドラマでありながら、「Ninja」が貧困格差や古い因襲から抜け出す突破口になる爽快さや魅力、大胆な作風が評価された。
もう一つの奨励賞作品『不適切にもほどがある!』は、ポリティカル・コレクトネスが現代を息苦しくしていることを痛快に批判した点や、エンターテインメント性にも優れていた点が評価された。
全体に、生きづらさを抱えた人たちに寄り添うドラマが多い年だった。趣里の演技が光った連続テレビ小説『ブギウギ』などが入選に届かなかったのは残念だが、それだけよい作品の多い年だったということだろう。
記念すべき50周年の圧倒的秀作
白石公子
このたびは放送文化基金50周年、おめでとうございます。
今年のドラマ部門は、その記念すべき50周年にふさわしい作品群が受賞した。特に【最優秀賞】の『神の子はつぶやく』は圧倒的秀作である。〈宗教2世〉という、これまでタブー視されてきたテーマに踏み込み、今日的な問題と深い闇、家族それぞれの苦悩と葛藤を浮彫りにしていた。慎重に選び抜かれたセリフ、推敲を重ね、緻密に配慮された演出、河合優実をはじめとするキャスト陣の迫真の演技には固唾をのんだ。制作側の並々ならぬ覚悟と強い思いが結集した2024年を代表するドラマである。
『初恋、ざらり』もまた軽度の知的障害というデリケートな題材を、繊細に温かく描いていた。生きづらさを抱えることは決して特別なことでない、という目線が優しい。登場人物たちが、不器用ながらもひそかに「思いあう」「心を寄せる」姿には不思議な吸引力があり、最後まで惹き込まれた。
『不適切にもほどがある!』は、心ざわつかせる脚本と斬新な演出のもと、昭和と令和を軽やかに行き来する主人公に魅せられた。自然体で等身大、そしてチャーミングに演じた阿部サダヲだからこそ成功したドラマ。ここでも生きづらさや価値観の変遷、寛容について、あれこれと考えてみたくなる、そして誰かと語りたくなる話題作。スタイリッシュな映像、カッコイイ忍者一族に胸躍った『忍びの家』は、世界に発信すべく日本のドラマの可能性を秘めていた。
時代の必然性から生まれた多様な作り手のドラマ
長谷川朋子
憤りや葛藤が渦巻く世の中を真摯に見つめたドラマが目立つなか、人間味のある表現で訴える力を持った作品が審査の決め手となった。今回、初めて専門委員を務めさせてもらうことになり、選考作品一本一本と真剣にも向き合った。
最優秀賞の『NHKスペシャル シリーズ“宗教2世” 神の子はつぶやく』は5年近く積み重ねたNHKの取材力を十分に活かした作品であり、河合優実をはじめ役者陣のリアリティある熱のこもった演技力にも圧倒された。また優秀賞の『初恋、ざらり』は軽度知的障害者の恋を普遍的に描き、誰もが感情移入できるような逸品。限られた予算の中で良質ドラマを追求し続けるテレビ東京の手腕が光った。奨励賞は着眼点が秀逸な作品が並ぶ。TBSテレビの『金曜ドラマ 不適切にもほどがある!』においては、阿部サダヲが圧倒的な存在感で昭和男の「小川市郎」を演じ、令和の社会の見方に新鮮味を与えた。そして、全世界配信を前提に作られた『Netflixシリーズ 忍びの家 House of Ninjas』は現代に生きる忍者一家を通じて日本の家族の姿を巧みに捉えた。主演の賀来賢人が企画にも携わり、ドラマ作りの可能性を広げるものとしても注目に値する。
受賞作を改めて見ると、テーマだけでなく、作り手にも多様性があることに気づく。クリエイターの民主化が起こっている時代を反映しているのではないか。必然性から生まれたドラマの力を示している。
『初恋、ざらり』の快挙
松井久子
今回、Netflixをはじめとする全世界配信ドラマの応募があったのは、喜ばしいことのいっぽうで、審査はこれまでよりも更に難しくなってきた。
エンターテインメント作品と社会派作品に優劣がつけにくいのは当然としても、制作予算の格差が大幅に広がり、放送コードの枠を超えたドラマも審査対象になるからだ。応募作品が多様になったなか、今年は社会の閉塞感を反映してか、心身に様々な障害をもつ人や、日々に生きづらさを抱える人が主人公のドラマが多く印象に残った。
記念すべき放送文化基金賞50周年の最優秀賞には、これまでタブーとされてきた宗教問題に真正面から向き合った『NHKスペシャル シリーズ“宗教2世” 神の子はつぶやく』がほぼ満場一致で選ばれた。演技賞に輝いた新進女優・河合優実さんの迫真の演技だけでなく、このドラマで母親役を務めた田中麗奈さんをはじめ、全体として女優陣の健闘が目立ったのも今年の特徴だった。
何より嬉しかったのは、テレビ東京の『初恋、ざらり』が優秀賞に選ばれたことだ。お金がかかった作品、出演者に大物俳優が並ぶドラマ、更には優れた脚本家や演出家の手になる秀作を押しのけて、深夜30分枠の連続ドラマにこのような光が当たったのは、画期的なことに違いない。軽度の知的障害をもつ女性と、平凡過ぎる程平凡な男性のひたむきなラブストーリーには、審査を忘れるほど心揺さぶられた。
ドラマの要諦はやはり「視る者の胸を打つ」かどうかではないか。
メディア環境の変化の中で時代が求めるドラマ、そして演技とは?
毛利嘉孝
Netflixに代表される配信型のドラマをどのように評価するのか。メインストリームの批評から見逃されがちな良質のドラマをどのように「発見」するのか。そして、最近のテレビドラマにおける役者の質の変化をどのように考えるのか。審査に臨む際に考えたのはこの3点だった。
最後の問いは、少し補足が必要かもしれない。私見では、この十年の間にテレビドラマにおいて、非常に複雑な、時に矛盾するような複数の感情表現が、求められるようになった。現代社会のコミュニケーションが多面化、多重化するにともなって、喜怒哀楽などの感情も単純で一面的なものではなくなってきたのである。その一方で、言葉には表せない微妙な感情を記録するメディア技術も進化している。
今回最終選考に残ったものは、どれも役者の演技力が一際高かった作品である。中でも『シリーズ“宗教2世” 神の子はつぶやく』の主役を演じた河合優実と、河合も出演している『不適切にもほどがある!』の阿部サダヲの演技には惹きつけられた。
『初恋、ざらり』の「発見」は今年の選考の一つの成果である。軽度知的障害という難しい題材を扱ったこのドラマは、多くの社会的な課題を提示しつつも素敵なラブロマンスを描き出した。『忍びの家 House of Ninjas』は海外視聴者を意識した日本のグローバルなドラマ制作の一つの方向性を示した作品だった。この二つの全く異なるドラマが共存するメディア環境は、実は結構面白いのかもしれない。
多様性とエンタメ
若泉久朗
多様性の時代に生きるマイノリティーの主人公をエンターテインメントに描く意欲作が並んだ。最優秀賞『神の子はつぶやく』は宗教2世の母娘の葛藤をフィクションの力で生々しく描いた。河合優実と田中麗奈の存在感が抜群で演出の柴田岳志の力量が高い。優秀賞『初恋、ざらり』は軽度知的障害があるヒロインのラブストーリーから、もどかしさや自己肯定の低さといった普遍的な実存を奇跡的に浮かび上がらせた。奨励賞『忍びの家』は放送ではないネット配信による初受賞作品である。日本の映像コンテンツの大きな課題であるグローバル戦略に新しい一歩を踏み出した。一方で地上波ドラマ『VIVANT』も巨額な予算規模と海外ロケでグローバル化に一石を投じた。奨励賞『不適切にもほどがある!』は現代の多様性を昭和の価値観でぶった切る脚本・宮藤官九郎の挑発作で評価は大きく分かれる。多様性の理屈っぽさ、面倒くささ、虚しさを痛快に笑い飛ばして、「不謹慎にもほどがある」内容にもなっている。危うさも含めてパワフルな挑戦を選考委員の覚悟をもって評価した。同様に『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』も社会の差別をポップなエンタメで描いた問題作だった。ダウン症の役者を起用して、しかし殊更にそのことを強調することもなく自然に演じさせた大九明子の演出が鮮烈だった。両作品に出演した個人賞の河合優実は「神の子」「ふてほど」「かぞかぞ」で全く違ったキャラクターを演じているのが驚異である。今年は演劇出身の脚本家、宮藤官九郎をはじめとして、矢島弘一、藤井清美、高羽彩、坪田文たちが活躍した。