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“みんなで見る”の先に、スポーツ文化は生まれるか|WBC独占配信Netflixが示した現実

連載コラム▶▶▶いま、気になるコンテンツ “その先”を読む #9

3月6日の日本対チャイニーズ・タイペイ戦での始球式に登場した実写版『ONE PIECE』キャスト。Netflix シリーズ「ONE PIECE」シーズン2:3月10日(火)世界独占配信 / ©尾田栄一郎/集英社 2026 ワールドベースボールクラシック 全試合 Netflix 日本国内で独占生配信中(アーカイブあり)(画像:Netflix)

今回の「2026ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」は盛り上がったのか。実は、この問い自体が成立しにくくなっている。Netflixが独占配信した環境では、視聴体験が分散し、「みんなが見ている」という前提が薄れるのは当然だ。テレビのスポーツ中継は、視聴率という指標によって可視化されることで、共通体験の文化を形成してきた。だが、配信時代において、その捉え方は変わりつつある。WBCは現実を突きつけた。

WBCの一部だけを見せない届け方

日本時間の2026年3月18日、「2026ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」が閉幕した。準々決勝で日本を破ったベネズエラが初優勝を飾った。

素直に言えば、残念だった。連覇が期待されていた侍ジャパンが敗れた時点で、これまでなら“終わった感”が一気に漂うものだ。今回もそれは否定できないが、どこか様子が違った。WBCの一部だけを切り取って見せる形ではなかったことが大きい。

「2026 ワールドベースボールクラシック」Netflix 特集ページ(画像:Netflix)

Netflixは3月5日から18日まで、WBC全47試合を日本国内でライブ配信した。出場した世界20ヵ国の試合を見ようと思えばすべて視聴できる環境だった。筆者も、一次ラウンドの東京プール開幕戦からライブで視聴した。翌日の日本戦を前に、対戦相手だったチャイニーズ・タイペイの試合ぶりを確認してみたいという、単純な興味からだった。

たとえライブ配信を見逃した試合も後追いでき、各試合のダイジェスト版も用意された。期間中は、WBC特集ページにアクセスすること自体が習慣になっていった。日本が敗退した後も見続けた。

正直なところ、野球に詳しいわけでもない。大谷翔平選手を追っているわけでもなく、過去の侍ジャパンの勝敗に一喜一憂したこともなかった。むしろ関心があったのは、大型国際スポーツ大会が地上波なしで配信のみで提供されるという、メディアの変化だった。そんな理由から、開幕前から特集ページに並んだコンテンツにもひと通り目を通した。

そこには、人間ドラマとして興味を引くドキュメンタリーもあった。『DIAMOND TRUTH ワールドベースボールクラシックの真実』である。侍ジャパンを軸にWBCの過去を掘り下げる内容だが、描かれるのは栄光の歴史だけではない。葛藤や論争にも踏み込む。

Netflix ドキュメンタリーシリーズ「DIAMOND TRUTH ワールドベースボールクラシックの真実」世界独占配信中(画像:Netflix)

第1回大会の日韓戦で物議を醸したイチローの発言や、日米戦での疑惑の判定など、負の側面とも言える痛恨場面を当時の選手たち自身が振り返り、向き合う姿を見せている。いわばWBCという大会を見るために別のレンズを差し出している。そこから視線を自然と今大会へと向かわせる硬派な見せ方だと感じた。単なる“お祭りコンテンツ”で終わらせない意図もあったのではないか。

アメリカのスポーツ中継の文脈に重なる演出も

一方で、従来の地上波が担ってきた “お祭り”としての演出も、今回のWBCでは意識的に組み込まれていた。ただし、その見せ方はテレビとは異なる。スタジオを挟まず、球場を起点に「プレショー」と「ポストショー」を編成する構成だ。

日本戦では、アンバサダーの渡辺謙とスペシャルサポーターの二宮和也によるポストショーが毎試合後に行われた。東京プールでは、Netflix大会応援ソング「タッチ」を歌う稲葉浩志のライブパフォーマンスも実施された。試合そのものに加えて、“ショーとしてのスポーツ”も押し出す設計は、アメリカのスポーツ中継の文脈とも重なる。

東京プール最終戦となる3月10日の日本対チェコ戦前に、稲葉浩志がカバーするNetflix大会応援ソング「タッチ」のライブパフォーマンスが初披露された(画像:Netflix)

実際、Netflixはアメリカにおいてもスポーツライブを重要な戦略の一つとして位置づけ始めている。プロフットボールリーグNFLの試合をクリスマス当日にライブ配信する「クリスマスNFLゲームデー」では、最大3100万規模の視聴を記録し、歌手ビヨンセによるハーフタイムショーはエミー賞も受賞している。スポーツをイベント化するノウハウは、すでに蓄積されつつある。

こうした流れの延長線上に、日本での展開があるのだ。独自の試みとして、日本代表戦では侍ジャパン選手30名の出身地など各地でパブリックビューイングが実施された。「地元のヒーローを地元で応援する」という体験も演出の一つにあった。

さらに、NetflixはWBCを単体のイベントとして捉えていなかった。実写版『ONE PIECE』ルフィ役のイニャキ・ゴドイやゾロ役の新田真剣佑らが始球式に登場し、ライブ配信中には人気漫画原作の実写『九条の大罪』や細木数子の半生を描く『地獄に落ちるわよ』といった新作ドラマのCMが繰り返し差し込まれた。自社コンテンツと地続きにあることを印象づけていた。

ファンダムを作る構造に近い

では、こうした見せ方は、これまでのスポーツ文化とどう違うのか。スポーツはこれまでテレビとともにあったのは事実だ。テレビをつければ、誰でも無料で見られる。家族や職場、街中の飲食店で同じ試合を共有し、翌日は視聴率の結果とともに、その話題で盛り上がる。その“同時体験”こそが、スポーツ文化を支えてきた。

今回のWBCは視聴の入口がNetflixに限られたことで、確かに従来とは異なる環境だった。正直に言えば、最初は違和感があった。だが、視聴を重ねるうちに別の感覚が立ち上がってきた。初心者向けの導線、コアファンに向けた情報まで、多層的に設計されていた。侍ジャパン中心のナショナルな物語だけでなく、さまざまな角度から大会に入り込むことができる構造だった。

地上波が「みんなで同じものを見る」装置だとすれば、配信は「それぞれが違う入口から入ってくる」装置と言える。ここに決定的な違いがある。今は人々の関心そのものが分散している。コンテンツは無数にあり、野球もまた、その一つに過ぎない。つまり、もはや“全員が見るスポーツ”という前提自体が揺らいでいる。

有料モデルが主流の配信サービスは、そもそも関心を持つ人が視聴の入り口になる。レコメンドによって興味の幅が広がり、視聴を継続させる。その中でファンが育っていく。これは、ファンダムという考え方に近い。全員に同じものを届けるのではなく、関心を持った人がより深く関わり、そこから広がっていく構造である。

NetflixのWBCもまた、その延長線上にあるのではないか。Netflixコンテンツ部門のバイス・プレジデント坂本和隆氏は「スポーツの最大の魅力は、その場でドラマが生まれることにある」と語る。確かにそうだ。筋書きがないからこそ、語りたくなる。誰かに伝えたくなる。その会話の連鎖が、スポーツの熱量を生む。

実際に大谷翔平が満塁ホームランを放てば、関連ワードがXのトレンドを占めるなど、反応は明確に可視化されていた。

重要なのは、その“語り”がどこで生まれるかである。テレビの時代は、同時視聴がその基盤だったわけだが、配信の時代は、SNSやコミュニティがその役割を担う。リアルタイムで見ていなくても、あとから追いついて語ることができる。むしろ、断片的に、何度も、繰り返し関与することが可能になる。ここに、スポーツ文化の新しいかたちが見え始めている。

配信がスポーツ文化を作り出すのか。おそらく答えは、「同じ形では成立しないが、別の形では成立する」である。かつてのように、国民全体が同時に熱狂する文化は、これからますます希少になるだろう。その代わりに生まれるのは、小さくても強度の高いファンダムの集合体だ。ひとりひとりが異なる入口から入り、それぞれの熱量で関わる。今回のWBCはその変化を静かに示していた。

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多様化する映像コンテンツの世界で、いま本当に注目すべき作品とは?本連載コラムでは、国内外の番組制作やコンテンツの動向に精通するジャーナリスト・長谷川朋子さんが、テレビ・配信を問わず心を動かす作品を取り上げ、その背景にある社会の変化や制作の現場から見えるトレンドを読み解いていきます。単なる作品紹介にとどまらない、深い洞察に満ちたコンテンツガイドです。

著者・プロフィール

長谷川朋子 (はせがわともこ)
ジャーナリスト/コラムニスト。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに独自の視点で解説した執筆記事多数。「朝日新聞」「東洋経済オンライン」などで連載中。フランス・カンヌで開催される世界最大規模の映像コンテンツ見本市MIP現地取材を約15年にわたって重ね、日本人ジャーナリストとしてはコンテンツ・ビジネス分野のオーソリティとして活動中。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)など。


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