放送文化基金賞

選考記

第50回

【第50回放送文化基金賞】ドキュメンタリー選考記

過去はどう現在に繋がるか

桐野夏生

最優秀賞「膨張と忘却 ~理の人が見た日本の原子力政策~」は、日本の原子力政策の非合理性と政府の不誠実ぶりを衝いて、日本政治の病理を感じさせる優れた作品である。利権によってあらかじめ決められた政策を変更できない不誠実さと硬直性、会議のブラックボックス化は現在にも繋がる大きな病理である。

同じく原爆で言えば、奨励賞のNHK広島局による「原子爆弾秘録」は、原爆開発の陰にいたウラン商人という別の切り口を見せて、原爆というテーマの永続性を実証してみせた。

 最近はAIなどの最新技術によって、過去のデータを蘇らせることが可能になった。人物の微細な表情や、写された場所のディテールなどを鮮明にすることによって、いつどこで何が起こったのか、ということを新たに知ることができる。

奨励賞の「戦い、そして、死んでいく」は、米軍の沖縄戦における音声データを再生したもので構成されている。兵士の若い声は、戦争の惨さを新たに伝え、まさに肉薄する迫力があった。残念ながら受賞は逃したものの、関東大震災の映像を高細化・カラー化することによって、未曾有の大災害を詳しく可視化したものもあった。今後も、過去の出来事を最新技術によって再検証するものが増えると思われる。

他方、生々しいほどの「現在」を描いたのは、「続・水どぅ宝」である。沖縄の米軍基地から排出される化学物質PFAS。地位協定をたてに調査を拒む国に憤り、沖縄とアメリカの母親たちが立ち上がった。緊急性に満ちているが故に、粗削りながらも力強い作品となった。

優秀賞の「鷹を継ぐもの」は、これらの優れた受賞作品群の中にあって、過去でも現在でもない、どこか永遠に通じるような普遍性を感じさせたことと、映像美が印象に残った。

幾つもの山頂からなるドキュメンタリーの山脈

伊藤 守

山麓の大きさと標高の高さを再認識する年となった。原爆開発をめぐるウランの争奪を描く『原子爆弾秘録』、米軍録音記録の生々しい音声から沖縄戦の実相に迫る『戦い、そして、死んでいく』、原発行政に厳しい目を向け続けた科学者吉岡斉が遺した文書から政策決定時における合理性の欠落を描く『膨張と忘却』など、映像や音声や文書など過去の記録を発掘し、それらを最新の技術で映像化して歴史の再検証を迫る高水準の作品群である。アーカイブドキュメンタリーとでも言うべき作品が今後益々増えるだろう。一方で現代社会の矛盾や理不尽さを抉る作品群も見応えがあった。バイト感覚で詐欺グループに入る少年と高齢の被害女性に寄り添う『震える手』、アジア太平洋戦争の加害者と被害者の「和解」の困難さを描く『78年目の和解』、そして沖縄の米軍によるPFAS汚染の深刻さを訴え解決に向けて行動する女性たちに密着した『続・水どぅ宝』はいずれも甲乙つけがたい作品だった。

そして最後に、映像の美しさ、考え抜かれた見事な構図、意表を突く展開の瞬間を捉えるカメラワーク、言葉の重みを掬い取る録音など、高度な技術から「静寂」とでもいうべき「映像のたたずまい」と「自然と人間の動的な世界」の双方を見事に表現した『鷹を継ぐもの』には心を揺さぶられた。「美しく生きる」とは?と我々に鋭く問いかけているのだろうか。現代のドキュメンタリーの第3の山頂をなす作品である。

強い言葉多くの問題の裏に横たわる「無責任の思想」が伝えるメッセージ

岩根彰子

最優秀賞『膨張と忘却~理の人が見た日本の原子力政策~』の中で「無責任の思想」という言葉が使われていた。番組は国の原子力政策に長く関わってきた科学史家・吉岡斉氏が残した膨大な文書をもとに、原子力政策がいかに「 “利益政治”の枠組みの中で決定されてきたか」を丁寧に読み解いていく。そして吉岡氏は、その背後にあるのは「無責任の思想」である、という。この言葉は原子力政策だけでなく、日本が抱える多くの問題の背後に常に横たわっているように思えた。

米軍基地が原因と見られる水道水のPFAS汚染問題に地元局が深く斬り込んだ『続・水どぅ宝 PFAS汚染と闘う! Fight ForLife』も然り。また、受賞には至らなかったが福島県浪江町の帰還困難区域内に建つ家の越し方行く末を描いた『ある家の記録』や、ネパール人留学生たちの姿を追った『ジャパニーズ・ドリーム』などの作品を見ていても、問題の裏には常に「無責任の思想」が貼り付いていた。

こうした様々な問題提起や、『〝戦い、そして、死んでいく〟~沖縄戦 発掘された米軍録音記録』や『原子爆弾秘話~謎の商人とウラン争奪戦~』などの歴史総括番組が並ぶなかで、優秀賞の『鷹を継ぐもの』は、知らない世界への窓を開け放つような独特の風を感じる作品だった。陰影深い映像で綴られる鷹匠の老人と彼に弟子入りを志願する女子高校生との師弟関係も、月山を望む雪深い里で鷹と共に生活する老人の姿も、どこかお伽話めいていながら、忘れ難い印象を残した。

ドキュメンタリーで知る豊潤なる世界

金川雄策

応募作品が力作揃いで選考は困難を極めたが、受賞作以外にも多数の良作と出会えた。安楽死で人が亡くなる瞬間を静謐に捉えた作品や、韓国のルッキズムの現状を我々の課題として身近に感じさせてくれる作品、終わりの見えない戦争に虚無感を抱え生きるウクライナ若者たちの今を伝える作品、振り込め詐欺被害者の孤独と加害者の再生を追った作品…。非常に多彩で膨大な作品群を通し、ドキュメンタリーを見る行為そのものが、我々に知識を与え、それが私たちの血肉となり、人間の生活を豊かにすることを実感した。さらに、民主主義社会の中で合意形成していく上で、目線を合わせ、議論の大前提となりうる社会の大切な財産であることを改めて感じた。応募作品を視聴しながら「これは全ての人が見るべき作品だ」と、私の胸に熱いものが幾度となく込み上げた。

今回最優秀賞と優秀賞に輝いた2作品は、非常に対照的な作品だった。最優秀賞に輝いた『膨張と忘却』は、組織ジャーナリズムの力を感じた。膨大な資料の中からファクトを丹念に積み上げ、反証可能性を否定する非科学的な原子力行政の姿を浮き彫りにした。国力低下の原因を炙り出すかのような良作だった。優秀賞に輝いた『鷹を継ぐもの』は、小規模クルーで圧倒的な映像美と没入感のある映像体験・ストーリーを完成させた。一口に「ドキュメンタリー」と括る中にも、2つの作品からは非常に幅広い豊潤な文化を感じずにはいられなかった。

ドキュメンタリーの「領土拡大」

関川夏

『鷹を継ぐもの』(テムジン/NHKエデュケーショナル/NHK)には驚いた。 

「鷹匠」の老人と彼に弟子入り志願する少女、その技芸伝達の物語なのだが、取材者・撮影者と登場人物がつくり出す緻密な映像は静謐なのに饒舌、見る者に劇的な展開を必然の進行として受け入れさせる力量を持つ。 

だが、この不思議な感動は「ドキュメンタリー」がもたらすのか、あるいはドキュメンタリーを骨組みとした「ドラマ」がもたらすのか判断に迷うところがある。少女はたまたま稀有の才能の持ち主であったようだが、作り手は、まだ十七歳の彼女の適性と持続への意思、そんな未知の要素に全幅の信頼を置いて出発したということか。むしろ記録映像の正統からはずれた方法が私たちを没入させたのは確かだ。 

50回目の今回は、民放のこの部門での弱さがとりわけ目についた。キー局にはすでに望むべくもないが、地方民放のドキュメンタリーは必ずしも「正義」を高く掲げる必要はない。ローカルに徹して、より身近な話題・問題を取り上げたらどうかと思う。  

性差による不平等、在日外国人の現実、地方の超高齢化と人口減少、みな現代の重たい主題だ。それらを「怒る」のではなく、「叱る」のでもなく、「笑いながら」批評する。すなわち、ある程度バラエティーの方向に寄ることでドキュメンタリーの「領土拡大」を目指す。そんな作り方の先にこそ未来があるのでは?

過去・現在・未来を繋ぐ映像ドキュメンタリー

林 典子

今年の受賞作品はどれも過去と現在を繋ぎ、未来を想像させながら「今」の私たちの在り方を問いかける、テレビドキュメンタリーの数々だった。

最優秀賞の『膨張と忘却~理の人が見た日本の原子力政策~』は、研究者の吉岡斉氏が生前に残した文書を基に、利益のために結論ありきで議論を尽くすことを避けてきた、近代日本の政策の実態を丁寧に浮かび上がらせている。

優秀賞の『鷹を継ぐもの』は、壮大な自然の中で営まれる鷹匠松原秀俊さんの生き様と、失われつつある文化を引き継ぐことの厳しさと美しさを、ナレーションを抑え、被写体の言葉と現場の空気感、素材を活かした表現手法で語らせる映像ドキュメンタリーの秀作。今の時代を生きる私たちに、「人は何のために生きるのか」という普遍的な問いを投げかけている。

奨励賞の『原子爆弾秘録~謎の商人とウラン争奪戦~』は、歴史の闇の中に埋もれてきたウラン取引をめぐる個人と国家の経験を丹念な掘り下げ描いている。『〝戦い、そして死んでいく〟~沖縄戦 発掘された米軍録音記録』は戦場の「音」から再構成される記憶を通して、次第に追い詰められていく米兵や住民の姿を想像し、78年前の沖縄戦の惨状を追体験する非常に印象深い作品だった。それから70年以上がたった今の沖縄で深刻化する水汚染を追った『続・水どぅ宝』は、市民の切実な声を掬い上げ、この問題を島の未来に引き継がせないという製作者の明確な意志が伝わる作品だった。

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